Kagaku to Seibutsu 52(11): 731-741 (2014)
解説
ウィントシグナル調節を目指した生物活性天然物の探索
Search on Bioactive Natural Products Targeting Wnt Signaling Pathway
Published: 2014-11-01
ウィント(Wnt)シグナル伝達経路は初期発生における体軸形成から各種組織・器官の形態形成,組織幹細胞の維持,発がんなどのさまざまな生命現象をはじめ,がんや糖尿病,神経疾患において重要な役割を果たしている.Wntシグナルを調節する化合物は,生命現象解明のための分子ツールや,医薬品リード化合物となることが期待できる.本稿では,Wntシグナルについて概説し,Wntシグナルを調節する天然物の探索研究の一端を紹介する.
© 2014 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2014 公益社団法人日本農芸化学会
自然界には多種多様な生物種が存在し,それら生物はその生育環境や進化に応じて異なる二次代謝産物を産生することが知られている.二次代謝産物は天然物とも呼ばれ,限定された生物種もしくは限られた種類の生物においてのみ存在している.このような天然物には人知の及ばないユニークな化学構造と興味深い生物活性を示すものが多く,これまでに医薬品のリード化合物や生命現象解明のための研究用試薬(ケミカルツール,ケミカルプローブ)などとして応用され,各種疾患治療や生命科学研究推進に貢献してきた.
当研究室では,がん疾患に関連する細胞内シグナル伝達の調節作用を指標とした天然物を対象にしたスクリーニング研究を行っており,有用な生物活性低分子化合物の創製を目指している.本稿では,特に最近われわれが進めているがん疾患をはじめ,さまざまな疾患への関与が報告されているウィント(Wnt)シグナル経路に着目した天然物探索研究について一端を紹介したい.まずWntシグナルの概要について解説し,Wntシグナルに作用する化合物の探索例,次にわれわれが行ったWntシグナル経路の活性化に関与するTCF/β-cateninの転写を調節する活性天然物の発見を目指して行ったスクリーニング研究,活性化合物の探索と作用発現の分子メカニズムに関する解析について紹介する.
Wntシグナルは線虫からヒトに至るまで生物種を超えて高度に保存されたシグナル伝達経路で,初期発生における体軸形成から各種組織・器官の形態形成,出生後の細胞の増殖・分化・運動,組織幹細胞の維持,発がんなどのさまざまな生命現象において多彩かつ重要な役割を果たしている.
Wntという名前はその発見過程に由来する.ショウジョウバエの翅の形態形成において重要な役割を果たすwingless(wg)遺伝子とマウス乳がんで見いだされた発がん遺伝子int-1との相同性が高いことから両者を組み合わせWntと呼ばれるようになった.Wntは分子量約40 kDaの分泌性糖タンパク質であり,哺乳類においては現在までに19種のWntファミリーが知られている.本シグナル伝達経路には,1)β-catenin/TCF(T-cell factor)を介して標的遺伝子の発現を調節するWnt/β-catenin経路,2)細胞骨格系の制御に関与する細胞内平面極性(PCP)経路,3)細胞の接着,運動に関与しているとされるWnt/Ca2+経路の3つが知られている.β-catenin/TCF経路は古典的経路とも呼ばれβ-cateninに依存するが,ほかの2つはβ-cateninに依存しない.このβ-cateninはcadherin結合タンパク質として同定され,細胞接着において重要な役割を担っているが,同時に,β-catenin/TCF経路においてはメディエーターとして機能し,Wntシグナルの標的遺伝子の転写活性化を調節する.本稿ではβ-catenin/TCFに着目している.Wntリガンドがない状態すなわちWntシグナルがOFFの状態では,β-cateninは細胞質内においてcasein kinase-1α(CK1α),glycogen synthase kinase 3β(GSK3β),adenomatous polyposis coil(APC),Axinなどと複合体(β-catenin分解複合体)を形成し,2つのキナーゼCK1α,GSK3βによるリン酸化を受け,プロテアソーム系において分解される.一方,Wntタンパク質が存在する,すなわちWntシグナルがONの状態では,Wntがfrizzled(Fz)やlipoprotein-related protein 5/6(LRP5/6)に結合することでWntシグナルが活性化し,dishevelled(Dvl)によりGSK3βが阻害される.これによりβ-cateninのリン酸化,プロテアソーム系による分解が抑制され,細胞内にβ-cateninが蓄積される.蓄積したβ-cateninはその後,核内へ移行しTCFと複合体を形成し,標的遺伝子であるc-Myc,cyclin D1,COX-2などの転写が亢進される(1,2)1) J. N. Anastas & R. T. Moon: Nat. Rev. Cancer, 13, 11 (2013).2) 菊池 章:生化學,81, 780 (2009).(図1図1■Wntシグナル経路).
