Kagaku to Seibutsu 64(6): 355-363 (2026)
解説
繊毛虫Colpoda(コルポダ)の休眠シスト
真核単細胞生物の環境ストレスに対する耐性と適応
Resting Cysts of Colpodid Ciliates: Tolerances and Adaptation to Environmental Stresses in Unicellular Eukaryotes
Published: 2026-11-01
雨あがり,田畑にできた水たまりを覗いたことはあるだろうか? 注意深く覗き込むと小さなツブが目の前を通り過ぎる.顕微鏡で観察すれば,それが単細胞の原生生物で,元気に動き回っている様子が観察できる.一般的に生き物は水なくして生きることはできない.小さな単細胞生物ならなおさらだ.不意に「水たまりがなくなればどこにいくのだろう?」と疑問が頭をよぎる.水たまりがカラカラに干からびれば,乾燥に耐えられずに彼らは死んでしまう! しかしながら心配はご無用だ.ある種の原生生物は,乾燥など強い環境ストレスに耐える特殊な細胞,休眠シストに変身することでしぶとく生き抜くことができる.本稿では,繊毛虫コルポダをモデルとして,真核単細胞生物に広く見られる環境適応戦略:休眠シスト形成について概説する.なお,研究者により実験に使用したコルポダの種が異なるので,本稿において特に種を特定しない場合はコルポダと表記する.
Key words: 環境ストレス; 無代謝休眠; 環境適応; 耐性; ストレス応答
© 2026 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2026 公益社団法人日本農芸化学会
繊毛虫コルポダは,田畑にできた水たまりなど一時的な水環境に生息する.生存に適した環境下では,ソラマメ型の栄養細胞(図1A図1■コルポダの写真とシスト化および脱シスト化サイクルの模式図)の状態で活動し,バクテリアなどの有機物を摂餌して栄養状態が整えば4分裂して増殖する.一方,乾燥などの環境ストレスを察知すると,栄養細胞は耐性を有する休眠シスト(図1B図1■コルポダの写真とシスト化および脱シスト化サイクルの模式図)になり環境ストレスを耐え忍ぶ(図1C図1■コルポダの写真とシスト化および脱シスト化サイクルの模式図).休眠シストは,繊毛を消失して細胞外周をシスト壁(図2図2■コルポダ(Colpoda cucullus)のシスト形成過程における形態変化の模式図参照,堅い殻状のエクトシストと多層膜様構造のエンドシストからなる)で覆われる.そのため,休眠シストは運動機能を消失し,ミトコンドリアに依存する代謝も不活性化する.この状態で少なくとも数カ月,栄養を摂取することなく生存することが可能であり,乾燥,高温,凍結,紫外線(UV),酸・塩基,ガンマ線,電気などさまざまな環境ストレスに対する強い耐性を有する(1)1) Y. Sogame, R. Saito & S. Hakozaki: Zool. Sci., 42, 96 (2025).(図1C図1■コルポダの写真とシスト化および脱シスト化サイクルの模式図).さらに脱水された乾燥シスト(図1C図1■コルポダの写真とシスト化および脱シスト化サイクルの模式図“乾燥シスト”)であればより強い耐性を備え,数十年間水分や栄養の摂取なしで生存できる.休眠シストは,環境の回復を察知すると,通常1~2時間程度で脱シストし,栄養細胞として活動を再開する(図1C図1■コルポダの写真とシスト化および脱シスト化サイクルの模式図).
図1■コルポダの写真とシスト化および脱シスト化サイクルの模式図
(A)コルポダ(Colpoda cucullus)の栄養細胞の写真.(B)C. cucullus休眠シストの写真.(C)シスト化および脱シスト化の模式図と休眠シストの耐性.休眠シストは多様な環境ストレス耐性を有し,乾燥すると乾燥シスト(“乾燥シスト”)の状態になる.写真のスケールバーは20 µmを表す.
図2■コルポダ(Colpoda cucullus)のシスト形成過程における形態変化の模式図
(A)~(C):シスト誘導後数時間程度まで,(D):シスト誘導後1日程度,(E):シスト誘導後1週間程度の細胞の模式図.文献(20)20) R. Funatani, A. Kida, T. Watoh & T. Matsuoka: Protistology, 6, 204 (2010).を参考に作成し,文献(9, 20~24, 27)9) K. Matsuoka, R. Funadani & T. Matsuoka: J. Protozool. Res., 27, 1 (2017).20) R. Funatani, A. Kida, T. Watoh & T. Matsuoka: Protistology, 6, 204 (2010).21) R. Funadani, Y. Sogame, K. Kojima, T. Takeshita, K. Yamamoto, T. Tsujizono, F. Suizu, S. Miyata, K. Yagyu, T. Suzuki et al.: FEMS Microbiol. Lett., 363, fnw203 (2016).22) T. Matsuoka: FEMS Microbiol. Lett., 368, fnab019 (2021).23) 松岡達臣:生物の科学遺伝,71, 472 (2017).24) 松岡達臣:生物の科学遺伝,61, 87 (2007)27) Y. Sogame, R. Saito, T. Sakai, T. Shimizu, T. Ono, R. Koizumi & K. Mizumachi: J. Protozool. Res., 29, 53 (2019).の報告を模式図にまとめた.用語は基本的に文献(23)23) 松岡達臣:生物の科学遺伝,71, 472 (2017).の記載に従った.本原稿で触れたシスト形成過程の主な細胞イベントに関与する器官のみを示している.
休眠シストは,運動性や代謝など「生」の特徴を消失するが,栄養細胞への復帰が可能であるため,Keilinの定義(2)2) D. Keilin: Proc. R. Soc. Lond. B Biol. Sci., 150, 149 (1959).に従えば,湿潤状態の休眠シストは代謝が通常より低い休眠状態(Dormancy),乾燥シストは代謝が限りなくゼロに近い無代謝休眠状態(Cryptobiosis)であり,不可逆的な「死」とは区別できる(1)1) Y. Sogame, R. Saito & S. Hakozaki: Zool. Sci., 42, 96 (2025)..コルポダは,形態的かつ生理的に大きく異なるそれらの細胞状態を上手く使い分け,資源の制約とタイムリミットがある一時的水環境や土壌環境に適応している.
