Kagaku to Seibutsu 64(1): 56-59 (2026)
農芸化学@High School
和歌山県産南高梅の特徴を活かしたフルーティーな香りの梅干しの開発
Published: 2026-01-01
本研究では,和歌山県産南高梅の特徴を活かしたフルーティーな香りの梅干しの開発を目的とし,天日干しによる梅干しの香り変化について検討した.その結果,天日干し時の太陽光の影響により,エステル類が減少し,酢酸やベンズアルデドなどが増加することで,梅干し特有の香りに変化することが明らかとなった.また,この変化は,天日干し時に太陽光を遮断することにより抑制することができるため,太陽光の調整を行うことでフルーティーな梅干し開発の可能性が示唆された.
© 2026 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2026 公益社団法人日本農芸化学会
梅(Prunus mume Sieb. et Zucc.)は和歌山県が誇る特産品であり,その中でも南高梅は形も大きく,味や香りの点で特に人気の高い品種である.梅果実は成熟にともない果皮の色が青色から黄色,さらにオレンジ色に変化し,それにともない香りも甘くフルーティーな香りへと変化する.南高梅は特に完熟時の香りが強く,フルーティーな香りを有する梅酒などに好んで用いられている.梅の香りについては多くの研究が行われており,宮澤らは青梅と完熟梅の香りの比較を行い,青梅ではBenzaldehydeが主成分であるのに対し,完熟梅ではButyl acetateやHexyl acetateなどのエステル類が主成分であることを報告している(1)1) M. Miyazawa, N. Shirakawa, H. Utsunomiya, K. Inada & T. Yamada: Nat. Prod. Res., 23, 1567 (2009)..また,大江らは梅の追熟が梅酒の香気におよぼす影響について検討し,追熟が進むほど良い芳香が得られることを示している(2)2)大江孝明,櫻井直樹,山崎哲弘,奥井弥生,石原紀恵,岡室美絵子,細平正人:園学研,11, 273 (2012)..
一方で,梅の最も一般的な加工品である梅干しは,フルーティーな香りを有する完熟梅を原料として作られているにもかかわらず,酸味を帯びた梅干し独特の香りを示す.梅干しの香りについては,亀岡らおよび石田らが報告しており,Benzyl alcohol, Benzaldehyde, Acetic acidおよび1-Octen-3-yl aetateなどが香りに寄与する成分であった(3, 4)3)亀岡 弘,辻野 均,藪野恵一,井上文義:日本農芸化学会誌,55, 1233 (1981).4)矢野詩子:季刊香料,253, 37 (2012)..
梅干しは,完熟した梅を1カ月塩漬けした後,3日間天日干しすることで,余分な水分を飛ばし乾燥させる.天日干し前の塩漬け梅の香りは,完熟梅と同じフルーティーな香りであるが,天日干し後には梅干し特有の酸味を帯びた香りがする.しかし,この天日干しによる香りの変化に関与する要因や,香り成分がどのように変化しているのかについては,これまで十分に解明されていない.フルーティーな香りを持つ梅干しは,香りという付加価値を付けた新しい梅干しとしての展開が期待できる.そこで,本研究ではフルーティーな香りを維持した梅干しの作製を目指し,天日干しによる香りの変化およびその要因について検討することとした.
完熟した和歌山県みなべ町産南高梅800 gを瓶に詰め,食塩200 gを加えたのち重しをのせた.この状態で1カ月間,直射日光の当たらない場所に静置した.この梅を3日間天日干しすることで乾燥させ,梅干しを完成させた.太陽光の香りへの影響を比較するために,塩漬けした梅を箱の中に入れて,天日干し梅の横におき,同温度条件で乾燥させた.また,天日の代わりに室内でハンディーUVランプ SLUV-4(アズワン社製)を用いて,梅とランプとの距離を10 cmに固定し,365 nmおよび254 nmの紫外線を3日間直接照射したものも作製した.天日干し,紫外線照射は1日ごとに梅の上下を入れ替えすべての面に光が当たるようにした(図1図1■天日干しおよび紫外線照射の様子).
各梅干しの香りを3人のパネラーにより官能評価した.香りの評価は,フルーティー,梅干し独特な香りの2種類で評価した.
天日干し前,天日干し後,天日遮断,365 nmUV照射,254 nmUV照射梅干しの1個分の果肉を,GLサイエンス社のMonoTrap分析用サンプル瓶に取り質量を測定した後,香気捕集剤であるMonoTrapDCC18カートリッジを果肉に触れないようにセットし,60°Cの恒温槽にいれ,3時間静置することで,ヘッドスペース部の香り成分を吸着させた.カートリッジをジクロロメタン400 µLに浸漬し,超音波で5分間処理することで,カートリッジから香り成分を抽出した.このジクロロメタン抽出液をGCMS-QP2020NX(JEOL)を用いて以下の条件で分析することで,香り成分を同定した.
