解説

MATEトランスポーターによる薬剤排出機構の解明とペプチド創薬の可能性

Structural Basis for the Drug Extrusion Mechanism by a MATE Multidrug Transporter and Peptide Drug Development

濡木

Osamu Nireki

東京大学大学院理学系研究科Graduate School of Science, The University of Tokyo ◇ 〒113-0033 東京都文京区本郷7-3-1 ◇ 7-3-1 Hongo, Bunkyo-ku, Tokyo 113-0033, Japan

Published: 2014-11-01

MATEファミリーは,原核生物,古細菌,真核生物すべてに広く存在する膜タンパク質輸送体であり,ナトリウムイオンあるいはプロトンの濃度勾配を利用してさまざまな異物を細胞外へと排出することで,細胞の恒常性を維持している.そのため病原性細菌やがん細胞においては,薬剤を排出して薬効を低下させる薬剤耐性の一端を担うものであり,近代医療への脅威となっている.したがって,MATEによる薬剤輸送機構の解明および阻害剤の創出が長らく望まれてきた.しかし,MATEは,さまざまな低分子化合物を排出してしまうので,低分子化合物の阻害剤は薬効をもたないというジレンマがあった.今回,われわれは好熱古細菌由来MATEの単体および基質薬剤・阻害活性ペプチドとの複合体のX線結晶構造を高分解能で決定した.その結果,アスパラギン酸残基のプロトン化に伴って,TM1が大きく折れ曲がることで基質ポケットを縮小して基質を排出する機構を発見し,MATEの輸送機構について新たな仮説を提唱するとともに,ペプチド創薬の道を開いた.

はじめに

近年注目されている輸送体の中に薬物の能動的排出系が存在する.これは,本来細胞において毒性のある物質を細胞外へ積極的に排出する輸送体である.これらの輸送体の特徴の一つとして,構造・作用機序の異なる複数の薬剤(多剤)を認識し排出できることが挙げられる.このような輸送体は多剤排出輸送体と呼ばれ,原核生物から高等真核生物にわたって広く存在している.構造面からその作用機序を明らかにすることは薬剤による効果的な疾病治療のためにも重要な意義をもつ.

MATE(Multidrug And Toxic Compound Extrusion)は原核生物から高等真核生物に至るまで広く保存されている多剤排出輸送体ファミリーの一つである(1)1) M. H. Brown, I. T. Paulsen & R. A. Skurray: Mol. Microbiol., 31, 394 (1999)..約450アミノ酸残基,12回の膜貫通ヘリックスを有し,ナトリウムイオンもしくはプロトンの濃度勾配を利用した対向輸送により薬剤の排出を行う.バクテリアにおける生化学的研究から,陽イオン性の有機化合物が主な基質として知られている.MATEファミリーは,哺乳類においてもホモログが同定されており(SLC47),腎臓や肝臓において有機カチオン性化合物とプロトンを対向輸送し,排泄の最終段階を担っていることが知られている(2)2) K. Damme, A. T. Nies, E. Schaeffeler & M. Schwab: Drug Metab. Rev., 43, 499 (2011).

本研究ではMATEが多様な分子を認識する仕組みおよびその排出機構に関して,X線結晶構造解析を用いて立体構造からの解明を試みた.

1. 特殊ペプチドの探索と共結晶化の意義

20世紀の前半から,抗菌作用などの生理活性をもつペプチドが多数発見されてきている.これまでに発見された薬理作用をもつ天然のペプチドには大環状構造や修飾アミノ酸,非天然アミノ酸,D-アミノ酸など,特殊な構造および特殊なアミノ酸が含まれており,それらが生理活性に重要であると考えられている.また,環状構造はペプチダーゼへの高い耐性を示すことが知られている.たとえば,シクロスポーリンAは,D-アミノ酸や非天然アミノ酸を含む大環状ペプチドであり,T細胞中でシクロフィリンと結合し,カルシニューリン下流のシグナル伝達を抑制し,各種サイトカインの産生を抑えることで,免疫抑制に効果のある薬剤として使われている.これまで特殊ペプチドのスクリーニングは困難とされてきたが,最近,東京大学の菅博士らによって,標的タンパク質に高い結合能をもつ特殊ペプチドの探索を可能にするRaPID(Random Peptide Integrated Discovery)システムが開発された(3)3) Y. Yamagishi et al.: Chem. Biol., 18, 1562 (2011)..本システムは,試験管内でリボソームディスプレイにより標的タンパク質に強く結合する環状ペプチドをスクリーニングする.その際,遺伝暗号中の特定のコドンに対応するアミノアシルtRNA合成酵素を欠失させ,代わりにフレキシザイム(アミノアシル化リボザイム)を用いて,このコドンに対応するtRNAに任意の非天然アミノ酸を結合させ,試験管内翻訳系に入れることによって,当該コドンに非天然アミノ酸を組み込んだ環状ペプチドを翻訳することができる.

