セミナー室

不飽和脂肪酸の構造と生理機能
不飽和脂肪酸の個性豊かな振る舞い

Jun Kawamoto

川本

京都大学化学研究所

Yohei Ishibashi

石橋 洋平

九州大学大学院農学研究院

Published: 2025-09-01

はじめに

脂肪酸は水には溶けにくく,有機溶媒に溶解する性質をもつ化合物で,炭素・酸素・水素で構成される三大栄養素の一つである.同時にリン脂質のアシル鎖として,細胞の内と外,もしくは細胞質と細胞内小器官を区画化する隔壁として機能し,生命を構成する基本的な組織である生体膜を構成している.一方で,脂肪酸はエネルギー源,タンパク質修飾,メディエーターとして多様な生命プロセスを支えている.今回のセミナー室では,不飽和脂肪酸に主点をおいた知見を紹介する.不飽和脂肪酸は,不飽和二重結合(C=C)をもつことで,飽和脂肪酸にはない構造的,物理化学的特徴を膜に付与することができる.さらに,分子内に二つ以上の不飽和結合を有する多価不飽和脂肪酸は,モノ不飽和脂肪酸とは大きくことなる振る舞いを見せ,膜タンパク質の構造形成や機能発現に貢献している.さらに,多価不飽和脂肪酸は,酵素的な酸化プロセスを経て脂質メディエーターへと変換される.このように,不飽和二重結合をもつ脂肪酸は個性豊かな振る舞いを見せる.今回は,脂肪酸の不飽和化によって開かれる脂肪酸の個性的な生理機能について解説する.

不飽和脂肪酸の種類と構造

飽和脂肪酸は炭素と炭素の二重結合がないため,炭素に結合している水素の数が最大となり,水素原子で「飽和」している.対して,不飽和脂肪酸は,一つ以上の不飽和炭素結合,つまり炭素–炭素二重結合をもつ脂肪酸である.二重結合を一つもつ脂肪酸をモノ不飽和脂肪酸(Monounsaturated fatty acids, MUFA),二つ以上の二重結合をもつ脂肪酸を多価不飽和脂肪酸(Polyunsaturated fatty acids, PUFA)と呼ぶ.生体膜を構成するリン脂質は親水性の極性頭部と疎水性尾部で構成される.多様な構造を有する脂肪酸がアシル鎖として疎水性尾部に導入されることで,リン脂質の構造は驚くべき多様性を有している(図1図1■一般的なリン脂質の構造).生命は,環境変化や分化,疾病など様々な状況変化に応じて,アシル鎖組成を変化させることが知られているが,その生理的役割や膜物性への寄与は多岐に渡る.ここでは脂肪酸の構造,特に不飽和二重結合をもつことで発揮される脂肪酸の機能について紹介する.

図1■一般的なリン脂質の構造

まず,代表的な飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸を紹介したい(図2図2■代表的な飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸の構造).炭素鎖長16の飽和脂肪酸 パルミチン酸(ヘキサデカン酸,C16:0)は生体内で合成される脂肪酸で,人体で最も豊富に存在する(総脂肪酸の20~30%).人においては,細胞膜を構成するリン脂質のほか,皮脂腺からも分泌されることで皮膚の保護バリアとして機能している.パルミチン酸は,動物に限らず,パーム油のような植物油中にも多く存在する.パルミチン酸は,カルボキシ末端から数えて9番目の炭素–炭素結合を特異的に不飽和化するΔ-9不飽和化酵素(デサチュラーゼ)により不飽和化され,パルミトレイン酸(ヘキサデセン酸,C16:1(n-7)またはC16:1Δ9)を生じる.ここで「n-7」のようなn表記法は,メチル末端(オメガ末端)から数えて最初の二重結合の位置を示すものであり,脂肪酸分類の文脈で広く用いられる.16の炭素で構成される不飽和脂肪酸であるパルミトレイン酸は,比較的,肝臓に多く存在し抗炎症作用を有することが示唆されているが,あらゆる組織に分布している.ついで,炭素鎖長18の飽和脂肪酸 ステアリン酸(オクタデカン酸,C18:0)は体内において,パルミチン酸を基質とし脂肪酸伸長酵素Evol6の作用によりマロニルCoAが付加されることで生じる.ステアリン酸は動植物に豊富に含まれる脂肪酸の一種である.ステアリン酸の融点は69.9°Cであり,常温では白色の固体となる.パルミチン酸同様,ステアリン酸はΔ-9デサチュラーゼの作用により,9番目の炭素に二重結合が導入されオレイン酸(オクタデセン酸,C18:1(n-9)または18:1Δ9)に変換される.オレイン酸は動植物中の油脂中に多く存在し,融点は16.3°Cであり,常温で液体の脂肪酸である.バクセン酸は,オレイン酸と同じC18:1で表記される不飽和脂肪酸である.バクセン酸は,11位と12位の炭素との間に二重結合を有する.天然には,動物(ウシやヒツジなど)の油脂からトランス型,植物油脂からシス型バクセン酸がそれぞれ見出されている.特にtrans-バクセン酸は食品中に含まれるトランス型脂肪酸の大部分を占めることから,人の健康への影響が懸念されている(1)1) K. Kuhnt, C. Degen & G. Jahreis: Crit. Rev. Food Sci. Nutr., 56, 1964 (2016).

