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核と細胞質に局在するストレス誘導植物レクチン: ニシキギレクチン(EUL)ドメインの同定と糖鎖結合性

前田

Megumi Maeda

岡山大学大学院環境生命科学研究科Graduate School of Environmental and Life Science, Okayama University ◇ 〒700-8530 岡山県岡山市北区津島中3丁目1番1号 ◇ 3-1-1 Tsushima-naka, Kita-ku, Okayama-shi, Okayama 700-8530, Japan

Els Van Damme

Laboratory of Biochemistry and Glycobiology, Department of Molecular Biotechnology, Ghent University ◇ Coupure Links 653, B-9000 Gent, Belgium

Published: 2014-10-01

近年,植物はいくつかの特異的ストレス因子に応答して,ごく微量の糖鎖結合タンパク質「レクチン」を生合成することが明らかになってきた.興味深いことに,この種のレクチンの多くは植物細胞の核や細胞質に局在している.このように生物・非生物ストレスにより発現が高まる「核細胞質植物レクチン」は,細胞質と核で糖鎖と相互作用することにより,植物のストレス生理において何らかの重要な役割を担っているという考えが展開されている(1)1) N. Lannoo & E. J. M. Van Damme: Biochim. Biophys. Acta, 1800, 190 (2010).

2004年に最初のストレス誘導性レクチンが発見されて以来,少なくとも6種類の糖鎖認識ドメイン(carbohydrate recognition domains; CRDs)が核細胞質植物レクチンで同定されている.各々のCRDは,(1)それぞれに特徴的な固有のアミノ酸配列,(2)レクチン特異的なフォールディング構造,(3)糖鎖結合部位の構造特性によって特徴づけられている(2)2) E. J. M. Van Damme, A. Barre, P. Rougé & W. J. Peumans: Trends Plant Sci., 9, 484 (2004).

バイオインフォマティクス研究では,いくつかのCRDsが植物から動物,菌類や細菌に渡って広く分布する一方で,植物に特異的なCRDsも存在することが示されている.しかしながら,いずれのCRDsについても植物組織におけるレクチンの発現レベルは低いものであることは注意すべき点である.それゆえ,植物特異的なCRDsを有する核細胞質植物レクチンは植物細胞や組織中での,あるいは植物とバクテリアやカビなどのほかの生物間との相互作用シグナル応答に関与しているということが示唆されている(1~3)1) N. Lannoo & E. J. M. Van Damme: Biochim. Biophys. Acta, 1800, 190 (2010).3) E. J. M. Van Damme, N. Lannoo & W. J. Peumans: Adv. Bot. Res., 48, 107 (2008)..植物特異的な核・細胞質レクチンに存在するCRDsの生理学的役割を明らかにすることによってCRDsの発現をコントロールし,塩や乾燥ストレスなどの環境変化に対して植物のストレス抵抗性を昂進させることも可能となる.

ここでは,2008年にFouquaertらによって同定されたニシキギ凝集素(EEA)のアミノ酸配列と高い相同性を有する新しい核細胞質植物レクチンファミリー,ニシキギレクチン(EUL)ドメインについて紹介する(4)4) E. Fouquaert, W. J. Peumans, D. F. Smith, P. Proost, S. N. Savvides & E. J. M. Van Damme: Plant Physiol., 147, 1316 (2008)..古くからEEAはニシキギの仮種皮に高濃度で存在していることは知られていたが,その一次構造が未同定であったため既知のレクチンファミリーに分類されていなかった.しかしながら,精製タンパク質の生化学的解析と遺伝子解析により,EEAはシグナル配列をもたない17 kDaのサブユニットから構成されるホモダイマーであり,血液型のB抗原やハイマンノース型糖鎖などさまざまな糖鎖構造を認識することが明らかになった(4)4) E. Fouquaert, W. J. Peumans, D. F. Smith, P. Proost, S. N. Savvides & E. J. M. Van Damme: Plant Physiol., 147, 1316 (2008).図1図1■EEA,OrysaEULS2およびArathEULS3の糖鎖結合性).また,EEAのGFP融合タンパク質はタバコ培養細胞中で発現させると核と細胞質に局在することも確認されている(5)5) J. Van Hove, E. Fouquaert, D. F. Smith, P. Proost & E. J. M. Van Damme: Biochem. Biophys. Res. Commun., 414, 101 (2011).

