Kagaku to Seibutsu 52(10): 651-658 (2014)
解説
Industrial Use of New Nitrile-Synthesizing and Degrading Enzymes of Microbial and Plant Origins
微生物・植物由来の新規ニトリル分解・合成酵素の産業利用
Published: 2014-10-01
微生物や植物には,シアン代謝の酵素系「アルドキシム–ニトリル経路」が存在する.われわれは,微生物および植物において,アルドキシムやニトリルの代謝に関する種々の酵素を明らかにしてきた.微生物において,アルドキシム脱水酵素がニトリルの生合成にかかわることを示し,構造解析にも成功した.また,植物のヒドロキシニトリルリアーゼについては,広範な活性の探索および光学活性シアノヒドリン合成などへの利用研究を行った.キャッサバ(Manihot esculenta)由来のS-MeHNLについては,大腸菌での特異な可溶性発現の現象を発見し,そのメカニズムを推定した.本稿では,微生物および植物のシアン代謝経路の比較生化学研究を行い,それらに存在する酵素を巧みに用いて,有用物質合成に利用する研究の成果について解説する.
© 2014 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2014 公益社団法人日本農芸化学会
微生物や植物には,シアン代謝の酵素系があり,これをわれわれは,「アルドキシム–ニトリル経路」と呼んでいる.この経路に存在するニトリルヒドラターゼ(NHase)はわが国で発見命名され,今や最も重要な工業用酵素の一つとなっている(1, 2)1) Y. Asano: J. Biotechnol., 94, 65 (2002).2) Y. Asano: “Manual of Industrial Microbiology and Biotechnology,” 3rd ed., 2010, p. 441..本酵素は,ニトリルの水和反応を触媒しアミドを与える酵素であるが,代謝における存在意義はまだ不明のままである.われわれは,微生物および植物において,アルドキシムやニトリルの代謝に関する種々の酵素を探索し,微生物のアルドキシム脱水酵素,NHase,アミダーゼおよびニトリラーゼ,ならびに植物のP450,ヒドロキシニトリルリアーゼ(HNL)などについて,それぞれを比較しながら基礎研究を行い,さらに有用物質生産への利用研究を展開してきた.HNLについては,活性の探索,異種ホストでの可溶性発現および応用研究を進めている.本解説記事では,われわれの最近の研究とその周辺について記す.
アルドキシム–ニトリル経路を構成する酵素群は,微生物と植物で異なっている.微生物では,上記の酵素群によって,アルドキシムをカルボン酸にまで代謝する(図1図1■微生物および植物のアルドキシム–ニトリル経路).最近,Ozakiらは,Streptomyces coelicolor由来のFlavin依存性のモノオキシゲナーゼが,L-Trpから対応するアルドキシム合成を触媒することを報告しているが(3)3) T. Ozaki, M. Nishiyama & T. Kuzuyama: J. Biol. Chem., 288, 9946 (2013).,実際のアミノ酸代謝に関与しているとは考えられていない.L-アミノ酸からアルドキシムを生成する酵素は,それ以外見つかっていないが,アルドキシムからカルボン酸に至る経路については,われわれの新酵素アルドキシム脱水酵素およびNHaseの発見によって証明している(1, 2)1) Y. Asano: J. Biotechnol., 94, 65 (2002).2) Y. Asano: “Manual of Industrial Microbiology and Biotechnology,” 3rd ed., 2010, p. 441..
