解説

「減塩食品開発を目指して—天然物由来成分の塩味増強効果を定量的に評価するシステム開発」の経緯とその後

Development of a Quantitative Screening Method for the Salty Taste Enhancement Effect of Plant-derived Substances: The Potential Application for Use in Flavor Enhancement of Saltreduced Food Products

植野 洋志

Hiroshi Ueno

奈良女子大学生活環境学部Faculty of Human Life and Environment, Nara Women's University

Published: 2014-11-01

本稿は,第7回農芸化学研究企画賞をいただいたことで,その発想に至った経緯とその後の進展についての解説である.専門外の学生諸君や一般の研究者の方々には,自身とは関係のない分野の話かもしれない.しかし,専門外のことが自分の興味や研究領域と重なる機会は誰にでもある.そのようなときに,専門外に手を出す(専門外の方の研究内容を奪うことではない)ことは必要だし,それが自身の研究に深みを与えるものだと確信する.ここでは,味覚・酵素化学・神経伝達・細胞工学・食品化学・健康医学という分野にまたがった研究内容になる.そのつながりを眺めて欲しい.

経緯

われわれはビタミンB6関与の酵素の研究を行ってきた.最初は自殺基質の反応機構の研究を行ったが,高等動物の脳からの酵素精製には限界があった(1,2)1) H. Ueno, J. J. Likos & D. E. Metzler: Biochemistry, 21, 4387 (1982).2) J. J. Likos, H. Ueno, R. W. Feldhaus & D. E. Metzler: Biochemistry, 21, 4377 (1982)..1990年代より,cDNAを発現ベクターに組み込んで大腸菌に発現させて生産する組換え体タンパク質をつくり,精製して,酵素の性質解明に取り組む,という今では一般化した研究内容を進めてきた(3,4)3) A. Martinez del Pozo, M. Merola, H. Ueno, J. M. Manning, K. Tanizawa, K. Nishimura, S. Asano, H. Tanaka, K. Soda, D. Ringe et al.: Biochemistry, 28, 510 (1989).4) A. Martinez del Pozo, M. Merola, H. Ueno, J. M. Manning, K. Tanizawa, K. Nishimura, K. Soda & D. Ringe: J. Biol. Chem., 264, 17784 (1989)..酵素(タンパク質を含めて)は,その発見と命名の時点で,専門の酵素学者以外を含めて「Aという酵素はXという反応を触媒する」という教科書レベルの知識で頭の中が埋まってしまい,そのほかのオプションを考えていないように思える.実際には,酵素はたくさんの間違った反応を触媒したり,基質も反応効率を無視すればXだけではなくたくさんある.そこで,酵素の隠れた能力を引き出したく,悪戦苦闘しているわけである.そのような折,酵素の基質が生体内のどこに一番多く存在するのか? そこでは果たして目的の酵素は存在するのであろうか? 基質はほかの酵素と競合して取り合いになっていないのか? などという単純な疑問を投げかけた.われわれが興味をもつ酵素は,グルタミン酸デカルボキシラーゼ(GAD)であり,基質はL-グルタミン酸ナトリウム(MSG)である(5)5) H. Ueno: J. Mol. Catal., B Enzym., 10, 67 (2000). .MSGはもちろんアミノ酸であり,そのα位のカルボン酸を切断して二酸化炭素とγ-アミノ酪酸(GABA)を合成する(図1図1■グルタミン酸デカルボキシラーゼ(GAD)の触媒反応).GADは脳や神経系に存在するタンパク質であることは周知であるが,果たして,基質はどこに多く存在するであろうか? もし,脳に相当量存在するならば,われわれは,たえず興奮しているであろうから,脳ではない.実のところ,mMレベルで存在する食べ物と接する口の中に一番多く存在するとにらんで,この研究を始めた.その後,減塩の世界に入るが,これはおまけと言える.