実験室においてコルポダは麦葉浸出液などで培養することが可能である.また,シスト化は栄養細胞を高密度で懸濁してCa2+を添加すること,脱シスト化は休眠シストを新しい培養液に浸すことでそれぞれ誘導できる(3)3) 十亀陽一郎,島野智之,松岡 光,有川幹彦,水津 太,松岡達臣:原生生物,4, 5 (2021)..このようにコルポダは,安定して培養でき,シスト化と脱シスト化の実験的な制御が可能であるため,休眠シスト研究のモデルとして適している.
一般的に生体(細胞)は,乾燥に耐えられない.乾燥すると,タンパク質や細胞膜などの生体分子の分子構造が崩れるからである.それは,生体分子表面に結合して分子構造を支えている結合水が蒸発することに起因する.しかしながら,1915年のGoodeyの報告によれば,38年前の乾燥土壌試料を再水和させるとコルポダの栄養細胞が出現した(4)4) T. Goodey: Ann. Appl. Biol., 1, 395 (1915)..コルポダは,飲まず食わず無代謝休眠状態で38年間乾燥を耐え忍いだのである.多細胞生物では,ネムリユスリカ(Polypedilum vanderplanki)が17年間乾燥に耐え無代謝休眠から目覚めた記録がある(5)5) 十亀陽一郎,黄川田隆洋:化学と生物,54, 248 (2016)..ネムリユスリカは,雨季と乾季が分かれたアフリカの半乾燥地域に生息し,乾期を無代謝休眠で乗り越えカラカラに干からびても水戻しすれば蘇生することができる(5)5) 十亀陽一郎,黄川田隆洋:化学と生物,54, 248 (2016)..ネムリユスリカの乾燥耐性には,トレハロースやLate Embryogenesis Abundant protein(LEAタンパク質)などの生体分子を保護する物質が関与することが解明されている(5)5) 十亀陽一郎,黄川田隆洋:化学と生物,54, 248 (2016)..後で述べるが,コルポダの乾燥耐性獲得においてもトレハロースが関与することが最近わかってきた.
コルポダ栄養細胞の生存に適した温度は25°C程度であるが,陸上の土壌環境がいつも適温であるとは限らない.夏の土壌表面は熱く,冬は凍結する場合もある.休眠シストは,短時間であれば湿潤状態で51°C,乾燥状態で120°Cの高温に耐え,乾燥シストは105°Cで1時間も生存できる(6)6) C. V. Taylor & A. G. R. Strickland: Physiol. Zool., 9, 15 (1936)..休眠シスト形成過程では,他のタンパク質の立体構造を保護するシャペロン機能をもったヒートショックタンパク質の発現量が増加することが報告されており(7)7) Y. Sogame, K. Kojima, T. Takeshita, E. Kinoshita & T. Matsuoka: J. Eukaryot. Microbiol., 61, 51 (2014).,高温耐性獲得に寄与すると考えられる.さらに休眠シストは凍結耐性もあり,−65°Cに6時間以上(8)8) T. Matsuoka, Y. Sogame, R. Nakamura, Y. Hasegawa, M. Arikawa & F. Suzu: Acta Protozool., 59, 141 (2020).,乾燥シストの場合は−180°Cに10時間以上耐える(6)6) C. V. Taylor & A. G. R. Strickland: Physiol. Zool., 9, 15 (1936)..興味深いことに,コルポダ休眠シスト破砕液の上清を冷凍すると,水を冷凍したときのような大きな氷の結晶が生じない(8)8) T. Matsuoka, Y. Sogame, R. Nakamura, Y. Hasegawa, M. Arikawa & F. Suzu: Acta Protozool., 59, 141 (2020)..この現象と休眠シストの凍結耐性の関連性については後ほど述べる.
陸上環境では,UVも細胞にダメージを与える主要なストレスである.夏場ビーチでの日焼け止めが欠かせないように,一定以上のUVはDNAなどの生体物質を破壊するため有害である.コルポダ休眠シストの99.9%不活性化に必要なUV(254 nm)線量は,約600 mJ/cm2である(9)9) K. Matsuoka, R. Funadani & T. Matsuoka: J. Protozool. Res., 27, 1 (2017)..この値は,文献(10)10) M. Masjoudi, M. Mohseni & J. R. Bolton: J. Res. Natl. Inst. Stand. Technol., 126, 126021 (2021).を参照すると,大腸菌(Escherichia coli)の約100倍,酵母(Saccharomyces cerevisiae)の約6倍,枯草菌(Bacillus anthracis)芽胞の約10倍に相当し,コルポダ休眠シストは強いUV耐性があるといえる.地球最強の生物として名高いクマムシの一種Paramacrobiotus sp.は,約400 mJ/cm2のUVを受けても半数以上が生存でき,その体内では,UVを吸収して無害化する蛍光物質が蓄積される(11)11) H. R. Suma, S. Prakash & S. M. Eswarappa: Biol. Lett., 16, 20200391 (2020)..コルポダ休眠シストにおいても,蛍光物質が含まれ自家蛍光を発する核保護粒子が核を取り囲むように形成される(9)9) K. Matsuoka, R. Funadani & T. Matsuoka: J. Protozool. Res., 27, 1 (2017).(図2図2■コルポダ(Colpoda cucullus)のシスト形成過程における形態変化の模式図参照).蛍光物質を体内(細胞内)に蓄積してUVを吸収・無害化するという仕組みは,生物種を超えて共通するようである.
