バイオサイエンススコープ

微生物細胞工場による植物希少成分の持続可能なものづくり
多段階遺伝子導入技術を利用した複雑な天然物質生産菌株の構築

Hiromichi Minami

博道

石川県立大学生物資源工学研究所

Published: 2025-11-01

はじめに

植物は,我々の生活に不可欠な多様な化合物を生み出す,まさに「天然の化学工場」である.その種類は20万種を超え,医薬品,香料,食品添加物など,多岐にわたる分野で利用されている.しかし,これらの成分の多くは植物体内での含有量が極めて少なく,抽出・精製に多大なコストと労力を要する.また,植物の生育は天候や土壌条件に左右され,乱獲による種の絶滅リスクや,供給の不安定性,品質のばらつきといった課題を常に抱えている.特に,気候変動が顕在化する現代において,伝統的な植物栽培と抽出に依存した生産モデルは限界に近づいている.一方,化学合成は迅速かつ大量生産が可能という利点を持つが,植物が作り出すような複雑な立体構造を持つ化合物の安価な生産は極めて困難であり,多段階の反応と厳しい反応条件,そして高価な触媒を必要とすることが多い.また,石油由来の原料を用いることが多く,環境負荷の観点からも持続可能とは言い難い.

このような課題を根本的に解決する技術として,合成生物学(Synthetic Biology)を駆使した微生物による発酵生産が大きな注目を集めている.これは,大腸菌や酵母といった微生物の遺伝情報を自在に設計・改変し,目的の化合物を生産する能力を付与する技術である.微生物を「細胞工場(Cell Factory)」として利用し,糖などの安価で再生可能な資源を原料に,管理されたタンクの中で,短期間かつ安定的に有用物質を生産する.このアプローチは,農業生産における地理的・気候的制約から解放し,持続可能で強靭なサプライチェーンを構築する,物質生産における真のパラダイムシフトを意味するものである(図1図1■農業から微生物発酵による生産へ).本稿では,植物希少成分の微生物発酵生産をめぐる世界の動向と,著者自身の研究,そしてその社会実装を目指して設立した大学発ベンチャーの挑戦を通じて,この新しいものづくりの可能性と,それが社会や産業とどのように関わっていくのかを論じたい.

図1■農業から微生物発酵による生産へ

合成生物学による物質生産の可能性

合成生物学による物質生産の可能性を世界に知らしめた金字塔的な成功例が,抗マラリア薬「アルテミシニン」の半合成である.従来,アルテミシニンはヨモギ属の植物から抽出されていたが,供給が不安定で価格変動が激しいことが問題であった.米国のJay Keasling教授らの研究グループが中心となり,後に彼が共同設立したバイオベンチャー「Amyris(アミリス)社」が,ビル&メリンダ・ゲイツ財団の支援を受けてこのプロジェクトを推進した.アルテミシニンの前駆体であるアルテミシニック酸を生産する遺伝子群を酵母に導入し,発酵生産することに成功した(1, 2)1) D. K. Ro, E. M. Paradise, M. Ouellet, K. J. Fisher, K. L. Newman, J. M. Ndungu, K. A. Ho, R. A. Eachus, T. S. Ham, J. Kirby et al.: Nature, 440, 940 (2006).2) C. J. Paddon, P. J. Westfall, D. J. Pitera, K. Benjamin, K. Fisher, D. McPhee, M. D. Leavell, A. Tai, A. Main, D. Eng et al.: Nature, 496, 528 (2013)..この成功は,植物の複雑な代謝経路を微生物に導入し,実用的なスケールで物質生産が可能であることを証明する「概念実証(Proof-of-Concept)」となり,世界中の研究者や投資家に大きな衝撃を与え,この分野の研究開発を加速させる起爆剤となった.

アルテミシニンの成功以降,合成生物学による物質生産の対象は,医薬品にとどまらず,より広範な市場へと拡大している.例えば,スイスのEvolva社(現在はLallemand社の一部)は,ブドウなどに含まれる抗酸化物質レスベラトロールを酵母で生産し,機能性食品や化粧品市場に供給している(3)3) M. Li, K. R. Kildegaard, Y. Chen, A. Rodriguez, I. Borodina & J. Nielsen: Metab. Eng., 32, 1 (2015)..また,化学大手のBASF社は,オランダのIsobionics社を買収し,柑橘系の希少な香料成分であるバレンセンやヌートカトンを発酵生産することで,従来の抽出法に依存しない安定供給を実現している.近年では,健康志向の高まりとともに急成長するカンナビノイド市場において,米国のGinkgo Bioworks社とカナダのCronos Group社の提携や,Amyris社のCBG(カンナビゲロール)生産参入など,希少なカンナビノイドを効率的に生産する動きが活発化している.これらの事例は,合成生物学技術が多様な産業分野で,既存のサプライチェーンを代替・補完する強力なツールとなりつつあることを示している.

