解説

Industrial Use of New Nitrile-Synthesizing and Degrading Enzymes of Microbial and Plant Origins

微生物・植物由来の新規ニトリル分解・合成酵素の産業利用

浅野 泰久

Yasuhisa Asano

富山県立大学生物工学研究センターBiotechnology Research Center, Toyama Prefectural University ◇ 〒939-0398 富山県射水市黒河5180 ◇ 5180 Kurokawa, Imizu-shi, Toyama 939-0398, Japan

富山県立大学工学部生物工学科Department of Biotechnology, Faculty of Engineering, Toyama Prefectural University ◇ 〒939-0398 富山県射水市黒河5180 ◇ 5180 Kurokawa, Imizu-shi, Toyama 939-0398, Japan

独立行政法人科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業・総括実施型研究(ERATO)浅野酵素活性分子プロジェクトASANO Active Enzyme Molecule, Exploratory Research for Advanced Technology (ERATO), Japan Science and Technology Agency (JST)

Published: 2014-10-01

微生物や植物には,シアン代謝の酵素系「アルドキシム–ニトリル経路」が存在する.われわれは,微生物および植物において,アルドキシムやニトリルの代謝に関する種々の酵素を明らかにしてきた.微生物において,アルドキシム脱水酵素がニトリルの生合成にかかわることを示し,構造解析にも成功した.また,植物のヒドロキシニトリルリアーゼについては,広範な活性の探索および光学活性シアノヒドリン合成などへの利用研究を行った.キャッサバ(Manihot esculenta)由来のS-MeHNLについては,大腸菌での特異な可溶性発現の現象を発見し,そのメカニズムを推定した.本稿では,微生物および植物のシアン代謝経路の比較生化学研究を行い,それらに存在する酵素を巧みに用いて,有用物質合成に利用する研究の成果について解説する.

はじめに

微生物や植物には,シアン代謝の酵素系があり,これをわれわれは,「アルドキシム–ニトリル経路」と呼んでいる.この経路に存在するニトリルヒドラターゼ(NHase)はわが国で発見命名され,今や最も重要な工業用酵素の一つとなっている(1, 2)1) Y. Asano: J. Biotechnol., 94, 65 (2002).2) Y. Asano: “Manual of Industrial Microbiology and Biotechnology,” 3rd ed., 2010, p. 441..本酵素は,ニトリルの水和反応を触媒しアミドを与える酵素であるが,代謝における存在意義はまだ不明のままである.われわれは,微生物および植物において,アルドキシムやニトリルの代謝に関する種々の酵素を探索し,微生物のアルドキシム脱水酵素,NHase,アミダーゼおよびニトリラーゼ,ならびに植物のP450,ヒドロキシニトリルリアーゼ(HNL)などについて,それぞれを比較しながら基礎研究を行い,さらに有用物質生産への利用研究を展開してきた.HNLについては,活性の探索,異種ホストでの可溶性発現および応用研究を進めている.本解説記事では,われわれの最近の研究とその周辺について記す.

微生物のニトリル代謝とアルドキシム‒ニトリル経路の酵素の利用:ダイナミックな光学分割による光学活性アミノ酸の合成

アルドキシム–ニトリル経路を構成する酵素群は,微生物と植物で異なっている.微生物では,上記の酵素群によって,アルドキシムをカルボン酸にまで代謝する(図1図1■微生物および植物のアルドキシム–ニトリル経路).最近,Ozakiらは,Streptomyces coelicolor由来のFlavin依存性のモノオキシゲナーゼが,L-Trpから対応するアルドキシム合成を触媒することを報告しているが(3)3) T. Ozaki, M. Nishiyama & T. Kuzuyama: J. Biol. Chem., 288, 9946 (2013).,実際のアミノ酸代謝に関与しているとは考えられていない.L-アミノ酸からアルドキシムを生成する酵素は,それ以外見つかっていないが,アルドキシムからカルボン酸に至る経路については,われわれの新酵素アルドキシム脱水酵素およびNHaseの発見によって証明している(1, 2)1) Y. Asano: J. Biotechnol., 94, 65 (2002).2) Y. Asano: “Manual of Industrial Microbiology and Biotechnology,” 3rd ed., 2010, p. 441.

図1■微生物および植物のアルドキシム–ニトリル経路

(A)細菌のアルドキシム–ニトリル経路,植物のシアン配糖体の生合成と分解.

