Kagaku to Seibutsu 63(11): 510-513 (2025)
農芸化学@High School
タイハーブでアニサキス症に立ち向かう
パンダンリーフPandanus amaryllifoliusの抗アニサキス作用に関する研究
Published: 2025-11-01
近年アニサキス症の患者数が増加傾向にある.ワサビや生姜に抗アニサキス効果があるという研究報告があるが,承認済み治療薬については未だ開発されていない.本研究ではタイハーブに焦点を当て,アニサキスを死滅または活動を著しく抑制させる有効成分を発見し,アニサキス症の対症薬の開発を目指した.各種タイハーブ抽出液のアニサキスへの効果検証を行ったところパンダンリーフに有意な死滅効果があることを発見した.アニサキスの生死判別はトリパンブルー染色法に従った.さらにクロマトグラフィーにより活性成分を精製し,有効なフラクションをNMRを用いて構造解析し,抗アニサキス作用を示す物質の構造に関する知見を得た.
© 2025 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2025 公益社団法人日本農芸化学会
アニサキス症とは,人の胃や腸壁などにアニサキス亜科幼線虫が穿入することで激しい腹痛や嘔吐などを引き起こす食中毒である.青魚やイカといったアニサキス亜科幼線虫が寄生しやすい魚介類を生食する文化が根付いている日本では,近年診断技術の高度化や生鮮食料品を冷蔵で長時間輸送することが可能になったこともあり,アニサキス症例の多発と広域化が見られ,社会問題となっている.アニサキス症治療薬は未だ存在せず,外科手術や胃内視鏡による幼虫の摘出以外に適切な治療法が確立されていない.予防策としては,マイナス20°C以下で24時間以上の冷凍を行うことや,70°C以上で1分以上の加熱を行うものしか発表されておらず(1)1) FAO & WHO: “Code of Practice for Fish and Fishery Products,” 2020, p. 345.,いずれも魚介類の生食文化に即した現実的なものとは言えない.その一方で,アニサキス症用薬剤としては認可されていなものの,木クレオソートを主成分とする正露丸にアニサキス死滅効果が認められた(2, 3)2) M. Sekimoto, H. Nagano, Y. Fujiwara, T. Watanabe, K. Katsu, Y. Doki & M. Mori: Hepatogastroenterology, 58, 1252 (2011).3) N. Ogata, H. Tagishi & M. Tsuji: Chem. Pharm. Bull., 68, 1193 (2020).という先行研究やワサビや生姜などの薬味にアニサキス死滅効果を確認したとする論文が発表されている(4)4)鈴木 淳,安田一郎,村田以和夫,村田理恵,西谷 潔:Ann. Rep. Tokyo Metr. Res. Lab. P.H., 53, 35 (2002)..本研究では,先行研究を踏まえてタイ留学をきっかけに,未だ研究対象とされていないタイハーブに焦点を当てたアニサキス死滅効果について研究を行うこととした.
屋久島海域に生息するカツオにアニサキスが多く寄生していることから,屋久島海域で捕獲されたカツオを入手し,新鮮なうちに捌くことで内臓よりアニサキスの採取を行った.
タイ料理に多用され,日本国内で入手可能な以下の10種類のタイハーブを用意した.
①タマリンドTamarindus indica ②パンダンリーフPandanus amaryllifolius ③ライムCitrus aurantiifolia ④青パパイヤCarica papaya L. ⑤レモングラスCymbopogon citratus ⑥コブミカンCitrus hystrix ⑦ナンキョウAlpinia galanga ⑧赤分葱Allium ascalonicum ⑨生胡椒Piper nigrum ⑩パクチーCoriandrum sativum
不純物を取り除くために十分に水洗いを行ったのち,各200 gを細かく粉砕した.葉,茎,皮,果肉,種を有するものについては全ての部位を採取し均一になるように混合した.各粉砕物にメタノール250 mLを加えて室温で24時間静置し,メタノール抽出液とした.
アニサキス5個体と各メタノール抽出液5.0 mLを6穴マルチディッシュに分注した.15°Cで24時間保温した後,各アニサキスの固体を0.4%トリパンブルー染色液に5分間浸透させた.さらに,生理食塩水で軽く洗浄したのち,顕微鏡を用いて各細胞の染色の様子を観察しアニサキスの生死判定を行った.また,対照として生理食塩水およびメタノールのみにおけるアニサキスの生存状態について同様に観察し,これら溶媒の影響はないことを確認した.生死判定においてはトリパンブルー染色液が死細胞を青く染める特性を用い,全体が青く染まったものを死滅(=効果あり)とし,染色が確認されなかったものについては生存(=効果なし)とした(5)5)三重正和,小畠英理:Electrochemistry, 76, 924 (2008)..本実験を5反復行い,アニサキスの生存の評価を行った(n=25).
その結果,パンダンリーフPandanus amaryllifoliusの抽出液においてのみ,アニサキス25個体に対する死滅効果が確認された.パンダンリーフは主に熱帯アジア地域やアフリカで栽培されている緑色の薬用植物であり,一般的には緑色の着色料に利用されるほか,芳香剤や蚊やゴキブリの忌避剤など多用途で用いられている(6)6) K. V. Wakte, A. B. Nadaf, R. J. Thengane & N. Jawali: Genet. Resour. Crop Evol., 56, 735 (2009)..
