海外だより

米国ポスドクの徒然便り
ハドソン川のほとりから

Moe Ishikawa-Fukuda

石川-福田

レンセラー工科大学

Published: 2026-05-01

筆者は2024年4月より,米国・ニューヨーク州に位置するレンセラー工科大学(以下RPI)のBlanca Barquera教授のもとでJSPS海外特別研究員として勤務しています.本記事では留学の経緯および渡航準備から立ち上げ,円安や大統領選挙の影響,初めての海外私生活と研究について徒然なるままに書き連ねていこうと思います.

トロイという街

留学先のレンセラー工科大学(Rensselaer Polytechnic Institute;通称RPI)はアメリカNY州の州都アルバニーのすぐお隣のトロイという小さな街に位置します.RPIは私が渡米した2024年で創立200周年を迎えた歴史ある大学であり,ハドソン川の隣の隆起した高い丘の上にそびえ立つレンガ調の立派な歴史のある校舎の中には量子コンピュータをはじめとしたたくさんの教育設備が収容されています.大学を下ってハドソン川沿いに位置するダウンタウンは1900年代のアメリカの街並みを残しており,映画やテレビの撮影で使われることもあるようです.中心地にはさまざまな国の飲食店が集まり,当該エリアの人種の豊富さを反映しています.週末にはファーマーズマーケットが開催され,ダウンタウンの人気店や少し離れた町のお店のテントが軒を連ね,有志の音楽家たちによる演奏が街を満たします.クリスマスバケーション直前の週末にはヴィクトリア時代の装いを纏った人々や,クリスマスに関連した伝統的なコスチュームを身に纏った人々が練り歩き,フードトラックが立ち並びクリスマスマーケットさながらの賑わいようです.この小さくも素敵な街で,初めての研究留学生活が幕を開けました.

留学までの経緯

特別計ったでもなく,無我夢中で研究をしていたら突然かつ必然的に留学の門戸を叩いていました.高校生の頃,一見異なる生き物たちにも共通する生命現象から単純に見えていた生命現象を支える複雑なメカニズムといった,一筋縄では行かない生物の不思議に魅せられ,生命科学に興味をもち始めました.それとほぼ同時期に,漫画「もやしもん」を皮切りに生命科学に関する本を読み漁り,人間の生活の歴史から積み上げられてきた生活の知恵や教訓が,目には見えない微生物の生命活動と密接に絡み合っていること意識し始めました.授業中に生物の先生が話してくれる余談の中でも,テスト範囲に縛られない最新研究や研究者のエピソードが大好きで,このような生命現象を解き明かしてきた先人たちの根気と創意工夫に感銘しつつ,いつしか自身も研究者の仲間入りがしたいと農芸化学を志していました.京都大学入学後3年の月日が過ぎた冬,三芳秀人教授の主催する生物有機化学系の研究室に配属されました.三芳研ではミトコンドリアや細菌の呼吸鎖酵素を対象に,独自に合成した阻害剤ツールを用いて機能解析を行っており,種を超えて分布する生命現象に強い興味があった自分にとってもってこいの研究テーマだと感じました.また,当時すでにアカデミアで研究を続けていきたいという意思は固まっていたので,何となく“最終的にどのように生命科学に貢献したいか”という課題を意識するようになっていました.数学や日常のさまざまなもの(音楽や絵,心理など)を観察・分析するのが好きな自分は,マクロな生命現象をなるべく細かい解像度で解き明かしていきたいという願望がありました.そこで,生命を構成する最小単位である化学の知見は大きな武器であるため,この研究室で低分子から蛋白質レベルの生物有機化学に学部から博士までの6年間をかけて向き合いたいという強い思いも芽生えていました.学部でミトコンドリアの輸送体阻害剤の合成を通じて有機化学のウォーミングアップをした後,修士からは細菌特有の呼吸鎖酵素Na輸送性NADH–キノン酸化還元酵素(以下NQR)の構造と機能の解明に取り組みました.この研究にがむしゃらに取り組む過程で,阻害剤を鋳型にした化学ツールの開発・応用やクライオ電子顕微鏡を使った蛋白質構造解析,質量分析など分子レベルの実験で研鑽を積ませていただきました.博士2回生の初め,三芳秀人先生から「Blanca先生が腸内細菌のキノン生合成研究とその周辺研究を引き継いでくれるポスドクを探しているらしいけどどうやろう?」とのご紹介をいただきました.Blanca Barquera先生は当時従事していたNQRの研究を分子生物学と分析化学で牽引してきた生体エネルギー分野の研究者であり,主に変異酵素の調製ですでに共同研究させていただいていました.対象分子であるキノンはNQRをはじめとした呼吸鎖酵素や酸化還元酵素間の電子伝達を行う電子輸送担体であり,三芳研で長年扱ってきた生体分子の一つです.NQR研究でもキノン類の合成や生化学解析をした経験から,研究テーマに親しみを感じました.さらに,お話をいただいた当時はコロナ禍で留学だけでなく海外学会への参加も制限されていた状況でした.加えて,もとより興味のあった海外での研究の機会を逃せば次がいつになるかもわからないと危機感を感じて,気付けば「前向きに話を進めたい」との旨を思わず口にしていました.

