Kagaku to Seibutsu 64(1): 44-51 (2026)
生物コーナー
巣仲間認識物質による社会性昆虫の複雑なコミュニケーションの仕組みと意義の解明
社会寄生アリにおける化学コミュニケーション
Published: 2026-01-01
© 2026 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2026 公益社団法人日本農芸化学会
生物は時に集団を形成し,社会を築くことで繁栄を遂げてきた.社会性昆虫であるアリもそのひとつであり,彼らは個体間で労働や生殖の役割を分業し,カースト制に基づく高度な社会構造を構築している.アリの社会は,基本的に血縁者のみで構成されており,他の集団に対しては排他的に振る舞う頑強な社会構造を有している.しかしその一方で,この排他的な社会システムを巧みに欺き,他アリ種が築いた社会に住み着く,もしくは侵略する「社会寄生種」と呼ばれる特異なアリ種も存在する.本稿では,アリ類がもつ排他的な巣仲間識別機構の概要と,本機構を欺くことでその社会システムを利用する社会寄生種の生存戦略について概説する.
アリは,女王(生殖カースト)と働きアリ(不妊の労働カースト)からなる分業制に基づく社会(コロニー)を築く社会生昆虫であり,地球上で最も繁栄している昆虫群のひとつである(1)1) B. Hölldobler & E. O. Wilson: “The ants”, Harvard University Press, 1990..彼らの社会は血縁者からなる複数の個体によって構成されており,自身らとは異なる出自のアリや,その他の生物種に対しては排他的に振る舞う.そしてこの巣仲間識別には,体表炭化水素と呼ばれる化学物質の関与が知られている.
体表炭化水素とは,昆虫の体表面に存在するワックス状の炭化水素類の総称であり,アリを含むさまざまな昆虫種で確認されている(図1図1■アリと体表炭化水素).昆虫における体表炭化水素の主な役割は,体表面からの水分の蒸発を防ぐための乾燥耐性バリアーである(2~5)2) H. Chung & S. B. Carroll: BioEssays, 37, 822 (2015).3) C. Detrain, J.-L. Deneubourg & J. M. Pasteels: “Information processing in social insects”, ed. by C. Detrain, J-L. Deneubourg & J. M. Pasteels, Birkhäuser, 1999.4) R. W. Howard & G. J. Blomquist: Annu. Rev. Entomol., 50, 371 (2005).5) S. J. Sturgis & D. M. Gordon: Myrmecol. News, 16, 101 (2012)..アリの社会においても体表炭化水素を乾燥耐性に利用しており,とりわけ野外の乾燥した環境や強い日照の中で採餌を行う「外勤」と呼ばれる働きアリは,巣内で幼虫の育児などに従事する「内勤」の働きアリに比べて,乾燥耐性に寄与するとされる数種の炭化水素種をより多く有していることが知られている(6)6) A. Koto, N. Motoyama, H. Tahara, S. McGregor, M. Moriyama, T. Okabe, M. Miura & L. Keller: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 116, 5597 (2019)..またわれわれは体表炭化水素の発現制御の仕組みとして,さまざまな社会性生物で社会行動に関与するとされるオキシトシン・バソプレシンファミリーペプチドの一種であるイノトシンの発現と機能に着目した.イノトシンは内勤に比較して,外勤の働きアリでより高く発現し,体表炭化水素の生合成に必須な遺伝子Cyp4g1の発現を介して体表炭化水素の合成に寄与することを明らかにしている(6)6) A. Koto, N. Motoyama, H. Tahara, S. McGregor, M. Moriyama, T. Okabe, M. Miura & L. Keller: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 116, 5597 (2019)..