微生物アルドキシム–ニトリル経路の酵素は,いずれも優れた特性をもっており,それらの利用についての報告は増加する一方である.NHaseは,工業用酵素として全世界で使われるに至り,年間60万t以上のアクリルアミドが合成されているとのことである.しかし,高い立体選択性を示すNHaseはあまり知られていない.アミノ酸アミダーゼは立体選択性に優れており,われわれもラセミ体アミノ酸アミドの光学分割などに利用してきた(4)4) 浅野泰久,米田英伸,岡崎誠司,山根 隆:生化学,80, 294 (2008)..また,ニトリラーゼは,シアン耐性が高く,たとえばシアノヒドリンの光学分割などにも利用されてきた(5)5) Y. Asano & P. Kaul: “Comprehensive Chirality 7,” Elsevier, 2012, p. 122..アルドキシム脱水酵素は,アルドキシムの脱水反応によりニトリルの合成を触媒するユニークな酵素である(6, 7)6) Y. Kato, K. Nakamura, H. Sakiyama, S. G. Mayhew & Y. Asano: Biochemistry, 39, 800 (2000).7) Y. Kato, R. Ooi & Y. Asano: J. Mol. Catal., B Enzym., 6, 249 (1999)..われわれは,分子科学研究所のAonoらとの共同研究でそのX線構造解析にも成功し二価のヘム鉄を有する特異な構造を明らかにしている(8)8) H. Sawai, H. Sugimoto, Y. Kato, Y. Asano, Y. Shiro & S. Aono: J. Biol. Chem., 284, 32089 (2009).(図2図2■Rhodococcus sp. N-771由来のアルドキシム脱水酵素のX-線構造解析).また,最近,アルドキシム脱水酵素を光学活性ニトリルなどの合成にも適用している(R. Metzner et al.,未発表).
活性中心のヘム近傍におけるn-ブチルアルドキシムとのMichaelis複合体(8)8) H. Sawai, H. Sugimoto, Y. Kato, Y. Asano, Y. Shiro & S. Aono: J. Biol. Chem., 284, 32089 (2009)..
光学活性アミノ酸をより効率的に生産する手法の開発は,基礎および応用の両面から注目を集めている.われわれは,アルドキシム–ニトリル経路にある微生物酵素を巧みに使って,α-アミノニトリルのダイナミックな光学分割(DKR)による光学活性アミノ酸の合成を行った.ラセミ体α-アミノニトリルから光学活性アミノ酸を得る酵素的方法としては,1)NHaseと立体選択的なアミダーゼを組み合わせる方法,および2)立体選択的なニトリラーゼを用いる方法がある.しかし,両方法とも,光学分割法であるので,得られる光学活性アミノ酸の収率は,最大で50%を上回ることはない.われわれは,ラセミ体のα-アミノニトリルを水和してラセミ体のアミノ酸アミドを生成させるために非立体選択的なNHaseを用い,さらにRまたはS立体選択的アミダーゼ,およびα-アミノ-ε-カプロラクタム(ACL)ラセマーゼ(9, 10)9) Y. Asano & S. Yamaguchi: J. Am. Chem. Soc., 127, 7696 (2005).10) Y. Asano & K. Hölsch: “Enzyme Catalysis in Organic Synthesis 3,” 2012, p. 1607.の3種類の酵素を用いて,α-アミノニトリルから光学活性アミノ酸へのDKRによる合成をすることを計画した(図3図3■ダイナミックな光学分割によるアミノニトリルからの光学活性アミノ酸の合成).ACLラセマーゼが,アミノ酸アミドに対するラセミ化活性を有することは,ACLとアミノ酸アミドの構造類似性から予測した(9)9) Y. Asano & S. Yamaguchi: J. Am. Chem. Soc., 127, 7696 (2005)..土壌より分離したRhodococcus opacus 71Dが生産するNHaseは,培地中へのブチロニトリルの添加により誘導され,α-アミノブチロニトリルに対して非立体選択的にα-アミノブチルアミドへと変換する高いNHase活性を有していた.その基質特異性は,α-アミノニトリルのみならず,アクリロニトリルやブチロニトリルなどの脂肪族ニトリル,ベンゾニトリルやマンデロニトリルのような芳香族ニトリルに対して非常に幅広い.各種アミノニトリルに対するE値は,1~2と算出され,目的の反応に合致する性質を示した.R. opacus 71DのNHase遺伝子の下流には,NHaseシャペロンタンパク質遺伝子(p15K遺伝子)が存在し,ほかのNHase生産菌同様に,アルドキシムデヒドラターゼ遺伝子からp15K遺伝子がポリシストロニックなオペロンを形成していることが明らかとなった.NHase遺伝子の終止コドンとp15K遺伝子の開始コドンがオーバーラップ(ATGA配列)している区間に新しくSD配列を加え,大腸菌で発現させた.このように改良したNHase遺伝子は,大腸菌内で高発現し,乾燥菌体1 g当たり野生株の30倍の活性を示した(11)11) K. Yasukawa, R. Hasemi & Y. Asano: Adv. Synth. Catal., 353, 2328 (2011)..