図2■代表的な飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸の構造

さらに,分子中に二つ以上の不飽和結合をもつ脂肪酸は,多価不飽和脂肪酸(PUFA)と呼ばれる.これらは,不飽和結合の位置に応じて,オメガ(n-)表記法で分類される.具体的には,メチル末端(ω末端)から数えて最初の二重結合が3番目にあるものをオメガ3脂肪酸(n-3),6番目ならオメガ6脂肪酸(n-6)などと呼ぶ.

たとえば,リノール酸(C18:2(n-6))やリノレン酸(C18:3(n-3)またはC18:3(n-6))は,植物油(紅花油,大豆油など)に多く含まれる代表的な多価不飽和脂肪酸である.一方,オメガ3脂肪酸に分類されるエイコサペンタエン酸(EPA, C20:5(n-3))やドコサヘキサエン酸(DHA, C22:6(n-3))は,魚油に多く含まれ,ヒトにとっての必須脂肪酸として知られている.これらは,心血管系や脳機能の維持など,健康に重要な役割を担っている.天然にはマグロやサバといった青背の魚類の油脂中に多く含まれている.オメガ6多価不飽和脂肪酸であるアラキドン酸(C20:4(n-6))は,肉類,卵,乳製品に含まれている.後に多価不飽和脂肪酸の生合成について詳しく紹介するが,ヒトをはじめ多くの真核多細胞生物は,DHAやEPA,アラキドン酸を新規に生合成することはできず,それぞれの前駆体となるオメガ3脂肪酸(α-リノレン酸)とオメガ6脂肪酸(リノール酸)を摂取する必要がある.ヒトにおいては,これらの脂肪酸は膜の構成成分としての役割以外に,情報伝達物質の前駆体として重要な役割を担っている.日本の伝統的な食習慣では,オメガ6脂肪酸に比べてオメガ3脂肪酸であるEPAやDHAを多く摂取していたが,近年の食の欧米化により,オメガ3脂肪酸とオメガ6脂肪酸の摂取バランスが変化しており,様々な疾患への影響が示唆されている(2)2) 木原章雄:生化学,82, 591 (2010).

不飽和脂肪酸と膜物性

不飽和脂肪酸が,膜を構成するリン脂質のアシル鎖に導入された場合,膜の物理化学的特性を変化させることで,膜の構造や膜タンパク質の機能発現に大きく寄与している(3, 4)3) T. Harayama & H. Riezman: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 19, 281 (2018).4) B. Antonny, S. Vanni, H. Shindou & T. Ferreira: Trends Cell Biol., 25, 427 (2015)..飽和脂肪酸のみで構成されるリン脂質は,極性頭部と疎水性尾部の体積比からシリンダー型の構造となる.このようなリン脂質で構成される膜が相転移温度以下の環境に晒された場合,脂質分子が充填化し(パッキング),膜全体の流動性が低下することで膜は流動性を欠いたゲル相へと相転移する(図3A図3■リン脂質二重膜の相転移と曲率形成に伴う脂質パッキングに対する不飽和脂肪酸の影響).一方,回転軸をもたないcis型二重結合をもつ不飽和脂肪酸は,分子内に折れ曲がった構造を有する.その結果,不飽和脂肪酸をアシル鎖とするリン脂質は極性頭部に対して,疎水性尾部の体積比が大きいコーン型の脂質分子となる(図3A図3■リン脂質二重膜の相転移と曲率形成に伴う脂質パッキングに対する不飽和脂肪酸の影響).このような脂質で構成される膜では,飽和脂肪酸のみのリン脂質で構成される膜で見られるような脂質分子の充填化,すなわちゲル相への相転移が妨げられ,相対的に低い温度であっても流動的な液晶相の膜構造が維持される.事実,低温に晒された生物ではデサチュラーゼが誘導され,飽和脂肪酸に対する不飽和脂肪酸の割合が増加することや(5)5) T. M. Fuchs, K. Neuhaus & S. Scherer: “The Prokaryotes,” Reference work (2013).,極地や深海といった低温環境に生育する細菌の生体膜には常温性の細菌に比べて不飽和脂肪酸が総脂肪酸の多くを占めることが知られている.