アリは歩く化学庫と呼ばれるほど,コミュニケーションの多くをさまざまな化学物質に依存している(1)1) B. Hölldobler & E. O. Wilson: “The ants”, Harvard University Press, 1990..これら化学物質は情報化学物質(Semiochemicals)と呼ばれている.昆虫の体表炭化水素もそのひとつであり,アリの場合,その体表におおよそ数十種類以上存在する多様な炭化水素の複合群を指し,その組成はアリの種類やコロニーごとに異なる.アリは触角を用いてこの組成の違いを識別し,組成が同じ相手に対しては巣仲間として受け入れ,異なる相手に対しては外敵とみなして攻撃を行う.巣仲間識別は体表炭化水素に強く依存し,外見的特徴が自分たちと明らかに異なる相手であっても,体表炭化水素の組成が同じであれば巣仲間として受け入れてしまう(2~5)2) H. Chung & S. B. Carroll: BioEssays, 37, 822 (2015).3) C. Detrain, J.-L. Deneubourg & J. M. Pasteels: “Information processing in social insects”, ed. by C. Detrain, J-L. Deneubourg & J. M. Pasteels, Birkhäuser, 1999.4) R. W. Howard & G. J. Blomquist: Annu. Rev. Entomol., 50, 371 (2005).5) S. J. Sturgis & D. M. Gordon: Myrmecol. News, 16, 101 (2012)..
先述したとおり,アリは縄張意識が強く,他生物種や非巣仲間のアリ種に対しては敵対的な行動を振る舞う.この排他的な社会構造がゆえに,アリの巣内およびその周辺には,外敵を排した彼らにとっての安全な環境が築かれている.そのためか,アリがもつ巣仲間識別機構を巧みに欺き,生活の一部,もしくはすべてをアリに依存して,彼らの築いた社会環境に便乗する寄生性または共生性の生物も存在し,これらは総称して「好蟻性生物(Myrmecophile)」と呼ばれている(7, 8)7) D. H. Kistner: “The social insects’ bestiary, in social insects, vol. III”, ed. by H. R. Hermann, Academic Press, 1982.8) A. Buschinger: Myrmecol. News, 12, 219 (2009)..また,好蟻性生物はバッタ目,チョウ目,クモ目などさまざまな分類群で確認されているが,その中にはアリ自身も含まれており,このようなアリ種は「社会寄生種(Socially parasitic ant)」と呼ばれている(7, 8)7) D. H. Kistner: “The social insects’ bestiary, in social insects, vol. III”, ed. by H. R. Hermann, Academic Press, 1982.8) A. Buschinger: Myrmecol. News, 12, 219 (2009)..
好蟻性生物や社会寄生種がどのようにして宿主アリ種の巣仲間識別を欺くのかは,古くから研究されており,代表的な戦略としては化学隠匿(Chemical insignificance)と化学偽装(Chemical disguise)が挙げられる(9~13)9) M. K. Hojo, A. Wada-Katsumata, T. Akino, S. Yamaguchi, M. Ozaki & R. Yamaoka: Proc. Biol. Sci., 276, 551 (2009).10) V. Nehring, F. R. Dani, L. Calamai, S. Turillazzi, H. Bohn, K. D. Klass & P. d’Ettorre: BMC Ecol., 16, 35 (2016).11) K. Dettner & C. Liepert: Annu. Rev. Entomol., 39, 129 (1994).12) A. Lenoir, P. d’Ettorre, C. Errard & A. Hefetz: Annu. Rev. Entomol., 46, 573 (2001).13) T. Akino: Myrmecol. News, 11, 173 (2001)..化学隠匿とは,巣仲間識別物質である体表炭化水素をそもそもほとんどもたない(もしくは巣仲間識別に大きく関与しない種類の炭化水素しかもたない)ことでステルス状態になり,宿主アリ種からそもそも認識されないようにする戦略である.一方で化学偽装とは,宿主アリ種と同一組成の体表炭化水素を偽装することで,宿主に対して巣仲間であると誤認識させる戦略である.化学偽装に関してはさまざまな好蟻性生物や社会寄生種で確認されており,宿主の巣仲間識別を欺くうえで一般的な戦略であると考えられる.