(A)NHase, ACLラセマーゼおよびD-アミノペプチダーゼを組み合わせて用いる(R)-アミノ酸の合成.(B)NHase, ACLラセマーゼおよびL-アミノ酸アミダーゼを組み合わせて用いる(S)-アミノ酸の合成.
NHaseの基質であるα-アミノニトリルは,水中でアルデヒドとシアンに分解され,また一般的にNHaseは低濃度のシアンで強く阻害されやすい.しかし,本NHaseは,高いシアン耐性能を有しているため,シアン存在下でも効率良くα-アミノニトリルからα-アミノ酸アミドへの変換が可能であった.計画どおり,NHase, RまたはS立体選択的アミノ酸アミダーゼおよびACLラセマーゼの精製酵素を用いて,ラセミ体のα-アミノニトリルから各種のRまたはS体の光学活性アミノ酸を合成した(11)11) K. Yasukawa, R. Hasemi & Y. Asano: Adv. Synth. Catal., 353, 2328 (2011).(図3図3■ダイナミックな光学分割によるアミノニトリルからの光学活性アミノ酸の合成).
一方,側鎖の大きいアミノ酸アミドのラセミ化は,ACLラセマーゼの狭い基質特異性のため効率が悪かった.そこで,基質アナログと酵素の複合体のX線構造解析の結果(12)12) S. Okazaki, A. Suzuki, T. Mizushima, T. Kawano, H. Komeda, Y. Asano & T. Yamane: Biochemistry, 48, 941 (2009).から,フェニルアラニンアミドに対し高活性を示す変異型ACLラセマーゼ(L19V/L78T)を導き,基質特異性の拡張に成功した.変異型ACLラセマーゼおよびR立体選択的アミダーゼ遺伝子を共発現させた組換え大腸菌を作製し,それを用いてラセミ体フェニルアラニンアミドから効率良く(R)-フェニルアラニンを合成することに成功した.また,逆に,変異型ACLラセマーゼおよびS立体選択的アミダーゼ遺伝子を共発現させた組換え大腸菌を用い,ラセミ体フェニルアラニンアミドから(S)-フェニルアラニンを合成した.そのほか,同様に(R)- および(S)-フェニルアラニンのアナログを合成した.さらにNHase遺伝子を発現させた大腸菌,および変異型ACLラセマーゼならびにR立体選択的アミダーゼ遺伝子を共発現させた大腸菌を用いることにより,ラセミ体フェニルアラニノニトリルから効率良く(R)-フェニルアラニンを合成した(13)13) K. Yasukawa & Y. Asano: Adv. Synth. Catal., 354, 3327 (2012)..このような光学活性アミノ酸合成法は,過去に全く報告がなく,われわれ独自の新しい方法である.
植物のアルドキシム–ニトリル経路は,疎水性アミノ酸(L-Tyr, L-Phe, L-Val, L-Ile, L-Leu)からシアン配糖体を合成するための一経路である.また,アルドキシムから分岐して,グルコシノレートが生合成される(14)14) I. E. Sønderby, F. Geu-Flores & B. A. Halkier: Trends Plant Sci., 15, 283 (2010)..Halkier, Møllerらは,Sorghum bicolorのデューリン生合成において,L-Tyrからアルドキシム,アルドキシムからシアノヒドリンへの変換が2つのシトクロムP450によって触媒されることを示している(15)15) S. Bak, R. A. Kahn, H. L. Nielsen, B. L. Møller & B. A. Halkier: Plant Mol. Biol., 36, 393 (1998)..われわれの実験でも,梅(Prunus mume)において,L-Pheが2つのP450によってアルドキシムを経て,シアノヒドリンへと変換されることを確認している(T. Yamaguchi & Y. Asano,未発表).一方,Nogeらは,植物Fallopia sachalinensis(オオイタドリ)が重水素標識化されたL-Pheをフェニルアセトニトリルに変換することを明らかにしている(16)16) K. Noge & S. Tamogami: FEBS Lett., 587, 811 (2013)..このように,アルドキシム–ニトリル経路の2つ目のP450による反応生成物がニトリルあるいはシアノヒドリンであるかについては,まだ多様性と一般性が明確にされていない.生合成されたシアノヒドリンは,さらに配糖体化され,シアン配糖体が生合成される.これらのシアン配糖体は,植物体で貯蔵されるが,組織の破壊などの物理的な要因でβ-グルコシダーゼと接触することにより加水分解されて,シアノヒドリンに戻ると,酵素HNLあるいは,非酵素的な分解により,アルデヒドとシアンを生成する(17)17) M. Dadashipour & Y. Asano: ACS Catalysis, 1, 1121 (2011)..これら植物のアルドキシム–ニトリル経路を応用することで,アミノ酸を出発物質としてシアン非依存的にニトリルを合成することが可能となる.実際に,Miki, Asanoは,ArabidopsisのP450 79A2と,Bacillus sp. OxB-1由来のアルドキシム脱水酵素を大腸菌で共発現し,L-Pheからのフェニルアセトニトリルの微生物合成に初めて成功している(Y. Miki & Y. Asano,未発表)(図4図4■植物酵素シトクロムCYP79A2と微生物酵素アルドキシム脱水酵素を組み合わせた(S)-Pheからのフェニルアセトニトリルの合成).