古細菌の仲間が,火山や温泉地の硫気孔付近の強酸性環境,炭酸塩濃度が高い塩基性環境,塩湖などの高塩濃度環境に適応して生活していることは生物学や微生物学の教科書にも書かれている.コルポダも休眠シストの状態であれば,強酸(pH 1)や強塩基(pH 13)に耐え(12, 13)12) Y. Sogame, A. Kida & T. Matsuoka: Afr. J. Microbiol. Res., 5, 4316 (2011).13) R. Nakamura, Y. Sogame, M. Arikawa, F. Suizu & T. Matsuoka: J. Protozool. Res., 30, 38 (2020).,死海塩分濃度(30%)の塩溶液中でも生存できる(14)14) R. Saito, H. Yamanobe, K. Yabuki, T. Suzuki, T. Saito, S. Hakozaki, M. Wanner, R. Koizumi, T. Sakai, M. Gamboa et al.: Curr. Res. Microb. Sci., 8, 100371 (2025)..さらに,種々の界面活性剤に対する耐性も栄養細胞の100倍以上高い(15)15) H. Yamanobe, S. Hakozaki, Y. Saito, K. Yabuki, T. Saito, T. Sakai, S. Kobayashi, T. Shimizu, R. Saito, N. Yamauchi et al.: J. Pure Appl. Microbiol., 19, 10676 (2025)..これらの耐性は,イオンや化学成分の細胞内への侵入が遮蔽されることに起因する(3)3) 十亀陽一郎,島野智之,松岡 光,有川幹彦,水津 太,松岡達臣:原生生物,4, 5 (2021)..シスト壁がバリアとなりそれらを遮蔽することが想像できるが,シスト壁は物質を透過させてしまう(3)3) 十亀陽一郎,島野智之,松岡 光,有川幹彦,水津 太,松岡達臣:原生生物,4, 5 (2021)..形態解析(15, 16)15) H. Yamanobe, S. Hakozaki, Y. Saito, K. Yabuki, T. Saito, T. Sakai, S. Kobayashi, T. Shimizu, R. Saito, N. Yamauchi et al.: J. Pure Appl. Microbiol., 19, 10676 (2025).16) R. Saito, R. Koizumi, T. Sakai, T. Shimizu, T. Ono & Y. Sogame: Acta Protozool., 59, 67 (2020).と次世代シーケンサーを利用した遺伝子発現差解析(14)14) R. Saito, H. Yamanobe, K. Yabuki, T. Suzuki, T. Saito, S. Hakozaki, M. Wanner, R. Koizumi, T. Sakai, M. Gamboa et al.: Curr. Res. Microb. Sci., 8, 100371 (2025).の結果,休眠シストでは細胞膜をはじめとする膜構造が休眠型に再構築され膜の透過性が低下することでそれらに対する耐性が獲得される可能性が示唆された.
コルポダの休眠シストは,放射線(ガンマ線)に対しても耐性がある.湿潤状態では4 KGy,乾燥シストでは8 KGy(哺乳類の約800倍)以上の放射線に耐える(16, 17)16) R. Saito, R. Koizumi, T. Sakai, T. Shimizu, T. Ono & Y. Sogame: Acta Protozool., 59, 67 (2020).17) 十亀陽一郎,齊藤瞭汰,箱﨑惇太朗,山野邊裕樹,齋藤剛瑠,矢吹一真,齊藤優汰:比較生理生化学,41, 44 (2024)..ネムリユスリカやクマムシのように宇宙旅行に耐えられるであろうか? ぜひコルポダの休眠シストにも宇宙旅行を経験させてみたい.ガンマ線の細胞への傷害は,乾燥やUVによる傷害と類似しており,直接的に細胞が破壊されることに加え,照射により生じた活性酸素によりDNAやタンパク質が酸化されて壊される.コルポダ休眠シストでは,細胞修復に関連する遺伝子発現が上昇し(14)14) R. Saito, H. Yamanobe, K. Yabuki, T. Suzuki, T. Saito, S. Hakozaki, M. Wanner, R. Koizumi, T. Sakai, M. Gamboa et al.: Curr. Res. Microb. Sci., 8, 100371 (2025).,ガンマ線照射により酸化(カルボニル化)されたタンパク質が修復される(16, 17)16) R. Saito, R. Koizumi, T. Sakai, T. Shimizu, T. Ono & Y. Sogame: Acta Protozool., 59, 67 (2020).17) 十亀陽一郎,齊藤瞭汰,箱﨑惇太朗,山野邊裕樹,齋藤剛瑠,矢吹一真,齊藤優汰:比較生理生化学,41, 44 (2024)..休眠シストにおいて大規模な細胞修復機構が働くことがガンマ線耐性獲得のしくみの一つとして考えられるが,その詳しいメカニズム解明は今後の研究に期待してほしい.
乾燥,高温,UVに対する耐性は,劣悪環境と陸上環境に対する適応戦略として非常に効果的である.一方,無駄にも思える他の強い耐性は,必要な耐性に付随するおまけのようなものなのだろうか? それとも何らかの生物学的意義があるのだろうか? 酸や塩に対する耐性は,地球上での分散を広げるために有利である.シストが風や動物により運ばれて分散されることに加え(18)18) W. Foissner: “Biogeography of microscopic organisms: Is everything small everywhere?” ed. by D. Fontaneto, Cambridge University Press, 2011, pp. 61–87.,動物の消化管内で生き残り糞と共に排出されれば,降雨で水分が得られたときに富栄養環境で速やかに増殖することができる.塩に対する耐性は大海を渡り生息地を拡大するチャンスをつくる.さらに,今では十分すぎると思われる程に強い休眠シストの耐性は,地球史の原始的環境を生き抜いてきた名残であると考えられないだろうか.分子時計による推定では,繊毛虫の起源は約20億年以上前である(19)19) G. A. D. Wright & D. H. Lynn: Arch. Protistenkd., 148, 329 (1997)..この頃の地球環境は,現在のように穏やかではなく,高温から凍結まで温度変化が激しく,強い放射線と紫外線にさらされていた.
栄養細胞と休眠シストは形態が大きく異なるが,栄養細胞はどのようなプロセスを経て休眠シストになるのか.コルポダ(C. cucullus)の休眠シスト形成過程における主要な形態変化は,松岡らのグループによる電子顕微鏡と光学顕微鏡を用いた解析により明らかにされ,報告されている(20, 21)20) R. Funatani, A. Kida, T. Watoh & T. Matsuoka: Protistology, 6, 204 (2010).21) R. Funadani, Y. Sogame, K. Kojima, T. Takeshita, K. Yamamoto, T. Tsujizono, F. Suizu, S. Miyata, K. Yagyu, T. Suzuki et al.: FEMS Microbiol. Lett., 363, fnw203 (2016)..本稿では,それらの報告をもとにわれわれの報告も交えてシスト形成過程におけるユニークな形態変化の概要を述べる(図2図2■コルポダ(Colpoda cucullus)のシスト形成過程における形態変化の模式図).実際に電子顕微鏡像や光学顕微鏡像を参照しながら休眠シスト形成の形態変化を追いたければ,別の総説(3, 22~24)3) 十亀陽一郎,島野智之,松岡 光,有川幹彦,水津 太,松岡達臣:原生生物,4, 5 (2021).22) T. Matsuoka: FEMS Microbiol. Lett., 368, fnab019 (2021).23) 松岡達臣:生物の科学遺伝,71, 472 (2017).24) 松岡達臣:生物の科学遺伝,61, 87 (2007)を参照していただきたい.