図3■リン脂質二重膜の相転移と曲率形成に伴う脂質パッキングに対する不飽和脂肪酸の影響

A)飽和脂肪酸を含むリン脂質はシリンダー型構造となり,低温下で密にパッキングされゲル相を形成するのに対し,不飽和脂肪酸を含むリン脂質は,二重結合の立体障害により分子間のパッキングが緩み,より低い温度でも流動的な液晶相を維持する.不飽和度が高くなるほど相転移温度(Tm)は低下し,膜の流動性が向上する.B)不飽和脂肪酸を含むリン脂質は,脂質二重膜の曲率形成に伴うパッキング欠損を受け入れやすく,曲率の形成を促進する.

モノ不飽和脂肪酸の折り曲がり構造は,隣接するリン脂質分子との接近を抑制し,膜構造に緩みを生じさせる.この膜の緩みは膜の曲率形成を促すことが報告されている.同時に,リン脂質分子間の緩みによって,膜表面にアシル鎖部分が露出した領域を形成される.この領域を脂質パッキング欠損(Lipid packing defect)と呼ぶ(図3B図3■リン脂質二重膜の相転移と曲率形成に伴う脂質パッキングに対する不飽和脂肪酸の影響).脂質パッキング欠損は膜分離や膜融合に寄与すると同時に,膜タンパク質の膜での構造形成に寄与している.親水的な環境で生合成された未成熟な膜タンパク質は膜表面と相互作用することで,疎水的な環境に移行しフォールディングが進行するが,脂質パッキング欠損領域が存在することで,膜タンパク質の疎水性アミノ酸残基との相互作用が促進され,膜への移行およびフォールディングが速やかに進行する(4)4) B. Antonny, S. Vanni, H. Shindou & T. Ferreira: Trends Cell Biol., 25, 427 (2015)..以上のように,たった一つの不飽和結合が導入されることで,モノ不飽和脂肪酸含有リン脂質を有する膜は,飽和脂肪酸のみで構成される膜に比べて構造や物性が大きく変化するのである.