図1■EEA,OrysaEULS2およびArathEULS3の糖鎖結合性

ここに示したEULタンパク質はラクトサミン構造を共通して認識する.ハイマンノース型糖鎖の点線部はコア構造を示す.

一方,in silico解析により,EULドメインをもつタンパク質は陸生植物において単子葉植物(トウモロコシ,イネ)や双子葉植物(シロイヌナズナ,トマト,ポプラ)に加えて,コケ植物(ヒメツリガネゴケ,イワヒバ,ゼニゴケ)のような下等な植物にも遍在していることが明らかになっている(4)4) E. Fouquaert, W. J. Peumans, D. F. Smith, P. Proost, S. N. Savvides & E. J. M. Van Damme: Plant Physiol., 147, 1316 (2008)..イネにはEULドメインを1つか2つ有するタンパク質が5種類(OrysaEULS2,OrysaEULS3,OrysaEULD1A,OrysaEULD1B,OrysaEULD2)存在している.その中のOrysaEULS2(EULドメインと56アミノ酸のN末端領域からなる)をPichia pastorisで発現させた組換えタンパク質は,ハイマンノース型糖鎖やラクトサミンなどに結合する(6)6) B. A. Atalah, P. Rougé, D. F. Smith, P. Proost, Y. Lasanajak & E. J. M. Van Damme: Glycoconj. J., 29, 467 (2012).図1図1■EEA,OrysaEULS2およびArathEULS3の糖鎖結合性).しかしながら,OrysaEULS2はEEAと同様に,ハイマンノース型糖鎖のコア構造(図中点線部)を強く認識し,マンノースの数が増えるにつれて結合は低下する(4, 6)4) E. Fouquaert, W. J. Peumans, D. F. Smith, P. Proost, S. N. Savvides & E. J. M. Van Damme: Plant Physiol., 147, 1316 (2008).6) B. A. Atalah, P. Rougé, D. F. Smith, P. Proost, Y. Lasanajak & E. J. M. Van Damme: Glycoconj. J., 29, 467 (2012).図1図1■EEA,OrysaEULS2およびArathEULS3の糖鎖結合性).OrysaEULS2は,還元末端のキトビオース構造をもたないハイマンノース型糖鎖に結合を示さないため,非還元末端側のマンノース残基を認識するのではなく,還元末端側のGlcNAc残基(あるいはキトビオース構造)を認識している可能性が考えられる(6)6) B. A. Atalah, P. Rougé, D. F. Smith, P. Proost, Y. Lasanajak & E. J. M. Van Damme: Glycoconj. J., 29, 467 (2012)..一方でシロイヌナズナは,EULドメインと163アミノ酸のN末端領域から構成されるArathEULS3しか発現していない.またPichia pastorisで発現させた組換えArathEULS3の糖鎖結合性は,EEAやOrysaEULS2と異なり,ハイマンノース型糖鎖ではなく,ガラクトシル化した糖鎖を優先的に認識し結合する(5)5) J. Van Hove, E. Fouquaert, D. F. Smith, P. Proost & E. J. M. Van Damme: Biochem. Biophys. Res. Commun., 414, 101 (2011).図1図1■EEA,OrysaEULS2およびArathEULS3の糖鎖結合性).