ソラマメ型の栄養細胞は,シスト誘導後数時間以内に球形になり,繊毛が吸収されて運動機能を消失する(3, 20, 22~24)3) 十亀陽一郎,島野智之,松岡 光,有川幹彦,水津 太,松岡達臣:原生生物,4, 5 (2021).20) R. Funatani, A. Kida, T. Watoh & T. Matsuoka: Protistology, 6, 204 (2010).22) T. Matsuoka: FEMS Microbiol. Lett., 368, fnab019 (2021).23) 松岡達臣:生物の科学遺伝,71, 472 (2017).24) 松岡達臣:生物の科学遺伝,61, 87 (2007)(図2A~C図2■コルポダ(Colpoda cucullus)のシスト形成過程における形態変化の模式図).これには細胞骨格を形成するアクチンと繊毛を構成するチューブリンの脱重合が関与する(25)25) Y. Sogame, K. Kojima, T. Takeshita, S. Kikuchi, Y. Shimada, R. Nakamura, M. Arikawa, S. Miyata, E. Kinoshita, F. Suizu et al.: Acta Protozool., 59, 107 (2020)..この期間に,粘液性物質であるミューカスが液胞(ムコシスト)から放出され,さらに小球状の構造体であるレピドソームも細胞から放出される(20, 21)20) R. Funatani, A. Kida, T. Watoh & T. Matsuoka: Protistology, 6, 204 (2010).21) R. Funadani, Y. Sogame, K. Kojima, T. Takeshita, K. Yamamoto, T. Tsujizono, F. Suizu, S. Miyata, K. Yagyu, T. Suzuki et al.: FEMS Microbiol. Lett., 363, fnw203 (2016).(図2B図2■コルポダ(Colpoda cucullus)のシスト形成過程における形態変化の模式図).細胞はこれらの粘性物質をまとうことで何らかの基質に固着することができるようになる(22)22) T. Matsuoka: FEMS Microbiol. Lett., 368, fnab019 (2021)..続いて細胞膜の外周に堅い殻のエクトシストが形成される(20)20) R. Funatani, A. Kida, T. Watoh & T. Matsuoka: Protistology, 6, 204 (2010).(図2C図2■コルポダ(Colpoda cucullus)のシスト形成過程における形態変化の模式図).エクトシストは,甲殻類や昆虫の細胞骨格,真菌類の細胞壁などと同様にキチンが主成分であり,休眠シストの物理的強度を保つために重要である(14)14) R. Saito, H. Yamanobe, K. Yabuki, T. Suzuki, T. Saito, S. Hakozaki, M. Wanner, R. Koizumi, T. Sakai, M. Gamboa et al.: Curr. Res. Microb. Sci., 8, 100371 (2025)..エクトシストが完成すると,数時間から数日おきに複数回細胞膜とエクトシストの間にエンドシスト前駆体がエキソサイトーシスにより放出され,多層構造のエンドシストが形成される(20)20) R. Funatani, A. Kida, T. Watoh & T. Matsuoka: Protistology, 6, 204 (2010).(図2C, D図2■コルポダ(Colpoda cucullus)のシスト形成過程における形態変化の模式図).エンドシストの成分は正確に同定されていないが,粘液多糖(21, 25)21) R. Funadani, Y. Sogame, K. Kojima, T. Takeshita, K. Yamamoto, T. Tsujizono, F. Suizu, S. Miyata, K. Yagyu, T. Suzuki et al.: FEMS Microbiol. Lett., 363, fnw203 (2016).25) Y. Sogame, K. Kojima, T. Takeshita, S. Kikuchi, Y. Shimada, R. Nakamura, M. Arikawa, S. Miyata, E. Kinoshita, F. Suizu et al.: Acta Protozool., 59, 107 (2020).,非水溶性のタンパク質が含まれ,水分を保持する役割を担う可能性がある(14)14) R. Saito, H. Yamanobe, K. Yabuki, T. Suzuki, T. Saito, S. Hakozaki, M. Wanner, R. Koizumi, T. Sakai, M. Gamboa et al.: Curr. Res. Microb. Sci., 8, 100371 (2025)..
シスト壁などの休眠シスト特異的細胞構造がつくられる一方,栄養細胞の構造は積極的に分解される.約8割のタンパク質とmRNAに加え,細胞の代謝に必要なエネルギー生産を行うミトコンドリアも膜電位停止後そのほとんどが自食作用(オートファジー)により分解される(3, 20, 22~24)3) 十亀陽一郎,島野智之,松岡 光,有川幹彦,水津 太,松岡達臣:原生生物,4, 5 (2021).20) R. Funatani, A. Kida, T. Watoh & T. Matsuoka: Protistology, 6, 204 (2010).22) T. Matsuoka: FEMS Microbiol. Lett., 368, fnab019 (2021).23) 松岡達臣:生物の科学遺伝,71, 472 (2017).24) 松岡達臣:生物の科学遺伝,61, 87 (2007)(図2B~D図2■コルポダ(Colpoda cucullus)のシスト形成過程における形態変化の模式図).ミトコンドリアの分解と同時期にエネルギー生産に必要であるATPシンターゼβ鎖の遺伝子とタンパク質量も著しく減少する(7, 26)7) Y. Sogame, K. Kojima, T. Takeshita, E. Kinoshita & T. Matsuoka: J. Eukaryot. Microbiol., 61, 51 (2014).26) S. Hakozaki, H. Yamanobe, K. Yabuki, T. Shimizu, T. Saito, R. Saito & Y. Sogame: Acta Protozool., 62, 39 (2023)..これにより休眠シストにおけるミトコンドリア由来の代謝活性は低下する.核内では遺伝情報の最適化が行われ,クロマチン放出イベントにより余剰なDNAが放出され分解される(20)20) R. Funatani, A. Kida, T. Watoh & T. Matsuoka: Protistology, 6, 204 (2010)..シスト形成初期段階では小さなクロマチン塊が大核から放出された後,オートファジーにより分解される様子が観察され(図2B~D図2■コルポダ(Colpoda cucullus)のシスト形成過程における形態変化の模式図),シスト誘導後12時間から1日後には大規模なクロマチン放出(クロマチンエクストリュージョン)が観察できる(20, 22~24)20) R. Funatani, A. Kida, T. Watoh & T. Matsuoka: Protistology, 6, 204 (2010).22) T. Matsuoka: FEMS Microbiol. Lett., 368, fnab019 (2021).23) 松岡達臣:生物の科学遺伝,71, 472 (2017).24) 松岡達臣:生物の科学遺伝,61, 87 (2007)(図2D図2■コルポダ(Colpoda cucullus)のシスト形成過程における形態変化の模式図).