化学偽装には,化学迷彩(Chemical camouflage)と化学擬態(Chemical mimicry)のふたつの偽装手段があると古くから分類され,考えられてきた(11~13)11) K. Dettner & C. Liepert: Annu. Rev. Entomol., 39, 129 (1994).12) A. Lenoir, P. d’Ettorre, C. Errard & A. Hefetz: Annu. Rev. Entomol., 46, 573 (2001).13) T. Akino: Myrmecol. News, 11, 173 (2001)..前者は宿主から直接体表炭化水素を奪取して偽装する方法であり,後者は宿主と類似する体表炭化水素の組成を新規に生合成することで偽装する方法である(図2図2■化学偽装の種類 ((25)改変)).この化学偽装の至近要因については,クモやシミ,コオロギなどといったいくつかの好蟻性生物では断片的に研究されてきた(14~19)14) R. K. Vander Meer & D. P. Wojcik: Science, 218, 806 (1982).15) R. W. Howard, D. W. Stanley-Samuelson & R. D. Akre: J. Kans. Entomol. Soc., 63, 437 (1990).16) T. Akino, R. Mochizuki, M. Morimoto & R. Yamaoka: Jpn. J. Appl. Entomol. Zool., 40, 39 (1996).17) C. von Beeren, S. Schulz, R. Hashim & V. Witte: BMC Ecol., 11, 30 (2011).18) C. von Beeren, R. Hashim & V. Witte: J. Chem. Ecol., 38, 262 (2012).19) G. Scarparo, P. d’Ettorre & A. Di Giulio: J. Chem. Ecol., 45, 959 (2019)..しかし,化学偽装はアリ類における社会寄生種の寄生戦略を論じるうえで重要な現象であるにもかかわらず,実際のところ社会寄生種がいずれの偽装方法を採用しているのか,定量的かつ分子レベルでの検証はこれまでされていなかった.そこでわれわれは,社会寄生種であるトゲアリ(Polyrhachis lamellidens)の化学偽装に着目した.
トゲアリはわが国に生息するアリ種であり,クロオオアリ(Camponotus japonicus)やムネアカオオアリ(Camponotus obscuripes)などを宿主とする(20~23)20) 郡場央基:昆蟲,31, 200(1963).21) 酒井春彦:インセクタリゥム,33, 232(1996).22) 酒井春彦:インセクタリゥム,37, 78(2000).23) H. Iwai, Y. Kurihara, N. Kono, M. Tomita & K. Arakawa: Insectes Soc., 68, 375 (2021)..本種の新女王は女王候補とオスが巣外へ飛び立ち交尾を行う結婚飛行を終えた後,一般のアリ種のように自分自身で一から巣を作るのではなく,宿主の巣を探して侵入する.その際トゲアリの新女王アリは宿主の働きアリに馬乗りになる特異な行動(以下,「馬乗り行動」)をみせる(図3図3■トゲアリ新女王によるクロオオアリ(宿主働きアリ)への馬乗り行動((26)改変)).本行動を終えたトゲアリ新女王は,不思議なことに宿主からの反撃をほとんど受けなくなり,巣の奥深くまで侵入できるようになる.巣の最深部まで到達したトゲアリ新女王は,宿主女王を探し出して直ちに殺害する.そして宿主女王の殺害後,トゲアリ新女王は産卵を開始する.宿主の働きアリたちは自分たちの女王が殺害されたことにも気づかず,トゲアリ新女王が産卵した卵からかえった幼虫を育て,やがて巣内は,宿主によって育てられたトゲアリの働きアリで占拠される.最終的に宿主の働きアリは寿命を迎えて全滅し,コロニーはトゲアリのみで構成されるようになる.
なぜトゲアリ新女王は宿主に気づかられることなく巣内に侵入し,宿主女王の殺害という大仕事を成し遂げることができるのか.われわれは,トゲアリの化学偽装の戦略として,侵入直後に見せる働きアリへの馬乗り行動に着目し,その前後におけるトゲアリ新女王および宿主働きアリの体表炭化水素を測定した.その結果,トゲアリ新女王の体表炭化水素プロファイルは馬乗り行動後に宿主働きアリと類似したものへと変化することが確認された(24)24) H. Iwai, M. Mori, M. Tomita, N. Kono & K. Arakawa: Front. Ecol. Evol., 10, 915517 (2022)..この変化は,馬乗り行動が化学偽装を遂行するための戦略であることを示唆しており,先述の宿主からの反撃が軽減されるという知見とも整合する.それでは,この馬乗り行動を介した化学偽装は,どのようなメカニズムに基づいて遂行されるのだろうか.
