Kagaku to Seibutsu 64(5): 270-272 (2026)
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伝統水産発酵食品「くさや」の今昔
伊豆諸島「くさや」製造のために重要なことは?
Published: 2026-09-01
© 2026 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2026 公益社団法人日本農芸化学会
水産発酵食品は海産物を原料として製造される発酵食品の総称で,原料を食塩と共に漬け込むことで特有の風味をもたせた「塩蔵型」と,発酵基質として米飯などと共に塩蔵水産物を漬け込む「漬物型」に分類される.これら水産発酵食品は,周りを海に囲まれた日本で作られる特有のものも数多く,各地域で今でも伝統的製法で作られる歴史的財産でもある.一方で,これら発酵食品は,高齢化や後継者不足などによる造り手の減少により製造の存続が危惧されている.いかにして水産発酵食品製造を存続・保全するかは重要な課題であり,常にわれわれ先祖の代から続く歴史的財産消失の回避方法を考えなければならない.そのためにも,これまでに経験で作られてきた製造方法とそれにより製造された食品を科学的かつ微生物学的に紐解いた科学的知見の認知確立と理解が重要である.
特に,今後の製造存続が危惧されているのが伊豆諸島伝統水産発酵食品「くさや」である.「くさや」は300年以上の歴史をもつわが国稀有の塩蔵型水産発酵食品であり,ほかの塩蔵水産物と比較して保存性が高いことが特徴である.また,「くさや」は多くの発酵食品とは異なり「塩年貢」という歴史が発祥とされており,製造方法もふまえて興味深い特徴がいくつかある.「くさや」製造は食塩を含む「くさや汁」と呼ばれる発酵漬け汁に原料魚を浸漬して風乾するというシンプルな製造方法である(1)1) 清水 亘,望月 篤,清水 潮,相磯和嘉:日本水産学会誌,33, 1143 (1967)..「くさや」製造における最大の特徴がこの「くさや汁」である.「くさや汁」は,数百年以上使い回された漬け汁であり,「くさや」製造における要となっている.「くさや汁」の最大の特徴は,カビや酵母などの真菌やStaphylococcus属,Bacillus属やListeria属など食品変敗にかかわる微生物がほとんど存在しないということである(2)2) S. Masaki, S. Nogimura, T. Osada, K. Kita, M. Taguchi, K. Shinoda, R. Unno, M. Ishikawa & T. Suzuki: J. Gen. Appl. Microbiol., 70, 147 (2024)..近年,この「くさや」の保存性の高さは「くさや汁」に含まれる何らかの抗菌物質に起因することが明らかとされ,抗菌物質生産微生物の分離によりその存在が証明された(3)3) A. Takeuchi, A. Hirata, A. Teshima, M. Ueki, T. Satoh, K. Matsuda, T. Wakimoto, K. Arakawa, M. Ishikawa & T. Suzuki: Biosci. Biotechnol. Biochem., 87, 320 (2023)..このように,「くさや」は知られざる科学的な特徴がある興味深い発酵食品なのである.
発酵の要である「くさや汁」は,各島・加工場において管理方法が異なっているため,それぞれ独特の微生物叢を形成している.まず,多くの人は「くさや」は嫌気発酵であると思う人が多いであろう.しかし,製造方法を発酵に加味すると「くさや」の発酵は完全嫌気発酵ではないことがわかる.これは,原料魚の浸漬前に「くさや汁」を曝気することに起因する.この撹拌曝気は,「くさや汁」の溶存ガスを除去すると同時に酸素を供給するという経験的に行われてきた重要な行程である(図1図1■原料魚浸漬前の曝気と島違いによる微生物叢).
図1■原料魚浸漬前の曝気と島違いによる微生物叢
写真左;原料魚を浸漬する前の撹拌曝気により嫌気性菌と好気性菌のバランスを保つ.経験的に行われている製造における重要行程である.写真右;新島と八丈島の「くさや汁」の微生物叢.図中に記載の微生物名は各島において検出された特徴的な微生物の一部を示している.島により微生物叢は異なるが,製造段階では微生物叢はほとんど変化していない.黒枠は嫌気性微生物を示す.写真提供:長田商店 長田隆弘氏,吉山商店 吉山裕盛氏.