また,HNLは逆反応によってアルデヒドとシアンから立体選択的にシアノヒドリンを生成しうる有用酵素であり,これまで幅広く基礎・応用の両面において研究が進められてきた.HNLに関する初期の研究は,1837年にドイツのLiebigとBöhlerによって行われた.彼らは,アーモンド抽出液をエムルシンと呼び,それによってシアン配糖体アミダリンを基質としてHCNが遊離されることを観察したとされている(18, 19)18) W. Hösel: “Cyanide in Biology,” 1st ed., Academic Press, 1981, p. 217.19) M. Lechtenberg & A. Nahrstedt: “Naturally Occurring Glycosides,” 1st ed., John Wiley & Sons, 1999, p. 147..エムルシンは,β-グルコシダーゼおよびHNLを含んでいたことがわかる.植物のシアンの発生の能力は2,650~3,000種もの多くの植物に分布しているとされており(17)17) M. Dadashipour & Y. Asano: ACS Catalysis, 1, 1121 (2011).,上記の経路によって生合成されるシアン配糖体は数十種類が同定されている(19)19) M. Lechtenberg & A. Nahrstedt: “Naturally Occurring Glycosides,” 1st ed., John Wiley & Sons, 1999, p. 147..このHNLの存在は,シアンの発生の能力の分布に比べて,極めて限定されていて,いまだ数十種類の植物などにしか認められていない.その中でも,S立体選択的なHNLの分布は希であり,僅か4種類の植物においてのみ報告されていた.高等植物において知られている,シアノヒドリンからHNLの関与によりシアンが発生する現象は,昆虫やカビなどの外敵から植物体を守るため獲得した能力と考えられている.HNLの利用に関する研究として,Effenbergerらは,アーモンド(Prunus dulcis(amygdalus))由来のR-HNL(20)20) F. Effenberger & S. Heid: Tetrahedron Asymmetry, 6, 2945 (1995).を,Grienglらはパラゴムノキ(Hevea brasiliensis)のS立体選択的なHNL(21)21) H. Griengl, N. Klempier, P. Pöchlauer, M. Schmidt, N. Shi & A. A. Zabelinskaja-Mackova: Tetrahedron, 54, 14477 (1998).を有機合成に利用してきた.これらのHNLの合成への利用研究は,微生物酵素の開発と合成への利用研究がたどった歴史とは,かなり異なる様相を呈していた.すなわち,合成に用いる際にアーモンドなどの入手しやすい酵素源を用い,酵素活性さえ測定しないで実験する場合がほとんどであり,酵素化学的な研究は意外にも極めて少なかった.本酵素は,わが国の(株)日本触媒によって,工業用酵素として利用されている.組換え微生物を用いたHNLの大量生産,耐久性の高い改変HNLの開発,および固定化HNLを用いる工業的な光学活性シアノヒドリンの製法が確立されている(22)22) 仙波 尚,土橋幸生,市毛栄太:ファインケミカル,38 (5), 73 (2009)..