われわれはまず,トゲアリ新女王を対象に化学偽装の手段のひとつである化学迷彩仮説を検証するため,標識物質を用いたトレースアッセイを実施した.標識物質とは,人工的に合成された安定同位体を含む炭化水素のことであり,鎖長や構造はアリの体表炭化水素と類似した物質を用意した.そして,この標識物質を宿主働きアリに人工的に塗布し,その個体に対してトゲアリ新女王に馬乗り行動を行わせた.もしトゲアリ新女王が化学迷彩を行っているのであれば,宿主に塗布された標識物質も馬乗り行動を通じて獲得されるはずである.結果は予想どおり,馬乗り行動を行ったトゲアリ新女王からは,宿主と同じ体表炭化水素のみならず,宿主に塗布された標識物質も検出することに成功した(24)24) H. Iwai, M. Mori, M. Tomita, N. Kono & K. Arakawa: Front. Ecol. Evol., 10, 915517 (2022)..つまり,トゲアリ新女王は体表炭化水素の偽装手段として,化学迷彩を採用していることが示された.
次に,化学擬態仮説を検証するため,昆虫の体表炭化水素の生合成において中心的な役割を果たす代謝組織(脂肪体とエノサイト細胞)に着目した.馬乗り行動を行う前後のトゲアリ新女王において体表炭化水素の生合成にかかわる遺伝子群のmRNAおよびタンパク質レベルの発現量解析を実施したところ,これらの遺伝子,特に体表炭化水素の合成量に直接影響を与えるとされるCyp4g1については,mRNAとタンパク質のいずれにおいても発現変動は検出されなかった(24)24) H. Iwai, M. Mori, M. Tomita, N. Kono & K. Arakawa: Front. Ecol. Evol., 10, 915517 (2022)..もしトゲアリ新女王が化学偽装の際に体表炭化水素を新規に生合成する化学擬態を行っているのであれば,これら遺伝子の発現量は馬乗り行動を介して変化することが予想される.しかしそれに反する上述の結果は,トゲアリ新女王は体表炭化水素の新規生合成を介した化学擬態は行っていないことを示唆している.以上の知見からわれわれは,トゲアリ新女王は化学迷彩によって体表炭化水素を偽装していると結論づけた.トゲアリ新女王は馬乗り行動を通じて,いわば“追い剝ぎ”のように宿主働きアリの体表炭化水素を奪い取り,宿主の巣仲間として認識されるように偽装しているのである.
最後に,トゲアリ新女王による体表炭化水素の偽装効率を検証するため,標識物質を塗布した宿主働きアリに馬乗り行動を行わせたのち,当該個体を宿主から最長9日間隔離し,獲得した宿主由来の体表炭化水素と標識物質の保持状況を調べた.その結果,トゲアリ新女王は宿主から9日間隔離されたとしても,宿主由来の体表炭化水素の組成・量,ならびに標識物質を維持できることが明らかになった(24)24) H. Iwai, M. Mori, M. Tomita, N. Kono & K. Arakawa: Front. Ecol. Evol., 10, 915517 (2022)..この結果は,トゲアリ新女王は宿主との一度の接触のみで,偽装状態を維持するに十分な体表炭化水素を獲得できることを示唆している.先行研究において好蟻性のクモやシミを対象に類似の実験が行われているが,これらの生物種では宿主コロニーから9日間隔離されると,宿主から獲得した体表炭化水素もしくは標識物質を失ってしまうことが知られている(17, 18)17) C. von Beeren, S. Schulz, R. Hashim & V. Witte: BMC Ecol., 11, 30 (2011).18) C. von Beeren, R. Hashim & V. Witte: J. Chem. Ecol., 38, 262 (2012)..われわれが行った実験とは対照的なこの結果は,好蟻性のクモやシミにおいては,化学偽装の維持に宿主アリ種との継続的な接触が重要であることを示唆している.なぜトゲアリ新女王に限って,このような偽装状態の維持が可能なのかは不明であるが,この高い化学偽装効率はもしかしたら他の好蟻性生物では実現できない社会寄生種固有の特徴であるのかもしれない.
ここまでトゲアリ新女王が宿主コロニーへの侵入時に用いる化学戦略について述べてきた.しかし,社会寄生を成立させるためには,より早い段階においてそもそも適切な宿主コロニーを正確に見つけ出し,認識することが不可欠である.それではトゲアリ新女王はどのようにして宿主アリ種を探索・識別しているのだろうか.われわれは,多くのアリ種が体表炭化水素をはじめ,さまざまな情報化学物質をコミュニケーションに用いていることから,トゲアリ新女王も宿主アリ種がもつ化学物質を情報源として利用し,宿主の認識に役立てていると予想した.