本シグナルは前述のように初期発生や組織・器官形成などの重要な生命現象にかかわっているが,一方で,大腸がんをはじめとするさまざまながんにおいて異常亢進していることが知られているほか,糖尿病や精神疾患など各種疾患とのかかわりも示唆されている.このような背景からWntシグナルを調節することができる化合物は各種生命現象を研究するうえでの分子ツールや,医薬品リード化合物となることが期待される.
前述のように本シグナル経路はさまざまな生命現象,各種疾患への関与が知られている.大腸がん,胃がん,肝がんなどにおいてWnt/β-catenin経路を構成するリガンドや受容体,細胞内タンパク質,核内タンパク質の遺伝子変異や発現異常が認められている.特に大腸がんの約80%の症例においてAPCの遺伝子異常が知られている.APCは家族性大腸腺腫症の原因遺伝子として同定されたもので,遺伝子異常により変異したAPCはβ-cateninと結合することはできるもののAxinとの結合部位を欠失しているため,効率的なβ-cateninのリン酸化と,それに続くプロテアソームでの分解が起こらないため,β-cateninが蓄積し,Wntシグナルが更新するものと考えられる.そのほかにもβ-catenin,Axinなどの遺伝子変異などが知られている(1,2)1) J. N. Anastas & R. T. Moon: Nat. Rev. Cancer, 13, 11 (2013).2) 菊池 章:生化學,81, 780 (2009)..
Wntシグナルのがん疾患における本シグナルの異常亢進が知られていることから,本経路を標的とした化合物の探索研究は医薬品の開発の観点からも熾烈な競争にある(3)3) H. Clevers & R. Nusse: Cell, 149, 1192 (2012)..現在エーザイ/PRISM Pharma社によるPRI-724の白血病に対する臨床試験が行われている(4)4) 小田上剛直,小路弘行:MEDCHEM NEWS, 22(1), 21 (2012)..PRI-742はWntシグナルの標的遺伝子の発現に重要なCBP(CREB binding protein)/β-カテニン複合体の形成を選択的に阻害する低分子化合物である.同様の作用を示すWnt阻害剤としては,ほかにICG-001などがある.Windorphenは,Wntシグナルの標的遺伝子の発現に重要なp300/β-catenin複合体の形成を阻害するとともに,p300のもつヒストンアセチルトランスフェラーゼ活性を阻害する(5)5) J. Hao, A. Ao, L. Zhou, C. K. Murphy, A. Y. Frist, J. J. Keel, C. A. Thorne, K. Kim, E. Lee & C. C. Hong: Cell Reports, 4, 898 (2013)..XAV939はAxinの活性化により,IWP-2はWntリガンドの産生に必須なporcupineを阻害することでWntシグナルを阻害する(3)3) H. Clevers & R. Nusse: Cell, 149, 1192 (2012)..一方,Wntシグナルを活性化する化合物としてGSK3βの阻害剤である6-bromoindirubin-3′-oxime(BIO)(5)5) J. Hao, A. Ao, L. Zhou, C. K. Murphy, A. Y. Frist, J. J. Keel, C. A. Thorne, K. Kim, E. Lee & C. C. Hong: Cell Reports, 4, 898 (2013).や,β-cateninとAxinの複合体形成を抑制するSKL2001(6)6) J. Gwak, S. G. Hwang, H. S. Park, S. R. Choi, S. H. Park, H. Kim, N. C. Ha, S. J. Bae, J. K. Han, D. E. Kim et al.: Cell Res., 22, 237 (2012).,Wnt/β-catenin経路の活性化に必須であるAxin-LRP6相互作用を促進するヒガンバナアルカロイドlycorine誘導体であるHLY78(7)7) S. Wang, J. Yin, D. Chen, F. Nie, X. Song, C. Fei, H. Miao, C. Jing, W. Ma, L. Wang et al.: Nat. Chem. Biol., 9, 579 (2013).などが報告されている(図2図2■これまでに報告されているWntシグナルに作用する化合物の一例).そこでわれわれはWntシグナルに着目し,天然由来のWntシグナルを調節する化合物の探索研究を行った.