図1■グルタミン酸デカルボキシラーゼ(GAD)の触媒反応

味について

まず,口の中の大きな機能である味覚について解説する.興味をもたれる読者は,その道の専門家の総説なりをご覧あれ(6,7)6) 二ノ宮裕三:化学と生物,45, 419 (2007).7) D. A. Yarmolinsky, C. S. Zuker & N. J. Ryba: Cell, 139, 234 (2009)..現在,味は5種類あることで,5味とまとめられる(甘味,苦味,うま味,塩味,そして酸味).味覚とは,味物質が舌の上の味覚受容体に結合し,その信号が味神経を介して脳に届き,味の記憶を探り当てて感知される(8)8) 山本 隆:“知のWebマガジン”,en3.9, http://www.shiojigyo.com/en/archives/index.cfm, 2003..味物質はいわゆる食べ物であり,薬とも作用機構は似ている.とにかく,味覚受容体に結合すれば味物質となるのであろう.たとえば,甘味受容体に結合すると甘味と感ずるので,そのような物質は甘味物質である.糖,アミノ酸,タンパク質,有機物といろいろな物質が甘味を供する.分子生物学の進歩により,味覚受容体のほぼ全容は明らかになっている.といっても,ゲノム解析に基づいたタンパク質の一次構造のレベルであり,タンパク質・酵素学で云々する立体構造レベルまでは到達していない.甘味,苦味,うま味受容体は,Gタンパク質共役型受容体(GPCR)であり,塩味と酸味はイオンチャンネル型受容体であるとされる.味覚をもつ動物由来の味覚受容体タンパク質の比較より,霊長類とげっ歯類とでは,同じ甘味でも,感受性が異なっている.ほかの味覚でも同様であろう.アミノ酸配列の違いはもちろん,付随する構造安定性など,多くのことが検討課題として残されているようである.遺伝子多型があるように,同じヒトでも味覚物質と受容体との相互作用は個人で特色があるのかもしれない(味覚官能試験では,結構,多様な結果を得ることがあるので).

以上は,道具立ての話であるが,実際には,一つの味覚物質は,その味を呈する受容体だけにしか結合しないのであろうか? 酵素学では,基質はたくさん存在し,また,一つの基質は,複数の酵素の基質ともなりえる(ただし,親和性はある程度異なるが).この点では,単純に一つの受容体タンパク質を培養細胞に組み込み,発現させることで,リガンドの検討がなされている.たいへんパワフルなアッセイ法であるが,欠点もある.味には相乗効果や対比効果,抑制効果という調理学の分野で発展してきた考え方があるが,それを説明できない.なぜなら,培養細胞のほとんどは単一の受容体タンパク質を発現しており,舌の味蕾細胞のように,異なる細胞にそれぞれ違う受容体タンパク質を発現させ,細胞間の相互作用を観察できないからである.対比効果や抑制効果は,いわゆる隠し味と言えるもので,少量の塩が,甘味やうま味を引き出したり,苦味を軽減する効果で,明らかにGPCR型受容体とイオンチャンネル型受容体との間で起きている情報伝達と考えられる.

具体的には,味を感じる乳頭には,100個程度の味蕾細胞が集合しており,その中には4種類の細胞が存在するとされる.解剖学的手法や免疫組織染色法によって明らかになっており,GPCR型受容体を発現するのはII型細胞で,イオンチャンネル型受容体を発現するのはⅢ型細胞とされる.ほかには,Ⅰ型とⅣ型があるが,それぞれの役割は現在明らかになりつつある.電子顕微鏡観察によると,味神経はⅢ型味蕾細胞とはシナプス結合しており,Ⅱ型細胞とは結合が見られない,という(9)9) R. G. Murray: “The ultrastructure of sensory organs,” Friedmann, 1973, pp. 1–81..どのようにして,味物質の結合信号が脳に伝わるのかについては,興味深い点であるが,何らかの神経伝達物質の関与は可能性があると考えられる.味覚の細胞生物学は大いに発展しているが,10日で入れ替わると言われているほど活発に細胞分裂を繰り返す味蕾の細胞レベルでの研究が待たれている状態である.

減塩のニーズ

減塩は,現代人にとって肥満とともに大きなテーマである.生活習慣病予防には減塩は効果があり,多くの疾患は減塩することで回避できると考えられている.2010年度の国民生活基礎調査などによると,介護や寝たきりの要因のトップは脳卒中であり,脳卒中の危険因子に高血圧がある.塩分過多が原因とされており,減塩の必要性が問われている.実際に減塩目標が立てられ,食事摂取基準2010年版では食塩摂取量は1日当たり男性なら9.0 g未満,女性なら7.5 g未満となっている(食事摂取基準2015年版になると男性8.0 g未満,女性7.0 g未満まで下がる予定である).