GC-MS分析条件:カラムはInertCap PureWax(内径0.25 mm,長さ30 m,膜厚0.25 µm, GLサイエンス社)を用いた.ガスクロマトグラフィーの注入モードはスプリットレスで行い,注入口温度は250°Cとし,温度プログラムは50°Cで3分保持したのち4°C/minで昇温し,最終250°Cで5分保持とした.質量分析はイオン源にEI(70 eV)を用い,イオン源温度は200°Cとした.成分の同定はNIST Library 20を用いて行った.
完熟した梅を塩漬けすると,2日目から梅から果汁(梅酢)が出だし,約1週間で全体が梅酢に漬かった状態になった.この状態でさらに3週間静置したが,1カ月の梅は,完熟梅と同じ黄色からオレンジ色を呈し,甘いエステル様の香りを保持したままだった.
まず,天日干しによる香りの変化を検討した.天候の良い週を選び,梅を日光に当てる「天日干しサンプル」と,箱にいれて日光を遮断した「天日遮断サンプル」を準備し,3日間乾燥させた.3日後に外観を比較すると,天日干しサンプルは梅干し特有の赤みを帯びたのに対し,天日遮断サンプルは乾燥する前と同じく,黄色からオレンジの色のままであった.さらに香りの官能評価を行った結果,天日干しサンプルは梅干し特有の酸味を感じさせる香りへと変化していたのに対し,天日遮断サンプルは,天日干し前と同様のフルーティーで甘い香りを保持していた(表1表1■各梅干しの香り官能評価).
| 色も天日干し,UV照射により赤く変化した. |
このことから,香りの変化には,乾燥時の温度ではなく,太陽光が関与していると考えられた.特に,太陽光の中でも紫外線の影響を想定し254 nmおよび365 nmの紫外線を天日干し前の梅に3日間照射した.その結果,両波長ともわずかに赤みを帯び,官能評価では梅干し特有の酸味を感じさせる香りに変化していたが,その強度は天日干しサンプルに比べて弱かった.
官能評価の結果,天日遮断サンプルは目的としていたフルーティーな香りを維持していたため,各サンプルの揮発性成分をGC-MSにより分析し,成分の比較を行った(表2表2■各種梅干しの揮発性成分).表2表2■各種梅干しの揮発性成分の各成分の値は,GC-MSで検出された全ピークの総面積に対する各成分の面積の割合(面積百分率)を表している.天日干し前の梅では,Butyl acetate(12.76%),Hexyl acetate(13.97%),Hexyl formate(18.72%)などのエステル類やγ-Decalactone(6.27%)が主成分として検出された.エステル類は果物特有のフルーティーな香りに寄与し,γ-Decalactoneは桃の香りの重要成分としてしられていることから,これらがフルーティーな香りの主因と考えられた.また,天日干し前サンプルでは,他の梅干しでは検出できなかったエタノールとカルボン酸とのエステルであるEthyl butanoate(1.58%),Ethyl hexanoate(1.78%)が検出され,これもフルーティーな香りを強めていると推察された.一方,天日遮断サンプルにおいても,主成分はエステル類とγ-Decalactone(5.17%)であり,組成は天日干し前サンプルとほぼ同じであった.これに対し,天日干しサンプルおよび紫外線照射サンプルでは,エステル類の割合が相対的に減少し,Acetic acidとBenzaldehydeの含有割合が相対的に増加していた.特にBenzaldehydeは天日干し前および天日遮断サンプルでは検出されなかったことから,この成分とAcetic acidの増加が梅干し特有の香りへの変化に寄与していると考えられた.ただし,Benzaldehydeは梅の花や未熟な青梅に多く含まれるとされており,天日干し前サンプルおよび天日遮断サンプルにおいては,微量に存在していたもののエステル類の含有量が多いために,GC-MS分析では検出されなかった可能性がある.
以上の結果から,完熟梅の甘くフルーティーな香りが梅干し特有の香りに変化する過程には,太陽光および紫外線が関与していることが示唆された.また,天日干し時に光量を調整することで,フルーティーな香りを保持した梅干しの製造が可能であると考えられる.
本研究により,梅干しの香りが完熟梅特有のフルーティーな香りから梅干し特有の香りへと変化する要因のひとつに太陽光があることが明らかになった.また,紫外線照射によっても同様の変化が見られたことから,紫外線が香りの変化に大きく寄与していることが示唆された.しかし,本研究では可視光の影響を検討していないため,今後は可視光の寄与についても明らかにし,光照射による香気成分変化のメカニズムを解明する必要がある.
最終的には,本研究の成果を基盤とし,フルーティーな香りを保持した梅干しの製造方法を確立することで,地域資源を活用した新たな特産品開発や地域貢献につなげていきたい.
Reference
1) M. Miyazawa, N. Shirakawa, H. Utsunomiya, K. Inada & T. Yamada: Nat. Prod. Res., 23, 1567 (2009).
2)大江孝明,櫻井直樹,山崎哲弘,奥井弥生,石原紀恵,岡室美絵子,細平正人:園学研,11, 273 (2012).
3)亀岡 弘,辻野 均,藪野恵一,井上文義:日本農芸化学会誌,55, 1233 (1981).
4)矢野詩子:季刊香料,253, 37 (2012).