当研究室で独自に構築した天然資源抽出物ライブラリーのうち,バングラデシュおよびタイにて採取した植物エキス,千葉県を中心に日本各地で採取した土壌,海水,海砂などから当研究室にて分離培養した放線菌を対象としてWntシグナルを標的としたスクリーニングを行った.スクリーニング試験は,培養細胞を用いたTOP-Flash/FOP-Flashルシフェラーゼアッセイシステム(8)8) X. Li, T. Ohtsuki, T. Koyano, T. Kowithayakorn & M. Ishibashi: Chem. Asian J., 4, 540 (2009).を用いて評価した.本アッセイシステムは,ヒト胎児腎細胞HEK293に野生型TCF結合領域(CCTTTGATC)をもつSuperTOP-Flashレポーター遺伝子を安定導入したSTF/293細胞を用い,試料添加によるルシフェラーゼ活性(TOP活性)の変化を測定することによりWntシグナルの最下流に位置するTCF/β-catenin転写活性の評価が可能である.なおSTF/293細胞をそのまま試験に用いると内在性β-catenin量が低いため,TOP活性が小さい.そのため,試料とともにGSK3β阻害剤であるLiClを添加することにより,β-cateninの分解を抑制し,TOP活性を刺激して試験を行った.また,細胞生存率も併せて評価しており,細胞数の減少によりルシフェラーゼ活性が低下する可能性を除外した.
良好な活性を示した化合物については疑陽性を除く目的で,変異型TCF結合領域(CCTTTGGCC)をもつSuperFOP-Flashを導入した細胞を用いたルシフェラーゼ活性(FOP活性)を併せて試験した.陽性試料は,FOP活性に影響することなくTOP活性のみを選択的に減少させると考えられるが,試料が偽陽性であった場合,ルシフェラーゼタンパク質の発現や分解などに関与すると考えられ,TOP活性とともにFOP活性も低下すると考えられる.したがってTOP活性のみを減少させ,FOP活性および細胞生存率を変化させないものがTCF/β-catenin転写阻害活性(Wntシグナル阻害活性)をもつと判断できる(図3図3■TOP-Flash/FOP-Flashルシフェラーゼアッセイシステム).
われわれは,TOP活性を指標としたスクリーニングにおいて阻害活性が認められた数種の植物および放線菌抽出物を見いだした.次にこれらの抽出物から得た活性成分とそれらのWntシグナル阻害活性について概説する.
バングラデシュ産にて採取したCalotropis gigantea(和名:カイガンタバコ)滲出液メタノールエキスは,スクリーニング試験において5 µg/mLの濃度で細胞生存率を顕著に低下させることなく,TOP活性をほぼゼロに低下させた.通常エキスの段階では,このような低濃度で活性を示すことはあまりなく,強力な活性化合物の存在が期待された.本植物はガガイモ科(Asclepiadaceae)に属する常緑低木でアジア,アフリカに広く分布し,幹などに傷をつけると白い乳液を出す.本研究ではこの乳液(滲出液)を用いた.そのメタノールエキスを溶媒分配し,活性が認められた酢酸エチル可溶部について活性試験を指標として,シリカゲル,ODSカラムによる分画を進めた.6種のカルデノライド類(1~6)を単離し,核磁気共鳴(NMR)および質量分析(MS)スペクトルデータの解析および文献値との比較によりこれらの化学構造を決定した(図4図4■Calotropis giganteaより単離した化合物).これらは10位にアルデヒド基をもつ共通する骨格をもつが,左側の3′位の置換基が異なっていた.
これら化合物のTCF/β-catenin転写阻害活性を評価したところ,1~6はnMオーダーでTOP活性を阻害し,そのIC50値は0.7~3.8 nMであった(図5図5■化合物1-6のTCF/β-catenin転写阻害活性).これら化合物はFOP活性を顕著に低下させることはなかった.1, 3, 5, 6は著しく細胞生存率を低下させることなく,TOP活性のみを低下させていたことから,TCF/β-catenin転写阻害活性を有していると判明した.一方,2と4はTOP活性のIC50値に近い濃度においてアッセイ細胞であるSTF/293細胞の細胞生存率を低下させており,TOP活性の減少は,細胞数の減少に起因すると推定された.
