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食由来機能分子としてのグリセロ糖脂質の利用性: 腸管組織への作用と腸管吸収性から見た利用性

高橋 正和

Masakazu Takahashi

福井県立大学生物資源学部Faculty of Biotechnology, Fukui Prefectural University ◇ 〒910-1195 福井県吉田郡永平寺町松岡兼定島4-1-1 ◇ 4-1-1 Kenjojima, Matsuoka, Eiheiji-cho, Yoshida-gun, Fukui 910-1195, Japan

Published: 2014-10-01

一般に植物の葉緑体チラコイド膜は,その全脂質分子の約90%がガラクトグリセロ脂質などの糖脂質によって構成されている.代表的な葉緑体固有のグリセロ糖脂質には,モノガラクトシルジアシルグリセロール(MGDG),ジガラクトシルジアシルグリセロール(DGDG),スルホキノボシルジアシルグリセロール(SQDG)があり(図1図1■葉緑体チラコイド膜の主要糖脂質),なかでもMGDGはチラコイド膜脂質の約50%,DGDGは約25%を占める(1)1) 下嶋美恵,小林康一,太田啓之:化学と生物,46, 330 (2008)..このためMGDG合成酵素の遺伝子を破壊すると正常な葉緑体形成が行えず,発芽しても正常に生育できないことなどが明らかとなっている(1)1) 下嶋美恵,小林康一,太田啓之:化学と生物,46, 330 (2008).

図1■葉緑体チラコイド膜の主要糖脂質

(A)MGDG.(B)DGDG.(C)SQDG.

このように光合成植物にとって重要なグリセロ糖脂質であるが,興味深いことに動物細胞に対しては,がん細胞増殖阻害活性や血管新生阻害作用,抗炎症作用などの生理活性がin vitroで報告されている(2, 3)2) N. Maeda, K. Matsubara, H. Yoshida & Y. Mizushina: Mini Rev. Med. Chem., 11, 32 (2011).3) C. C. Hou, Y. P. Chen, J. H. Wu, C. C. Huang, S. Y. Wang, N. S. Yang & L. F. Shyur: Cancer Res., 67, 6907 (2007)..またin vivoにおいても皮膚局所塗布や腹腔内投与によって抗腫瘍作用や抗炎症効果などが確認されている(2, 3)2) N. Maeda, K. Matsubara, H. Yoshida & Y. Mizushina: Mini Rev. Med. Chem., 11, 32 (2011).3) C. C. Hou, Y. P. Chen, J. H. Wu, C. C. Huang, S. Y. Wang, N. S. Yang & L. F. Shyur: Cancer Res., 67, 6907 (2007)..なぜこのような多彩な生理活性を植物由来のグリセロ糖脂質が示すのであろうか? がん細胞増殖阻害活性や抗腫瘍作用については,DNAポリラーゼ阻害作用について詳細な解析がなされており,グリセロ糖脂質の分子種によってDNAポリメラーゼの阻害特異性が異なっており,DNA複製にかかわる特定のDNAポリメラーゼを阻害するか否かが重要であることが示唆されている(2)2) N. Maeda, K. Matsubara, H. Yoshida & Y. Mizushina: Mini Rev. Med. Chem., 11, 32 (2011)..ガラクトグリセロ脂質については,食細胞に対するラジカル産生抑制作用などが明らかになっている(3, 4)3) C. C. Hou, Y. P. Chen, J. H. Wu, C. C. Huang, S. Y. Wang, N. S. Yang & L. F. Shyur: Cancer Res., 67, 6907 (2007).4) M. Takahashi, Y. Sugiyama, K. Kawabata, Y. Takahashi, K. Irie, A. Murakami, Y. Kubo, K. Kobayashi & H. Ohigashi: Biosci. Biotechnol. Biochem., 75, 2240 (2011)..特にMGDG中でも野菜類に多い,1,2-di-O-α-linolenoyl-3-O-β-galactosyl-sn-glycerol(DLGG)を用いた検討結果から,DMSO分化HL-60細胞においてフォルボールエステルで誘導したスーパーオキシドアニオンの産生をDLGGが顕著に抑制すること,またRAW264.7マクロファージ細胞においてリポ多糖(LPS)刺激によって誘導される一酸化窒素(NO)の産生をDLGGが顕著に抑制することが明らかとなっている(3, 4)3) C. C. Hou, Y. P. Chen, J. H. Wu, C. C. Huang, S. Y. Wang, N. S. Yang & L. F. Shyur: Cancer Res., 67, 6907 (2007).4) M. Takahashi, Y. Sugiyama, K. Kawabata, Y. Takahashi, K. Irie, A. Murakami, Y. Kubo, K. Kobayashi & H. Ohigashi: Biosci. Biotechnol. Biochem., 75, 2240 (2011).図2図2■DLGGの分子構造とRAW264.7細胞におけるNO産生抑制機序).NO産生抑制活性については分子作用機構が解析されており,転写因子NF-κB活性化の阻害によって誘導性NO合成酵素(iNOS)のmRNA発現誘導が阻害されることが明らかとなっている(3)3) C. C. Hou, Y. P. Chen, J. H. Wu, C. C. Huang, S. Y. Wang, N. S. Yang & L. F. Shyur: Cancer Res., 67, 6907 (2007)..LPSが細胞膜上の特異的受容体に結合してからNF-κB活性化に至るシグナル伝達のいずれかの段階が阻害されるものと考えられる.ガラクトグリセロ脂質は細胞膜に溶け込むと考えられるため,受容体の活性化に影響が出ている可能性も考えられるが,詳しい解析はまだ行われていない.なお同様にRAW264.7細胞においてはLPS刺激によってプロスタグランジン合成に必須なシクロオキゲナーゼ-2(COX-2)が誘導されるが,そのmRNA発現誘導もDLGGによって阻害されることが明らかとなっている.スーパーオキシドやNOからは多様な活性酸素種や活性窒素種(RONS)が産生され,その局所的な過剰産生が多様な炎症性疾患のリスクを高めることが知られている.したがってDLGGのラジカル産生抑制活性は,食因子の潜在的な有効性を考えるうえで興味深い.