HNLには,SおよびR立体選択的な酵素,FADを含むものあるいはα/β構造のものがあり,それぞれ酸化還元酵素あるいは加水分解酵素から進化したと考えられている(17)17) M. Dadashipour & Y. Asano: ACS Catalysis, 1, 1121 (2011)..それらは,R-mandelonitrile lyase(EC 4.1.2.10), hydroxymandelonitrile lyase(EC 4.1.2.11), aliphatic R-hydroxynitrile lyase(EC 4.1.2.46)およびS-hydroxynitrile lyase(EC 4.1.2.47)に分類されている.本酵素は,シアノヒドリンの分解と合成の可逆反応を触媒し,ケトンまたはアルデヒドとシアン化合物から医薬品などの中間体である光学活性シアノヒドリンの合成に利用可能な工業用酵素として注目されている.そのため,新しいHNLや,HNLを大量生産する方法の開発が望まれている.最近では植物病原細菌Xylella fastidiosa(23)23) C. S. Caruso, R. de Fátima Travensolo, R. de Campus Bicudo, E. G. de Macedo Lemos, A. P. Ulian de Araújo & E. Carrilho: Microb. Pathog., 47, 118 (2009).,Granulicella tundricola(24)24) I. Hajnal, A. Łyskowski, U. Hanefeld, K. Gruber, H. Schwab & K. Steiner: FEBS J., 280, 5815 (2013).などの微生物由来のHNLも報告されている.後者については,そのCupin構造が解明されているが,比活性は植物酵素に比べて著しく低い.
われわれは,シアンの発生能力やシアン配糖体の数に比較して,このHNL活性が比較的狭い植物種にしか認められない点に興味をもち,また微生物でしばしば行われる有用酵素のスクリーニングと同様な発想と手順を踏む研究が,植物分野ではあまり行われていないことに気づいた.多数の植物酵素を扱ってみると,植物抽出液は,しばしば多糖類と思われる物質で粘重になった.また,多くは着色しており,酵素活性を吸光度で測定することができなかった.富山県中央植物園との共同研究で,74属,163種の植物の,葉,根,種子などの抽出液を調製し,種々の試行錯誤を経て,RおよびS-HNL活性を検出した.中国,雲南省由来のトウダイグサ科Baliospermum montanumの葉にS-HNL活性を,パッションフルーツ(Passiflora edulis)の葉と種子,ならびにかりん(Chaenomles sinensis),西洋ななかまど(Sorbus aucuparia),梅,花もも(Prunus persica)の種子がR-HNL活性を示すことを発見した(17, 25)17) M. Dadashipour & Y. Asano: ACS Catalysis, 1, 1121 (2011).25) Y. Asano, K. Tamura, N. Doi, T. Ueatrongchit, A. H-Kittikun & T. Ohmiya: Biosci. Biotechnol. Biochem., 69, 2349 (2005)..パッションフルーツ由来HNL(PeHNL)やびわ(Eriobotrya japonica)由来HNL(EjHNL)などは,芳香族アルデヒドおよび脂肪族ケトンに作用して,R体の光学活性シアノヒドリンを与えた.R立体選択的なHNLのうちびわ由来HNL(EjHNL)(26)26) T. Ueatrongchit, A. Kayo, H. Komeda, Y. Asano & A. H-Kittikun: Biosci. Biotechnol. Biochem., 72, 1513 (2008).や梅由来HNL(PmHNL)はFADを補酵素として含むのに対し,同じR立体選択性を示すPeHNLは従来知られたHNLと異なり,その構造にFADは含まれておらず,分子量が18,000と小さな単量体の糖タンパク質であり,興味深い特徴を有している(27)27) T. Ueatrongchit, K. Tamura T. Ohmiya, A. H-Kittikun & Y. Asano: Enzyme Microb. Technol., 46, 456 (2010)..
