今日の話題

可溶性支持体による効率的核酸合成技術の開発: 核酸創薬の基盤を支える製造技術

Shokaku Kim

承鶴

東京農工大学イノベーション推進機構Innovation Advancement Organization, Tokyo University of Agriculture and Technology ◇ 〒183-8509 東京都府中市幸町3-5-8 ◇ 3-5-8 Saiwai-cho, Fuchu-shi, Tokyo 183-8509, Japan

Published: 2014-11-01

90年代以降生命科学の進展は目覚ましく,これらの技術革新を反映させたゲノム創薬への期待は極めて大きい.特に,次世代シークエンサーやマイクロアレイの台頭によってトランスクリプトーム解析などが広く展開されるようになり,パーキンソン病などの神経疾患からがんに至る多くの病態において遺伝子機能の異常が確認されるようになった.また,siRNAなど,短い核酸分子が標的遺伝子の発現調節に関与することが発見され,RNAの多様な機能が明らかになるなか,これらの作用機序に基づく核酸医薬が大きく注目されるようになった(1)1) B. L. Davidson & P. B. McCray, Jr.: Nat. Rev. Genet., 12, 329 (2011)..核酸医薬は文字どおり,核酸オリゴマーを有効成分として目的の薬理作用を発揮しようとするアプローチであり,アンチセンス,アプタマーなど,多くの薬剤候補品が開発されている.当然のことながら標的遺伝子を制御しようとする場合,ペプチド,糖鎖を含む各種天然物や合成ライブラリーも候補物質として考えられる.しかし,核酸分子は標的遺伝子に対して相補的な塩基配列をベースに分子設計が可能なため,特異性を獲得するうえで極めて効率的で信頼性が高い.事実,RNA干渉を用いた創薬プロセスは,低分子,抗体医薬と比較して,臨床試験に至る期間が大きく短縮されることが示されている(2)2) M. López-Fraga, N. Wright & A. Jiménez: Infect. Disord. Drug Targets, 8, 262 (2008)..とりわけ,従来の医薬品がレセプターや酵素など,限られたタンパク質をターゲットにしているのに対して,核酸医薬は原理的にmRNAがコードしているすべてのタンパク質を標的にでき,これまで治療が困難であった疾病に対して有効な医薬品を提供することにつながる.最近,細胞膜透過性や酵素耐性など,いわゆるドラックデリバリーについても,特定の化学修飾やキャリア分子の導入によって解決策が見いだされつつあり,全身投与可能なアンチセンス医薬品が米国で承認されるなど,臨床研究でも有効性が実証されるようになってきた(3)3) http://www.fda.gov/NewsEvents/Newsroom/PressAnnouncements, 2013..このような核酸医薬の著しい進展に伴い,低コストで量産化可能な核酸製造技術が強く求められるようになってきた.本稿では,われわれの開発した合成法が核酸製造技術にどのように貢献し,量産化の効率化を実現しようとしているのか紹介していく.

核酸医薬を製造する技術は,固相法に基づく化学合成を基盤としている(図1図1■核酸合成技術の概要a).この技術は,ポリスチレンやガラスビーズなど,不溶性の固相樹脂を用い,ホスホロアミダイト化された核酸モノマーを逐次伸長していく方法である(4)4) S. L. Beaucage & R. P. Iyer: Tetrahedron, 48, 2223 (1992)..この合成システムは,核酸分子を効率良く提供する技術として自動合成機も開発され,当時のニーズを十分満たすものであった.しかし,核酸医薬の開発が広範囲に展開されるにつれ,合成困難な配列や化学修飾が顕著に増加するようになってきた.さらに,各反応工程では大量の洗浄溶媒が必要なうえ,高価なアミダイト試薬を過剰量用いるため,高コストで大量の廃棄物を排出する.これらの課題は主に不溶性の固相樹脂に起因している.つまり,ポリスチレンやガラスビーズは表面が不均一で反応点が限られているため,基質との相互作用や接近性が制限され,試薬や洗浄溶媒を過剰量用いる必要がある.そこでわれわれは,これらの課題を解決するため“可溶性”支持体を開発することにした(5)5) S. Kim, M. Matsumoto & K. Chiba: Chem. Eur. J., 19, 8615 (2013)..固相法はこれら課題を有する一方,クロマトグラフィなど煩雑な操作を必要とせず,ろ過操作で生成物を分離できる.これらを考慮した場合,可溶性支持体には,反応段階では均一分散し反応性を向上させながら,分離段階では支持体に結合した生成物のみを選択的に凝集・ろ過できる機能が求められる.種々支持体を合成した結果,化合物1が最も優れた特性を示した(図1b図1■核酸合成技術の概要).この化合物は,ジクロロメタンなどに高い溶解性を示す一方,極性溶媒にはほとんど溶解しない.この性質は溶媒組成によって支持体の分散と凝集を自在に制御できることを意味しており,反応性向上と分離の簡易化が期待できる.動的光散乱法を用い化合物1の分子挙動を詳細に評価した結果,30 nm程度の微細粒子として安定に分散していることがわかった.この支持体は反応等価性の高い液相反応系を構築しており,過剰の試薬や副反応の抑制が見込まれる.これらの結果を受け,化合物1を用いオーバーハング領域含む21残基RNAを1 mmolスケールで合成することにした(図1b図1■核酸合成技術の概要,詳細は文献5を参照).かさ高さの懸念はあるが,市販の2′-TBDMS保護アミダイト試薬(1.5~2等量)でカップリング反応を実施した.その結果,各段階の平均カップリング効率98%,目的の核酸配列は純度78%で合成することに成功した.支持体が結合した各配列の分子量を測定した結果,脱プリン化などの副反応がほとんど見られなかった.RNA合成はしばしば,2′位官能基の立体障害や保護基の脱離が要因で,欠損配列や純度の低下を引き起こすが,本合成法はこれらの副反応が観測されなかった.このことは,固相法に比べ,工程数が少なく,高価なアミダイト試薬が大幅に削減されているため,コスト的に非常に優位性の高い合成法であることを示している.また,固相法は合成容量が定型化されたバッチ式を採用しているため,前臨床,治験へと開発フェーズが進行するにつれ,スケールアップに伴う専用装置が必要となり,大きな負担とリスクを抱えることになる.この問題を解決するため,今後,本液相合成システムをフロー式に応用展開することで,さらなる効率的な量産化につなげていきたい.

図1■核酸合成技術の概要

a; 固相法:脱トリチル化,カップリング,キャッピング,酸化の4段階を経て,1残基の核酸が伸長する.合成終了後はアンモニア処理によって,樹脂上から切り出される.b; 可溶性支持体を用いた液相法:化合物1は溶媒選択で分散–凝集を容易に制御できる.DMTr:ジメトキトリチル,B:核酸塩基,TBDMS:tert-ブチルジメチルシリル.

Reference

1) B. L. Davidson & P. B. McCray, Jr.: Nat. Rev. Genet., 12, 329 (2011).

2) M. López-Fraga, N. Wright & A. Jiménez: Infect. Disord. Drug Targets, 8, 262 (2008).

3) http://www.fda.gov/NewsEvents/Newsroom/PressAnnouncements, 2013.

4) S. L. Beaucage & R. P. Iyer: Tetrahedron, 48, 2223 (1992).

5) S. Kim, M. Matsumoto & K. Chiba: Chem. Eur. J., 19, 8615 (2013).