誰しも減塩は良いとは考えるが,実際の減塩食はおいしさが半減しており,食欲減退につながる.特に,介護食や病院食では,おいしさを保ちながらの減塩食が望まれている.そこで,塩のことになるわけである.塩とは,NaCl,つまり食塩を指す.NaClは食品中,あるいは,口の中に入ってからは,Na+とClのイオン状態をとる.どちらのイオンが塩味を与えるのかについては,おおむねNa+であろうとされている.ナトリウムイオンがよくないならば,カリウムイオンで,というわけで,KClが代替塩として使われるが,カリウムイオンの取りすぎは不整脈や心停止につながる.特に,腎臓疾患の方は血中カリウムイオン濃度が高い傾向にあり,心臓疾患の方とともに,カリウムイオンを代替塩としては危険があり使えない.このような場合,限りなくNaCl含量を減らすことが当然の方向であるが,食卓に上る料理の味が問題になる.つまりは,塩分を減らすことは,おいしさの低減につながる.どのようにして塩分を減らしながら,おいしさを保てるのであろうか? ひょっとすると,対比効果にヒントがあるのかもしれない.

GABA合成酵素の役割と局在性

GABA合成酵素であるグルタミン酸デカルボキシラーゼ(GAD)は広く生物界に分布しているビタミンB6酵素である.活性中心に位置するリジン残基がピリドキサル5′-リン酸(PLP)に結合し,基質であるグルタミン酸ナトリウム(MSG)からGABAを産生する.ヒトの場合,異なる染色体上に異なるアミノ酸配列をもつ2つのOpen reading frame(ORF)が見つかっており,それぞれを分子量の違いよりGAD65とGAD67のアイソフォームと呼ぶ.アイソフォーム間の相同性は60%程度であるが,同じアイソフォームの異なる動物種間では高い相同性を示す.GADの生体内での局在性に関しては,抗体などで検討されてきたが,1990年にアイソフォームの存在が明らかになったのと同じ時期にGAD65がI型糖尿病の自己免疫抗体の抗原タンパク質であることが判明し,研究者の注意がそちらのほうに向き,残念ながら網羅的な検討がなされずにきた.その後,ノックアウトマウスの開発が小幡らを中心になされ,アイソフォームの役割分担が示唆されるに至った(10,11)10) K. Obata: Protein, Nucleic Acid, and Enzyme, 49, 295 (2004). (Japanese)11) H. Asada, Y. Kawamura, K. Maruyama, H. Kume, R.-G. Ding, N. Kanbara, H. Kuzume, M. Sanbo, T. Yagi & K. Obata: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 94, 6496 (1997). .GAD65は,神経系,特に,シナプス近傍に存在し,GABAを貯蔵している顆粒との関連が示唆されている.反対にGAD67は細胞質に存在し,TCAサイクルのバイパスとしてのGABAシャント(TCAサイクル内では,αケトグルタル酸からスクシニルCoAを介してコハク酸に変換されるが,GABAシャントでは,αケトグルタル酸からグルタミン酸へ,そして,GABA,サクシニルセミアルデヒドを介してコハク酸となり,TCA回路の別回路として存在する)の一員としての役割を担っている.脳や神経系に多く存在するが,胃,腸,皮膚,精巣,膵臓などにも局在化している.近年,渡辺らが,鼻,目,耳などの感覚系組織での局在性を見いだしている.

われわれは,GADの基質であるMSGが大量に存在すると思える口の中を含めて消化器系に注目し,組織免疫化学染色法やRT-PCR法を用いてマウスを対象に局在性を検討した.胃,腸,舌下腺,皮膚(口腔内)での発現系を見いだしたが,小幡,柳川,渡辺らの協力のもと,GAD67/GFPノックインマウスを用いることで,より詳細な検討が可能となった.ここで,舌のGADの発現について述べる.