渡米に向けて

渡米を決意してまず必要だったのは留学資金の獲得です.海外学振の獲得に照準を定め,申請書の作成のために,Blanca先生に研究構想や予備実験の結果をご共有いただきました.近年のBarquera研では遺伝子改変を利用した病原性細菌および腸内細菌の呼吸鎖酵素の機能解析をin vivoおよびin situ(腸内環境下)で取り組んでいるとうかがいました.NQR研究を通じて「将来的に,生体エネルギー代謝系をタンパク質および化学分子レベルの解像度で,細胞以上のスケールで研究できるようになりたい」と考えていた私にとって,この研究は好機だと思いました.共有いただいた予備データを基盤に,両研究室の強みを合わせた研究のエッセンスも加えて草案を作り上げ,3月初旬からブラッシュアップを重ね,4月初めに提出しました.

2023年の夏,海外渡航規制の緩和と農芸化学会の国際会議出席費補助金の獲得に伴い博士課程3回生でやっと念願の海外学会・ゴードン会議(生体エネルギー,アメリカ)に参加することができました.幸運なことにそこで口頭発表の機会をいただいたため,Blanca先生とzoomで発表の練習を重ね本番に挑みました.初めて海外の同ジャンルの研究者の方々から反響をいただき,約1週間毎日コミュニケーションを交わす中で研究スタイルやアプローチの違いに刺激を受け,今後研究を発展させていくうえで国際的な視点の必要性を痛感しました.会議終了直前,できたばかりの友人たちに別れを告げBlanca先生の元を訪問しました.ラボのメンバーと交流し,学内を案内してもらい,留学のビジョンを練り上げました.慌ただしい夏が終わり迎えた初秋,ありがたいことにJSPS海外特別研究員の内定通知をいただきました.急いでVISA獲得のための資料申請と情報収集を行い,卒業までの計画を立てました.卒業後なるべくギャップ期間なしで働き出すには,資金獲得からノンストップで手続きを進めなければなりません.加えて,結婚による氏名変更が忙しさに拍車をかけてきました.パスポートなどの公共系の身分証明書(ID)に加えてクレジットカードなどの金融系IDとそれに紐づく氏名と設定も変更しなくてはならず,一つの手続きの完了に1カ月近くかかることも.各申請に多様なIDが絡んでくるので留学準備は計画的に行うことをお勧めします.加えて卒業に向けた作業に公的手続き,家の荷物の整理など目が回る忙しさの中,息つく暇もなく日本を飛び出しました.

生活の立ち上げ

4月1日,夫と共にアメリカに上陸成功.最初の1カ月は新生活の立ち上げに奔走しました.アメリカでの身分証を確保するまでは住居も借りられず,Blanca先生のご自宅の一室に居候させていただきました.ネットの情報とラボメンバーの土地勘による治安などに関するアドバイスを参照して候補物件を絞り込み,実験の空き時間に内見を繰り返しました.近年の郊外へ移住増加による地価高騰と円安の影響なのか,日本(京都)の3~4倍もする家賃に頭を抱えながらも新居を確保したのが5月初旬.その後も必要備品の確保に時間を費やしつつ,日中は夫の助けを借りて住める状態に仕上げました.次に立ちはだかった問題はアメリカの大きさです.NY州だけで北海道の約1.7倍の面積を有する大きさで,近所のスーパーにも車なしでは行けません.学生さんも一人一台は車をもっており,関西の下町を自転車で駆け回って育った私にとってはカルチャーショックでした.ここでは書ききれない量のトラブルを乗り越えて免許を獲得し,今は夫が率先して運転してくれているおかげで気軽にお買い物や近場の(片道三時間圏内)のマンハッタン近郊にもアクセスできるようになりました.