多価不飽和脂肪酸の生合成

脂肪酸分子内に二つ以上の不飽和二重結合を有する多価不飽和脂肪酸は,細菌から高等真核生物の生体膜に広く分布している.特に,オメガ3多価不飽和脂肪酸であるDHAやEPAは,ヒトの健康維持に重要な生理活性を有しており,積極的な摂取が推奨されている.これらの脂肪酸は,動脈硬化や脳溢血といった血管系疾患の予防効果が,これまでの栄養学的・疫学的調査から知られており,これらの脂肪酸を含むサプリメントや健康食品が注目されている.先述のとおり,ヒトはEPAやDHAを生合成することができず,前駆体となるオメガ3脂肪酸(α-リノレン酸)から合成される(図4A図4■多価不飽和脂肪酸の生合成機構).ヒトにおけるEPAおよびDHAの生合成は,それぞれ基質特異性の異なるデサチュラーゼと脂肪酸伸長酵素(エロンガーゼ)が繰り返し作用することで進行する.これらの酵素は,分子状酸素を用いて炭化水素鎖から水素原子を除去し,酸化的に不飽和二重結合(エチレン基)を導入する(図4B図4■多価不飽和脂肪酸の生合成機構).ただし,ヒトおよびマウスにはΔ4デサチュラーゼが存在しないため,22:5(n-3)(ドコサペンタエン酸)は一度24:5(n-3)に伸長された後,Δ6デサチュラーゼによって24:6(n-3)へと変換され,最終的にペルオキシソームにおけるβ酸化によって炭素数が二つ短縮され,DHA(22:6n-3)が生成されると考えられている(図4B図4■多価不飽和脂肪酸の生合成機構(6)6) A. H. Metherel & R. P. Bazinet: Prog. Lipid Res., 76, 101008 (2019)..一方で,深海や極地の海洋環境から単離された細菌(ガンマプロテオバクテリア網)のほとんどがEPAやDHAのいずれか,もしくは両方をアシル鎖とするリン脂質を生産している.多価不飽和脂肪酸を合成する細菌では,ヒトなどの真核生物と異なる遺伝子クラスターでコードされるタンパク質群によって,アセチル-CoAとマロニル-CoAを出発原料としEPAやDHAを生合成することができる(図5A図5■細菌におけるエイコサペンタエン酸生合成機構(7)7) J. G. Metz, P. Roessler, D. Facciotti, C. Levering, F. Dittrich, M. Lassner, R. Valentine, K. Lardizabal, F. Domergue, A. Yamada et al.: Science, 293, 290 (2001)..Yazawaらによって見出されたこれらの遺伝子群は,多価不飽和脂肪酸を生産するShewanella属細菌やPhotobacterium属細菌,Colwellia属細菌といった低温適応性の細菌群に高度に保存されており,複数の酵素ドメインをもつ複数のタンパク質からなる酵素複合体(ポリケチド合成酵素ホモログの複合体)によって多価不飽和脂肪酸合成が進行する.本合成経路においては,約200 kDaの巨大タンパク質PfaA(Polyketide-type polyunsaturated fatty acid synthase)が中心的な役割を担う.PfaAには5~6個のアシルキャリアータンパク質(Acyl carrier protein, ACP)ドメインが存在し,脂肪酸鎖の伸長と二重結合形成の足場タンパク質として機能する.合成は,pfaEがコードするホスホパンテテイニル基転位酵素(Phosphopantetheinyl transferase, PT)によってアシル-CoAがACPドメインに結合することすることにより開始される.さらに,同遺伝子クラスターに含まれるPfaB, C, Dは,それぞれ脂肪酸合成に関与すると予想される酵素活性ドメインが存在しており,これらのドメインが触媒する連続反応によってPfaA上でEPAもしくはDHAが合成されると考えられている(図5B図5■細菌におけるエイコサペンタエン酸生合成機構).細菌の多価不飽和脂肪酸合成経路においては,ヒドロキシ基をもつ中間体を基質とするヒドラターゼの作用によって不飽和結合が導入されると考えられており,分子状酸素を必須とするデサチュラーゼは本経路に関与しない.この点において,細菌は深海や魚類の腸内といった嫌気的環境下であっても多価不飽和脂肪酸を生合成することが可能である.

図4■多価不飽和脂肪酸の生合成機構

A)真核細胞における多価不飽和脂肪酸の生合成機構,B)不飽和化酵素デサチュラーゼによる分子状酸素依存的な脂肪酸の不飽和化.

図5■細菌におけるエイコサペンタエン酸生合成機構

A)極地や深海由来の細菌に保存されるポリケチド合成酵素類縁酵素群からなる多価不飽和脂肪酸の生合成遺伝子クラスター.各遺伝子が有する酵素ドメインと相同性を示す酵素を示す;PT: ホスホパンテテイニル基転位酵素,KS: ケトアシルシンターゼ,AT: アシル基転位酵素,ACP: アシルキャリアープロテイン,KR: ケトアシルレダクターゼ,DH: デヒドラターゼ,2,3I: 2-trans, 3-cisイソメラーゼ,ER: エノイルレダクターゼ.B)アセチル-CoAとマロニル-CoAからのEPA合成機構.合成されたEPAは,リゾリン脂質アシル基転位酵素(LPAAT)によって,アシル基を一本のみ有するリン脂質であるリゾホスファチジン酸(Lyso-phosphatidic acid, Lyso-PA)のsn-2位に導入される.