次にWntシグナルの亢進が知られており,細胞増殖がWntシグナルに依存している3種の大腸がん細胞の細胞生存率に対する1~6の影響を調べた.ここでは,APCの欠失変異体であるSW480およびDLD1細胞とβ-cateninに変異をもつHCT116細胞を用い,比較対象としてWntシグナル非依存性の大腸がんRKO細胞を用いた.Wntシグナルを阻害する化合物はWnt非依存性細胞には影響することなく,Wnt依存性細胞の細胞生存率を選択的に低下させると考えられる.
これら化合物のうち,5種の化合物(1, 3~6)は,1~10 nMの濃度範囲においてはRKO細胞の細胞生存率を低下させることなく,Wnt依存性大腸がんSW480,DLD1,HCT116細胞の細胞生存率を低下させた(IC50値:1.8~7.0 nM,表1表1■化合物1~6の大腸がん細胞に対する細胞毒性).この結果から,1, 3, 5, 6はWntシグナルを阻害することにより,Wntシグナル依存性細胞に対して細胞生存率を低下させると示唆された.
IC50値(nM) | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | |
SW480 | 2.8 | >10 | 3.1 | 7.0 | 3.4 | 2.4 |
DLD1 | 2.0 | 5.5 | 2.1 | 2.8 | 2.6 | 1.8 |
HCT116 | 2.1 | >10 | 1.9 | 6.0 | 2.9 | 1.8 |
RKO | >10 | >10 | >10 | >10 | >10 | >10 |
このうちcalotropin(1)について,そのWntシグナル阻害作用のメカニズムを解明する目的でWntシグナル関連タンパク質への影響を検討した.まず,Wntシグナル調節において重要な役割を担う転写活性化因子β-cateninレベルへの影響をウェスタンブロットにより調べた.その結果,SW480細胞において1は濃度依存的にβ-cateninを減少させており,核内および細胞質においてもβ-cateninを減少させていた(図6A図6■calotropin(1)はプロテアソーム系を介してβ-cateninを分解する).β-Cateninは,前述のように細胞質内で,CK1α,GSK3βによりリン酸化を受け,プロテアソーム系により分解される.一方,分解を免れたβ-cateninは核内へ移行し,TCFなどと複合体を形成し,Wntシグナルの標的遺伝子の転写を亢進する.もし,TCF/β-catenin転写阻害活性を示す化合物が核内のβ-cateninのみを減少させた場合,A)β-cateninの核内蓄積の抑制がWntシグナル阻害(TCF/β-catenin転写阻害)の作用機序と考えられる.一方,細胞質および核のβ-cateninを減少させない場合は,B)核内におけるTCFなどとの複合体形成もしくは標的遺伝子のプロモーター領域において転写調節領域との結合の阻害が主な作用機序と考えられる.しかしcalotropin(1)は,核内および細胞質においてもβ-cateninを減少させていたことから,A),B)の機構ではなく,C)細胞質内においてβ-cateninを減少させ,その結果,核内へ移行するβ-cateninが減少しWntシグナル(TCF/β-catenin転写)が阻害されるものと考えられた.1のWntシグナルの阻害は,本シグナルの標的遺伝子であるc-mycタンパク質の発現が,1の濃度依存的に低下していたことからも支持された.
細胞質内でβ-cateninが減少する要因としてはプロテアソームシステムにおけるβ-cateninの分解促進が考えられたため,プロテアソーム阻害剤であるMG-132を用いて検討を行った.1のみを添加することによりβ-cateninは減少したが,1とMG-132との併用ではβ-cateninの減少は認められなかったことから(図6B図6■calotropin(1)はプロテアソーム系を介してβ-cateninを分解する),1はプロテアソーム系においてβ-cateninの分解を促進していると考えられた.