アメリカでの日常

アメリカ生活は慣れないことの連続で,わかってはいたものの日本での価値観との違いに落ち込む場面が数え切れないほどありました.本場独特の英語のニュアンスや文化の違いについては,日本にいたときから海外在住経験者やアメリカ人の動画やレポートを参考にインプットを続けて,すれ違いや失礼のないように気をつけています.とはいえ,いつも不安は絶えません.日本では考えたことのなかったようなセーフティーアラームがたまに流れてくるため,外に出るときは知人や夫となるべく行動するように心がけています.食べ物,特に外食についてはチップを含めて高いものの,満足のいくクオリティーのものは少ないので,お手頃な食材で自炊を極めています.

いろいろ書き連ねましたが,もちろんネガティブなことばかりではありません.西洋特有の文化や楽観的で社交的なマインドに助けられてもいます.クリスマスなどのイベントや季節の風物詩は個人から大学,国単位で盛大に楽しみます.後述するように,少数先鋭の研究室構成なのでラボメンバーの距離感が近いうえに,アメリカンなフットワークの軽さでさまざまなイベントに誘ってくれます.渡米してすぐに皆既日食があったので,ラボメンバーが車で片道二時間のベストスポットまで連れて行ってくれました.秋にはラボメンバーでりんご狩りに行き,アメリカンサイズの果樹園で迷子一歩手前になりながら多種多様なりんごをかき集めました.ほかのラボにもかかわらず仲良くしてくれる学生さんたちがパーティー,ハイキングに映画鑑賞などに誘ってくれたおかげで,アメリカでの日常背景にある文化や考え方を学んでいます.

アメリカの風土なのか,休日や仕事以外の時間を商業施設などに頼らずに自主的に目一杯楽しむ習慣も,留学生活を豊かにしてくれているように感じます.たとえば,毎週末ファーマーズマーケットで,日本にないコーヒーブレンドを試しながら人々が楽しそうに過ごしている姿を眺めに行くだけで明るい気持ちになれます.夏場は日照時間が長く,夜8時過ぎまで明るいので実験が終わってもまだまだ1日が残っていて,お得な気分になります.外食が高いのも相まって,自宅で家族や友人との時間を楽しむ習慣があるため,アメリカのスーパーは食材が豊富なうえに多国籍で,料理が好きな私はお買い物に行くたびにワクワクします.アメリカ人の片道8時間以上,場合によっては数日かかろうと車で移動するアクティブさを見習って,ナイアガラの滝までドライブチャレンジ(片道6時間半)も決行してみたことも.このような現地の人や文化との触れ合いを通じて英語学習のモチベーションを高めるだけでなく,日本での環境に頼り切った生活全般を振り返るとても貴重な機会を噛み締めています(図1図1■アメリカでのアクテビティ).

図1■アメリカでのアクテビティ

(左上)ナイアガラの滝.(右上)自由の女神.(左下)りんご狩りの成果.(右下)皆既日食

研究環境

私の所属する生命科学系の専攻は1PI制で,基本的にラボの構成人数も多くはなく少数先鋭の印象です.学生は基本的に博士課程まで進学する前提で,学部生(2~3回生)の頃から配属希望候補の研究室を数カ月単位でローテーションし,そこで一時的に参画した研究テーマについて定期的に研究発表を行い次のラボに移動します.特定のラボに意思が固まっている場合は,そのラボでほぼ正規メンバーとして将来の研究テーマの実験を進めます.日本のように座学を積み重ねてから研究を始めるわけではなく,座学と実験を並行しながら学習していくため代わる代わるやってくる学生さんたちの知識のバックグラウンドはさまざまです.そのため,定期的に研究の基本的な背景や手法の原理まで丁寧に説明するように心がけています.英語の特性のおかげか日本語より上下関係を感じにくく,年齢の差関係なく学生も教師陣もフラットにコミュニケーションをとっていますし,質問や意見も気軽にしてくれて意見しやすい環境なのが良いと感じています.また積極的に相手を称えたりポジティブなコメントが多いことも学生が意見しやすい要因の一つかもしれません.