微生物アルドキシム–ニトリル経路の酵素は,いずれも優れた特性をもっており,それらの利用についての報告は増加する一方である.NHaseは,工業用酵素として全世界で使われるに至り,年間60万t以上のアクリルアミドが合成されているとのことである.しかし,高い立体選択性を示すNHaseはあまり知られていない.アミノ酸アミダーゼは立体選択性に優れており,われわれもラセミ体アミノ酸アミドの光学分割などに利用してきた(4)4) 浅野泰久,米田英伸,岡崎誠司,山根 隆:生化学,80, 294 (2008)..また,ニトリラーゼは,シアン耐性が高く,たとえばシアノヒドリンの光学分割などにも利用されてきた(5)5) Y. Asano & P. Kaul: “Comprehensive Chirality 7,” Elsevier, 2012, p. 122..アルドキシム脱水酵素は,アルドキシムの脱水反応によりニトリルの合成を触媒するユニークな酵素である(6, 7)6) Y. Kato, K. Nakamura, H. Sakiyama, S. G. Mayhew & Y. Asano: Biochemistry, 39, 800 (2000).7) Y. Kato, R. Ooi & Y. Asano: J. Mol. Catal., B Enzym., 6, 249 (1999)..われわれは,分子科学研究所のAonoらとの共同研究でそのX線構造解析にも成功し二価のヘム鉄を有する特異な構造を明らかにしている(8)8) H. Sawai, H. Sugimoto, Y. Kato, Y. Asano, Y. Shiro & S. Aono: J. Biol. Chem., 284, 32089 (2009).図2図2■Rhodococcus sp. N-771由来のアルドキシム脱水酵素のX-線構造解析).また,最近,アルドキシム脱水酵素を光学活性ニトリルなどの合成にも適用している(R. Metzner et al.,未発表).

図2■Rhodococcus sp. N-771由来のアルドキシム脱水酵素のX-線構造解析

活性中心のヘム近傍におけるn-ブチルアルドキシムとのMichaelis複合体(8)8) H. Sawai, H. Sugimoto, Y. Kato, Y. Asano, Y. Shiro & S. Aono: J. Biol. Chem., 284, 32089 (2009).

光学活性アミノ酸をより効率的に生産する手法の開発は,基礎および応用の両面から注目を集めている.われわれは,アルドキシム–ニトリル経路にある微生物酵素を巧みに使って,α-アミノニトリルのダイナミックな光学分割(DKR)による光学活性アミノ酸の合成を行った.ラセミ体α-アミノニトリルから光学活性アミノ酸を得る酵素的方法としては,1)NHaseと立体選択的なアミダーゼを組み合わせる方法,および2)立体選択的なニトリラーゼを用いる方法がある.しかし,両方法とも,光学分割法であるので,得られる光学活性アミノ酸の収率は,最大で50%を上回ることはない.われわれは,ラセミ体のα-アミノニトリルを水和してラセミ体のアミノ酸アミドを生成させるために非立体選択的なNHaseを用い,さらにRまたはS立体選択的アミダーゼ,およびα-アミノ-ε-カプロラクタム(ACL)ラセマーゼ(9, 10)9) Y. Asano & S. Yamaguchi: J. Am. Chem. Soc., 127, 7696 (2005).10) Y. Asano & K. Hölsch: “Enzyme Catalysis in Organic Synthesis 3,” 2012, p. 1607.の3種類の酵素を用いて,α-アミノニトリルから光学活性アミノ酸へのDKRによる合成をすることを計画した(図3図3■ダイナミックな光学分割によるアミノニトリルからの光学活性アミノ酸の合成).ACLラセマーゼが,アミノ酸アミドに対するラセミ化活性を有することは,ACLとアミノ酸アミドの構造類似性から予測した(9)9) Y. Asano & S. Yamaguchi: J. Am. Chem. Soc., 127, 7696 (2005)..土壌より分離したRhodococcus opacus 71Dが生産するNHaseは,培地中へのブチロニトリルの添加により誘導され,α-アミノブチロニトリルに対して非立体選択的にα-アミノブチルアミドへと変換する高いNHase活性を有していた.その基質特異性は,α-アミノニトリルのみならず,アクリロニトリルやブチロニトリルなどの脂肪族ニトリル,ベンゾニトリルやマンデロニトリルのような芳香族ニトリルに対して非常に幅広い.各種アミノニトリルに対するE値は,1~2と算出され,目的の反応に合致する性質を示した.R. opacus 71DのNHase遺伝子の下流には,NHaseシャペロンタンパク質遺伝子(p15K遺伝子)が存在し,ほかのNHase生産菌同様に,アルドキシムデヒドラターゼ遺伝子からp15K遺伝子がポリシストロニックなオペロンを形成していることが明らかとなった.NHase遺伝子の終止コドンとp15K遺伝子の開始コドンがオーバーラップ(ATGA配列)している区間に新しくSD配列を加え,大腸菌で発現させた.このように改良したNHase遺伝子は,大腸菌内で高発現し,乾燥菌体1 g当たり野生株の30倍の活性を示した(11)11) K. Yasukawa, R. Hasemi & Y. Asano: Adv. Synth. Catal., 353, 2328 (2011).

図3■ダイナミックな光学分割によるアミノニトリルからの光学活性アミノ酸の合成

(A)NHase, ACLラセマーゼおよびD-アミノペプチダーゼを組み合わせて用いる(R)-アミノ酸の合成.(B)NHase, ACLラセマーゼおよびL-アミノ酸アミダーゼを組み合わせて用いる(S)-アミノ酸の合成.