図2■DLGGの分子構造とRAW264.7細胞におけるNO産生抑制機序

(A)DLGGの構造.(B)NO産生抑制における作用機序モデル.平易化のためNF-κB以外の転写因子は削除している.

ところでグリセロ糖脂質は光合成植物である野菜類に多量に含まれている(5)5) L. P. Christensen: Recent Pat. Food Nutr. Agric., 1, 50 (2009)..したがって日常の食生活において野菜から摂取するグリセロ糖脂質の消化管吸収効率が高いならば,抗腫瘍作用や抗炎症作用も期待される.しかしながら,グリセロ糖脂質は消化酵素によって速やかに分解され,体内に吸収されないことが示されている(6)6) T. Sugawara & T. Miyazawa: J. Nutr. Biochem., 11, 147 (2000)..たとえばガラクトグリセロ脂質はリパーゼによって速やかに脂肪酸とガラクトシルグリセロールに分解され,後者は体内に吸収されずに腸内細菌によって分解されると考えられている(7)7) 菅原達也:日本栄養・食糧学会誌,60, 11 (2007)..よって小腸上皮細胞内におけるガラクトグリセロ脂質への再構築も行われず,体内にはガラクト脂質は取り込まれない.一方,腸内細菌の発酵過程でガラクトシルグリセロールより生じる酪酸などの短鎖脂肪酸は,大腸上皮細胞のエネルギー源となり粘膜上皮細胞の増殖・健常性維持に役立っていると考えられている(7)7) 菅原達也:日本栄養・食糧学会誌,60, 11 (2007).

一方で,これまでに経口投与によるグリセロ糖脂質のin vivo効果についてはいくつかの報告がある.野菜の中でもホウレンソウ(Spinacia oleracea L.)の葉には極めて多量のガラクトグリセロ脂質が含まれており,DLGGをはじめとするMGDGやDGDGが多量に得られる.抗がん剤である5-フルオロウラシルを経口投与すると,腸管上皮組織が崩れ,下痢や炎症性サイトカインの誘導が起きるが,ホウレンソウより抽出した糖脂質を経口投与することによって,腸管上皮組織の回復や下痢の改善,炎症性サイトカインの誘導抑制が確認された(8)8) A. Shiota, T. Hada, T. Baba, M. Sato, H. Yamanaka-Okumura, H. Yamamoto, Y. Taketani & E. Takeda: J. Med. Invest., 57, 314 (2010)..その詳細な作用機構は明らかになっていないが,上述の腸内細菌による短鎖脂肪酸の生成を介した上皮細胞回復作用だけでなく,傷害を受けた組織に対して局所的にガラクト脂質が直接作用することにより,抗炎症効果を示した可能性もあるかもしれない.

さらに,ホウレンソウ由来のMGDGについてγ-シクロデキストリン(CD)と事前に複合体化処理を施し,得られた複合体(CD–MGDG)を皮膚担がんマウスに経口投与することによって,顕著にがん組織の成長抑制が確認され,またがん組織の内部ではアポトーシスの増加や血管伸長の抑制も確認されている(2, 9)2) N. Maeda, K. Matsubara, H. Yoshida & Y. Mizushina: Mini Rev. Med. Chem., 11, 32 (2011).9) N. Maeda, Y. Kokai, T. Hada, H. Yoshida & Y. Mizushina: Exp. Ther. Med., 5, 17 (2013)..詳細な吸収・体内動態・作用機構については明らかになっていないが,これまでの報告と併せて考えると,CD–MGDG複合体を形成することによってMGDGの体内吸収効率が高められ,皮膚移植がん組織にMGDGが直接到達して抗腫瘍活性を示した可能性が考えられる.今後の詳しい解析が期待される.

Reference

1) 下嶋美恵,小林康一,太田啓之:化学と生物,46, 330 (2008).

2) N. Maeda, K. Matsubara, H. Yoshida & Y. Mizushina: Mini Rev. Med. Chem., 11, 32 (2011).

3) C. C. Hou, Y. P. Chen, J. H. Wu, C. C. Huang, S. Y. Wang, N. S. Yang & L. F. Shyur: Cancer Res., 67, 6907 (2007).

4) M. Takahashi, Y. Sugiyama, K. Kawabata, Y. Takahashi, K. Irie, A. Murakami, Y. Kubo, K. Kobayashi & H. Ohigashi: Biosci. Biotechnol. Biochem., 75, 2240 (2011).

5) L. P. Christensen: Recent Pat. Food Nutr. Agric., 1, 50 (2009).

6) T. Sugawara & T. Miyazawa: J. Nutr. Biochem., 11, 147 (2000).

7) 菅原達也:日本栄養・食糧学会誌,60, 11 (2007).

8) A. Shiota, T. Hada, T. Baba, M. Sato, H. Yamanaka-Okumura, H. Yamamoto, Y. Taketani & E. Takeda: J. Med. Invest., 57, 314 (2010).

9) N. Maeda, Y. Kokai, T. Hada, H. Yoshida & Y. Mizushina: Exp. Ther. Med., 5, 17 (2013).