一方で,この分野の商業化は決して平坦な道のりではない.その象徴的な事例が,先駆者であるAmyris社である.同社はアルテミシニンの商業化という偉業を成し遂げた後も,バイオ燃料や化粧品原料など様々な事業に展開したが,製造コストの課題や事業戦略の転換が続き,慢性的な経営難に陥り,2023年には連邦破産法第11条の適用を申請するに至った.この事例は,研究室レベルでの科学的な成功が,必ずしも商業的な成功を保証するものではないという厳しい現実を突きつけている.微生物の育種から,発酵プロセスのスケールアップ,精製工程の最適化,そして既存の製品とのコスト競争力確保に至るまで,商業化には数多くの「死の谷」が存在する.この教訓は,単に優れた技術を開発するだけでなく,それをいかにして社会実装し,持続可能な事業として成立させるかという,より大きな視点の重要性を示唆している.

大腸菌による植物アルカロイド生産への挑戦

筆者らは,石川県立大学において15年以上にわたり,植物二次代謝産物の中でも特に医薬品として重要なアルカロイド(窒素含有化合物)の微生物発酵生産に取り組んできた.主なターゲットとしたのは,モルヒネやコデインといった鎮痛・鎮咳薬の原料となるベンジルイソキノリンアルカロイド(BIA)である.BIAはベンジル基とイソキノリン骨格が結合した構造を有し(図2図2■多段階遺伝子導入によるモルヒネ発酵生産),その生合成経路はアミノ酸の一種であるチロシンから始まり,十数段階の複雑な酵素反応を経て進行する.特に,植物の生合成経路には,シトクロムP450(CYP)と呼ばれる酵素群が関与するが,原核生物である大腸菌内で機能的に発現させることが極めて困難であった.そこで,植物の経路をそのまま模倣するのではなく,微生物の能力を最大限に活用した,全く新しい経路を設計するというアプローチをとった.それは,困難な酵素反応を無理に機能させるのではなく,微生物が持つ別の酵素で「迂回」するという,合成生物学的な設計思想である.微生物由来のモノアミン酸化酵素(MAO)と,植物由来のノルコクラウリン合成酵素(NCS)を組み合わせることで,問題のP450が関与する反応を完全に迂回する5段階の新規「ショートカット経路」を考案したのである(図2図2■多段階遺伝子導入によるモルヒネ発酵生産).この発想の転換がブレークスルーとなり,2008年,世界で初めて(S)-レチクリンの微生物生産(54 mg/L)に成功した(4)4) H. Minami, J. S. Kim, N. Ikezawa, T. Takemura, T. Katayama, H. Kumagai & F. Sato: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 105, 7393 (2008)..これは,微生物に単純な基質であるドーパミンを供給とすることで達成された.しかし,実用化のためには,より安価な糖からの完全合成(de novo合成)が不可欠である.そこで,アミノ酸発酵で培われた代謝工学の知見を応用し,大腸菌の代謝経路を大規模に改変した.2011年には,3つのプラスミドに11個の生合成遺伝子を導入することで,グリセロールから46 mg/Lの(S)-レチクリンを生産するシステムの構築に成功した(5)5) A. Nakagawa, H. Minami, J. S. Kim, T. Koyanagi, T. Katayama, F. Sato & H. Kumagai: Nat. Commun., 2, 326 (2011)..その後も改良は続き,2018年には,副反応を起こしやすいチロシナーゼを,より特異性の高いキイロショウジョウバエ由来のチロシン水酸化酵素(TH)に置き換えることで生産量を約4倍の163.5 mg/Lに向上させた(6)6) E. Matsumura, A. Nakagawa, Y. Tomabechi, S. Ikushiro, T. Sakaki, T. Katayama, K. Yamamoto, H. Kumagai, F. Sato & H. Minami: Sci. Rep., 8, 7980 (2018)..そして,2023年には,不安定なプラスミドではなく,全ての遺伝子を大腸菌のゲノムに直接組み込んだg/Lスケールの安定的な高生産株を構築した.2025年には,工業化の目安となる5 g/Lという高い生産量を達成するに至った(未公表).