β-CateninはAPCなどとのβ-catenin分解複合体内においてCK1αによりSer45残基がリン酸化されると,GSK3βはThr41/Ser37/Ser33残基を順次リン酸化し,Ser37,Ser33のリン酸化を目印としたβ-transducin repeat containing protein(β-TrCP)によるポリユビキチン化を受け,プロテアソーム系で分解を受けることが知られている(1)1) J. N. Anastas & R. T. Moon: Nat. Rev. Cancer, 13, 11 (2013)..このことを踏まえ,次に1のβ-cateninリン酸化への影響について解析を行ったところ,1はβ-cateninのSer45,Ser33/Ser37/Thr41のリン酸化を増加させ,その結果β-cateninを減少させることが明らかとなった.GSK3β阻害剤であるLiClと1とを併用すると,β-cateninのGSK3βによるSer33/Ser37/Thr41リン酸化はキャンセルされたが,CK1αによるSer45リン酸化は増加したままであり,β-cateninの減少は起こらなかった(図7図7■calotropin(1)により促進されたGSK3βによるS33/S37/T41のリン酸化,β-cateninの分解(β-cateninの減少)は,GSK3β阻害剤であるLiClにより妨げられたが,CK1によるS45のリン酸化は妨げられなかった).また1により促進されたCK1αとGSK3βによるリン酸化は,CK1α阻害剤であるCKI-7と1とを併用すると抑制され,β-cateninの減少も起こらなかった(図8A図8■calotropin(1)はCK1αを増加させることにより,β-cateninのリン酸化を促進することで,β-cateninの分解を促進する).siRNAによりCK1αをノックダウンした条件では1を添加してもCK1αとGSK3βによるリン酸化は認められず,β-cateninの減少も起こらなかった(図8B図8■calotropin(1)はCK1αを増加させることにより,β-cateninのリン酸化を促進することで,β-cateninの分解を促進する).さらに1はGSK3βのタンパク質レベルは変化させず,CK1αのタンパク質レベルおよびmRNAを増加させることが判明した.以上のことから1はCK1αをmRNAレベルで増加させることによりβ-cateninのリン酸化を促進する.これによりβ-cateninのプロテアソーム系での分解を促進し,その結果,Wntシグナルを阻害するものと示唆された.
A)SW480細胞において1により増加したCK1αによるβ-cateninのリン酸化とβ-cateninの分解(β-cateninの減少)は,CKI-7により抑制された.B)1により増加したCK1αによるβ-cateninのリン酸化とβ-cateninの分解(β-cateninの減少)は,CK1αをノックダウンすると起こらなかった.
CK1αに作用する低分子としては,駆虫薬として用いられているpyrvinium(10)10) C. A. Thorne, A. J. Hanson, J. Schneider, E. Tahinci, D. Orton, C. S. Cselenyi, K. K. Jernigan, K. C. Meyers, B. I. Hang, A. G. Waterson et al.: Nat. Chem. Biol., 6, 829 (2010).やhonokiol(11)11) T. Singh & S. K. Katiyar: PLoS ONE, 8, e60749 (2013).が最近報告されているが,pyrviniumはCK1αの酵素活性を活性化し,honokiolはGSK3βとCK1αの両方をタンパク質レベルで増加させる作用をもつ.本研究で見いだしたcalotropin(1)は,GSK3βには影響を与えることなくCK1αをタンパク質レベルで増加させる作用機構をもち,pyrviniumやhonokiolと異なる.このような作用を示す化合物はこれまでに知られておらず,calotropin(1)はユニークな作用機構をもつ化合物と考えられる.
CK1αのmRNAを上昇させる要因の一つとして,CK1αのmRNA領域の上流に存在する転写調節領域に作用し,CK1α mRNAを増加させる可能性が考えられるが,今までにCK1αの転写調節に関しては明らかになっていない.calotropin(1)をケミカルツールとして用い,CK1αの転写調節領域のどこに影響を与えるかを明らかにし,さらにその転写調節領域に結合するタンパク質を明らかにすることで,CK1αの転写調節に関して有用な知見を得たいと考えている.
スクリーニング試験において強力なTCF/β-catenin転写阻害活性(TOP活性阻害)を示したバングラデシュ産センダン科植物X. granatum(和名:ホウガンヒルギ)葉部のメタノール抽出物について活性を指標にシリカゲル,ODS,セファデックスLH-20などをカラム担体としたクロマトグラフィーにより分離精製を進めたところ,ヘキサン可溶部より4種のリモノイド類(7~10)を単離した.二次元NMRやMSスペクトルデータに基づく構造解析の結果,化合物7,8は新規化合物であることが判明し,それぞれxylogranin A(7)およびB(8)と命名した.7はメキシカノライドに分類されるリモノイド,8,9は8,9,30位にオルトエステル基をもつフラグマリン骨格をもつリモノイドと決定した(図9図9■Xylocarpus granatumより単離した化合物).