一般に,標的タンパク質に対して特異的に結合する分子(Fabなど)は,タンパク質構造の安定化や結晶パッキングを補助し,結晶成長を促進することが知られている.膜タンパク質への高い結合能をもつ特殊環状ペプチドは,阻害剤としての可能性だけでなく,結合によって構造を安定化させる結晶化促進剤としての機能も期待される.今後のペプチド創薬や構造解析への利用のため,MATEとペプチドとの複合体の結晶構造解析が有意義であると考えられた.

2. 発現と構造決定

膜タンパク質一般の構造解析の困難さは,その発現量の少なさと安定性の低さに起因するところが大きい.そこで本研究では,MATEファミリーが原核生物から古細菌,真核生物とすべての生物界に存在していることを考慮して,好熱性古細菌を中心とした発現スクリーニングを行った.好熱性の生物を構成するタンパク質は高温でも安定な構造を保つため,精製や結晶化において有利なことが多い.複数の好熱性古細菌ゲノムからMATE遺伝子をクローニングし,GFPとの融合タンパク質として大腸菌で発現させた.数mLの培養液から膜画分を調製し,界面活性剤DDMで可溶化し,ゲルろ過カラムにかけた.GFPの蛍光を指標として,各種MATEの安定性,単分散性,発現量を検討した(Fluorescence Size Exclusion Chromatography; FSEC).このスクリーニング解析に基づき,Pyrococcus furiosus由来MATE(PfMATE)を構造解析の対象として選択した.大腸菌C41(DE3)株を使用してPfMATEを大量発現し,精製を行い結晶化を行った.結晶化法としては脂質中に膜タンパク質を再構成してから結晶化する脂質キュービック相(Lipidic Cubic Phase; LCP)法を適用した.なお,LCP法を行う以前から蒸気拡散法での結晶は得られてはいたものの,構造決定に十分な分解能の回折データを得ることはできていなかった.PfMATE LCP結晶は最高でも長辺30 µm以下と構造解析を行うにあたっては微小な結晶であったが,SPring-8 BL32XUのマイクロフォーカスX線ビーム(1×5 µm)を利用することで,単独結晶からの高分解能データセット(分解能2.1~3.0 Å)の収集に成功した.この際,回折データを数十枚取っては,結晶を回転軸方向に数µm動かしていくヘリカルスキャニング法により,単独結晶からの2.4 Å分解能のデータ収集に成功した(図1図1■PfMATEのLCP結晶とヘリカルスキャニング法による単結晶からの回折データ収集).しかし位相決定に関しては,分子置換法による構造決定がうまくいかなかったため,セレノメチオニン置換体結晶を用いることとした.しかし,このセレノメチオニン置換体の結晶は野生型MATEの結晶に比べて成長が極めて悪く,解析に必要なだけのデータ収集が不可能であった.そこで,特異的な結合能を有する環状ペプチド(thioether-macrocyclic peptide)3種類をRaPID法で探索し合成,共結晶化を試みたところ,そのうちの一つであるMaL6が結晶の再現性・サイズを向上させ,MATE–MaL6複合体に関して単波長異常分散法による位相決定に成功した.決定した構造を基にして,そのほかの条件における構造を分子置換法によって決定した.

