Kagaku to Seibutsu 64(1): 52-55 (2026)
農芸化学@High School
ローズマリー由来発芽抑制物質の探索
Published: 2026-01-01
植物は多様な二次代謝産物を生合成しており,それらの化合物の中には他の植物の生育に顕著な影響を及ぼすものが存在する.このような植物間相互作用はアレロパシーと総称され,その作用は抑制的にも促進的にも発現し得る.アレロパシー現象は古くから数多く報告されており(1)1) 藤井義晴:化学と生物,28, 471 (1990).,作用候補物質も多岐にわたるが,特定の化学物質がアレロパシーの主因であることを証明し,さらにその知見を農業技術へと応用した例は限られている.実際に,藤井ら(1990)はシソ科植物であるホトケノザ,ハッカ,レモンバームの水抽出液がレタス(Lactuca sativa)種子の発芽を抑制することを報告している(2)2) 藤井義晴,渋谷知子,安田 環:雑草研究,35, 362 (1990). が,抑制作用の原因物質の同定には至っていない.そこで本研究では,シソ科植物であるローズマリー(Salvia rosmarinus)による二十日大根(Raphanus sativus var. sativus)種子の発芽抑制作用の主因となる物質の特定に加え,ローズマリー由来の除草剤作製の糸口として,ローズマリーに含まれる発芽抑制物質の分離を試みた.
© 2026 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
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ローズマリー(品種:マリンブルー)の生葉2 gを乳鉢で5分間すり潰し,蒸留水(DW)40 mLと混合後,ろ紙(AZUMI定性ろ紙110 mm)にてろ過を行った.このようにして得られた溶液を水抽出液Iとした.まず,水抽出液Iが先行研究(2)2) 藤井義晴,渋谷知子,安田 環:雑草研究,35, 362 (1990).で用いられていたレタス(品種:グレートレークス366)種子の発芽を抑制するかどうか検証し,さらに二十日大根(品種:さくらんぼ)種子に対して発芽抑制作用を示すかどうか検証した.1シャーレあたり25粒の種子を脱脂綿上に播き,蒸留水または水抽出液Iを7 mLずつ与え,インキュベーター(BITEC-300)にて20°Cで保持した.播種からおよそ3日後に,3シャーレにおける平均発芽数および平均幼根長を比較した.
水抽出液Iを沸騰開始から5分間加熱し,20°Cまで冷却したものを加熱水抽出液Iとした.加熱水抽出液Iを二十日大根種子25粒に7 mL与え,3シャーレにおける平均発芽数および平均幼根長を比較した.
藤井氏が考案したディッシュパック法(3)3) 藤井義晴:香料,287, 83 (2020).を参考にして実験を行った.6穴マルチディッシュ(86×128 mm)の5穴にそれぞれ二十日大根種子10粒を播き,1穴あたり蒸留水を2 mL与えた.残り1穴に,刻んだローズマリーの生葉2 gを添加した場合と添加しなかった場合で,5穴における,二十日大根種子10粒の平均発芽数および平均幼根長を比較した.
キシレン40 mLを用いて,分液漏斗による40 mLの水抽出液Iの抽出を行った.得られたキシレン層からエバポレーター(kenis製N-1300V-WB)によりキシレンを除去し,残存した固形物を40 mLの蒸留水と混合した.このように調製した溶液をキシレン抽出液とした.
キシレン抽出液を二十日大根種子25粒に7 mL与え,3シャーレにおける平均発芽数および平均幼根長を比較した.
実験4と同様の抽出により得られた蒸留水層に対して,さらに1回あたりキシレン25 mLを用いて抽出を3回繰り返した.この操作により得られた蒸留水層の溶液を水抽出液IIとした.
水抽出液IIを二十日大根種子25粒に7 mL与え,3シャーレにおける平均発芽数および平均幼根長を比較した.
ローズマリー由来の精油である,シネオール精油,カンファー精油,ベルベノン精油(いずれもCOONA社製)に含まれる揮発性物質による発芽抑制作用を検証した.実験3と同様に,ディッシュパック法で検証を行った.1穴に精油1.5 mLを添加した場合と添加しなかった場合で,残り5穴に10粒ずつ播いた二十日大根種子の平均発芽数および平均幼根長を比較した.
3種のローズマリー精油に多く含まれる物質であるカンファー,1,8-シネオール,α-ピネンの発芽抑制作用を実験3, 6と同様にディッシュパック法で検証した.1穴に試料2 gを添加した場合と添加しなかった場合で,残り5穴に10粒ずつ播いた二十日大根種子の平均発芽数および平均幼根長を比較した.
ローズマリー由来の新たな除草剤作製の糸口として,ローズマリー精油の分離を試みた.3種のローズマリー精油に加え,比較対象としてジエチルエーテルにカンファー2 gを溶かしたものを,それぞれベンゼンを展開溶媒として,TLCプレート(TLC Silica gel 60 F254 25 Aluminum sheets)で展開した.蛍光検査灯(TOPCON FI-31L)で紫外線(波長:300–400 nm)を照射することによって,紫外線吸収を示すスポットが現れるかどうか確認した.
結果と考察では,aを付した図には二十日大根種子の平均発芽数を,bを付した図には発芽した種子の幼根長(cm)の平均値を,それぞれ小数点以下第二位を四捨五入して示した.また,有意水準は0.05とし,図のエラーバーは標準誤差とした.