このうち化合物8,9は強いTCF/β-catenin転写阻害活性を示し,そのTOP活性のIC50値はそれぞれ48.9,54.2 nMであった.一方,化合物7は阻害活性を示さなかった.化合物の構造に着目すると,化合物8,9は8,9,30位にオルトエステル基が存在するが,7にはない.また,NOESYの解析の結果,8においては5位と17位間にNOE相関が観測された.さらに,DFT計算より安定構造を検討したところ,化合物8はかご状の形状をしており,H-5/H-17間の距離は2.8Åと比較的近い距離にあることが判明した.7位のメトキシ基は17位と同じ側,すなわちconcave側にあることが示唆された.一方,7においてはH-5/H-17間の距離が6.9 Åであること,および7位のメトキシ基が17位とは逆側(convex側)にあることが示唆された(図10図10■DFT計算(B3LYP/6-31G*)により得られた7,8の安定構造).これらの構造的な違いが7,8の活性の違いに影響しているものと推定している.
化合物8,9についてWntシグナルの亢進が報告されている大腸がん細胞(SW480,HCT116,DLD1)に対する細胞毒性を検討したところ,これらの化合物は比較対象として併せて評価したヒト胎児腎細胞HEK293細胞に比べ,SW480とHCT116細胞に対してより強い細胞毒性を示した(表2表2■化合物8,9の細胞毒性).
IC50値(mM) | ||
---|---|---|
8 | 9 | |
SW480 | 0.26 | 0.32 |
HCT116 | 0.05 | 0.06 |
DLD1 | 3.75 | 9.19 |
HEK293 | 5.58 | 4.00 |
次に,化合物8のさらなる作用を明らかにする目的で,SW480細胞における以下の解析を行った.本シグナルにおける転写活性化因子であるβ-cateninのタンパク質発現量を検討したところ,細胞全体,細胞質では顕著な変化は認められなかったが,核内においては濃度依存的な減少が認められた(図11A図11■xylogranin B(8)はSW480細胞において核内のβ-cateninを減少させ,Wntシグナルを阻害する).また,免疫染色法によるβ-cateninの局在について解析を行ったところ,対照群では核内に存在していたβ-cateninが,8の添加により核内から消失する傾向が認められた(図11B図11■xylogranin B(8)はSW480細胞において核内のβ-cateninを減少させ,Wntシグナルを阻害する).以上のことから8は,核内のβ-cateninを減少させると考えられた.さらに8についてWntシグナルの標的遺伝子であるc-mycおよびPPARδに対する影響を検討した.8は200 nMにおいて細胞全体および核のc-myc, PPARδをタンパク質レベルで減少させた(図11C図11■xylogranin B(8)はSW480細胞において核内のβ-cateninを減少させ,Wntシグナルを阻害する).また,8は低濃度(50~100 nM)においてはc-mycのmRNAを増加させるものの,200 nMにおいては,c-myc, PPARδのmRNAを減少させた.以上のことから8はWntシグナルの転写活性化因子であるβ-cateninの核内での蓄積を阻害することによりWntシグナルの標的遺伝子の転写を抑制し,Wntシグナルを阻害することが示唆された(12)12) K. Toume, K. Kamiya, M. A. Arai, N. Mori, S. K. Sadhu, F. Ahmed & M. Ishibashi: Org. Lett., 15, 6106 (2013)..リモノイド化合物にはがん細胞に対する細胞毒性をはじめ,昆虫における摂食阻害作用などの生物活性が報告されているが(13)13) Q.-G. Tan & X.-D. Luo: Chem. Rev., 111, 7437 (2011).,Wntシグナル阻害作用に関する報告は今回が初めての例であった.
8,9のようなオルトエステル基をもつフラグマリン型リモノイドはX. granatumおよびその近縁種より数種報告されており(13,14)13) Q.-G. Tan & X.-D. Luo: Chem. Rev., 111, 7437 (2011).14) S.-G. Liao, H.-D. Chen & J.-M. Yue: Chem. Rev., 109, 1092 (2009).,その活性構造相関に興味がもたれる.
