巻頭言

科学の不連続面に出会う探索研究

Keiji Hasumi

蓮見 惠司

東京農工大学

株式会社ティムス

Published: 2026-03-01

科学は継続的な探求の上に築かれるが,しばしばその帰結は不連続であり,その不連続面こそが科学の飛躍の証左とも言える.絶え間ない努力は知識の量的増加を約束するが,不連続面は「見える世界が変わる」ほどの衝撃を私たちに与える.

一般に科学は連続的に進歩する営みとして語られることが多い.小さな気づきが仮説に至り,それを実験的に検証することにより仮説の修正・洗練がなされ,周辺の技術の改良・開発を伴って知識が少しずつ積み重なる.しかし科学史を振り返ると,そこには明らかな「不連続面」が存在する.ニュートン力学は200年以上に渡り物理現象を統一的に説明してきたが,アインシュタインの相対性理論と,ボーア,ハイゼンベルク,シュレーディンガーら数多くの科学者が築いた量子力学の登場は,時間と空間,因果性,観測行為の意味の再定義をもたらし,従来の日常的直観が破綻した.AIの出現は強烈なインパクトを伴って社会構造全体を大きく変革しつつある.生物学に目を転ずれば,ダーウィンの進化論,DNA二重らせんと遺伝情報の仕組みの発見などが大きな飛躍の不連続面にあたろう.私は,生理活性物質の探索研究に軸足を置いて研究してきた.その観点から見ると,フレミングのペニシリン,大村智のイベルメクチン,遠藤章のスタチンの発見などが輝かしい不連続面として映る.

遠藤の手ほどきを受けて探索研究の道に入った当時,私は「科学は理詰めで行うもの」との考えに支配されていた.ゆえに,微生物から生理活性物質を探すランダムスクリーニングを「運任せ」と捉え,科学的な手法として受け入れられなかった.それでもやってみれば意外に面白く,単離した化合物の構造を決めてみると,既知の化合物であっても報告された活性とは似ても似つかぬ生物活性をもつことに気付かされることがしばしばあった.それでも当時は,「探索研究こそが積極的に不連続面に出会う道」とは思いもしなかった.

結果的に,探索研究で生まれたSMTP(黒カビStachybotrys microsporaがつくるtriprenyl phenol)の研究が私のライフワークとなり,その30年に渡る悪戦苦闘の過程で徐々に考えが変わった.血栓溶解を促進する化合物の探索でSMTPを含む多数の化合物を発見したが,しばらくの間,作用の本質を理解できなかった.試行錯誤を重ねるうち,SMTPは標的タンパク質プラスミノゲン(血栓溶解酵素プラスミンの不活性前駆体)の形を変えることに気づいた.他の化合物も調べてみると,標的タンパク質は違っても,酵素前駆体の形を変える,という同じ機序を持つことが分かった.さすがに,ここまで来るとおよその意味を理解できた.凝固線溶系は,その機能制御の設計図を分子の形に書き込む形で進化してきたもので,「私たちの化合物は,その仕組みの一部を利用して血栓溶解を進めていた」と.このように生理システムを利用するSMTPは,出血リスクのない血栓溶解剤として機能し,今は脳梗塞治療薬としての開発の途上にある.

もし,血栓溶解を促進する方法を探索研究以外に求めたとすればどうだろう.関連の情報を集めて考えれば,およそ多くの研究者の手掛ける研究と同じ方向となり,このような「思いもよらぬ結果」に巡り合うこともなかっただろう.こう考えると,探索研究は積極的に科学の不連続面に出会うための武器のように今は思える.思いもよらぬ結果が必ずしも大きな発見につながるわけではないが,少なくともその機会を得られることの意義は大きい.