図2■多段階遺伝子導入によるモルヒネ発酵生産

この高生産レチクリン株をプラットフォームとして,我々の挑戦はさらにその先,医療用オピオイドの生産へと進んだ.2015年に,スタンフォード大学のSmolkeらのグループが酵母を用いてモルヒネの重要な前駆体であるテバインの生産を報告していたが,その生産量は6.4 µg/Lと極めて微量であり,この経路の構築がいかに困難であるかを示していた(7)7) S. Galanie, K. Thodey, I. J. Trenchard, M. Filsinger Interrante & C. D. Smolke: Science, 349, 1095 (2015)..当初,複数の菌株を組み合わせる共培養システムを駆使し,酵母の300倍以上となる2.1 mg/Lのテバイン生産に成功していたが(8)8) A. Nakagawa, E. Matsumura, T. Koyanagi, T. Katayama, N. Kawano, K. Yoshimatsu, K. Yamamoto, H. Kumagai, F. Sato & H. Minami: Nat. Commun., 7, 10390 (2016).,前述のレチクリン高生産株を基盤とすることで,近年,単一の菌株でグルコースからテバインを300 mg/Lという高濃度で生産することに成功した.さらに経路を延長し,グルコースから直接,最終産物であるモルヒネ(0.35 mg/L)を生産することにも成功している(未公表)(図2図2■多段階遺伝子導入によるモルヒネ発酵生産).これは,複数の生物種に由来する酵素を組み合わせ,自然界には存在しない効率的な経路を設計することで,複雑な化合物の生産が可能であることを示したものであり,合成生物学の真髄を体現する成果であると自負している.

研究室から社会実装へ—ファーメランタ株式会社の設立

15年以上にわたる研究の積み重ねにより,学術的な興味の対象から,実用化を視野に入れる段階へと進む転機となったのが,2021年に採択された「スタートアップ総合支援プログラム(SBIR支援)」であった.このプログラムは,研究資金の提供だけでなく,事業化に必要な知識やネットワークを得る機会を与えてくれた.そして何よりも大きな収穫は,我々の技術の事業化に情熱を燃やす経営人材候補,柊崎氏(現CEO)との出会いであった.時を同じくして,日本では2022年に「スタートアップ育成5か年計画」が策定され,大学発ベンチャーを支援する政策が次々と打ち出されたが,その多くは企業を対象としており,大学の研究室が直接応募できるものではなかった.企業との連携が難しい中,研究をさらに加速させ,社会実装を実現するための最適な手段は何か.その答えは,自ら法人格を持つこと,すなわち起業であった.こうして2022年10月,筆者と研究室の中川講師,そしてSBIR支援で出会った柊崎氏の3名で,石川県立大学発のベンチャー「ファーメランタ株式会社」を設立した.「ファーメンテーション(発酵)」と「プランタ(植物)」を組み合わせた社名には,我々の技術の核心が込められている.

会社を設立したことで,自らが研究代表機関となり,これまで応募できなかった大型予算へ挑戦することが可能となった.その結果,新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)や,農林水産・食品産業技術振興協会(JATAFF)の事業に採択され,研究開発体制を飛躍的に拡充させることができている.ファーメランタの事業戦略は,特定の化合物を一つ作るのではなく,汎用性の高い「プラットフォーム技術」を確立することにある(図3図3■植物二次代謝産物発酵生産のためのプラットフォーム).植物二次代謝産物の主要な3グループであるアルカロイド,フラボノイド,テルペノイドについて,それぞれの重要な中間体(レチクリン,ナリンゲニン,ゲラニル二リン酸)を高生産する菌株を構築する.これらを基盤として,製薬企業や素材メーカーといったパートナー企業の要望に応じ,下流の遺伝子を導入することで,目的の化合物を迅速に開発・提供する.このビジネスモデルを実証するため,現在,石川県立大学の敷地内に3,000リットル規模の発酵槽を備えた共同研究拠点の建設を進めており,菌株開発から実用化を見据えたスケールアップ実証までを一貫して行える体制が整う予定である.