8と同様に核内のβ-cateninを低下させる化合物として最近,西谷らによりタンパク質修飾にかかわるgeranylgeranyltransferase(GGTase)の阻害剤であるgeranylgeranyltransferase inhibitor 286(GGTI-286)がゼブラフィッシュを用いたフェノタイプスクリーニングで見いだされた(15)15) N. Nishiya, Y. Oku, Y. Kumagai, Y. Sato, E. Yamaguchi, A. Sasaki, M. Shoji, Y. Ohnishi, H. Okamoto & Y. Uehara: Chem. Biol., 21, 530 (2014)..GGTaseはこれまでにWntシグナルへの直接的な関与が知られていなかったが,GGTaseを阻害することによりβ-cateninの核内への移行が減弱されることが明らかとなった.これによりGGTaseがWntシグナル経路の制御因子であることが新たに示唆された.生物活性化合物を用いたケミカルバイオロジー研究で新たなシグナル調節のメカニズムが判明した例として興味深い.
当研究室では前述の化合物のほか,Wntシグナル阻害を指標としたスクリーニングにより,タイ産のツネフリソウ科植物Impatiens balsamina(和名:ホウセンカ)より2-methoxy-1,4-naphtoquinone(11)(16)16) N. Mori, K. Toume, M. A. Arai, T. Koyano, T. Kowithayakorn & M. Ishibashi: J. Nat. Med., 65, 234 (2011).を,またタイ産アヤメ科植物Eleutherine palmifoliaからisoeleutherine(12)をはじめとする15種のナフタレン誘導体などを単離している(8)8) X. Li, T. Ohtsuki, T. Koyano, T. Kowithayakorn & M. Ishibashi: Chem. Asian J., 4, 540 (2009).(図12図12■Impatiens balsaminaおよびEleutherine palmifolia,Curcuma comosaより単離した化合物).Isoeleutherine(12)も核内のβ-cateninを減少させることによりWntシグナルを阻害した.また,Wntシグナルに依存性の大腸がん細胞に対して顕著な細胞毒性を示したが,ヒト胎児腎由来HEK293T細胞に対してはほぼ細胞毒性を示さなかった.タイ産ショウガ科植物Curcuma comosa塊茎から得られたdiarylheptanoid類(13, 14)(17)17) R. G. Fuentes, K. Toume, M. A. Arai, T. Koyano, T. Kowithayakorn & M. Ishibashi: Heterocycles, 88, 1501 (2014).(図12図12■Impatiens balsaminaおよびEleutherine palmifolia,Curcuma comosaより単離した化合物)は細胞生存率とFOP活性を低下させることなく,TOP活性を低下させたことからTCF/β-catenin転写を阻害したと考えられるが,Wnt依存性の大腸がん細胞(SW480,FCT116,DLD1)に対しては細胞毒性を示さなかった.これら化合物はほかのシグナル分子にも影響を及ぼすことで大腸がん細胞に対して細胞毒性を示さなかった可能性があると考察している.
ここまでは,Wntシグナルを阻害する化合物について述べたが,同じスクリーニング法を用い,Wntシグナルを活性化する化合物の単離にも成功している.バングラデシュ産Exocoecaria indicum(トウダイグサ科)葉部から得たフォルボールエステル類3種(15~17)(図13図13■Exocoecaria indicumより単離した化合物)はTCF/β-catenin転写活性を増強した.特にα-sapinine(15)は95 nMにおいてTCF/β-catenin転写活性を25倍増強させた(18)18) T. Yamaguchi, K. Toume, M. A. Arai, F. Ahmed, S. K. Sadhu & M. Ishibashi: Nat. Prod. Commun., 7, 475 (2012)..Wntシグナルは骨形成にかかわっていることが知られているが,骨粗鬆症においてはWntシグナルの低下が原因であり,Wntシグナルを活性化することにより改善が期待される.また,家族性滲出性硝子体網膜症や糖尿病,薄毛などもWntシグナルの活性化による改善が期待される.