食品として容易に入手できる梅の種子(仁)からFADを含むPmHNLを精製し,その諸性質を明らかにした(28)28) Y. Fukuta, S. Nanda, Y. Kato, H. Yurimoto, Y. Sakai, H. Komeda & Y. Asano: Biosci. Biotechnol. Biochem., 75, 214 (2011)..PmHNLを用いて,各種の芳香族,および脂肪族のケトンやアルデヒドから系統的に(R)-シアノヒドリンを高い鏡像体過剰率および収率で合成した(29, 30)29) S. Nanda, Y. Kato & Y. Asano: Tetrahedron, 61, 10908 (2005).30) S. Nanda, Y. Kato & Y. Asano: Tetrahedron Asymmetry, 17, 735 (2006)..44種類の置換ベンズアルデヒド誘導体,10種類のヘテロ芳香族および多環のアルデヒド類,13種類の脂肪族アルデヒド,15種類の不飽和脂肪族アルデヒド,8種類の環状脂肪族アルデヒド,15種類の脂肪族メチルケトンなど約100種類の化合物に対する反応性を調べたところ,反応しない化合物は数種類に過ぎず,非常に基質特異性が広い酵素であることが判明した.また,PmHNLをコードする全長cDNAをクローニングした.PmHNLの1次構造はブラックチェリー(Prunus serotina)由来R-HNLや,アーモンド由来PaHNLのアイソザイム群とも高い相同性を示した.Pichia pastorisに分泌発現させた梅由来HNLのアイソザイムPmHNL-2は,PmHNLと同様なR-HNL活性を示した(28)28) Y. Fukuta, S. Nanda, Y. Kato, H. Yurimoto, Y. Sakai, H. Komeda & Y. Asano: Biosci. Biotechnol. Biochem., 75, 214 (2011)..このように,PmHNLは広い基質特異性を示すのみならず,高い立体選択性および高収率でシアノヒドリンの合成が可能である.本酵素のX線構造解析を進行させている.
次に,B. montanumに発見したS-HNL遺伝子については,cDNAクローニング,酵素化学的諸性質の解明,X線構造解析,および大腸菌での可溶性発現に成功している(31)31) M. Dadashipour, M. Yamazaki, K. Momonoi, K. Tamura, K. Fuhshuku, Y. Kanase, E. Uchimura, G. Kaiyun & Y. Asano: J. Biotechnol., 153, 100 (2011)..B. montanum由来のS-HNL(BmHNL)を大腸菌形質転換株から精製し,基質特異性を含む詳細な酵素化学的諸性質を解明した.BmHNLは,機能的に活性を有する状態として異種宿主での発現に成功した世界で3番目の新しいS-HNLである.本酵素は,FADを含まず,サブユニットの分子量約29,500のダイマー酵素である.約100種類の化合物(65種類の芳香族および35種類の脂肪族アルデヒドやケトンなど)を用いて基質特異性を調べた.ホモロジーモデリングした酵素モデルにピペロナールをドッキングさせるシミュレーションを行い,活性中心付近において基質特異性を決定する残基を推定した.本酵素には,α/β加水分解酵素の活性発現に必要とされる3つのアミノ酸残基としてSer, His, Aspが存在することを推定した.さらに,大腸菌をホストとして,可溶性画分に良好に発現する変異型酵素を得ている.本酵素の立体構造も解明しつつある.本研究によって,BmHNLを大腸菌形質転換株より季節にかかわらず大量に調製することが可能になり,有用物質合成に役立たせることができる.
分子生物学の発展により,各種起源のタンパク質の異種宿主での発現実験が行われてきたが,いまだ多数のタンパク質が封入体として不溶性画分にしか発現しないため,それらの機能を明らかにできない問題点が存在している.また,これらの現象は,生物工学における酵素やタンパク質の利用において大きな問題となっている.(S)-マンデロニトリルの合成に利用することを目的とし,キャッサバ(Manihot esculenta)由来S-HNL(MeHNL)遺伝子を合成し,大腸菌内での発現を検討した.大腸菌内で発現させたMeHNLはほとんどが封入体として発現され,可溶化酵素として発現させるには長時間の低温培養が必要とされた.そこで,発現効率を改善するため,MeHNL遺伝子に変異を導入した結果,大腸菌で容易に発現が可能な酵素へと進化させることに成功した(32)32) Y. Asano, M. Dadashipour, M. Yamazaki, N. Doi & H. Komeda: Protein Eng. Des. Sel., 24, 607 (2011)..