クロマト管(φ25 mm, l=350 mm)にシリカゲルを25 cm充填し,減圧濃縮したパンダンリーフ抽出液を,ヘキサン:酢酸エチル=1 : 1混合溶媒を溶出溶媒に用い,11 mLずつ計50本のフラクションに分画した.3と同様に,各フラクションにアニサキス6個体を入れ,15°Cで96時間保温し,トリパンブルー染色液にて生死判定を行った.コントロール群として溶出溶媒(ヘキサン:酢酸エチル=1 : 1)のみでも同様に実施した.その結果,フラクションNo.10, 11, 17において6個体すべての死滅が確認された.従って,アニサキス死滅効果のある成分本体はこれらのフラクションに含まれていると判断した.
続いて,上記3フラクションの溶液を減圧濃縮し,展開溶媒(ヘキサン:酢酸エチル=2 : 1)を用いて,薄層クロマトグラフィーにて成分を分離した.フラクションNo.10から2つのスポット(Rf値0.48, 0.40),No.11から2つのスポット(Rf値0.35, 0.28),No.17から4つのスポット(Rf値0.43, 0.37, 0.26, 0.17)が得られた.同様の操作を複数回繰り返し,各スポットを回収したのちに,10 mgを生理食塩水に溶解した.そこにアニサキス6個体を入れ,15°Cで96時間保温し,トリパンブルー染色液にて生死判定を行った.その結果,フラクションNo.10のRf値0.48のスポットにおいて6個体すべての死滅が確認された.残りのスポットは,いずれも1~3個体の死滅しか確認できなかった.
TLCにて分離精製したスポットについて,フラクションNo.11のRf値048のスポットに有効成分が含まれていることが示唆されたため,分取用TLCを用いて該当スポットをかきとり,1.0 mgを東京海洋大学食品栄養化学研究室にて,NMR(Bruker社Avance 600 MHz)による構造解析を行った.分析試料については,凍結乾燥後,重クロロホルムを加えて震盪後に,上清を得て画分Aとした.さらに残渣に重メタノールを加えて震盪後に上清を得て画分Bとした.
画分Bについては,クロロフィルaのスペクトルと特徴が一致したことからクロロフィル類の混合物であると推定された.画分Aについて芳香環由来化合物,酸素官能基由来化合物,炭化水素由来化合物の数種類の化合物の存在が示唆された.サンプル量が少ないため,混合物の状態で二次元NMR解析を行った.
二次元NMRから推定される部分構造をもとに活性本体の構造を推定した.図5図5■画分Aの1H NMRスペクトル(CDCl3)の画分Aの1H NMRのスペクトルをみると,0.5~1.5 ppmの炭化水素鎖由来の,3.0~4.1 ppmに酸素等の電子吸引性が高い元素に隣接すると考えられる水素の存在が示唆された.スペクトルが複雑であるため数種類の化合物が含まれると推定された.図7図7■二次元NMR HMQC分析のHMQC分析,図8図8■二次元NMR HMBC分析のHMBC分析により,代表シグナルの積分値よりある程度の存在比を示した以下の5種類の部分構造が存在すると推測した.従って,活性画分には少なくとも二種類の脂肪酸エステルが含まれている可能性が高いことが推定される.
いまだ効果的な治療薬が開発されていないアニサキス症に焦点を当てて,身近な食品から薬効成分を見つける天然物化学研究の一端を高校の化学実験室で行った.オープンカラムクロマトグラフィー法や薄層クロマトグラフィー法などの単純な原理の手法を用いて,生理活性物質の単離と精製を行い,複数のタイハーブからパンダンリーフ中に含まれる有効成分の部分精製に成功した.全体構造を解明するためには,試料の量や純度が不足しているため,さらにサンプル量を増やして,NMR解析および質量分析を進める必要があり,現在構造解明に向けて取り組んでいる.
同時に,活性本体の生体内における安定性なども評価しなければならず,胃酸と同等のpH溶液中で活性が失われないことや,細胞毒性についても並行して確認することで,将来的にはアニサキス症の対処薬としての実用化につながる研究としていきたい.アニサキス症に対する服薬による治療が実現されれば,アニサキス症を恐れることなく日本のみならず世界に向けてより一層の生食文化の普及につながることを期待している.
Acknowledgments
本実験ではNMR構造解析において,東京海洋大学 小山智之先生・嶋倉邦嘉先生にご協力をいただきました.お忙しい中ご指導いただきまして,心から感謝申し上げます.
Reference
1) FAO & WHO: “Code of Practice for Fish and Fishery Products,” 2020, p. 345.
3) N. Ogata, H. Tagishi & M. Tsuji: Chem. Pharm. Bull., 68, 1193 (2020).
4)鈴木 淳,安田一郎,村田以和夫,村田理恵,西谷 潔:Ann. Rep. Tokyo Metr. Res. Lab. P.H., 53, 35 (2002).
5)三重正和,小畠英理:Electrochemistry, 76, 924 (2008).
6) K. V. Wakte, A. B. Nadaf, R. J. Thengane & N. Jawali: Genet. Resour. Crop Evol., 56, 735 (2009).