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乳中RNAによる乳児(仔)への機能伝達の可能性: 乳中に見いだされた新規生理因子

Hirohisa Izumi

和泉 裕久

森永乳業株式会社栄養科学研究所Nutritional Science Institute, Morinaga Milk Industry Co., Ltd. ◇ 〒252-8583 神奈川県座間市東原5-1-83 ◇ 5-1-83 Higashihara, Zama-shi, Kanagawa 252-0004, Japan

Nobuyoshi Kosaka

小坂 展慶

独立行政法人国立がん研究センター研究所分子標的研究グループ分子細胞治療研究分野Division of Molecular and Cellular Medicine, Group for Research of Molecular Functions and Targets, Research Institute, National Cancer Center ◇ 〒104-0045 東京都中央区築地5-1-1 ◇ 5-1-1 Tsukiji, Chuo-ku, Tokyo 104-0045, Japan

Published: 2014-11-01

「乳」は哺乳類に特有の器官である乳腺で作られるが,「成長の速い種の乳にはタンパク質量が多い」「水棲動物など体温維持に多くのカロリーを必要とする種の乳には脂質量が多い」など,その組成は種によって大きく異なる.また,明確な定義はないものの,ヒトやウシの場合,一般に出産後5日目頃までの乳は「初乳」,6~10日頃の乳は「移行乳」,10日目以降の乳は「成熟乳」と呼ばれ,その成分組成は産後経時的に変化する.さらに,「乳」の基本的役割は児(仔)への栄養提供であるが,タンパク質などの5大栄養素以外に,ホルモン・成長因子・抗菌成分など多くの生理活性因子が含まれており,それらは実際に乳児(仔)消化管など生体で作用すること,栄養素と同様に産後経時的に変化することが知られている(1,2)1) 穴釜雄三:“乳学”,光琳書院,1975, p 8.2) R. G. Jensen: “Handbook of Milk Composition,” Academic Press, 1995..このように,「乳」は単に「栄養」として働いているのみでなく,生後の発達時期に合わせて,さまざまな機能を児(仔)に提供していると考えられる.この乳中生理活性因子を探索する中で,近年筆者らは,ヒト・ウシ・ラット乳の乳清中(乳は遠心分離によって,おおまかに細胞,脂質層,不溶性タンパク質であるカゼイン,乳清に分けることができる)にmicroRNA(miRNA)が存在することを明らかにした(3~5)3) N. Kosaka, H. Izumi, K. Sekine & T. Ochiya: Silence, 1, 7 (2010).4) H. Izumi, N. Kosaka, T. Shimizu, K. Sekine, T. Ochiya & M. Takase: J. Dairy Sci., 95, 4831 (2012).5) H. Izumi, N. Kosaka, T. Shimizu, K. Sekine, T. Ochiya & M. Takase: PLoS ONE, 9, e88843 (2014).

図1■乳中タンパク質量と成長速度の関係(文献1, 2より引用・作図)

児(仔)の成長速度が速い種の乳ほどタンパク質含量が多いことがわかる.本図は一例であるが,各哺乳類の乳はその種の児(仔)にとって最適な栄養であると考えられている.