当初,基質のベンズアルデヒドは反応阻害剤としても作用するため,アルデヒドが作用すると思われるLys残基に着目し変異導入を検討した.MeHNLに含まれるLys残基は20カ所あり,この中からほかのS-HNLと相同性のある残基,β-シート上に位置する残基など,立体構造や基質特異性に影響を与えると予想される6残基を選出した.ハイスループットスクリーニングによる多数の検体処理の結果,可溶性画分に得られる活性型酵素量が上昇するLys→Pro(Lys176Pro, Lys199Pro, Lys224Pro)変異を認めた.目的であったアルデヒド耐性の向上は認められなかったが,このPro置換は変異点を掛け合わせると相乗的に効果を上昇させ,3残基へのPro置換により発現レベルが約10倍に改善された.さらに,ランダム変異により,His103を疎水性アミノ酸に変異すると,大腸菌において極めて安定に可溶性に著量発現されることを発見した(32)32) Y. Asano, M. Dadashipour, M. Yamazaki, N. Doi & H. Komeda: Protein Eng. Des. Sel., 24, 607 (2011).(図5図5■M. esculenta由来HNLのHis103変異による大腸菌での可溶性発現(32)32) Y. Asano, M. Dadashipour, M. Yamazaki, N. Doi & H. Komeda: Protein Eng. Des. Sel., 24, 607 (2011).).
これらのMeHNL変異型酵素のin vivoでの可溶性発現機構を酵素化学的および生物物理学的手法をin vitroで明らかにし,それらの生化学的,物理化学的性質の変化が大腸菌における可溶性発現に及ぼす影響を考察した.まず,変異型酵素を精製し,温度やpHに対する安定性,動力学的定数の算出などの性格づけを行い,野生型酵素と比較した.また,円偏光二色性(CD),FT-IR,蛍光スペクトルなどを測定した.さらに,温度を変化させた条件,および変性剤であるグアニジン塩酸塩による化学的変性時におけるCDの変化を測定した.その結果,CDは,野生型酵素および変異型酵素のいずれにも,僅かな違いしか認められなかった.熱による失活では,変異型酵素が野生型酵素に対して熱安定性を5℃程度失っていた.グアニジン塩酸塩による酵素の失活とL-Arg水溶液中での再フォールディング実験では,野生型酵素が全く再活性化しないのに対して,His103MetやHis103Leuの変異型酵素が,それぞれ33および47%再活性化することを発見した.これらの結果から,変異型酵素はin vitroで,1点から3点の変異により,変性剤による分子内水素結合の喪失状態から,活性型へと自力で再フォールディングする能力を獲得したことが認められた.したがって,これらの変異型酵素に見られる変性と再フォールディングにおけるフレキシブルな性質が,変異型HNLが大腸菌内において活性型として高次構造を形成する際に有効に機能すると考えられる.動植物由来タンパク質の異種宿主における発現に関する技術は一般性に欠ける問題点があり,従来,HNLの発現には酵母などを用いる必要があったが,このような進化分子工学の手法により変異型酵素が取得でき,植物酵素MeHNLを大腸菌を宿主として,活性型として容易に調製することが可能になった.このように大腸菌でのタンパク質(酵素)の可溶性発現を,進化分子工学を用いて可能にした事例が記録されたことは,この例を除いてほとんどない.
次に,MeHNL変異型酵素His103Leuについて,大腸菌,酵母Pichia pastoris,動物細胞Leishmania tarentolae,および2種類の無細胞発現システム(大腸菌由来のWakoPUREシステム,および小麦胚芽システム)における発現について検討した(33)33) M. Dadashipour, Y. Fukuta & Y. Asano: Protein Expr. Purif., 77, 92 (2011)..それぞれの発現系において総活性と比活性を測定したところ,P. pastoris, L. tarentolaeおよび小麦胚芽システムでは,野生型および変異型酵素の両者とも同様に高い活性で発現された.一方,大腸菌の形質転換株および大腸菌由来のWakoPUREシステムでは,いずれも,変異型酵素のみが総活性,比活性とも高く発現された.したがって,変異型酵素His103LeuやHis103Metが可溶性に発現されるのに対し,野生型酵素が可溶性発現されないことは,試験した範囲では大腸菌の系のみにおいて観察される現象であることが判明した.今回検討した酵母,動物細胞,および小麦胚芽の系では,それらに含まれるシャペロンがHNLの可溶性発現に対して有効に機能するが,大腸菌のシャペロンやシャペロンのない大腸菌由来WakoPUREシステムでは,野生型HNLが良好に発現しないと考えられる.