この頃になると大核と小核は自家蛍光をもつ核保護粒子により取り囲まれ保護される(9, 27)9) K. Matsuoka, R. Funadani & T. Matsuoka: J. Protozool. Res., 27, 1 (2017).27) Y. Sogame, R. Saito, T. Sakai, T. Shimizu, T. Ono, R. Koizumi & K. Mizumachi: J. Protozool. Res., 29, 53 (2019).(図2D図2■コルポダ(Colpoda cucullus)のシスト形成過程における形態変化の模式図).レピドソームやシスト壁も自家蛍光を発し,細胞質基質でも自家蛍光物質が蓄積される(9, 27)9) K. Matsuoka, R. Funadani & T. Matsuoka: J. Protozool. Res., 27, 1 (2017).27) Y. Sogame, R. Saito, T. Sakai, T. Shimizu, T. Ono, R. Koizumi & K. Mizumachi: J. Protozool. Res., 29, 53 (2019)..その後,シスト誘導後1週間程度の細胞では,核と凝集されたミトコンドリア以外の細胞小器官は観察できなくなる(20)20) R. Funatani, A. Kida, T. Watoh & T. Matsuoka: Protistology, 6, 204 (2010).(図2E図2■コルポダ(Colpoda cucullus)のシスト形成過程における形態変化の模式図).細胞の空いたスペースには,低電子密度物質と低電子密度顆粒が存在するようになり,凝集されたミトコンドリアは,それらの物質で覆われ保護されているように観察できる(20)20) R. Funatani, A. Kida, T. Watoh & T. Matsuoka: Protistology, 6, 204 (2010).(図2E図2■コルポダ(Colpoda cucullus)のシスト形成過程における形態変化の模式図).この低電子密度の物質は,トレハロースのような糖成分である可能性も考えられる(24)24) 松岡達臣:生物の科学遺伝,61, 87 (2007).このように,シスト形成過程における細胞イベントは,オートファジーにより栄養細胞の構造を分解して休眠型につくりかえるユニークな現象である.
コルポダは,どのように環境ストレスを察知してシスト形成過程の細胞イベントを制御するのか.そのしくみの一端は,2009年に初めて松岡らにより阻害剤および活性化剤を用いた実験により示された(28)28) T. Matsuoka, A. Kondoh, K. Sabashi, N. Nagano, T. Akematsu, A. Kida & R. Iino: Protistology, 6, 103 (2009)..その後中国のMiaoらやPanらのグループの次世代シーケンサーを利用した解析により,繊毛虫のシスト誘導シグナル伝達系が分子レベルで実証された(29, 30)29) C. Jiang, W. Wei, G. Yan, T. Shi & W. Miao: J. Eukaryot. Microbiol., 66, 212 (2019).30) N. Pan, T. Niu, M. Z. Bhatti, H. Zhang, X. Fan, B. Ni & J. Chen: Sci. Rep., 9, 19109 (2019)..はじめに種明かしをすると,シスト形成を誘導するシスト誘導シグナル伝達系は,Ca2+により活性化され,シスト形成に必要な細胞イベントを制御する.シスト化が誘導される細胞の高密度化(細胞間機械刺激によりCa2+流入が促進される)や細胞懸濁液へのCa2+添加の条件では,Ca2+の流入により細胞内Ca2+濃度が上昇する(3, 28)3) 十亀陽一郎,島野智之,松岡 光,有川幹彦,水津 太,松岡達臣:原生生物,4, 5 (2021).28) T. Matsuoka, A. Kondoh, K. Sabashi, N. Nagano, T. Akematsu, A. Kida & R. Iino: Protistology, 6, 103 (2009)..一方,Ca2+拮抗剤で細胞内外のCa2+をキレートすると細胞内Ca2+濃度が減少してシスト誘導が抑制される(3, 28)3) 十亀陽一郎,島野智之,松岡 光,有川幹彦,水津 太,松岡達臣:原生生物,4, 5 (2021).28) T. Matsuoka, A. Kondoh, K. Sabashi, N. Nagano, T. Akematsu, A. Kida & R. Iino: Protistology, 6, 103 (2009)..つまり,外部環境の乾燥ストレスは細胞内Ca2+濃度上昇というシグナルに置き換わる.乾燥により水分が蒸発すると細胞外液のイオン濃度と細胞密度が上昇するため,このCa2+による制御は理にかなっている.
Ca2+は真核生物に広く共通するシグナル分子の一つであり,Ca2+センサーであるカルモジュリン(CaM)とCa2+/CaM依存性リン酸化反応を介して細胞の機能を調整する(31)31) 德光 浩:生化学,90, 452 (2018)..シスト化の場合,図3図3■主要と考えられるコルポダのシスト誘導シグナル伝達系の模式図に概略を示すように,Ca2+/CaM依存性プロテインキナーゼキナーゼβ(CAMKKβ),5′-AMP活性化キナーゼ(AMPK),環状アデノシン一リン酸(cAMP),cAMP依存キナーゼ(PKA)が関与するシグナル伝達系により,オートファジー活性化,細胞修復の活性化,代謝停止,遺伝子発現調節などが制御されることがわかってきた(1, 3, 14, 22, 23, 28~30)1) Y. Sogame, R. Saito & S. Hakozaki: Zool. Sci., 42, 96 (2025).3) 十亀陽一郎,島野智之,松岡 光,有川幹彦,水津 太,松岡達臣:原生生物,4, 5 (2021).14) R. Saito, H. Yamanobe, K. Yabuki, T. Suzuki, T. Saito, S. Hakozaki, M. Wanner, R. Koizumi, T. Sakai, M. Gamboa et al.: Curr. Res. Microb. Sci., 8, 100371 (2025).22) T. Matsuoka: FEMS Microbiol. Lett., 368, fnab019 (2021).23) 松岡達臣:生物の科学遺伝,71, 472 (2017).28) T. Matsuoka, A. Kondoh, K. Sabashi, N. Nagano, T. Akematsu, A. Kida & R. Iino: Protistology, 6, 103 (2009).29) C. Jiang, W. Wei, G. Yan, T. Shi & W. Miao: J. Eukaryot. Microbiol., 66, 212 (2019).30) N. Pan, T. Niu, M. Z. Bhatti, H. Zhang, X. Fan, B. Ni & J. Chen: Sci. Rep., 9, 19109 (2019).(図3図3■主要と考えられるコルポダのシスト誘導シグナル伝達系の模式図).どうやらシスト化の細胞内イベントは,基本的に真核生物に共通する普遍的なしくみにより制御されているようである.その分子機構の詳細は,松岡による総説(22~24)22) T. Matsuoka: FEMS Microbiol. Lett., 368, fnab019 (2021).23) 松岡達臣:生物の科学遺伝,71, 472 (2017).24) 松岡達臣:生物の科学遺伝,61, 87 (2007)もしくは筆者らの総説(1)1) Y. Sogame, R. Saito & S. Hakozaki: Zool. Sci., 42, 96 (2025).を参照していただきたい.