機器は共有のものが多く,生物に関連する幅広い分野が一堂に会しているおかげで多様な分析機器が使用可能です.各機器を使用する前に所有者から公式の指導を受けるシステムが確立されています.また,機器使用管理やセキュリティ管理が行き届いており,すべての機器に接続されたパソコンの使用は大学の個人アカウントに紐づけられデータの取り扱いや使用状況,部屋へのアクセスは厳格に連携・管理されています.加えて,施設や事務処理を支援するスタッフも充実しており,コンセントの増設や共通機器のアップデートなど気軽に対応してくれます.最初は各ラボの機器使用の作法に順応しないといけないと身構えていたので,これらサポートシステムには助けられています.さらに,実験を進めていく中で所属ラボの専門を飛び越えなければいけないような仮説が立ったときには気軽にその分野の専門家に問い合わせし,対応していただいたこともあり,良いシステムだなと実感しています.

研究施設の構成員は国際色豊かで,母国を離れて留学してきた人たちと情報交換で助け合えます.さらに女性研究者の割合が高く(当ラボは共同研究者を含めて9割女性),女性のPIも多いうえに,英語の特性と文化の影響か男女ともに社交的でマイノリティーや男女差を感じることも少ない気がします.配送システムも発達しており,DNAシークエンシングの外注については,日本同様平日なら翌日に結果が出ます.ただ化学試薬については在庫と倉庫の近さ次第で早く届くものもあれば待てど暮らせど届かないゆえに催促または代替品の依頼をすることもあります.この点に関して,日本(京都)は恵まれていたのだと痛感しています.このようにいくつか注意点はありますが,大学全体としての投資や管理体制がとても行き届いているように感じます.

Barquera研での活動

Barquera研では腸内細菌のうち高い占有率を示すBacteroides属の嫌気性呼吸とその周辺研究を行っています.私の研究では.呼吸鎖酵素群の電子伝達担体として働くキノン,特に嫌気性で重宝されるメナキノン(MK),通称ビタミンKに注目し,Bacteroides属でのMKの関連する代謝を基盤にした細菌–細菌および宿主–細菌間のコミュニケーションの分子機構の解明を目指しています.前述のとおり,キノンやタンパク質分析には自信がありましたが,初めてのことばかりである程度自信をもって活動できるようになるまで半年ほどかかってしまいました.

学生時代は生きた細菌を扱った経験はほとんどなく,嫌気性細菌の扱いに関しては完全に素人だったので,最初は教授や博士課程の学生さん確認しながら,微生物に関して何が正常で何がイレギュラーな状態なのか肌感覚を身につけました.嫌気性条件下で用いられる酵素のいくつかは,嫌気または短時間の好気条件下でしか測定できないものもあるので,専用にカスタムされた機械を用い専用の処理を行います.呼吸鎖の活性測定の基本は大学時代に学んだ部分もありますが,沢山の制約を乗り越えるために工夫を凝らすのは難しくも楽しいと感じています.

もちろん,分子生物学実験に関しても実習+α程度の経験だったので,種ごとに最適化された処理や実験デザインの工夫を身をもって体験することで,将来的の挑戦してみたい研究の実現可能性について見識を広げることができました.実験手法に慣れてきてからは,先行研究の再現性確認やハイスループット化に向けた地味な基礎条件検討の日々で,予想以上に時間を費やしてしまいました.

しかし,そのおかげでたくさんのサンプルを処理できるようになり研究の方向性を定めやすくなりました.さらに,実験計画に応じて実験機器をカスタムする必要があれば大学にいる技術者がオーダーメイドしてくれるうえに,Blanca先生のパートナーがDIYでサポートしてくださり,一度に多くのサンプルを扱えるシステムを築くことができました.実験スケジュールは有機化学やタンパク質実験のときとは異なり,予測しにくくはありますが,検討のおかげでできた隙間時間で調べ物をしたり,新しい実験系を試行できるようになりました.

Barquera研はシカゴ大学のLaurie Comstock教授のグループと親交が深く,かくいう私の研究もそこの学生さんにご協力いただいて進行しています.学生さんの中には企業経験を経て戻ってきた方もおり,とても意欲的に研究を進めてくれています.Comstock研究室ではマウス実験や腸内細菌全般の分子生物学的な知識が集約されており,困ったときにBarquera研とは違う角度からアドバイスをいただけてありがたいです.逆に,有機化学やタンパク質,および生化学の経験および農芸化学分野での知識を私が補完することでお互いに支え合っています.当初はBarquera研,Comstock研および私自身のバックグラウンドの違いで前提知識を擦り合わせるのに時間がかかりましたが,最近は上手く分担できているように感じます.