前項で触れたが,味を認識する細胞として,Ⅱ型とⅢ型味蕾がある(図2図2■乳頭を形成する味蕾).Ⅰ型は支持細胞でⅣ型は幹細胞であり,近年,Ⅰ型にも味覚受容能力があるという報告がなされているが(12)12) J. Chandrashekar, C. Kuhn, Y. Oka, D. A. Yarmolinsky, E. Hummler, N. J. Ryba & C. S. Zuker: Nature, 464, 297 (2010). ,基本的にⅡ型とⅢ型の2種類を考えた.組織免疫化学染色の研究より,GAD染色が味蕾に局在化しているデータが得られており,どの味蕾細胞で発現しているのかを問うことになる.そこで,Ⅱ型とⅢ型の細胞マーカータンパク質があることより,それらとGAD67/GFPの緑色蛍光発色の場所との位置を検討することで,GAD67の発現場所を特定する試みがなされた.ノックインマウスは,GAD67のORFの開始コードであるところにGFPの開始コードと重なるようにGFPのORFを挿入したもので,生体中でGAD67が発現しているであろう部位にはGFPが発現するようになる仕組みを埋め込んだ遺伝子改変マウスである(13)13) N. Tamamaki, Y. Yanagawa, R. Tomioka, J. Miyazaki, K. Obata & T. Kaneko: J. Comp. Neurol., 467, 60 (2003). .ただ,GAD67/GFPという表記は,2つのGAD67遺伝子コピーが普通あるわけだが,そのうちの一つだけを置き換えたもので,ヘテロ(heterozygous)の表現型である.ホモ(homozygous)つまり両方のGAD67をGFPに入れ替えたものは,ノックアウトと同義であり,この場合,すでにlethalであることがわかっている.よって,GAD67/GFPマウスは,GAD67とGFPの両方が同じ局在性を示すと考えてよい.結果は,Ⅲ型味蕾とGFPの発光パターンがマッチした.GAD65の局在性は,抗体を用いて検討したが,GAD67の分布とは異なっており,まだ解析は完了できていない.

図2■乳頭を形成する味蕾

1~4の番号は味蕾細胞のタイプを示す.上部に味孔,下部には神経との接続が見られる.Ⅲ型細胞にGADが発現し,GABAが産生する.

GABA合成酵素と味覚

GAD67がⅢ型味蕾に局在化する意味は何であろうか? Ⅲ型味蕾細胞は,味神経とシナプス結合していることより,酵素の反応生成物であるGABAが神経伝達物質としての役割を担っている可能性を示唆できる.抗GABA抗体での組織免疫化学染色では,Ⅲ型細胞が染まっているが,細胞内の局在性を見ることはできない.次に,GABAの受容体の存在である.GABA受容体にはGPCRであるGABABとイオンチャンネル型受容体であるGABAAとGABACが知られている.GABAAとGABACはGABA-gatedクロライドイオンチャンネルである.RT-PCR法により,Ⅲ型味蕾には,GABAA受容体の存在が明らかになり,クロライドイオンという言葉との接点がでてきた.食塩→クロライドイオン→GABAの関与,というスキームが成り立つことになる.塩味の正体は,ナトリウムイオンだけでなく,クロライドイオンの関与を考慮することになる.現実に,NaClをNaIに換えると,塩味は極端に変化するという(14)14) 橋本壽夫:たばこ塩産業新聞,2008年10月25日,http://www.geocities.jp/t_hashimotoodawara/salt6/salt6-08-10.html, 2008..塩味に関して,ナトリウムイオンとクロライドイオンの貢献度の違いに関しては興味ある点であるが,研究手法が確立していないのか,筆者の勉強不足なのか,答えをもっていない.酸味は,プロトンなのでH+濃度が指標と考えるが,H+を考えればよい塩酸以外,酢酸,クエン酸,リンゴ酸などの弱酸ではむしろ陰イオンの関与が強いと考えられる.塩味に関しても,クロライドイオンの貢献度はかなりあるのではないかと想像できる.これらを総合すると,GABAが塩味の情報伝達に一役かっている可能性は否定できない(15)15) 中村友美,植野洋志:化学と生物,47, 370 (2009).