図3■主要と考えられるコルポダのシスト誘導シグナル伝達系の模式図
文献(1, 3, 14, 22, 23, 28~30)1) Y. Sogame, R. Saito & S. Hakozaki: Zool. Sci., 42, 96 (2025).3) 十亀陽一郎,島野智之,松岡 光,有川幹彦,水津 太,松岡達臣:原生生物,4, 5 (2021).14) R. Saito, H. Yamanobe, K. Yabuki, T. Suzuki, T. Saito, S. Hakozaki, M. Wanner, R. Koizumi, T. Sakai, M. Gamboa et al.: Curr. Res. Microb. Sci., 8, 100371 (2025).22) T. Matsuoka: FEMS Microbiol. Lett., 368, fnab019 (2021).23) 松岡達臣:生物の科学遺伝,71, 472 (2017).28) T. Matsuoka, A. Kondoh, K. Sabashi, N. Nagano, T. Akematsu, A. Kida & R. Iino: Protistology, 6, 103 (2009).29) C. Jiang, W. Wei, G. Yan, T. Shi & W. Miao: J. Eukaryot. Microbiol., 66, 212 (2019).30) N. Pan, T. Niu, M. Z. Bhatti, H. Zhang, X. Fan, B. Ni & J. Chen: Sci. Rep., 9, 19109 (2019).の記述を参考に作成した.AC: アデニル酸シクラーゼ,CaM: カルモジュリン,CAMKKβ: Ca2+/CaM依存性プロテインキナーゼキナーゼβ,AMPK: 5′-AMP活性化キナーゼ,cAMP: 環状アデノシン一リン酸,PKA: cAMP依存キナーゼ.
コルポダのシスト形成は,飢餓や温度上昇にもよく応答する.細胞の高密度化は,栄養源が限られた自然下では飢餓を招くと考えられ,飢餓のシグナルとしても有効である.繊毛虫Pseudourostyla cristataでは,飢餓になるとエネルギーセンサーであるAMPKを介してシスト形成が誘導されることが報告されており(30)30) N. Pan, T. Niu, M. Z. Bhatti, H. Zhang, X. Fan, B. Ni & J. Chen: Sci. Rep., 9, 19109 (2019).,コルポダでも同様の応答が考えられる.温度変化は膜貫通型の温度センサーであるトリップチャネル(TRP)を介して細胞内Ca2+濃度上昇を引き起こしてシスト形成が促進されることが報告されている(32)32) Y. Shimada, Y. Hasegawa, Y. Harada, R. Nakamura, T. Matsuoka & M. Arikawa: Eur. J. Protistol., 79, 125800 (2021)..
トレハロースは,グルコース2分子が結合してできた2糖であり,グルコースの結合様式により3つの異性体:α,α-トレハロース,α,β-トレハロース(ネオトレハロース),β,β-トレハロース(イソトレハロース)が存在することが知られている(図4図4■α,α-トレハロース,ネオトレハロース(α,β-トレハロース),イソトレハロース(β,β-トレハロース)の構造式).特に,α,α-トレハロースは,乾燥や凍結から生体分子を保護する特性が強く,冷凍食品やスイーツの保護材および劣化防止剤,薬剤の安定剤,細胞や臓器の保存剤として使用され,今日では私たちの生活に欠かせない糖である.無代謝休眠を行う生物の多くは,このα,α-トレハロースをうまく利用して耐性を獲得する.ネムリユスリカの無代謝休眠においては,α,α-トレハロースの耐性獲得にかかわる機能が実証されている(5)5) 十亀陽一郎,黄川田隆洋:化学と生物,54, 248 (2016)..
細胞が乾燥すると,生体分子表面の結合水が蒸発し,その構造が崩壊する.トレハロースは,非常に親水性が高く,水の代わりにそれらの分子と結合して構造を維持することができる(33)33) M. Sakurai: “Water and Biomolecules. Biological and Medical Physics, Biomedical Engineering,” ed. by K. Kuwajima, Y. Goto, F. Hirata, M. Kataoka & M. Terazima, Springer, 2009, pp. 219–240..乾燥が進むと,トレハロースはガラスのように固まり細胞を保護する(33)33) M. Sakurai: “Water and Biomolecules. Biological and Medical Physics, Biomedical Engineering,” ed. by K. Kuwajima, Y. Goto, F. Hirata, M. Kataoka & M. Terazima, Springer, 2009, pp. 219–240..細胞に充填されたα,α-トレハロースは,乾燥により消失する水の代わりに生体分子に結合し,ガラス化して固まり細胞の構造を保護する.これらの性質によりトレハロースは乾燥から生体分子を保護することができる.さらにトレハロースには,凍結時丸く小さな結晶を生じ,低温において氷の結晶成長を防ぐ性質があり,凍結から生体分子を保護する機能もある(34)34) T. Uchida, M. Nagayama, T. Shibayama & K. Gohara: J. Cryst. Growth, 299, 125 (2007)..