図1■PfMATEのLCP結晶とヘリカルスキャニング法による単結晶からの回折データ収集

3. 全体構造および既知構造との比較

本研究において決定した構造は,単体構造2つ(pH条件が異なる)と輸送基質との複合体構造,3つの環状ペプチド複合体構造,P26A変異体単体構造である.それぞれの全体構造はいずれも,先に構造が報告されたVibrio cholerae由来のMATE(4)4) X. He et al.: Nature, 467, 991 (2010).と同じく,N-lobe(TM1-6)とC-lobe(TM7-12)の二つの対称性をもったヘリックス束が大きな内部空洞を形成し,それが細胞外側に開いたoutward-facingの状態の構造をとっていた(5)5) Y. Tanaka, C. J. Hipolito, A. D. Maturana, K. Ito, T. Kuroda, T. Higuchi, T. Katoh, H. E. Kato, M. Hattori, K. Kumazaki et al.: Nature, 496, 247 (2013).図2図2■PfMATE Br-NRF複合体構造).また各膜貫通ヘリックスの配置もよく一致していた.一方,Vibrio cholerae由来のMATEはナトリウムイオンにより輸送が駆動されるが,報告されていたナトリウムイオンの結合部位に関しては,周辺のアミノ酸が保存されておらず,PfMATEにおいてはかさ高い疎水性側鎖によって埋められていた.一方,われわれは,pH指示薬であるBCECFと臭化エチジウムを用いた,細胞レベルの蛍光分光法測定により,PfMATEがナトリウムイオンではなく,プロトン濃度勾配を利用するプロトン駆動型のMATEであることを実証した.ゆえにナトリウムイオン結合部位の構造の違いは,陽イオンの輸送経路が輸送駆動機構が異なるMATEごとに異なることを示唆している.

図2■PfMATE Br-NRF複合体構造

本研究において決定した構造はすべて細胞外側に開いたoutward-facing状態であった.基質複合体構造においてはN-lobe側に大きな空洞が存在し,そこにちょうどはまり込む形で基質が結合しているのが確認された.

4. 薬剤結合ポケット

疎水的なタンパク質内部の空間には,LCP結晶化に用いたモノオレイン分子と考えられる電子密度が複数確認され,これらは疎水的な性質の輸送基質を模倣している可能性が考えられた.そこで,薬剤の結合位置を確認するために薬剤との共結晶化を試みた.数種類の輸送基質との共結晶化を行った結果,Norfloxacin-derivative(Norfloxacinの6-fluoro基をbromineへ置換,Br–NRF)との複合体構造を2.9 Åで決定した(図2図2■PfMATE Br-NRF複合体構造).Br-NRFは主に形状相補的な認識を受けており,さらにGln34(TM1),Asn157(TM4),Asn180(TM5)側鎖との水素結合も予測された.この薬剤ポケットが真に機能的な基質結合ポケットであることを確認するため,薬剤認識に働いている残基について変異を導入し,臭化エチジウムを用いて薬剤排出活性を測定した.その結果,今回複合体結晶化に用いたNorfloxacinへの耐性は導入した変異の影響によりほぼ失われ,また対向輸送しているプロトンの輸送もS177LおよびM206Wを除いて失われていた.S177L,M206W変異体においては,プロトン輸送はほぼ正常であるのに対し,薬剤排出活性のみが落ちており,薬剤認識部位に大きな側鎖を導入したことにより,立体障害によって薬剤が結合できなくなった一方で,擬似的に薬剤結合状態となってプロトン輸送は起こる,輸送サイクルの『空回り』が発生している可能性が示唆された.したがって,本ポケットが,機能的な薬剤結合ポケットであることが示された.

5. プロトンに駆動された薬剤の排出機構

MATE単独の構造では,同じoutward-facing構造でありながら,結晶化のpH条件が異なることで,MATEの構造が部分的に異なることが明らかになった.そこで2つの構造をTM1の構造に基づいて,“straight form”および“bent form”と名づけた(図3図3■pHに依存したPfMATEの構造変化).この2つは結晶化条件が異なっており,前者はpH 7.0~8.0で,後者はpH 6.0付近において結晶が得られた.“straight form”では,既知の構造に近く,TM1ヘリックスが真っ直ぐであるのに対して,“bent form”ではTM1が中間にあるPro26とGly30の位置で折れ曲がりTM2に接近していた(プロリン残基はその構造上,αヘリックスを形成する水素結合のために必要な水素をもたないためヘリックスを壊す働きをもつ).この動きによりN-lobe側にあった薬剤結合ポケットはつぶれてしまう.すなわち,酸性条件下では,薬剤結合ポケットがつぶれてしまい,薬剤が能動的に排出されることが示唆された.また“bent form”では,TM5,6の細胞外側が外側に曲げられて,N-,C-lobeはより細胞外側に開いており(図3図3■pHに依存したPfMATEの構造変化),薬剤排出を助長していた.この構造変化の基点となっている残基のうちPro26はMATEファミリー全体で高い保存性を示しており,Alaに変異させると輸送活性が失われた.また,P26A変異体をpH 6.0条件下で結晶化し,複数の結晶構造を決定したが,すべて“straight form”をとっていた.以上のことから,Pro26によるTM1の屈曲はMATEの薬剤排出活性において重要であることが示された.