この仮説を検証するために,われわれは宿主であるクロオオアリの働きアリから抽出した体表物質(体表炭化水素も含む)と,昆虫の外骨格の主成分であるキチンが塗布されたガラスビーズを用意し,これにトゲアリ新女王を接触させる実験を行った.その結果,トゲアリ新女王がガラスビーズに対して馬乗り行動を示すことが確認された.この実験により,トゲアリ新女王は宿主アリ種の体表成分を認識し寄生行動を行っている可能性が示唆された(図4図4■宿主を模したガラスビーズに馬乗り行動を行うトゲアリ新女王 ((25)改変))(26)26) Y. Kurihara, H. Iwai, N. Kono, M. Tomita & K. Arakawa: Biol. Open, 11, bio058956 (2022)..
この実験から,トゲアリはクロオオアリと類似した情報化学物質の認識機構を備えているのではないかと考え,そのメカニズムの解明に向けて体表炭化水素をはじめとした,情報化学物質の感知にかかわる化学感覚タンパク質(Chemosensory protein; CSP)に着目した.CSPとは疎水性化合物を嗅覚受容体へ輸送する結合タンパク質であり,アリではこれら遺伝子が数コピー確認され,主に触角で発現していることが知られている(27~30)27) M. Ozaki, T. Wada-Katsumata, T. Fujikawa, M. Iwasaki, H. Yokohari, Y. Sato & R. Nisimura: Science, 309, 311 (2005).28) J. Kulmuni, Y. Wurm & P. Pamilo: Heredity, 110, 538 (2013).29) S. K. McKenzie, P. R. Oxley & D. J. C. Kronauer: BMC Genom., 15, 718 (2014).30) M. Hojo, S. Ishii, Y. Sakura, H. Yamaguchi, T. Tsuji & M. Ozaki: Sci. Rep., 5, 13541 (2015)..また,一部のCSPは体表炭化水素と結合することが知られており,巣仲間識別を行ううえで重要な役割を担っていると考えられている(27~30)27) M. Ozaki, T. Wada-Katsumata, T. Fujikawa, M. Iwasaki, H. Yokohari, Y. Sato & R. Nisimura: Science, 309, 311 (2005).28) J. Kulmuni, Y. Wurm & P. Pamilo: Heredity, 110, 538 (2013).29) S. K. McKenzie, P. R. Oxley & D. J. C. Kronauer: BMC Genom., 15, 718 (2014).30) M. Hojo, S. Ishii, Y. Sakura, H. Yamaguchi, T. Tsuji & M. Ozaki: Sci. Rep., 5, 13541 (2015)..もしトゲアリがクロオオアリと類似した情報化学物質の認識機構を備えているのであれば,両種間でのCSPの多様性も類似していると予想される.本仮説を検証するため,われわれはトゲアリとクロオオアリのゲノムを解読し,両種におけるCSPの網羅性を調査したところ,トゲアリとクロオオアリからそれぞれ12種類のCSPを同定することに成功し,これらは概ね一対一のオルソログの関係にあることがわかった(図5図5■トゲアリにおけるCSPの概要)(31)31) H. Iwai, Y. Kurihara, N. Kono, M. K. Hojo, K. Yamaguchi, S. Shigenobu, M. Ozaki, A. Koto & K. Arakawa: DNA Res., 32, dsaf005 (2025)..また,トゲアリの働きアリと新女王の触覚を対象に各種CSPの遺伝子発現量を調査したところ,興味深いことにいくつかのCSP(PlamCSP1, PlamCSP13)は働きアリよりも新女王で高発現であることが判明した(図5図5■トゲアリにおけるCSPの概要)(31)31) H. Iwai, Y. Kurihara, N. Kono, M. K. Hojo, K. Yamaguchi, S. Shigenobu, M. Ozaki, A. Koto & K. Arakawa: DNA Res., 32, dsaf005 (2025)..以上の結果から,トゲアリはクロオオアリと類似した情報化学物質の認識機構を有し,トゲアリ新女王は働きアリのように採餌や育児といった典型的な社会行動を行わないにもかかわらず,働きアリと同等かそれ以上にCSPを発現し体表炭化水素を積極的に感知して宿主認識を行う可能性が推測された.