乾燥耐性と凍結耐性を兼ね備えたコルポダ休眠シストにおいてもトレハロースが蓄積されると考えられてきたが,われわれが幸運にもそれがネオトレハロース(図4図4■α,α-トレハロース,ネオトレハロース(α,β-トレハロース),イソトレハロース(β,β-トレハロース)の構造式)であることを同定できたのは2024年のことである(35)35) Y. Sogame, M. Ogata, S. Hakozaki, Y. Saito, T. Suzuki, R. Saito, F. Suizu & K. Watanabe: Biochem. Biophys. Res. Commun., 716, 140071 (2024)..自然界におけるネオトレハロースの報告例はほとんどなく,構造化学的に保護機能はα,α-トレハロースが勝るにもかかわらず,なぜコルポダの休眠シストはネオトレハロースを合成するのか,いつ,どのように合成するのかなどまだわからないことが多い.ここで,休眠シスト破砕液の上清を凍らせても大きな氷の結晶が生じなかったことを思い出してほしい.氷の結晶成長を防ぎ凍結から生体物質を保護するトレハロースを細胞内に蓄積していると考えると,休眠シストの凍結耐性も説明できる.休眠シストの耐性にネオトレハロースが関与している可能性が高い.
休眠シストは,環境の好転を察知すると,栄養細胞への復帰(脱シスト)を開始する.コルポダの脱シスト化は,遺伝子の転写と翻訳を伴い,通常1~2時間程度で完了する迅速なプロセスである.
コルポダの脱シストは,干し草浸出液,銅クロロフィリン溶液,鉄クロロフィリン溶液などで誘導可能である(3)3) 十亀陽一郎,島野智之,松岡 光,有川幹彦,水津 太,松岡達臣:原生生物,4, 5 (2021)..脱シストを誘導する干し草中の成分は,マグネシウムクロロフィリンなどクロロフィルに由来する水溶性成分である可能性が高く,その受容体はシスト細胞膜上に存在すると考えられている(3)3) 十亀陽一郎,島野智之,松岡 光,有川幹彦,水津 太,松岡達臣:原生生物,4, 5 (2021)..その後脱シスト誘導のシグナルがどのように細胞内へ伝えられるかということは未解明である.
コルポダの脱シスト誘導後10分程度でRNAの代謝全般に関与するDEAD-box RNAヘリカーゼが著しく増加し,転写阻害剤や翻訳阻害剤存在下では脱シスト化は完了しないので,脱シスト化には転写や翻訳のプロセスが必要である(36)36) Y. Sogame, K. Kojima, T. Takeshita, E. Kinoshita, R. Funadani & T. Matsuoka: Microbes Environ., 28, 388 (2013)..一方,休眠シストにmRNAがストックされていること(37)37) L. Benítez & J. C. Gutiérrez: Biochem. Mol. Biol. Int., 41, 1137 (1997).,脱シスト中に翻訳に関与する遺伝子群の発現が上昇することも報告されている(38)38) H. Li, K. Wu, Y. Feng, C. Gao, Y. Wang, Y. Zhang, J. Pan, X. Shen, R. A. Zufall, Y. Zhang et al.: mSystems, 9, e01379-23 (2024)..これらの報告は,栄養細胞の構造の一部や脱シスト化に必要なもの(たとえば酵素など)の一部は,mRNAの状態で休眠シストにストックされている可能性を示唆する.おそらく脱シスト化では,遺伝子を転写してゼロからつくるもの,ストックしたmRNAからつくるものを上手く分けることにより速やかに栄養細胞として活動を再開できるであろう.
脱シスト時,細胞はエクトシストを破壊してシストから脱出する.そのプロセスは,コルポダ(C. cucullus)を用いて報告されている(39)39) R. Funadani, Y. Suetomo & T. Matsuoka: Microbes Environ., 28, 149 (2013)..脱シストが誘導されると,まず収縮胞が出現する(39)39) R. Funadani, Y. Suetomo & T. Matsuoka: Microbes Environ., 28, 149 (2013).(図5A, B図5■コルポダ(Colpoda cucullus)の脱シスト過程の模式図と写真).収縮胞は,栄養細胞にも見られ,心臓のようにパコパコ拍動して細胞内の水分を排出することで浸透圧調節を行う器官である.脱出前の細胞では,一度出現した収縮胞の拍動が止まり観察できなくなった後,脱シスト液胞が出現する(39)39) R. Funadani, Y. Suetomo & T. Matsuoka: Microbes Environ., 28, 149 (2013).(図5C, H図5■コルポダ(Colpoda cucullus)の脱シスト過程の模式図と写真).脱シスト液胞には細胞内に取り込まれた水が集められる(39)39) R. Funadani, Y. Suetomo & T. Matsuoka: Microbes Environ., 28, 149 (2013)..その結果,脱シスト液胞は,シスト直径の半分以上に及ぶ巨大液胞に成長し,細胞はその膨圧の力でエクトシストを物理的に破壊する(39)39) R. Funadani, Y. Suetomo & T. Matsuoka: Microbes Environ., 28, 149 (2013).(図5D, I図5■コルポダ(Colpoda cucullus)の脱シスト過程の模式図と写真).エクトシストが破壊されると,その裂け目から細胞がエンドシスト層に包まれてでてくる(39)39) R. Funadani, Y. Suetomo & T. Matsuoka: Microbes Environ., 28, 149 (2013).(図5E, J~L図5■コルポダ(Colpoda cucullus)の脱シスト過程の模式図と写真).その後エンドシストは,細胞の運動により徐々に引き延ばされながら分解もしくは溶けてなくなる(39)39) R. Funadani, Y. Suetomo & T. Matsuoka: Microbes Environ., 28, 149 (2013).(図5F, G, M~O図5■コルポダ(Colpoda cucullus)の脱シスト過程の模式図と写真).文献(39)39) R. Funadani, Y. Suetomo & T. Matsuoka: Microbes Environ., 28, 149 (2013).によれば,脱シスト液胞は収縮胞に由来し,脱シスト後は退化して確認できなくなる.
図5■コルポダ(Colpoda cucullus)の脱シスト過程の模式図と写真
(A)~(G)脱シストする休眠シストにおける細胞形態の模式図.文献(39)39) R. Funadani, Y. Suetomo & T. Matsuoka: Microbes Environ., 28, 149 (2013).の報告を参考に作成した.(H)~(O)脱シスト液胞が形成されてから脱シストする細胞の写真.写真撮影:小泉亮太氏(福島工業高等専門学校).(N)は文献(14)14) R. Saito, H. Yamanobe, K. Yabuki, T. Suzuki, T. Saito, S. Hakozaki, M. Wanner, R. Koizumi, T. Sakai, M. Gamboa et al.: Curr. Res. Microb. Sci., 8, 100371 (2025).から編集後転載した.