NHaseの基質であるα-アミノニトリルは,水中でアルデヒドとシアンに分解され,また一般的にNHaseは低濃度のシアンで強く阻害されやすい.しかし,本NHaseは,高いシアン耐性能を有しているため,シアン存在下でも効率良くα-アミノニトリルからα-アミノ酸アミドへの変換が可能であった.計画どおり,NHase, RまたはS立体選択的アミノ酸アミダーゼおよびACLラセマーゼの精製酵素を用いて,ラセミ体のα-アミノニトリルから各種のRまたはS体の光学活性アミノ酸を合成した(11)11) K. Yasukawa, R. Hasemi & Y. Asano: Adv. Synth. Catal., 353, 2328 (2011).図3図3■ダイナミックな光学分割によるアミノニトリルからの光学活性アミノ酸の合成).

一方,側鎖の大きいアミノ酸アミドのラセミ化は,ACLラセマーゼの狭い基質特異性のため効率が悪かった.そこで,基質アナログと酵素の複合体のX線構造解析の結果(12)12) S. Okazaki, A. Suzuki, T. Mizushima, T. Kawano, H. Komeda, Y. Asano & T. Yamane: Biochemistry, 48, 941 (2009).から,フェニルアラニンアミドに対し高活性を示す変異型ACLラセマーゼ(L19V/L78T)を導き,基質特異性の拡張に成功した.変異型ACLラセマーゼおよびR立体選択的アミダーゼ遺伝子を共発現させた組換え大腸菌を作製し,それを用いてラセミ体フェニルアラニンアミドから効率良く(R)-フェニルアラニンを合成することに成功した.また,逆に,変異型ACLラセマーゼおよびS立体選択的アミダーゼ遺伝子を共発現させた組換え大腸菌を用い,ラセミ体フェニルアラニンアミドから(S)-フェニルアラニンを合成した.そのほか,同様に(R)- および(S)-フェニルアラニンのアナログを合成した.さらにNHase遺伝子を発現させた大腸菌,および変異型ACLラセマーゼならびにR立体選択的アミダーゼ遺伝子を共発現させた大腸菌を用いることにより,ラセミ体フェニルアラニノニトリルから効率良く(R)-フェニルアラニンを合成した(13)13) K. Yasukawa & Y. Asano: Adv. Synth. Catal., 354, 3327 (2012)..このような光学活性アミノ酸合成法は,過去に全く報告がなく,われわれ独自の新しい方法である.

植物のアルドキシム‒ニトリル経路,ヒドロキシニトリルリアーゼの探索と利用

植物のアルドキシム–ニトリル経路は,疎水性アミノ酸(L-Tyr, L-Phe, L-Val, L-Ile, L-Leu)からシアン配糖体を合成するための一経路である.また,アルドキシムから分岐して,グルコシノレートが生合成される(14)14) I. E. Sønderby, F. Geu-Flores & B. A. Halkier: Trends Plant Sci., 15, 283 (2010)..Halkier, Møllerらは,Sorghum bicolorのデューリン生合成において,L-Tyrからアルドキシム,アルドキシムからシアノヒドリンへの変換が2つのシトクロムP450によって触媒されることを示している(15)15) S. Bak, R. A. Kahn, H. L. Nielsen, B. L. Møller & B. A. Halkier: Plant Mol. Biol., 36, 393 (1998)..われわれの実験でも,梅(Prunus mume)において,L-Pheが2つのP450によってアルドキシムを経て,シアノヒドリンへと変換されることを確認している(T. Yamaguchi & Y. Asano,未発表).一方,Nogeらは,植物Fallopia sachalinensis(オオイタドリ)が重水素標識化されたL-Pheをフェニルアセトニトリルに変換することを明らかにしている(16)16) K. Noge & S. Tamogami: FEBS Lett., 587, 811 (2013)..このように,アルドキシム–ニトリル経路の2つ目のP450による反応生成物がニトリルあるいはシアノヒドリンであるかについては,まだ多様性と一般性が明確にされていない.生合成されたシアノヒドリンは,さらに配糖体化され,シアン配糖体が生合成される.これらのシアン配糖体は,植物体で貯蔵されるが,組織の破壊などの物理的な要因でβ-グルコシダーゼと接触することにより加水分解されて,シアノヒドリンに戻ると,酵素HNLあるいは,非酵素的な分解により,アルデヒドとシアンを生成する(17)17) M. Dadashipour & Y. Asano: ACS Catalysis, 1, 1121 (2011)..これら植物のアルドキシム–ニトリル経路を応用することで,アミノ酸を出発物質としてシアン非依存的にニトリルを合成することが可能となる.実際に,Miki, Asanoは,ArabidopsisのP450 79A2と,Bacillus sp. OxB-1由来のアルドキシム脱水酵素を大腸菌で共発現し,L-Pheからのフェニルアセトニトリルの微生物合成に初めて成功している(Y. Miki & Y. Asano,未発表)(図4図4■植物酵素シトクロムCYP79A2と微生物酵素アルドキシム脱水酵素を組み合わせた(S)-Pheからのフェニルアセトニトリルの合成).