miRNAは,20残基程度の塩基からなるNon-coding RNAの一種であり,RNA干渉の一部を担う.ヒトでは現在2,000種類ほどが確認されており,全遺伝子のおよそ半数が影響を受けると推測されている.多くのmiRNAは機能未知であるが,免疫系に関与するmiRNAは比較的よくわかっており,乳中には,さまざまな免疫細胞の分化・機能に関与するmiR-146,miR-181,miR-223,miR-1224など,免疫系に関与するmiRNAが比較的多く,種を超えて存在した.一般にmiRNA数は進化上高等な生物ほど多く存在し,ヒトを含む霊長類にしか存在しないmiRNAも多いが,免疫系に関与するmiRNAが種間で共通して存在したことは興味深い.ところで,RNAは一般に不安定であり,かつ乳中にはRNaseが存在することが知られている.そこで,乳中のmiRNAが乳児消化管で作用しうるかを調べるため,乳中miRNAの,酸やRNaseに対する耐性を調べたところ,乳をRNaseや酸で処理しても乳中miRNAは分解されず,安定であった(3,4)3) N. Kosaka, H. Izumi, K. Sekine & T. Ochiya: Silence, 1, 7 (2010).4) H. Izumi, N. Kosaka, T. Shimizu, K. Sekine, T. Ochiya & M. Takase: J. Dairy Sci., 95, 4831 (2012)..このことは,乳中miRNAが乳児(仔)消化管内で作用しうることを示唆するが,なぜ安定なのだろうか? 乳中には,エクソソームと呼ばれる直径20~200 nmの脂質膜小胞が存在することが知られている(6)6) C. Admyre, S. M. Johansson, K. R. Qazi, J. J. Filén, R. Lahesmaa, M. Norman, E. P. Neve, A. Scheynius & S. Gabrielsson: J. Immunol., 179, 1969 (2007)..このエクソソームであるが,乳以外にもさまざまな体液中に存在し,近年,タンパク質やmiRNAを含むこと,分泌元の細胞から別の細胞にそれらを受け渡すことが示されている(7)7) H. Valadi, K. Ekström, A. Bossios, M. Sjöstrand, J. J. Lee & J. O. Lötvall: Nat. Cell Biol., 9, 654 (2007)..したがって筆者らは,乳中miRNAの少なくとも一部はエクソソーム内に存在し,そのために安定であったと考えている.実際,乳を界面活性剤で処理して脂質膜を破壊すると,miRNAは速やかに分解した(4)4) H. Izumi, N. Kosaka, T. Shimizu, K. Sekine, T. Ochiya & M. Takase: J. Dairy Sci., 95, 4831 (2012)..ところで,エクソソームにはmiRNAやタンパク質だけでなく,mRNAが存在することも知られている.よって筆者らはラット乳中のmRNAについてもマイクロアレイを用いて網羅的に調べたが,10,000種類以上のmRNAが検出された(5)5) H. Izumi, N. Kosaka, T. Shimizu, K. Sekine, T. Ochiya & M. Takase: PLoS ONE, 9, e88843 (2014)..検出されたmRNAの中にはホルモン・成長因子・サイトカイン・ケモカインをコードするものも含まれていたが,タンパク質レベルでは初乳乳清中濃度が成熟乳よりも有意に高いTGF-β2が,mRNAレベルでは初乳と成熟乳に差がない,µg protein/mLオーダーで乳中に検出されるアディポネクチンが,mRNAレベルではマイクロアレイ,定量PCRともに検出されないなど,興味深いことに,乳中のmRNAレベルとタンパク質レベルは必ずしも一致しなかった.このことは,乳中のmRNAがタンパク質翻訳後のただの残渣ではなく,何らかの役割をもって存在することを示唆する.上述のとおり,「乳」の組成は種によって異なり,各種栄養成分・生理活性因子の濃度も異なるが,ヒト,ウシ,ラット乳中のRNA濃度を比較すると,ヒト,ウシよりも成長の速いラットの乳中RNA濃度は,ヒト,ウシの数十倍から数百倍の濃度である.さらに,感染リスクが最も高い出生後早期に摂取する初乳には,ラクトフェリンやIgAなどの感染防御因子が多く存在するが,少なくともウシ・ラットの結果からは,乳中RNA濃度も初乳のほうが高いことがわかっている.以上のことを考慮すると,いまだ推測の域はでないものの,乳中RNAが免疫系発達や感染防御など児(仔)に対して何らかの作用を果たす可能性が考えられる.これまでの乳中生理活性因子の研究には,一部ヒトミルクオリゴ糖など糖質ベースの研究や,乳中に含まれる細胞の研究などもあるが,基本的にはサイトカインや成長因子,乳タンパク質由来ペプチドなどの,タンパク質ベースの研究が主であった.今後in vivoの研究が必要であることは間違いないが,もし生体に作用するならば,乳中RNAは,核酸ベースという新たな視点を乳機能研究に与えてくれるかもしれない.

表1■ヒト,ウシ,ラット乳清1 mL中のRNA濃度(3~5)3) N. Kosaka, H. Izumi, K. Sekine & T. Ochiya: Silence, 1, 7 (2010).4) H. Izumi, N. Kosaka, T. Shimizu, K. Sekine, T. Ochiya & M. Takase: J. Dairy Sci., 95, 4831 (2012).5) H. Izumi, N. Kosaka, T. Shimizu, K. Sekine, T. Ochiya & M. Takase: PLoS ONE, 9, e88843 (2014).
初乳成熟乳
ヒト???数十~数百ng
ウシ数百ng百ng前後
ラット数万ng数千ng

Reference

1) 穴釜雄三:“乳学”,光琳書院,1975, p 8.

2) R. G. Jensen: “Handbook of Milk Composition,” Academic Press, 1995.

3) N. Kosaka, H. Izumi, K. Sekine & T. Ochiya: Silence, 1, 7 (2010).

4) H. Izumi, N. Kosaka, T. Shimizu, K. Sekine, T. Ochiya & M. Takase: J. Dairy Sci., 95, 4831 (2012).

5) H. Izumi, N. Kosaka, T. Shimizu, K. Sekine, T. Ochiya & M. Takase: PLoS ONE, 9, e88843 (2014).

6) C. Admyre, S. M. Johansson, K. R. Qazi, J. J. Filén, R. Lahesmaa, M. Norman, E. P. Neve, A. Scheynius & S. Gabrielsson: J. Immunol., 179, 1969 (2007).

7) H. Valadi, K. Ekström, A. Bossios, M. Sjöstrand, J. J. Lee & J. O. Lötvall: Nat. Cell Biol., 9, 654 (2007).