図3■植物二次代謝産物発酵生産のためのプラットフォーム

技術の先にあるもの—科学技術と社会の接点

我々が開発する技術の最終的な目標は,単に高い生産収率を達成することではない.その先にある社会的な価値の創造こそが本質である.例えば,我々が生産を目指すオピオイド系鎮痛剤は,その9割以上が先進国で消費されていると言われている.発酵生産によって製造コストを劇的に削減できれば,これまで高価で十分な量を確保できなかった発展途上国へも,質の高い医療を届けることが可能になる.これは,技術がもたらす人道的な貢献の大きな一例である.また,気候変動が農業に与える影響が深刻化する中,天候に左右されずに食料や医薬品原料を安定供給できる微生物発酵生産は,持続可能な社会を構築するための基盤技術となるだろう.我々が取り組む合成生物学は,微生物が本来作らない複雑な化合物を生産するという,従来の発酵産業の枠組みを大きく超えるものである.これは,日本の「ものづくり」の伝統をバイオテクノロジーの分野で再生させ,再び世界をリードする好機であると信じている.もちろん,その道のりは平坦ではない.フラスコから3,000リットルの大型発酵槽へとスケールアップする過程では,培養条件の最適化,菌株の安定性維持,そして目的物質の効率的な精製など,数多くの工学的な課題が待ち受けている.この「死の谷」を越えることこそが,我々の当面の最大の挑戦である.そして,Amyris社の教訓が示すように,技術の社会実装には,ビジネスとしての持続可能性が不可欠である.我々が科学者と経営の専門家からなるチームでファーメランタを設立したのは,この課題に正面から向き合うためである.さらに,生合成経路のような複雑な生命システムを最適化するためには,生物学の知識だけでは限界がある.我々は情報科学の研究者とも連携し,AIやバイオインフォマティクス技術を駆使して代謝経路のボトルネックを予測・解消する取り組みを進めており,既に生産性を2倍以上に向上させる成果も得ている.

合成生物学のフロンティアは,もはや個々の遺伝子を操作する段階から,細胞内の複雑な代謝システム,微生物と工業的な発酵プロセス,技術と持続可能なビジネスモデル,そして最終製品と社会のニーズといった,あらゆる要素を統合する「システムレベルの工学」へと移行している.問われているのは,「作れるか」から「社会が受容し,その恩恵を享受できる形で,経済的に見合う規模で,安定的に作り続けられるか」へと変化しているのである.

おわりに

微生物を用いた物質生産は,アミノ酸や抗生物質など,これまでも我々の生活に多大な恩恵をもたらしてきた.そこに合成生物学という新たなツールが加わったことで,その可能性は植物が持つ広大な化合物の世界にまで広がろうとしている.天然には存在しない新規の生合成経路を設計し,複雑な化合物を微生物に作らせる技術は,まさに次世代の発酵産業の核となりうる.大学で生まれた一つのアイデアが,多くの人々の支援を得て事業化へと歩みを進め,今まさに社会実装の入り口に立っている.この挑戦が,日本の強みである発酵技術を新たなステージへと引き上げ,世界の医療や環境問題の解決に貢献できることを願っている.本稿が,これから研究の道を志す若い方々にとって,基礎研究の先に広がる社会実装への可能性を感じる一助となれば幸いである.

Reference

1) D. K. Ro, E. M. Paradise, M. Ouellet, K. J. Fisher, K. L. Newman, J. M. Ndungu, K. A. Ho, R. A. Eachus, T. S. Ham, J. Kirby et al.: Nature, 440, 940 (2006).

2) C. J. Paddon, P. J. Westfall, D. J. Pitera, K. Benjamin, K. Fisher, D. McPhee, M. D. Leavell, A. Tai, A. Main, D. Eng et al.: Nature, 496, 528 (2013).

3) M. Li, K. R. Kildegaard, Y. Chen, A. Rodriguez, I. Borodina & J. Nielsen: Metab. Eng., 32, 1 (2015).

4) H. Minami, J. S. Kim, N. Ikezawa, T. Takemura, T. Katayama, H. Kumagai & F. Sato: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 105, 7393 (2008).

5) A. Nakagawa, H. Minami, J. S. Kim, T. Koyanagi, T. Katayama, F. Sato & H. Kumagai: Nat. Commun., 2, 326 (2011).

6) E. Matsumura, A. Nakagawa, Y. Tomabechi, S. Ikushiro, T. Sakaki, T. Katayama, K. Yamamoto, H. Kumagai, F. Sato & H. Minami: Sci. Rep., 8, 7980 (2018).

7) S. Galanie, K. Thodey, I. J. Trenchard, M. Filsinger Interrante & C. D. Smolke: Science, 349, 1095 (2015).

8) A. Nakagawa, E. Matsumura, T. Koyanagi, T. Katayama, N. Kawano, K. Yoshimatsu, K. Yamamoto, H. Kumagai, F. Sato & H. Minami: Nat. Commun., 7, 10390 (2016).