生合成される多価不飽和脂肪酸は,多くの場合リン脂質のsn-2位に導入され,膜を構成するリン脂質として機能を発揮する.真核生物では,複数のリゾリン脂質アシル基転移酵素(LPAAT)が,細胞もしくは組織特異的に発現することでEPAやDHAが選択的に膜リン脂質のアシル鎖として膜中に導入される(8)8) A. P. Körbes, F. R. Kulcheski, R. Margis, M. Margis-Pinheiro & A. C. Turchetto-Zolet: Mol. Phylogenet. Evol., 96, 55 (2016)..ヒトにおいて,生体膜中の主要なオメガ3脂肪酸はDHAであり,膜中のEPA含有リン脂質に比べてはるかに多く(9)9) S. C. Dyall: Front. Aging Neurosci., 7, 52 (2015).,特に,神経組織と網膜組織においてDHAを含むリン脂質が豊富に存在する.一方,細菌においては,従来,脂肪酸鎖をリン脂質のsn-2位に導入するアシル基転位酵素PlsC(EC: 2.3.1.51)は一種のみと考えられていたが,Ogawaらは細菌も基質特異性の異なる複数のPlsCを有することをあきらかにした(10)10) T. Ogawa, M. Kuboshima, N. Suwanawat, J. Kawamoto & T. Kurihara: BMC Microbiol., 22, 241 (2022)..南極海水由来のEPA生産性細菌Shewanella livingstonensis Ac10が5つのPlsCホモログ(PlsC1-5)を有しており,これらのうち,PlsC1がEPAの導入に主要な役割を担うことがわかった(11)11) H. N. Cho, W. Kasai, J. Kawamoto, N. Esaki & T. Kurihara: 微量栄養素研究,29, 92 (2012)..このように,組織や細胞ごとに特異的に配置される多価不飽和脂肪酸は,単なる膜の構成要素に留まらず,その構造特性から膜の物性や膜タンパク質の機能に大きな影響を与えうる.次に,そんな多価不飽和脂肪酸が膜の中でどのようにユニークな振る舞いを見せるのか,物理化学的な視点と機能の面から紹介する.

多価不飽和脂肪酸のユニークな振る舞い

上述のように細菌からヒトにいたるまで多価不飽和脂肪酸は膜リン脂質のアシル鎖として存在する.しかし,リン脂質中における多価不飽和脂肪酸の生理機能の多くはあきらかにされていない.本稿では,膜タンパク質の機能発現への多価不飽和脂肪酸含有リン脂質の寄与について現状の理解を紹介したい.

Fellerらによる分子動力学シミュレーション解析の結果,非共役二重結合で挟まれたメチレン基は,単結合のみで構成される脂肪酸鎖中のメチレン基に比べて低いエネルギー障壁で回転することが可能と報告されている(12)12) S. E. Feller, K. Gawrisch & A. D. MacKerell Jr.: J. Am. Chem. Soc., 124, 318 (2002)..すなわち,容易に回転するメチレン基を有する多価不飽和脂肪酸は,コンパクトに折れ曲がった構造から飽和脂肪酸のような直鎖状の構造といった多様なコンフォメーションを取り得る.先述の通り,多くのリン脂質はそのアシル鎖の組成によりシリンダー型やコーン型,逆コーン型といった固有の形状を示すのに対して,多価不飽和脂肪酸をアシル鎖とするリン脂質は,固有の形状を示すことはなく,ときには隣接するリン脂質分子と近接し脂質パッキング欠損を修復する作用をもつ.また一方で,リン脂質分子間の緩みを促進しうる嵩高い疎水性尾部を形成することになる.この多価不飽和脂肪酸の構造多様性は膜の弾性や膜圧,疎水性分子の側方拡散,曲率形成などの膜物性の変化に寄与することで,膜への力学的ストレスを緩和していると予想される.さらに膜タンパク質との相互作用においても,DHAは光受容膜タンパク質ロドプシンの活性化に重要であることが示されている(13)13) S. Senapati, M. Gragg, I. S. Samuels, V. M. Parmar, A. Maeda Am & P. S.-H. Park: Biochim. Biophys. Acta Biomembr., 1860, 1403 (2018)..また,神経系や免疫系においてcAMPシグナルを介して細胞応答を調節するアデノシンA2A受容体では,DHAが受容体複合体(オリゴマー)の形成を促進することも報告されている(14)14) R. Guixà-González, M. Javanainen, M. Gómez-Soler, B. Cordobilla, J. C. Domingo, F. Sanz, M. Pastor, F. Ciruela, H. Martinez-Seara & J. Selent: Sci. Rep., 6, 19839 (2016)..加えて,EPAあるいはDHAが,小胞内の神経伝達物質の蓄積や放出,シナプス小胞の形成を制御する脂肪酸であるとの報告もある(15, 16)15) D. Cao, K. Kevala, J. Kim, H. S. Moon, S. B. Jun, D. Lovinger & H.-Y. Kim: J. Neurochem., 111, 510 (2009).16) Y. Moriyama, N. Hasuzawa & M. Nomura: Front. Pharmacol., 13, 1080189 (2022)..細菌においても同様に,膜タンパク質の構造形成をEPAが促進することがわかっている.筆者らは先述のEPA生産性細菌由来の外膜タンパク質(Outer Membrane Porin, Omp74)をモデルに,EPA含有リン脂質を含む人工のモデル膜をもちいた再構成実験を行った.その結果,EPA含有リン脂質存在下でOmp74の二次構造形成(ß-バレル構造形成)および高次構造形成が促進されることがわかった(17)17) X. Z. Dai, J. Kawamoto, S. B. Sato, N. Esaki & T. Kurihara: Biochem. Biophys. Res. Commun., 425, 363 (2012)..本菌は0°C付近で生育可能な低温菌であり,低温環境下での速やかな膜タンパク質の構造形成にEPAが寄与していると考えられる.先のロドプシンやシナプス小胞形成タンパク質は,網膜において光シグナルを速やかに細胞内シグナルに変換するため構造変化や,シナプスでの速やかな小胞形成のためのダイナミックな構造変化が求められるタンパク質である.細菌の膜タンパク質と,ヒトのロドプシンやシナプス小胞形成タンパク質では,それぞれが機能を発揮する膜の形状や性質は全く異なるものとはいえ,多価不飽和脂肪酸がこれらのタンパク質にもたらす利点には共通性がある.すなわち,多価不飽和脂肪酸の柔軟な構造が,膜タンパク質の構造変化時に生じる脂質との立体的な衝突を緩和し,円滑な機能発現を助けている可能性がある.