蒸留水を与えた種子と比較して,水抽出液Iを与えた種子ではレタス,二十日大根ともに,平均発芽数および平均幼根長は有意に低下した(二十日大根種子における結果を図1, 2図1■播種から2日後の二十日大根種子の様子図2■水抽出液Iと加熱水抽出液Iが二十日大根の発芽と幼根の伸長に与える影響に示した).
この結果から,水抽出液Iは二十日大根種子の発芽を抑制することが示された.
二十日大根は暗発芽性である点や,種子の大きさがレタスよりも大きく扱いやすい点で優れていることから,以後の実験では二十日大根種子を試料として用いた.
水抽出液Iを与えた種子と加熱水抽出液Iを与えた種子の間で,平均発芽数と平均幼根長ともに,有意な差は認められなかった(図2図2■水抽出液Iと加熱水抽出液Iが二十日大根の発芽と幼根の伸長に与える影響).この結果から,100°C程度の熱を加えても発芽抑制作用は消失せず,当該抑制物質は耐熱性を有すると考えられる.ただし,より高温条件下での安定性については今後の検証が望まれる.
ローズマリーから放出される揮発性物質に曝露された種子は,曝露されなかった種子と比較して,平均発芽数,平均幼根長がともに有意に低下した(図3図3■ローズマリーから放出される揮発性物質が二十日大根種子の発芽と幼根の伸長に与える影響)ことから,ローズマリーから放出される揮発性物質は発芽抑制に関与することが示唆された.
キシレン抽出液を与えた種子では,平均発芽数,平均幼根長ともに有意な低下が認められ(図4図4■キシレン抽出液が二十日大根種子の発芽と幼根の伸長に与える影響),ローズマリーに含まれる脂溶性物質が発芽を抑制することが示唆された.
水抽出液IIを与えた種子と蒸留水を与えた種子との間で,平均発芽数に有意な差は認められなかったが,平均幼根長は水抽出液IIを与えた種子の方が有意に短くなった(図5図5■水抽出液IIが二十日大根の発芽と幼根の伸長に与える影響).
この結果から,ローズマリーに含まれる水溶性物質は特に幼根伸長を抑制することが示唆された.
ローズマリー精油の揮発性物質に曝露された種子は,曝露されなかった種子と比較して,平均発芽数,平均幼根長がともに有意に低下した(図6図6■ローズマリー精油に含まれる揮発性物質が二十日大根の発芽と幼根の伸長に与える影響)ことから,ローズマリー精油の揮発性物質は発芽を抑制することが示された.
カンファー,1,8-シネオール,α-ピネンに曝露された種子は,曝露されなかった種子と比較して,平均発芽数,平均幼根長がともに有意に低下し,特にカンファーおよび1,8-シネオールに暴露された種子において顕著な低下が認められた(図7図7■ローズマリー精油の主要物質が二十日大根の発芽と幼根の伸長に与える影響).
この結果から,カンファー,1,8-シネオールが発芽抑制における揮発性,脂溶性の主な原因物質であると考えられる.
薄層クロマトグラフィーでの分離操作を行い,紫外線を照射したところ,3種のローズマリー精油すべてにおいて,カンファーと同程度のRf値である箇所に紫外線吸収を示すスポットが観察された(Rf値:0.67付近)(図8図8■試料を展開したTLCシートに紫外線を照射した様子).
この結果から,精油からカンファーまたはカンファーと類似した性質を持つ化合物が分離可能であることが示唆された.単一の化合物の分離に関しては,GCやHPLCなどを用いたさらなる検証が期待される.
本研究により,ローズマリーの水抽出物のレタス種子および二十日大根種子に対する発芽抑制作用が確認された.原因となる物質は,100°C程度の熱には安定で,揮発性を有することが示唆された.また,水溶性および脂溶性物質がともに抑制に関与し,特に水溶性物質は幼根伸長に作用する可能性が示唆された.ローズマリーの水溶性物質が幼根伸長抑制に作用していることを示した先行研究は確認できず,幼根伸長抑制活性を有する水溶性物質の同定,作用機序の解明が期待される.
さらに,脂溶性,揮発性成分に着目した実験では,特にローズマリー精油に含まれるカンファーおよび1,8-シネオールが顕著な発芽抑制活性を有することが明らかとなった.アレロパシーの作用経路として,葉からの浸出,揮発性物質としての放出,植物体の残渣蓄積,根からの滲出の四経路が一般的に受け入れられている(1)1) 藤井義晴:化学と生物,28, 471 (1990).が,カンファーと1,8-シネオールは代謝産物が揮発性物質として放出されるケースに該当すると考えられる.しかし,本研究では精油の揮発性物質による発芽抑制作用は確認できたが,自然界でローズマリーがどのように他の植物に対して発芽抑制を行っているのか,またそもそもローズマリーは自然界で発芽抑制を行っているのかということに関しては明らかにできていない.自然環境下において放出されるカンファーや1,8-シネオールの濃度は,本研究の密閉状況下における濃度よりも非常に低いと思われるため,自然環境下におけるカンファーや1,8-シネオールの影響についてはさらなる検証が必要である.
新たな除草剤作製の糸口として,薄層クロマトグラフィーによるローズマリー精油の分離を試みたところ,カンファーまたはカンファーと類似した性質を持つ化合物を分離できることが示唆された.本実験では精油の分離を行ったが,ローズマリーの生葉からカンファーをはじめとした発芽抑制物質を分離できれば,ローズマリー由来の除草剤作製につながると考えられる.