図3■pHに依存したPfMATEの構造変化

“straight form”と“bent form”で,最も大きくアミノ酸残基の再配置が起きていたのが,N-lobeの細胞外側末端である.この部位は残基の保存性が高い.“straight form”において,Asp184は周囲のTyr37,Asn180,Thr202の側鎖と水素結合距離にあり,Asp41と水素結合距離で近接している(図4図4■TM1の構造変化によるN-lobe基質結合ポケットの変化).このように酸性残基同士が接近した状態かつタンパク質内部に安定な状態でいることから,Asp184はプロトン化していると予測される.これは電荷をもった側鎖がタンパク質内部の疎水性コアのような疎水的な環境にあることはエネルギー的に不安定であり,プロトンの結合による電気的な中和が必要であると考えられるためである.対して,Asp41は中央部に開いた溝側に側鎖を露出しており,この構造ではイオン化していると考えられた.一方,“bent form”になると,露出していたAsp41がTyr139やThr202と水素結合を形成しタンパク質内部へ側鎖が入り込む形になり,かつAsp184との距離関係は同様に近いままであることから,Asp41とAsp184の両方がプロトン化していると考えられた(図4図4■TM1の構造変化によるN-lobe基質結合ポケットの変化).この構造変化は結晶化pHの違いとも関連しており,より酸性側つまりプロトン(水素イオン)が多く存在する条件で“bent form”の結晶が得られたことと一致している.また,この部位における水素結合ネットワークを構成するアミノ酸に対してAla変異の導入を行うと,そのいずれもがプロトンおよび薬剤の輸送活性を失うことがわかった.以上のことから,Asp41のプロトン化が引金となってN-lobe細胞外側端のアミノ酸配置が変化し,強固な水素結合ネットワークが形成されて,これがTM1を内部に引きずり込む結果,TM1はPro26で折れ曲がり,“straight form”から“bent form”へ移行して,薬剤結合ポケットは潰れ,薬剤が排出されるという新規のメカニズムが明らかになった(図5図5■MATE輸送機構モデル:動画,http://www.nature.com/nature/journal/v496/n7444/fig_tab/nature12014_SV1.html).

図4■TM1の構造変化によるN-lobe基質結合ポケットの変化

中央からN-lobe側への視点.MATEの分子表面を薄い青で表示している.“straight”構造に存在する空間が,“bent”構造ではTM1の屈曲により失われている.

図5■MATE輸送機構モデル

2つのlobeが可動することでoutward-openとinward-openの状態を行き来することで薬剤基質を輸送すると考えられている.このうち,構造決定がなされているのはoutward状態であり,本研究で明らかにしたのもoutwardにおける部分的な構造変化である.outwardへの構造変化だけでは薬剤結合ポケットからの排出は完結せず,Asp41のプロトン化がきっかけとなってポケットが閉じられタンパク質内部から薬剤が追い出されて次の輸送サイクルに向かうと考えられた.また,環状ペプチドによる輸送阻害効果はoutwardからoccludedへの構造変化を物理的に抑制することで成り立っていた.

6. 環状ペプチドによる輸送阻害機構

RaPIDシステムにより,MATEと強く結合する環状ペプチド3種,MaL6,MaD5およびMaD3Sが得られた.これらの環状ペプチドとMATEとの複合体の構造を2.5~3.0 Å分解能で決定することができた.興味深いことに,MaL6とMaD5・MaD3Sは異なる部位・様式でMATEに結合していた.MaL6は17アミノ酸の大きな環状構造であり,環全体でβヘアピン構造を形成している.一方,MaD5は7アミノ酸の環状構造と安定した構造をとらない13アミノ酸のtail部分から構成される.MaD3SはMaD5と同じ環状構造を有し,tail部分を8アミノ酸に短縮した配列である.すべてoutward-facing構造に結合していたが,環状ペプチドの結合部位はMaL6とMaD5(およびMaD3S)では大きく異なっており,前者は中央の溝の細胞外側の端に挟まってN-lobeとC-lobeを橋かけするように結合していたのに対し,後者は先に示した薬剤結合ポケットに環状部分が入り込みこれを占拠していた(図6図6■MATEと環状ペプチド(MaL6,MaD5)の複合体構造).MaL6複合体は先に述べたように単体での結晶化よりも結晶の再現性が向上し,高分解能での構造決定が可能であった.これは環状ペプチド自体が安定な構造をとることと,ペプチド自体が結晶化のパッキングに影響を与えなかったことに起因すると考えられる.一方,MaD5はタンパク質内部に結合した環状部分の電子密度は確認できるものの,tailの大部分はdisorderしていた.MaD3Sも同様であり,分解能はMaD5に比べて向上したものの,やはりtail部分の電子密度は見いだせなかった.