これらのHNLは,光学活性な各種シアノヒドリンの合成に用いることができるほか(34)34) T. Ueatrongchit, H. Komeda, Y. Asano & A. H-Kittikun: J. Mol. Catal., B Enzym., 56, 208 (2009).,シアンの求核性と同様な性質を示すニトロメタンなどの基質に置き換えると,Henry反応(ニトロアルドール反応)を触媒することが期待できる.シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)由来のAtHNLやMeHNLを用い水溶液中でHenry反応を行うと,非酵素的な反応の影響を強く受け低い立体選択性を示すのみであったが,AtHNLを大量に用い水–有機溶媒の二相系での反応を検討すると,ジイソプロピルエーテルや酢酸ブチルを有機溶媒として用いた場合に,各種の芳香族アルデヒドから高い鏡像体過剰率で(R)-β-ニトロアルコールを合成することができた(35)35) K. Fuhshuku & Y. Asano: J. Biotechnol., 153, 153 (2011)..β-ニトロアルコールは,シアノヒドリン同様,医薬品などの原料や中間体として有用な化合物である.
以上のように,多数の新しい植物HNLを発見した.パッションフルーツ,梅,B. montanumなど由来の新しいHNLの酵素化学的諸性質を初めて明らかにした.また,進化分子工学的手法により得られたキャッサバ由来の変異型S-HNLが,可溶性酵素として活性を有して発現される現象をin vitroおよび各種宿主において明らかにし,HNLが活性型として大腸菌宿主内で高次構造を形成する機構の一端を推定した.つまり,変異型酵素は変性に対してフレキシブルな性質を獲得し,それが大腸菌内のタンパク質合成直後の正しいフォールディングと高次構造の形成過程において有効に機能したと考えられる.これらの酵素は,いずれも大腸菌形質転換株より容易に取得することが可能になり,種々の有用物質合成の触媒として役立たせた.
生体を構成する物質の代謝に関与する酵素を合成反応の触媒として有効に利用する「酵素法」は,生体内と同様に温和な条件下で反応が行われるため,公害がなく省エネルギーに役立つ極めて優れた合成手法と言える.われわれは,微生物と植物における「アルドキシム–ニトリル経路」の酵素群の比較生化学とそれらを構成する各種酵素を合成反応に触媒として利用する研究を行っている.アルドキシム–ニトリル経路に関連する酵素の利用としては,NHase,アミノ酸アミダーゼおよびアミノ酸アミドラセマーゼとを組み合わせるダイナミックな光学分割反応により,ラセミ体アミノニトリルあるいはラセミ体アミノ酸アミドを基質として,S体およびR体アミノ酸の立体選択的な合成を初めて可能にした.また,植物の「アルドキシム–ニトリル経路」に存在する酵素の一つであるHNLに着目し,自然界からのスクリーニングにより多数の新しいHNLの分布と有用性を明らかにした.MeHNLを大腸菌で大量発現させ,有用物質生産に有効に利用できることを示した.さらに,MeHNLに大腸菌において活性を有する可溶性酵素として発現される,従来記録されていない新しい変異を発見することができた.われわれは,このような変異について,多数の例を得つつある.タンパク質や酵素には,まだまだ人類が知らない,極めて大きな可能性があることを示すものである.
Acknowledgments
本研究は,主として富山県立大学工学部で行われたものであり,引用文献で記載された博士研究員,大学院生,学部学生,研究室の同僚らの多大な貢献に感謝いたします.多くの植物材料をご提供いただいた富山県中央植物園に御礼申し上げます.アルドキシム脱水酵素のX線構造解析を行っていただいた分子科学研究所の青野重利教授およびACLラセマーゼのX線構造解析を行っていただいた名古屋大学工学部の山根 隆教授に感謝申し上げます.また,日本学術振興会科学研究費補助金(基盤(A)23248015,基盤(B)26292041,基盤(B)(2)18380061,基盤(B)(2)16380064)などの援助を受けたことを記して感謝いたします.
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