GABAの味への効果は? GABAはアミノ酸の一種であり,従来,無味とされてきた.しかし,ヒトによる官能試験をしたところ,味を呈するということが判明した(16)16) K. Wada, Y. Nitta & H. Ueno: 家政学研究(奈良),53, 1 (2006)..さらに,既存の五味にGABAを添加してみると,塩味を増強することもわかった(17)17) K. Hisaki, K. Wada, K. Shinohara, Y. Nakamura & H. Ueno: Jpn. Taste Smell J., 14, 435 (2007)..この一連の研究は,若い女性を対象として行ったが,官能試験にはいくつかの条件がある.基本五味を識別できることは大切であり,いくつかの条件をクリアした集団が官能試験の被験者となった.動物や培養細胞を用いては,味覚の研究ができないし,味覚センサーも開発されているが,まだ対比効果などの理解できていない味覚の検討には踏み切れずに,われわれは,ヒトによる官能試験を実施した.

GABA合成酵素の活性制御

味蕾の細胞内でのGABA産生が味覚,特に,塩味の情報伝達機構に関与するのではなかろうか,という仮説を立てた.その次に注目したのは,もし,GABA合成酵素であるGADの酵素活性が何らかの形で変化すると,産生されるGABA量にも影響を与え,間接的に塩味の情報伝達にも影響するのではないだろうか? ということを考えるに至った.どの程度の揺らぎが情報伝達に影響を与えるのか,については,ほとんど前例がなく,手探りでの出発であった.まずは,GAD活性に影響を与えるような,しかも,ある程度安全な化合物の探索に取り掛かった.

自殺基質の反応機構の研究では,効率良く酵素活性を阻害することが重要であり,そのような阻害剤の設計や探索を行ってきた.一般に阻害剤の研究では,100%活性を阻害できるような物質を望むのではなかろうか? ところが,生体内では,100%の効率はありえない.たとえば,ヘモグロビン分子は,デオキシ型とオキシ型をとり,酸素を運搬する際にデオキシ型からオキシ型への変換を繰り返し起こすと倣うものである.しかし,よく考えると,静脈中の酸素濃度と動脈中の酸素濃度は0から100%ではなくて,もっと幅の狭いものであり,その狭い範囲内でpartialデオキシ型からpartialオキシ型への変換を行っている.これに倣うと,GADの活性を少しだけ変えるだけで,十分な味覚情報伝達経路への効果が得られるのではないか,という期待感をもって臨むことができる.

GADの活性に影響を与える安全な化合物を食品中から探索する試みは,ほかの視点からすでに開始していた.GABAは抑制性神経伝達物質であることより,神経疾患,特に,うつ病などではセロトニンと並んで注目されており,GABA産生の抑制や細胞からの放出機構の制御は薬として望まれている.その意味で,天然物,特に,香辛料を中心とする植物由来の化合物に注目した.香辛料をアルコールや水もしくは温水で抽出したもの(抽出物)の存在下で酵素活性を測定することで,抽出物の活性への効果を定量的に評価できる.その系の構築を行った.そのためには,安定な酵素の供給が必須である.GADの酵素精製はなかなか困難である.通常,高等生物の脳から精製するが,残念ながらアイソフォームを区別する精製方法には至らず,結局,遺伝子組換え体に頼ることになる.われわれは,ラット脳由来のcDNAを大腸菌や酵母の発現ベクターに組み込み,組換え体タンパク質の発現系を構築してきた.最初は,天然型を,次には,精製を簡便にするためにHisタグやGSTタグ付き(それぞれN末やC末に結合)を試みた.GAD65とGAD67の両方の発現系を現在では備えている.

組換え体GAD67を用いて,香辛料を中心に天然物の抽出物の活性への効果を見た結果,活性化するものと,不活性化(阻害)するものの両方が多くの天然物に分布していることが判明した(図3図3■GAD67活性は香辛料の抽出物の存在により影響される).In vitroの系ではあるが,GAD67活性に影響を与えるであろう仕組みの基礎が構築できたことになる.

図3■GAD67活性は香辛料の抽出物の存在により影響される

数値は活性化の度合い,マイナスは阻害の度合いを示す.

酵素の働きと味覚情報伝達

前項で述べたGAD67酵素活性が食べ物の成分で変化することが果たして味覚とどのように関係するのだろうか? 一般に,食品(天然物)の抽出物が実際に細胞内の働きにどのような影響を与えるのかは,甚だ不確かであり,物質の膜透過性やターゲティングという基本的な研究課題につながるものである.われわれは,細胞レベルでの研究よりは,直接,味への効果に興味があり,官能試験を行うことで,抽出物のもつ味覚への効果を評価することにした.