当研究室では,放線菌についてもWntシグナルに対する作用を指標とした成分探索を進めている.千葉市坂月の森にて採取した土壌サンプルより分離培養した放線菌CKK179株から単離したノナクチン類(18~20)(図14図14■放線菌より得られた化合物)はIC50値1.3~7.2 nMにてTOP活性を低下させた(19)19) Y. Tamai, K. Toume, M. A. Arai, A. Hayashida, H. Kato, Y. Shizuri, S. Tsukamoto & M. Ishibashi: Heterocycles, 84, 1245 (2012)..このうちアンモニウムまたはカリウムイオノフォアとして知られているジナクチン(20)は大腸がん細胞HCT116およびDLD1細胞に対してIC50値8.9,10.1 nMで細胞毒性を示した.同じく千葉市内の土壌より分離培養した放線菌CKK784株からはノカルダミンなどのマクロラクタム類を単離した(21~24)(20)20) Y. Tamai, K. Toume, M. A. Arai & M. Ishibashi: Heterocycles, 86, 1517 (2012).(図14図14■放線菌より得られた化合物).このうち21,23にTCF/β-catenin転写阻害活性が認められた.しかし前述のdiarylheptanoid類のようにこれら化合物もWntシグナル依存性の大腸がん細胞に対しては顕著な細胞毒性を示さなかった.これら化合物もほかのシグナル分子へ影響を及ぼす可能性があると考察している.千葉市いずみの森にて採取した土壌サンプルから分離培養したStreptomyces sp. IFM 11204株から得られた新規フェナジン誘導体izumiphenazine A-C(25~27)(図14図14■放線菌より得られた化合物)は細胞生存率を低下させることなく,TOP活性のみを低下させた(21)21) M. S. Abdelfattah, T. Kazufumi & M. Ishibashi: J. Nat. Prod., 73, 1999 (2010).(IC50値81.4,24.7,84.1 µM).
以上,Wntシグナル調節作用を指標としたスクリーニングにより得られた活性天然物とそれらの活性発現機構について解説した.このスクリーニング系にて見いだした活性天然物の一部についてはその作用機序を明らかにすることができたものの,まだ不明な部分が残されている.今後はさらなる作用機序の解明を目指すとともに,引き続き拡充を行っている植物や放線菌の抽出物ライブラリーを中心とした天然素材を題材として,Wntシグナルに作用する有用な天然物の探索を精力的に推進したい.Wntシグナルに作用する医薬品としていまだ上市されたものはなく,現在いくつかの薬剤の臨床試験が行われている.また,Wntシグナル経路にはいまだ不明な部分も多いとされている.Wntシグナルに作用する低分子化合物の探索は精力的に行われているもののその多くが合成化合物を対象としたものである.前述のように天然物は人知の及ばないユニークな構造をもつものが多いが,天然物を対象としたWntシグナルに作用する天然物の探索例は多くない.さらなる研究展開を行い,見いだした活性化合物を用いることで,Wntシグナルを標的とした創薬研究,および未解明なWntシグナルの分子機構の解明に貢献したい.
Acknowledgments
本研究は千葉大学大学院薬学研究院活性構造化学研究室で行われたものであり,研究室メンバーの努力に深く感謝いたします.本研究を遂行するにあたり,植物採取にご協力くださいましたクルナ大学(バングラデシュ)Samir K. Sadhu教授,ダッカ大学(バングラデシュ)Firoj Ahmed教授,テムコ・コーポレーション小谷野 喬博士,コンケン大学(タイ)Thaworn Kowithayakorn教授,STF/293細胞をご恵与くださいましたジョンホプキンス大学Jeremy Nathans教授,SuperFOP-Flashプラスミドをご恵与くださいましたワシントン大学Randall Moon教授に心から感謝申し上げます.本研究遂行にあたりご支援を賜りました日本学術振興会科学研究費,コスメトロジー研究振興財団,濱口生化学振興財団に感謝いたします.
Reference
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8) X. Li, T. Ohtsuki, T. Koyano, T. Kowithayakorn & M. Ishibashi: Chem. Asian J., 4, 540 (2009).
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18) T. Yamaguchi, K. Toume, M. A. Arai, F. Ahmed, S. K. Sadhu & M. Ishibashi: Nat. Prod. Commun., 7, 475 (2012).
20) Y. Tamai, K. Toume, M. A. Arai & M. Ishibashi: Heterocycles, 86, 1517 (2012).
21) M. S. Abdelfattah, T. Kazufumi & M. Ishibashi: J. Nat. Prod., 73, 1999 (2010).