近年の中国のLongらのグループによる,コルポダのミトコンドリアゲノム(40)40) Y. Zhang, H. Li, Y. Wang, M. Nie, K. Zhang, J. Pan, Y. Zhang, Z. Ye, R. A. Zufall, M. Lynch et al.: mSystems, 9, e01161-23 (2024).と大核ゲノム(38)38) H. Li, K. Wu, Y. Feng, C. Gao, Y. Wang, Y. Zhang, J. Pan, X. Shen, R. A. Zufall, Y. Zhang et al.: mSystems, 9, e01379-23 (2024).の解読により,コルポダの耐性獲得機構の進化的背景が明らかになった.
コルポダのミトコンドリアゲノムは,一般的な繊毛虫のそれと比較すると,種レベルにおける保存性は高いが属レベルでの保存性が低く多様性が高い(40)40) Y. Zhang, H. Li, Y. Wang, M. Nie, K. Zhang, J. Pan, Y. Zhang, Z. Ye, R. A. Zufall, M. Lynch et al.: mSystems, 9, e01161-23 (2024)..この複雑なゲノム構造は,環境適応の結果かもしれない.また,コルポダゲノムは,遺伝子消失イベントを少なくても複数回経験している(40)40) Y. Zhang, H. Li, Y. Wang, M. Nie, K. Zhang, J. Pan, Y. Zhang, Z. Ye, R. A. Zufall, M. Lynch et al.: mSystems, 9, e01161-23 (2024)..たとえば,好気呼吸に必須であるCytochrome C Maturation Protein(ccmp)遺伝子がコルポダのミトコンドリアゲノムでは消失している(40)40) Y. Zhang, H. Li, Y. Wang, M. Nie, K. Zhang, J. Pan, Y. Zhang, Z. Ye, R. A. Zufall, M. Lynch et al.: mSystems, 9, e01161-23 (2024)..これは,コルポダ休眠シストもしくはシスト形成過程における好気呼吸のしくみが一般的な繊毛虫と異なっても不思議でないことを示唆するだろう.われわれの研究でも,コルポダの休眠シストではミトコンドリア膜電位は消失するが,細胞内のATP量は上昇することが明らかになっている(26)26) S. Hakozaki, H. Yamanobe, K. Yabuki, T. Shimizu, T. Saito, R. Saito & Y. Sogame: Acta Protozool., 62, 39 (2023)..休眠シストでのATP消費量の減少が一因となる可能性も否定できないが,通常の好気呼吸とは異なるエネルギー生産のしくみがあるとは考えられないだろうか? さらに,コルポダのミトコンドリアゲノムは他の繊毛虫と比べ長いテロメアをもつ(40)40) Y. Zhang, H. Li, Y. Wang, M. Nie, K. Zhang, J. Pan, Y. Zhang, Z. Ye, R. A. Zufall, M. Lynch et al.: mSystems, 9, e01161-23 (2024)..真核生物の染色体DNA末端にある繰り返し配列であるテロメアは,染色体DNAの末端部位を保護する役割があり,細胞の寿命と深く関係する.通常ミトコンドリアDNAは,環状なのでテロメアが存在しない.しかし,繊毛虫のミトコンドリアDNAは直鎖状で末端はテロメアにより保護されている.面白いことに,チベットの標高が高いところに生息するコルポダは,なんとミトコンドリアゲノムの13%を占める長いテロメアを有する(40)40) Y. Zhang, H. Li, Y. Wang, M. Nie, K. Zhang, J. Pan, Y. Zhang, Z. Ye, R. A. Zufall, M. Lynch et al.: mSystems, 9, e01161-23 (2024)..このようにコルポダのミトコンドリアゲノムは,テロメアにより保護されることにより劣悪な環境下でも壊れずに受け継がれてきたのかもしれない(40)40) Y. Zhang, H. Li, Y. Wang, M. Nie, K. Zhang, J. Pan, Y. Zhang, Z. Ye, R. A. Zufall, M. Lynch et al.: mSystems, 9, e01161-23 (2024)..
大核の比較ゲノム解析によれば,コルポダのゲノムは,他の繊毛虫のゲノムと比べ,グアニンとシトシンの含有量が多い(38)38) H. Li, K. Wu, Y. Feng, C. Gao, Y. Wang, Y. Zhang, J. Pan, X. Shen, R. A. Zufall, Y. Zhang et al.: mSystems, 9, e01379-23 (2024)..塩基の相補性の性質によるグアニンとシトシン間における塩基対合は,アデニンとチミンが形成する塩基対合に比べ水素結合が1つ多く,より壊れにくい2本鎖DNAを形成することが可能である.これは,たとえば紫外線や高温などDNAの損傷の原因となる環境ストレスが多い環境に生息するコルポダにとっては有利な構造である.さらに,グアニンとシトシンの含有率が高いコドンは,より疎水性のアミノ酸をコードするため,コルポダ細胞におけるタンパク質の安定性と変性に対する耐性を高めることができる(38)38) H. Li, K. Wu, Y. Feng, C. Gao, Y. Wang, Y. Zhang, J. Pan, X. Shen, R. A. Zufall, Y. Zhang et al.: mSystems, 9, e01379-23 (2024)..このようにコルポダはゲノムレベルで環境ストレスに強く進化し,地球史の苛烈な環境変化に適応し続けてきたようである.
繊毛虫の休眠シストに関する研究は,19世紀初頭から多くの研究者の手により現在まで知見が蓄積されてきた.たった一つの細胞内で起こるできごとにもかかわらず,われわれの理解が及ばない未知の域はまだまだ広い.筆者らも年々更新される休眠シストの強さに驚かされ,徐々に明らかになるユニークな細胞イベントや休眠シストがつくる珍しい物質に魅了されている.そして最近再認識した重要なことは,意外にもそれらを司るしくみは,真核生物に共通する普遍的なしくみであるということである.シスト化および脱シスト化のユニークな細胞イベントやそれにかかわる未知の生体物質を解き明かすことはもちろん興味深い.加えて,それらを制御するしくみが普遍的であるからこそ,休眠シストの研究を通じて生命に共通する未知の現象やしくみの発見につながるかもしれないという新たな展望も見えてきた.
長い年月をかけ,無数の偶然の繰り返しにより,真核細胞に共通するしくみでシスト形成を操るものが,たまたま生き残ることができたというのなら,コルポダは本当に運がいいヤツだ.そんなコルポダの幸運にあやかり,彼らの強さを他の生物,たとえばヒトに移植できないかと空想するのは筆者たちだけであろうか.
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