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Streptomyces属放線菌の抗生物質生産をナノモルオーダーで誘導するシグナル分子: 二次代謝調節分子の構造多様性

Kenji Arakawa

荒川 賢治

広島大学大学院先端物質科学研究科Graduate School of Advanced Sciences of Matter, Hiroshima University ◇ 〒739-8530 広島県東広島市鏡山1丁目3番1号 ◇ 1-3-1 Kagamiyama, Higashi-hiroshima-shi, Hiroshima 739-8530, Japan

Published: 2014-11-01

放線菌は肥沃な土壌1 g中に数百万個体も存在する土壌細菌であり,土壌中の物質変換・環境浄化などに重要な役割を果たしている.今日までに数多くの抗生物質や工業・医薬的に重要な二次代謝産物が発見されているが,微生物代謝産物の約7割が放線菌由来である.放線菌の中で代表的な属はStreptomyces属であり,土壌中の分布において大勢を占めている.Streptomyces属放線菌の特徴として,(1)線状ゲノムを有する,(2)カビに似た複雑な形態分化,そして(3)多種多様な有用二次代謝産物の生産能,が挙げられる.

放線菌の二次代謝産物生産および形態分化は,低分子シグナル分子を介して制御されており,最もよく研究されている例として,ストレプトマイシン生産菌Streptomyces griseusのA-factor制御カスケードがある(1)1) Y. Ohnishi, S. Kameyama, H. Onaka & S. Horinouchi: Mol. Microbiol., 34, 102 (1999)..培養中期にAfsAによって生合成されたシグナル分子A-factorがtetR型リプレッサーArpAに結合すると,ArpAが転写活性化因子adpAのプロモーターから解離し,その結果,adpAが発現してストレプトマイシン生合成および胞子形成が誘導される,というものである.シグナル分子に着目すると,S. griseusのA-factorのほかにはStreptomyces virginiaeのvirginia butanolides(2)2) R. Kawachi, T. Akashi, Y. Kamitani, A. Sy, U. Wangchaisoonthorn, T. Nihira & Y. Yamada: Mol. Microbiol., 36, 302 (2000).Streptomyces coelicolorのSCB1(3)3) E. Takano, H. Kinoshita, V. Mersinias, G. Bucca, G. Hotchkiss, T. Nihira, C. P. Smith, M. Bibb, W. Wohlleben & K. Chater: Mol. Microbiol., 56, 465 (2005).などが発見されたが,いずれもγ-ブチロラクトンを共通骨格としており,nMオーダーで抗生物質生産などを誘導する微生物ホルモンである(図1A図1■(A)Streptomyces属放線菌の抗生物質生産を誘導するシグナル分子の化学構造,(B)S. rocheiにおけるLC,LMの生合成制御メカニズム).しかし近年S. coelicolorから新規シグナル分子methylenomycin furanが発見された(4)4) C. Corre, L. Song, S. O’Rourke, K. F. Chater & G. L. Challis: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 105, 17510 (2008)..これはフラン骨格を有しており,線状プラスミドSCP1にコードされた抗生物質メチレノマイシンの生産誘導を司ることがわかった.また,Streptomyces avermitilisからブテノライド型シグナル分子avenolideが発見され,これはアバーメクチンの生産誘導に関与することが明らかとなった(5)5) S. Kitani, K. T. Miyamoto, S. Takamatsu, E. Herawati, H. Iguchi, K. Nishitomi, M. Uchida, T. Nagamitsu, S. Omura, H. Ikeda et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 108, 16410 (2011)..このように放線菌シグナル分子の多様性が示唆され,シグナル分子制御系による二次代謝生産機構に興味がもたれた.

図1■(A)Streptomyces属放線菌の抗生物質生産を誘導するシグナル分子の化学構造,(B)S. rocheiにおけるLC,LMの生合成制御メカニズム

シグナル分子の骨格に注目すると,γ-ブチロラクトン骨格を有するもの(A-factor, virginia butanolide, SCB1),フラン骨格を有するもの,ブテノライド骨格を有するもの,に大別される.さらに炭化水素鎖長やC-1′位の酸化状態・立体化学などに多様性が見いだされている.

放線菌Streptomyces rochei 7434AN4株は2つのポリケチド抗生物質ランカサイジン(LC)およびランカマイシン(LM)(図1B図1■(A)Streptomyces属放線菌の抗生物質生産を誘導するシグナル分子の化学構造,(B)S. rocheiにおけるLC,LMの生合成制御メカニズム)を生産し,これらの生合成遺伝子群はpSLA2-L(210,614 bp)上に存在する(6)6) S. Mochizuki, K. Hiratsu, M. Suwa, T. Ishii, F. Sugino, K. Yamada & H. Kinashi: Mol. Microbiol., 48, 1501 (2003)..pSLA2-L上には6つのtetR型リプレッサー遺伝子(srrA-F),3つのSARP(Streptomyces antibiotic regulatory protein)様活性化因子(srrY, srrZ, srrW),AfsA様シグナル分子生合成遺伝子srrXがコードされており,筆者らは遺伝子破壊株の解析により,srrX-srrA-srrY(-LC)-srrZ-LMというS. rochei二次代謝制御カスケードの主要経路を明らかにした(7~9)7) K. Arakawa, S. Mochizuki, K. Yamada, T. Noma & H. Kinashi: Microbiology, 153, 1817 (2007).9) T. Suzuki, S. Mochizuki, S. Yamamoto, K. Arakawa & H. Kinashi: Biosci. Biotechnol. Biochem., 74, 819 (2010)..さらにsrrX破壊株に上述の既知シグナル分子および菌体抽出物を添加したところいずれも抗生物質生産が回復せず,本菌のシグナル分子SRBは新規骨格構造である可能性が示唆された.放線菌のシグナル分子はnMオーダーで抗生物質生産を誘導するが,その生産量はごく微量であり,単離・構造決定は困難を極める.そこで100 Lスケールで大量培養し,S. rocheiの生産するシグナル分子の構造決定を目指した.