真核生物では,多価不飽和脂肪は膜から切り出されてもユニークな生理機能を発揮する.リン脂質中の多価不飽和脂肪酸はホスホリパーゼA2によって切り出された後に様々な生理活性脂質の前駆体として利用される(2)2) 木原章雄:生化学,82, 591 (2010)..オメガ6多価不飽和脂肪酸であるアラキドン酸は動物組織中で酵素的に代謝されプロスタグランジン,トロンボキサン,ロイコトリエンなどに変換される.この変換経路はアラキドン酸カスケードと呼ばれ,リン脂質に由来する生理活性脂質を脂質メディエーターと総称する(詳細は本連載第1回).アラキドン酸から変換された脂質メディエーターはそれぞれが特異的な受容体と結合し多様な生理活性を発現する.EPAやDHAのようなオメガ3多価不飽和脂肪酸もアラキドン酸と同様に脂質メディエーターの前駆体として利用される.レゾルビンやプロテクチンと呼ばれる抗炎症性脂質メディエーターに変換される.多価不飽和脂肪酸の代謝異常に起因する慢性炎症や組織異常は様々な疾病の原因になりうることから,脂質メディエーターの作用機序の解明や未知の脂質メディエーターの探索を目的としたリピドミクスやメタボロミクスが積極的に実施されている(18)18) 有田 誠:生化学,94, 5 (2022).