図5■トゲアリにおけるCSPの概要
(a)トゲアリとクロオオアリのCSPに関する系統樹.ノード上の数値はSH-aLRT support/ultrafast bootstrap値.(b & c)トゲアリのCSP(PlamCSP1 & PlamCSP13)の遺伝子発現量.*: FDR < 0.05. ((31)31) H. Iwai, Y. Kurihara, N. Kono, M. K. Hojo, K. Yamaguchi, S. Shigenobu, M. Ozaki, A. Koto & K. Arakawa: DNA Res., 32, dsaf005 (2025).改変)
私たちはトゲアリを対象とした研究を通して,社会寄生種が行う情報化学物質を介した寄生戦略の一端を解明してきた.しかし,彼らはどのようにして一度偽装した体表炭化水素の組成を維持するのか,またどのようにして宿主アリ種を識別しているのかについては,依然として多くの疑問が残されている.
先に述べたとおり,馬乗り行動を行ったトゲアリ新女王は,宿主から隔離された場合でも,体表炭化水素の組成や量を偽装直後の状態から維持できることが判明した.この現象を説明するにあたり,われわれはアリ類の頭部に存在する後部咽頭腺という器官がかかわっていると推測している.アリ類の場合,後部咽頭腺は自身や巣仲間から獲得した体表炭化水素を貯蔵する器官として機能している(32, 33)32) V. Soroker, C. Vienne, A. Hefetz & E. Nowbahari: Naturwissenschaften, 81, 510 (1994).33) V. Soroker, C. Vienne & A. Hefetz: J. Chem. Ecol., 21, 365 (1995)..そして実はわれわれの実験により,標識物質が塗布された宿主働きアリに馬乗り行動を行ったトゲアリ新女王の後部咽頭腺から,宿主由来の体表炭化水素と標識物質を確認することに成功している(24)24) H. Iwai, M. Mori, M. Tomita, N. Kono & K. Arakawa: Front. Ecol. Evol., 10, 915517 (2022)..これは,トゲアリ新女王は化学迷彩によって宿主から獲得した体表炭化水素を後部咽頭腺に貯蔵していることを示唆している.現状では断言できないが,もしかしたらトゲアリ新女王は後部咽頭腺に貯蔵した宿主由来の体表炭化水素を定期的に吐き出して自身の体表に塗布することで,宿主が不在の状況でも偽装状態を維持しているのかもしれない.その実証には,先に述べた隔離飼育実験を再度実施し,トゲアリ新女王の後部咽頭腺中に含まれる炭化水素や標識物質の遷移をトレースすることで,上述した仮説の検証が必要である.
トゲアリ新女王の宿主認識に関しては,宿主アリ種の体表物質が関与していることがわかった.しかし,トゲアリ新女王が非宿主アリ種の体表物質に対して,どのように振る舞うかはいまだ定かではない.既述のとおり,トゲアリの宿主は主にクロオオアリおよびムネアカオオアリの2種である.しかし日本には約300種ものアリが生息しており(34)34) 寺山 守,久保田 敏,江口克之:“日本産アリ類図鑑”,朝倉書店,2014, p. 276.,このようなさまざまなアリ種が混在する野外環境の中で,トゲアリ新女王はどのように相手を取捨選択し,適切な宿主を見つけ出すことができるのだろうか.その選別機構の解明は今後の重要な研究課題と考える.
また,宿主巣内へ侵入したトゲアリ新女王は,その後速やかに宿主女王のみを正確に識別して殺害する.光の届かない巣内環境では視覚に依存できないことから,宿主女王の識別にも化学的シグナルが関与していると考えられる.おそらく,宿主女王に特有の情報化学物質が本行動に関与していると思われるが,その実態はいまだ明らかにされていない.このような宿主アリ種の識別能力や,化学偽装をはじめとした寄生行動は,他の社会寄生種においても度々共通して確認されている特徴であり,社会寄生を遂行するうえで極めて重要な要素であると考えられる.今後,トゲアリをモデルとしてこれら行動の基盤となるメカニズムを解明することにより,社会寄生戦略の進化的背景に対する理解が一層深まることが期待される.
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35) いきものログ運営事務局:レッドリスト・レッドデータブック,https://ikilog.biodic.go.jp/rdbdata/files/redlist2020/redlist2020_kontyurui.csv, 2020.
36) M. Terayama, K. Kinomura & R. Kitazawa: Jpn. J. Syst. Entomol., 30, 174 (2024).