海外学振PDは2年と国内PDに比べて1年短く,最初の一年目の四苦八苦で焦ることもありましたが,過去と現在の研究分野のいいとこ取りを上手くできるようになり,確実に身にはなってきている気がします.積み上げてきた結果のおかげで,研究の下地が固まってきているので近い未来みなさんに良い研究成果を発表できるようにもうひと踏ん張り頑張ります.

留学の心構え

新しい環境で,しかも異国で研究を始めるに際して,当たり前かもしれませんが,言語の壁やバックグラウンドの違いを乗り越えるために改めて心掛けていることがあります.一つ目はわからないことは躊躇わずに何度だって確認することです.私は海外経験がなく英語の実践経験が乏しかったので,最初は特に不安が大きく,気を抜けば自信を失って内に篭りたくなりました.しかし,表に出して意思疎通を試みないことには,ちょっとしたすれ違いに気づく機会も失います.たとえば,言語が違うと英語名で覚えている試薬でさえも発音の違いですれ違う可能性もあります.手書きの実験ノートの場合は,個性のある筆記体を読み間違う可能性だってあります.自分が気づいていない実験背景や仕組みがあるかもしれません.知る機会を狭めるのは長期的に見て損失が大きいので,研究に携わっている時間は凹むのは後回しに,目の前の問題に集中するよう心がけています.特に口頭の会話では盛り上がるとトピックスが色んな方向に飛び交うので,最終的には話の要約をして理解があっているか再確認して終わるようにしています.

二つ目は研究に関することは手法や結果に気づいたことなど何でもノートだけでなく電子媒体に整理し共有することです.情報の視覚化は言語の壁や知識量を補完するのにたいへん役に立ちます.加えて,議論の際の明瞭な叩き台になってくれます.また,私に限った話かもしれませんが,英語の不意のやり取りは母語のやりとりよりも記憶に残りづらい気がするので,会話を改めて整理して保管するという意味でも重要な作業です.電子媒体に記録すれば手書きの文字の読み間違いも減らせますし,参照論文のリンクを示しやすいのもいいところです.なるべく簡潔な文章で,フローチャートや図など視覚的効果を使った方法で時系列や要点を明らかにして,言語のみならず知識や経験に違いがある人をもバックアップできるように心がけています.

三つ目は自分の意見をしっかり述べて,理解してもらえるまでめげずに主張することです.一見反応が良くても,バックグラウンドが違うと,受け止め方や理解してもらいやすさも違って齟齬が生じることもあり得ます.小さな違和感が積み重なって大きな見落としにつながることもあるので,返事が曖昧なときやずれを感じるときは,めげずに説明して理解してもらえるように奮闘します.また,受けての主張に反したり,今までのやり方と違うことを指摘する際は,受け手が感情的になってすんなり受け止めてもらえないこともありました.相手を尊重しつつ,実データと参考資料,視覚的にわかりやすい要点をまとめた資料を携えて指摘したい点を理路整然と提案し続けると,最終的に議論が矛盾なくまとまりました.また,学生さんの研究にも,私の経験が活かせるところがあれば遠慮なくコメントすることで,お互い助け合う関係を築けました.相手に敬意を払うことは当然ながら,日本以上に図々しさもときには必要に感じます.

変わりゆく米国

渡米しておおよそ2年のうちにアメリカを中心に急激に世界情勢が変動し,不穏なニュースが飛び込む中,当事者にならないように最新の動向に注視しながら暮らしています.幸運なことに,優しい周囲のサポートのおかげで今のところダメージは少ないですが,いつ何が起こるのかわからない状況です.可能な限り今の環境で成長しつつ,次のポストに向けていつでも動けるよう身構えていないといけないのかもしれません.この記事が皆さんの手元に届く頃には私のアメリカでのノウハウも適用できないかもしれません.ただ一つ,言えることは留学して良かったと感じるか,ただ苦しかったと感じるかは今の自分次第なので,失敗をも踏み台にして,その都度納得のいく形で意思決定を重ねていくことで自分の糧に変えていこうと思います.

おわりに

最後になりますが,海外学振制度にて留学生活をご支援いただいた日本学術振興会(JSPS)に御礼申し上げます.また,執筆の御機会をくださった農芸化学会および留学以前よりご支援いただいた三芳秀人先生と村井正俊先生,留学生活を支えていただきましたBlanca先生,家族をはじめとしたスタッフや学生の皆様に厚く御礼申し上げます.