図6■MATEと環状ペプチド(MaL6,MaD5)の複合体構造

MATEを分子表面表示,環状ペプチドを空間充填モデルで示した.

つづいて,各環状ペプチドの存在下において,臭化エチジウムの細胞内蓄積量を指標にした薬剤排出活性の測定を行った.その結果,MaD5,MaD3S,MaL6の順に阻害活性は低くなっていることがわかった.MaL6のように内部の基質結合ポケットにまで入り込まなくても輸送が阻害されたことは,rocker-switch機構(6)6) C. J. Law, P. C. Maloney & D. N. Wang: Annu. Rev. Microbiol., 62, 289 (2008).(N-,C-lobeがそれぞれ剛体として可動して,inward-openとoutward-openの構造を行き来することで基質を輸送する仕組み)の構造変化を抑制し,その結果として薬剤の輸送が阻害されたことを示唆している.MaD5とMaD3Sは同様の結合様式でありながら阻害活性はMaD5のほうが強い.これは結晶構造中では見えていないtail部分が,2つのlobe間に(一定の構造をとらず)強く結合することで構造変化を阻害していると予想された.すなわちMaD5は薬剤結合ポケットを占拠し,かつN-lobeとC-lobeのrocker-switch構造変化を抑制することで,強い阻害活性をもつことが示唆された.

おわりに

今回の研究においては,複数の条件での結晶構造の決定に成功したことで,Asp41のプロトン化から始まるTM1の構造変化が薬剤結合ポケットを消滅させることでMATEの薬剤排出が完結する,という仮説にたどり着くことができた.これにはLCP法による結晶化とマイクロフォーカスのX線が欠かせない要素であった.LCP法が研究室に導入された2010年の段階では,LCP法の膜輸送体結晶化への適用は未知数であり,またLCP結晶は分解能こそ高いものの,微小であるため,単独結晶からのデータセット収集は不可能と一般に考えられていた.その測定を可能にしたのが同年に稼働が始まったSPring-8 BL32XUビームラインであった.この段階ではTM1の構造変化の存在は全く予想外のことであり,複数結晶からのデータをマージしての構造解析を目指していた場合,発見は難しかったであろうと思われる.測定には非常に正確なビーム位置調整が必要不可欠であり,ゴニオメーターの回転の数µmのずれの修正など難しい要求に快く応えてくださった平田博士をはじめSPring-8ビームラインスタッフの方々には深く感謝している.研究を開始した当初はMATEファミリーの構造は未決定であり,「一番乗り」を目指して始めたわけであるが,2010年のXiao Heらに先を越されてしまった.このときは論文と同程度の分解能の結晶を得ていた段階であり,非常に落胆したものの,「高分解能構造に基づいてMATEの真の分子機構を明らかにしよう」との気持ちで,ここまで研究を続けることができた.また新しく開発された技術や装置に助けられながら,成果を発表するに至ったことは幸運の連続であったと感じている.

Reference

1) M. H. Brown, I. T. Paulsen & R. A. Skurray: Mol. Microbiol., 31, 394 (1999).

2) K. Damme, A. T. Nies, E. Schaeffeler & M. Schwab: Drug Metab. Rev., 43, 499 (2011).

3) Y. Yamagishi et al.: Chem. Biol., 18, 1562 (2011).

4) X. He et al.: Nature, 467, 991 (2010).

5) Y. Tanaka, C. J. Hipolito, A. D. Maturana, K. Ito, T. Kuroda, T. Higuchi, T. Katoh, H. E. Kato, M. Hattori, K. Kumazaki et al.: Nature, 496, 247 (2013).

6) C. J. Law, P. C. Maloney & D. N. Wang: Annu. Rev. Microbiol., 62, 289 (2008).