GAD67活性に対して,活性化群,効果の少ない群,そして,阻害群のいくつかを対象に官能試験を行った.ここでの官能試験は,抽出物の存在で塩味が増強されるのか? また,比較として甘味への効果についても検討した.抽出物の濃度はあまり濃くならずに味覚への感度を加味して,食塩や砂糖の濃度は一般的に調理に用いられる濃度を参考に選択した.抽出物それ自体(つまり塩を加えない)の塩味増強効果に関しては,コントロールとして検討している.図4図4■官能試験による香辛料抽出物の甘味と塩味への効果に典型的な香辛料の味覚官能試験結果を示す.

図4■官能試験による香辛料抽出物の甘味と塩味への効果

香辛料などの抽出物が塩味に与える効果が見られることは重要な点である.また,塩味だけでなく,甘味のように味質を変える効果が観察されている.香辛料の効果は,その辛さなどが腸の運動を促進するなどが知られているが(18)18) 岩井和夫:化学と生物,29, 99 (1991).,これら以外の効能がたくさんありそうだ.GAD酵素活性を制御し,味覚にかなりの影響を与えていることが明らかになったことは,次のステップへの励みになる.

香辛料の抽出物が,GAD67活性と味覚に独立した効果を示すのか? それとも,その間には何らかの連携がなされているのだろうか? すべての香辛料の抽出物が,頭で描いているように,味蕾細胞内のGAD67活性に直接影響を与えているとは考えていない.この部分は,多くの薬剤の効果と同じで,ターゲティングという問題を明らかにすべきであるが,GAD67活性の制御の度合いと,味覚に与える効果の度合いとの相関を調べることにした.図5, 6図5■香辛料抽出物の効果:塩味とGAD67活性との相関図図6■香辛料抽出物の効果:甘味とGAD67活性との相関図x軸はGAD67活性を示す.活性化は正に,不活性化は負の数値で表す.y軸は味覚物質への効果を示す.正の値は,香辛料成分がその味質を強調する度合い,負の値は,その味質を弱める度合いを示す.それぞれのデータポイントは,個別の香辛料抽出物であり,それぞれのGAD67活性への効果と味質への効果の数値が交わる点を二次元で表している.直線はすべてのデータポイントを加味した相関を示すもので,R2値は標準偏差を示す)は一例であるが,塩味では相関が得られ,甘味では相関が得られなかった.香辛料の抽出物がどこに作用して効果を出しているのかは現在検討中であるが,結果として,相関が得られたことより,今後の道が開かれたような気がする.

図5■香辛料抽出物の効果:塩味とGAD67活性との相関図

図6■香辛料抽出物の効果:甘味とGAD67活性との相関図

本研究成果のこれから

われわれの試みにより,塩味増強効果をもつであろう化合物の探索方法が手に入った.GAD67活性を測定することである.GAD67活性を上昇させるような化合物は,塩味の増強効果をもつ可能性が高い.In vitroの活性測定により,何万という天然物をスクリーニングし,その中からGAD67酵素活性をより活性化するものを選択し,それを官能試験に供することで,期待する塩味増強剤が手に入るかもしれない.

数種類であるが,このようにして見つけた香辛料を用いて,塩分を半分にした献立に添加して調理した結果,おいしさを損なわない食材であるという官能試験の結果が得られている.ここで示したGAD67活性を用いる探索方法に関しては,2009年8月に特許出願し,2011年10月に特許第4845067号として登録された.

Acknowledgments

本研究には,ノックインマウスで共同研究させていただいた小幡邦彦先生,柳川右千夫先生,渡辺正仁先生,大槻勝紀先生,味覚研究の面白さをお教えいただいた阿部啓子先生,二ノ宮裕三先生,そして,GADの研究を進めてくれた中村友美,高橋昌子,久木久美子,佐々木公子,和田和子各氏をはじめ多くの研究室のみなさんがかかわってくれましたこと,感謝申し上げます.特許に関しては,後藤特許事務所にお世話になりました.また,本研究が社会に役立つことをサポートしていただいた農芸化学研究企画賞の審査を担当していただいた皆様には深く御礼申し上げます.

Reference

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18) 岩井和夫:化学と生物,29, 99 (1991).