これまでのところ,ハイマンノース型糖鎖を認識するEEAやOrysaEULS2などの核細胞質局在レクチンの内在性基質(リガンド)として,分化・成長中の植物細胞で,糖タンパク質から糖鎖遊離酵素によって切り出された細胞質にμM濃度で存在するハイマンノース型遊離糖鎖が考えられている(7, 8)7) E. Fouquaert & E. J. M. Van Damme: Biomolecules, 2, 415 (2012).8) K. Nakamura, M. Inoue, T. Yoshiie, K. Hosoi & Y. Kimura: Biosci. Biotechnol. Biochem., 72, 2936 (2008)..また,ガラクトシル化したエピトープを認識するArathEULS3のリガンドとして,植物糖タンパク質に結合しているルイスa抗原(Galβ1→3(Fucα1→4)GlcNAc-)を有する植物複合型糖鎖が挙げられる(7)7) E. Fouquaert & E. J. M. Van Damme: Biomolecules, 2, 415 (2012)..しかしながら,このルイスa抗原含有糖鎖は,細胞外空間に存在する分泌型糖タンパク質上に発現していると考えられているため,細胞質に存在するArathEULS3のリガンドになっているとは考えにくい(9, 10)9) M. Maeda & Y. Kimura: Biosci. Biotechnol. Biochem., 70, 1356 (2006).10) M. Maeda, M. Kimura & Y. Kimura: J. Biochem., 148, 681 (2010)..不思議なことに,3つのEULレクチンは,動物糖タンパク質の複合型糖鎖に見られるラクトサミン構造(Galβ1→4GlcNAc-)を強く認識するが,この構造ユニットは植物糖タンパク質糖鎖には存在しない(植物糖タンパク質糖鎖に存在するのはGalβ1→3GlcNAc-構造)(7)7) E. Fouquaert & E. J. M. Van Damme: Biomolecules, 2, 415 (2012)..したがって,EULタンパク質のリガンドは,植物細胞に内在する糖鎖ではなく,カビ,バクテリアなどが感染する際,それら侵入者が発現している糖鎖の可能性も考えられる.

現在まで,それぞれの植物においてEULタンパク質が(1)どのような環境条件下で特異的に発現誘導されるのか,(2)植物組織や細胞内に存在する具体的な糖鎖リガンド,(3)植物体の表現系変化やストレス抵抗性惹起への具体的な関与などについては不明な点が多く残されている.しかしながら,EULタンパク質が核と細胞質に局在することから,遺伝子発現制御などにかかわるようなシグナル伝達タンパク質として機能している可能性は高く,EULの機能特性の解明に向けた生化学的・分子生物学的研究の進展が待ち望まれる.

Reference

1) N. Lannoo & E. J. M. Van Damme: Biochim. Biophys. Acta, 1800, 190 (2010).

2) E. J. M. Van Damme, A. Barre, P. Rougé & W. J. Peumans: Trends Plant Sci., 9, 484 (2004).

3) E. J. M. Van Damme, N. Lannoo & W. J. Peumans: Adv. Bot. Res., 48, 107 (2008).

4) E. Fouquaert, W. J. Peumans, D. F. Smith, P. Proost, S. N. Savvides & E. J. M. Van Damme: Plant Physiol., 147, 1316 (2008).

5) J. Van Hove, E. Fouquaert, D. F. Smith, P. Proost & E. J. M. Van Damme: Biochem. Biophys. Res. Commun., 414, 101 (2011).

6) B. A. Atalah, P. Rougé, D. F. Smith, P. Proost, Y. Lasanajak & E. J. M. Van Damme: Glycoconj. J., 29, 467 (2012).

7) E. Fouquaert & E. J. M. Van Damme: Biomolecules, 2, 415 (2012).

8) K. Nakamura, M. Inoue, T. Yoshiie, K. Hosoi & Y. Kimura: Biosci. Biotechnol. Biochem., 72, 2936 (2008).

9) M. Maeda & Y. Kimura: Biosci. Biotechnol. Biochem., 70, 1356 (2006).

10) M. Maeda, M. Kimura & Y. Kimura: J. Biochem., 148, 681 (2010).