Kagaku to Seibutsu 52(10): 633 (2014)
巻頭言
マイノリティーの立場から
Published: 2014-10-01
© 2014 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2014 公益社団法人日本農芸化学会
巻頭言の執筆依頼のメールが届いたとき,まず,事務局が送付先を間違えたと思った.次に,添付されていた依頼状の宛名が私であることがわかったときには,日本農芸化学会のマジョリティーに属していない私には書けないと思った.けれども,農芸化学の出身ではなく,唯一の女性理事であるというマイノリティーの立場であるからこそ見えることがあるかもしれないと思い直し,お引き受けすることにした.
私は,お茶の水女子大学家政学部食物学科の出身である.卒業論文と修士論文は,島田淳子先生とともに東京大学農学部農芸化学科食糧化学研究室の荒井綜一先生と渡辺道子先生からもご指導をいただいたが,修士課程までは食物学の教育を受けてきた.博士課程は東京大学農学系研究科農芸化学専攻に進学し,食品工学研究室で矢野俊正先生のご指導の下,「食品膨化に関する基礎的研究」で学位をいただいた.博士課程2年のときに,研究室の先輩であった熊谷 仁と結婚し,学位取得後第一子を出産した.その後,日本大学農獣医学部農芸化学科(現・生物資源科学部生命化学科)に,専門教員約200名のうち20年ぶり二人目の女性教員として採用され,食品化学研究室に所属し,第二子の出産を経て,現在に至っている.
日本大学では,研究室の教授であった石井謙二先生から「ビタミンCの酵素による定量法の確立」,助教授であった桜井英敏先生から「陸ワサビの精油成分の分析と機能性解明」,隣の研究室の教授であった有賀豊彦先生から「無臭ニンニクの特性解明」という研究テーマをいただき,これまでとは全く異なる研究を行うことになった.当初は右も左もわからない状態であったが,必死で勉強し,何をすれば良いのかを考え,方向を決めた後は,学生たちと一緒に研究を進めていった.その結果,ペルオキシダーゼを用いたビタミンCの定量法を確立し,陸ワサビ精油中の6-メチルチオヘキシルイソチオシアネートが血小板凝集抑制作用を有すること,無臭ニンニクがニンニクではなく,Allium ampeloprasumというリーキと同種の植物であることを明らかにした.これらの研究を行う過程で感じたのは,農芸化学の教育を受けてきた学生たちが有機合成や植物の栽培などの幅広い知識をもっていることで,食品科学の研究も進めやすいということである.土壌,肥料,植物,酵素,微生物,有機合成,食品,栄養など,一見,全く異なる多様な学問分野が,実はつながっており,この農芸科学の学問体系が食品科学の研究を行ううえで大切であるということは,今も強く意識している.
前述のように,現在私は,唯一の女性理事である.日本大学が文部科学省の振興調整費「女性研究者支援モデル育成」に採択され,男女共同参画事業にかかわることになり,ようやく,世の中が男性社会であることに気がついた.なぜ,特に秀でたところもない私が,この男性社会で生きてこられたのかを考えてみると,中学から大学院修士課程までの12年間を女子校・女子大で過ごし,多くの女性の先生方が生き生きと仕事をしておられるのを見てきて,「女性だから○○できない」と考えたことがなかったということが大きい.女性の農芸化学研究者を育てる場合にも,目に見えるところに,ロールモデルとなる人がいるということが大切であると思う.
農芸化学会は男女共同参画学協会連絡会に所属し,清水 誠会長は日本学術会議の男女共同参画分科会の委員をなさっている.さらに,来年度からは,現在,学術活動強化委員会の中にある男女共同参画部門を委員会として独立させることになっている.しかし,日本農芸化学会会員の約21%は女性(一般会員17%,学生会員35%)であるにもかかわらず,各委員会における女性委員の割合は平均6%で,ゼロの委員会もある.この状況を改善するには,しばらくは,意識して女性の委員を増やす努力が必要であろう.今後,委員会などにおける女性の割合が増え,今,表に見えていない,私よりも優秀な女性研究者たちがもっと可視化されることを切に願っている.
農芸化学は多様な分野が集まっている.このユニークな学問体系こそが,農芸化学の発展の源になってきたのではないかと思う.そこに集う人々も多様になれば,さらに発展していくのではないであろうか.