これまでに,新島と八丈島の「くさや汁」を対象に次世代シークエンサーを用いた16S amplicon sequencingが行われ,両島での微生物叢が大きく異なること,嫌気性細菌だけではなく好気性細菌も存在していることが明らかとなった(4)4) K. Kita, R. Unno, T. Osada, H. Yoshiyama, S. Masaki, S. Nogimura, M. Matsutani, M. Ishikawa & T. Suzuki: Biosci. Biotechnol. Biochem., 88, 111 (2024)..八丈島ではHalanaerobium属が優占種として検出され,その他Marinospirillum属,Halomonas属やClostridiisalibacter属などの微生物が存在していたのに対し,新島ではHalanaerobium属は一切検出されず,Vagococcus属,Peptostreptococcus属,Tissierella属やFusobacterium属などが優占していた.解析された微生物叢を詳細に見てみると,約50~60%は嫌気性菌が占めており,残りは好気性菌であった.近年の研究で,これら検出された微生物と「くさや汁」の独特なにおい成分との相関も明らかとなった(4)4) K. Kita, R. Unno, T. Osada, H. Yoshiyama, S. Masaki, S. Nogimura, M. Matsutani, M. Ishikawa & T. Suzuki: Biosci. Biotechnol. Biochem., 88, 111 (2024)..また,原料魚の種類や発酵工程にかかわらず,これら微生物叢はほとんど変化していなかった(図1図1■原料魚浸漬前の曝気と島違いによる微生物叢).「くさや」製造者は,万が一の事態に備えて予備の「くさや汁」を保管している.この予備の「くさや汁」は普段使用することはなく,発酵後の「くさや汁」の汁を切る際の受けとして使用されるのみで,通常定期的な撹拌曝気や魚の浸漬は行われない.しかし,数カ月以上使用していない予備「くさや汁」においても16S amplicon sequencingが行われたが微生物叢はほとんど変化していなかった(図1図1■原料魚浸漬前の曝気と島違いによる微生物叢).この撹拌曝気の有無にかかわらず微生物叢が均一化されているという現象は,いかに「くさや汁」が未知なる漬け汁であるかを示す重要な科学的知見である.
このことから,「くさや汁」はまさに嫌気性菌と好気性菌のバランスが高度に保たれた「発酵漬け汁」であり,これら微生物叢の特徴は,長く受け継がれてきた製造技術の重要性を裏付けている.このような特徴は,ほかの発酵食品では見られない「くさや」唯一かつ最大の特徴である.このような科学的知見の認知確立と理解が,「くさや」製造の維持と「くさや汁」の保全につながっていくと思われる.
「くさや」製造はかつて伊豆諸島における一大産業であり,新島・大島・八丈島等の各島でそれぞれ数10件以上の加工場があり,各家庭でも「くさや」造りが行われていた.島の人々は先祖代々から伝わる「くさや汁」を受け継ぎ,分け合って大切に維持してきた.このことから「くさや」は,冠婚葬祭や贈り物等として多くの人に愛されてきた発酵食品であり,その製造に不可欠な「くさや汁」は伊豆諸島のみならずわが国の歴史的文化遺産であるといっても過言ではない.高齢化や後継者不足などによる造り手の減少や漁船運用等も重なり,今では「くさや」加工場は新島で4件,大島で3件,八丈島で6件と全体で10分の1まで減少してしまった.そのうち,八丈島は実質専業で製造を行っているのは2件のみとなった.このことから,「くさや」製造と「くさや汁」をどのように守っていくかが緊急の課題である.
「くさや」製造と「くさや汁」の保全は,近年の2つの大きな環境変動と気象により窮地に立たされている.1つ目が,2017年から7年以上続いた「黒潮大蛇行」である.これにより伊豆諸島海域の漁獲量が変動してしまい,「くさや」製造におけるクサヤモロやハマトビウオの漁獲量が減少してしまった.漁船運用費用捻出や漁師の高齢化も重なり,「くさや」加工場も減少していく事態となった.2つ目は,2025年10月上旬の台風22号と23号による被害である.この被害は凄まじく,24時間降水量が約356 mmに達し,八丈島では土石流,倒木,崖崩れ,水源遮断が生じた.これにより,八丈島全体の65%となる約2,700世帯が断水被害を受けた.「くさや」製造においては,加工場の破損や「くさや汁」への雨水の混入など「くさや」製造が出来なくなってしまい,復旧なども含めて今後の製造の見通しが立っていない(2025年11月現在)(図2図2■2025年10月の台風22号および23号による八丈島の被害).
図2■2025年10月の台風22号および23号による八丈島の被害
倒木や崖崩れ等により水源が遮断され大きな被害を受けた.「くさや」加工場も雨水混入等による機械の破損,「くさや」発酵槽にも雨水が混入してしまい製造ができなくなってしまった.写真提供:長田商店 長田隆弘氏.
いかにしてこのような問題を克服し,製造を守り続けていくか.やはり,「くさや」製造を取り巻くさまざまな現象の科学的解明とそれに裏付けられたデータと特徴の理解が社会へ浸透することが消費量の増加,それに伴う産業の発展と製造の維持・保全,地域活性化につながるのではないであろうか.
Reference
1) 清水 亘,望月 篤,清水 潮,相磯和嘉:日本水産学会誌,33, 1143 (1967).