巻頭言

農芸化学という学科名称

Asako Takenaka

竹中 麻子

明治大学農学部農芸化学科

Published: 2026-09-01

全国の大学から「農芸化学」という学科名称が姿を消したのは,1990年代後半のことである.当時,農芸化学科の研究室に所属していた私は,教授から「学科名称が応用生命化学に変わる」と聞き,「農芸化学という名前は時代に合わなくなったのだろうか」と漠然と思ったことを覚えている.この頃,多くの大学で農芸化学科は「応用生命科学」「生物機能化学」「生物資源化学」「応用生物化学」などへと名称を変更していった.

現在,私が所属するのは明治大学農学部農芸化学科である.大学の沿革によれば,1953年に設置された農産製造学科が1968年に農芸化学科へ改称され,それ以来この名称を守り続けている.私の知る限り,農芸化学科という名称を一度も変更することなく今日まで維持している大学は明治大学だけである.

もっとも,この名称を漫然と残してきたわけではない.かつて受験生の減少が大きな課題となった際,予備校から「農芸化学という学科名称を変更することが受験生を増やす最も有効な方法である」と助言を受けたことがあった.「農芸化学では何を学ぶのか高校生には伝わりにくい」「受験生への訴求力が弱い」という指摘である.この問題について学科内で真剣に議論を重ねた結果,最終的には名称を維持することを選択した.「農芸化学に代わる適切な名称が見当たらない」という現実的な理由に加え,「農芸化学会があり,農芸化学という学問分野が確かに存在していること」,そして「長年受け継いできた名称を守りたい」という思いが決め手であったと記憶している.

それから20年近くが経つが,少なくとも私は,この選択を後悔したことはない.近年では「農芸化学」の名称を復活させる大学も現れ,心強く感じている.

一方で,「農芸化学」という名称が高校生に分かりにくいという課題は,今もなお残っている.関東支部では毎年夏に高校生向けのバイオサイエンススクールを開催しているが,「農芸化学を知っていますか」と尋ねると,多くの参加者はその名称をほとんど知らない.また,明治大学で農芸化学科に入学した新入生に「農芸化学とは何ですか」と聞いても,十分に説明できる学生は少ない.学科名に惹かれて進学したというよりも,自分の学びたい内容を調べた結果として農芸化学科にたどり着いた学生がほとんどである.やはり,「農芸化学」という名称だけでは,その魅力や学問領域を高校生に伝えるのは容易ではない.

その分かりにくさが,「芸」という字にあることはいうまでもない.しかし,芸という文字には「技術」という意味が込められており,ここに農芸化学という名称の味わいが凝縮されていると感じるのは私だけだろうか.最初から名称の意味や魅力を理解して農芸化学を選ぶ人は少ないかもしれない.それでも,この分野で学び,研究を重ねるうちに,「農芸化学」という言葉の味わいを少しずつ実感し,好きになっていく.そんな名称なのかもしれない.

受験生に分かりにくいというハンディを背負っても,「私たちは」農芸化学の看板を掲げ続けている.農芸化学会が力強い歩みを進めていることが,農芸化学科の私たちの心の支えである.