脂質の個性的な分布

筆者らは真核生物の細胞に比べて構造的にシンプルな細菌をもちいて,EPA含有リン脂質の生理的役割の解明に取り組んでいる.先述の通り,細菌においては多価不飽和脂肪酸の生産は深海や極地といった低温環境への適応との関連が示唆されており,一般に,低温環境における膜流動性の維持への寄与が想定されている.筆者らはEPA生産性細菌S. livingstonensis Ac10のEPA合成遺伝子群をそれぞれ破壊することで作製したEPA欠損株を対象に,脂溶性の蛍光色素ピレン(Pyrene)の膜中での側方拡散を指標に膜流動性を解析した.膜中を拡散するピレンは,340 nmの励起光によって励起されると,375 nmに蛍光を生じる.一方,励起状態のピレン分子同士が衝突すると,励起会合体(エキシマー)を形成し,480 nmのエキシマー蛍光を生じる.すなわち,流動性が高い膜中においては,拡散するピレン分子の衝突頻度が増加し,相対的にエキシマー蛍光の強度が相対的に高くなる.そこで,ピレンをS. livingstonensis Ac10の野生株とEPA欠損株に添加し,EPAの欠損がピレンの側方拡散に及ぼす影響を解析した.その結果,EPAの欠損は本菌の膜流動性には影響しないことが示された.一方で,EPA生合成能を欠く変異株は低温での細胞分裂が正常に進行せず,細胞が異常に伸長することがわかった(19)19) J. Kawamoto, T. Kurihara, K. Yamamoto, M. Nagayasu, Y. Tani, H. Mihara, M. Hosokawa, T. Baba, S. B. Sato & N. Esaki: J. Bacteriol., 191, 632 (2009)..筆者らは本菌におけるEPA含有脂質の可視化を目的とし,蛍光発色団をもつEPA含有リン脂質アナログを開発した(図6A図6■南極由来のEPA生産性細菌におけるEPAの細胞内局在).本プローブでは極性頭部に蛍光発色団 ニトロベンゾオキサジアゾール(NBD)をもち,EPAは細胞添加後の加水分解を回避するためエーテル結合を介してグリセロール骨格のsn-2位に導入した.本プローブをS. livingstonensis Ac10のEPA欠損株に添加したとき,細胞分裂部位特異的に蛍光シグナルが検出された(図6B図6■南極由来のEPA生産性細菌におけるEPAの細胞内局在).対照としてオレイン酸を同様に導入したプローブでは,このような特異的な集積は検出されなかったことから,本菌においては細胞分裂部位にEPA含有リン脂質に富むドメイン構造が形成されていると考えられた(20)20) S. Sato, J. Kawamoto, S. B. Sato, B. Watanabe, J. Hiratake, N. Esaki & T. Kurihara: J. Biol. Chem., 287, 24113 (2012)..本菌においてEPA含有リン脂質は低温環境下での膜タンパク質の構造形成を促進する機能を有することを紹介した.このような機能を有する脂質を特定の場所に集積させることで,脂質分子と膜タンパク質の相互作用する頻度を高め,より低温環境下での膜タンパク質の機能発現を促進させているのかもしれない.

図6■南極由来のEPA生産性細菌におけるEPAの細胞内局在

A) EPA含有リン脂質の可視化を目的とした蛍光色素標識型EPAアナログ含有リン脂質,B) Shewanella livingstonensis Ac10の細胞分裂部位にはEPAアナログ含有リン脂質で構成されるドメインが存在.

一般に膜は流動モザイクモデルで示されるように,脂質分子が流動的に分散し,均一に分布しているものと考えられていたが,近年では実際の膜は遥かに複雑に脂質分子が分布していることがあきらかになりつつある.真核細胞においては,コレステロールとスフィンゴ脂質で構成される高度に秩序化された領域,すなわち“硬い”ドメインが存在し,このドメインにはシグナル伝達や物質輸送に関与するタンパク質が集積して機能していると考えられている(21)21) S. L. Veatch, N. Rogers, A. Decker & S. A. Shelby: Biochim. Biophys. Acta Biomembr., 1865, 184114 (2023)..特定の脂質やタンパク質が会合し,流動する膜上で筏のように振る舞うことから,このドメインはラフト(=筏)と呼ばれている.ラフトドメインは,飽和脂肪酸を有するスフィンゴ脂質あるいはスフィンゴ糖脂質を主な構成成分としており,本領域においてコレステロールと密に会合した状態で存在すると考えられている(22)22) S. L. Veatch, O. Soubias, S. L. Keller & K. Gawrisch: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 104, 17650 (2007)..一方,ラフトドメインは細胞膜において常に存在するのではなく,シグナルに応じて一過的に形成されるナノスケールの機能的ドメインであるとの報告もなされている(23)23) K. G. N. Suzuki & A. Kusumi: Biochim. Biophys. Acta Biomembr., 1865, 184093 (2023)..近年,イメージング質量分析や高速原子間力顕微鏡といった革新的技術が次々に開発され,膜の構造と機能を精緻に可視化する時代が到来しつつある(23, 24)23) K. G. N. Suzuki & A. Kusumi: Biochim. Biophys. Acta Biomembr., 1865, 184093 (2023).24) P. L. T. M. Frederix, P. D. Bosshart & A. Engel: Biophys. J., 96, 329 (2009)..さらに,膜のダイナミックな振る舞いを捉える多彩な脂質プローブも登場し,観察の自由度は飛躍的に高まっている.これら先端技術の活用により,従来の“流動モザイクモデル”を超えた,彩り豊かな生体膜の姿が今まさに浮かび上がりつつある.

Reference

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