書評

清田洋正(編)『創農薬の事例―分子設計を中心に(日本農薬学会50周年記念出版)』(日本農薬学会,2025年)

Yoshitaka Matsushima

松島 芳隆

東京農業大学農芸化学科生物有機化学研究室

Published: 2025-09-01

日本農薬学会の50周年記念出版物の一つとして,学会の農薬デザイン研究会がまとめられたのが,『創農薬の事例』だ.農薬開発について,その創薬や生物活性はもちろん,安全性試験や工業化に至るまで,日本の主要な農薬企業9社による11の創薬事例を解説している.副題「分子設計を中心に」の通り,創薬における分子デザインに特に重点がおかれている.医薬品の開発については,成書がいくつも知られているが,農薬の開発事例に特化した書籍は非常に限られる.

本書の1章では,愛媛大の西脇寿先生の概説「創薬科学の基礎知識」があり,2章以降では,11の薬剤の開発事例が取り上げられている.その内訳は,殺虫剤が7,除草剤が2,そのほか殺ダニ剤と殺菌剤各1であり,それぞれ開発者自身によって詳細に解説されている.これらの多くは2011年以降に開発された農薬であり,最新の創農薬に関する知見を一冊で学べる貴重な情報源である.農薬開発に携わる研究者だけでなく,医薬品分野の研究者や,農薬・医薬企業を志望する大学院生・学生さんにとっても,大いに参考になる内容といえるだろう.

特筆すべき点として,本書で紹介されている11の農薬すべてにフッ素原子が含まれている点があげられる.2020年の調査によると,世界2,500以上の農薬のうち424剤(約16%)が含フッ素化合物であり,最近20年間に開発された農薬に限ると,その53%がフッ素原子を含んでいる.なかでも,殺虫剤と殺ダニ剤における含フッ素化合物の割合は70%を超えている.一方,医薬品においてもフッ素原子の導入は広く行われており,1991~2017年に発売された新薬のうち16%が含フッ素医薬である.2024年の日本における医薬品売上ランキングトップ10のうち,3つが低分子化合物であり,そのうちの1つ(タケキャブ)はフッ素原子を含んでいる.近年では農薬においてフッ素の重要性が一層高まっているといえるだろう.本書では,フッ素の活性発現における貴重な知見だけでなく,薬剤開発におけるフッ素導入の段階にはさまざまなケースがあることを学ぶことができる.

フッ素原子を導入する主な目的は,化合物の安定性向上だが,気になるのはその環境残留性である.しかし,ストックホルム条約で規制対象になっている農薬はなく,残留性試験を含めた環境安全性の評価がなされている.

なお,本書に収録された図表などは,学会事務局の許可を得ることで,授業やセミナーなどでダウンロードデータとして使用することができる.農薬学などを教える大学教員が,教科書や参考書として活用する際に非常に有用だろう.

*表紙は宇都宮大学の謝肖男先生の研究室の水上慧埜さんが制作されました.