まず筆者らはS. rocheiの抗生物質非生産株を160 L大量培養し,ゲルろ過・シリカゲルカラムクロマトグラフィーによりSRB画分を精製した.なおSRB活性画分は,srrX破壊株のLC,LM生産性回復により検出した.精製した活性成分(250 µg)の高分解能質量分析を行ったところ,2つの化合物(SRB1,SRB2)の存在が確認でき,分子式はそれぞれC15H24O5,C16H26O5であった.各種二次元NMRで解析したところ,SRB1は[2-(1′-hydroxyl-6′-oxo-8′-methylnonyl)]-3-methyl-4-hydroxybut-2-en-1,4-olide,SRB2は[2-(1′-hydroxyl-6′-oxo-8′-methyldecyl)]-3-methyl-4-hydroxybut-2-en-1,4-olideと決定できた.これらはいずれも2,3-二置換4-ヒドロキシブテノライド骨格を有する新規シグナル分子であった.また,分岐鎖C-1′位水酸基の立体化学は最終的に化学合成により確認を行い,キラルHPLCおよび誘導活性から(R)と決定した.また,SRBの最小誘導活性は40 nMであることがわかった.本化合物は今まで知られているγ-ブチロラクトン型分子と構造が異なっており,放線菌シグナル分子の構造多様性を示すことができた(10)10) K. Arakawa, N. Tsuda, A. Taniguchi & H. Kinashi: ChemBioChem, 13, 1447 (2012).図1図1■(A)Streptomyces属放線菌の抗生物質生産を誘導するシグナル分子の化学構造,(B)S. rocheiにおけるLC,LMの生合成制御メカニズム).なお,合成酵素のアミノ酸配列とシグナル分子の化学構造との間に相関性は見いだされておらず,系統樹・配列解析からのシグナル分子の構造予測は事実上困難である.nMオーダーで抗生物質生産を誘導するStreptomyces属放線菌シグナル分子の単離・構造決定は,その生産量からたいへんな労力がかかるが,シグナル分子のさらなる構造多様性の発見が期待でき,ひいては放線菌の潜在的二次代謝生合成系の発掘にも応用展開できると考えられる.

また,S. rocheiのSRB合成遺伝子srrXの周辺にはデヒドロゲナーゼ遺伝子srrGorf81), SRBリセプター遺伝子srrAorf82),ホスファターゼ遺伝子srrPorf83),P450水酸化酵素遺伝子srrOorf84),チオエステラーゼ遺伝子srrHorf86)などがコードされており,SRB生合成への関与が示唆された.これらの遺伝子破壊実験および微量代謝産物の構造解析を組み合わせることでSRB生合成経路を明らかにできるものと考えている.

Reference

1) Y. Ohnishi, S. Kameyama, H. Onaka & S. Horinouchi: Mol. Microbiol., 34, 102 (1999).

2) R. Kawachi, T. Akashi, Y. Kamitani, A. Sy, U. Wangchaisoonthorn, T. Nihira & Y. Yamada: Mol. Microbiol., 36, 302 (2000).

3) E. Takano, H. Kinoshita, V. Mersinias, G. Bucca, G. Hotchkiss, T. Nihira, C. P. Smith, M. Bibb, W. Wohlleben & K. Chater: Mol. Microbiol., 56, 465 (2005).

4) C. Corre, L. Song, S. O’Rourke, K. F. Chater & G. L. Challis: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 105, 17510 (2008).

5) S. Kitani, K. T. Miyamoto, S. Takamatsu, E. Herawati, H. Iguchi, K. Nishitomi, M. Uchida, T. Nagamitsu, S. Omura, H. Ikeda et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 108, 16410 (2011).

6) S. Mochizuki, K. Hiratsu, M. Suwa, T. Ishii, F. Sugino, K. Yamada & H. Kinashi: Mol. Microbiol., 48, 1501 (2003).

7) K. Arakawa, S. Mochizuki, K. Yamada, T. Noma & H. Kinashi: Microbiology, 153, 1817 (2007).

8) S. Yamamoto, Y. He, K. Arakawa & H. Kinashi: J. Bacteriol., 190, 1308 (2008).

9) T. Suzuki, S. Mochizuki, S. Yamamoto, K. Arakawa & H. Kinashi: Biosci. Biotechnol. Biochem., 74, 819 (2010).

10) K. Arakawa, N. Tsuda, A. Taniguchi & H. Kinashi: ChemBioChem, 13, 1447 (2012).