Kagaku to Seibutsu 52(11): 749-756 (2014)
セミナー室
糸状菌に特異なガラクトフラノース(Galf)糖鎖の生合成
Published: 2014-11-01
© 2014 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2014 公益社団法人日本農芸化学会
生物には,さまざまな環境中で生き抜くための戦略の一つとして,多糖を主成分とする細胞壁を保有する細胞からなるものが存在する.われわれが研究対象としているアスペルギルス属糸状菌には,麹菌(Aspergillus oryzae, A. sojae, A. luchuensis, A. kawachii)などの醸造分野で重要な有用菌や,医療分野で問題となっている病原菌(A. fumigatus),カビ毒生産菌(A. flavus, A. parasiticus)などが含まれ,人類の食と安全,健康に密接にかかわっている.これらのアスペルギルス属糸状菌の細胞壁糖鎖成分は,主にβ1,3-グルカン,α1,3-グルカン,マンナン,キチン,真菌タイプのガラクトマンナン(GM)およびN-グリカンやO-グリカンによって修飾されたガラクトマンノプロテイン(GMP)から構成されている.このうち真菌類で共通に存在する構成成分であるキチンやβ1,3-グルカンの生合成にかかわる糖転移酵素の多くはすでに同定され,それらの機能解析により細胞壁形成における役割が明らかにされつつある(1)1) P. W. de Groot et al.: Fungal Genet. Biol., 46(Suppl. 1), S72 (2009)..また,一部の糸状菌のGMおよびGMPには,ガラクトフラノース(Galf)が付加されていることが知られている(2~6)2) J. P. Latgé et al.: Infect. Immun., 62, 5424 (1994).3) E. A. Leitao et al.: Glycobiology, 13, 681 (2003).4) J. P. Latgé: Med. Mycol., 47(Suppl. 1), S104 (2009).5) B. Tefsen et al.: Glycobiology, 22, 456 (2012).6) M. Goto: Biosci. Biotechnol. Biochem., 71, 1415 (2007).(図1図1■アスペルギルス属のGalf含有糖鎖の構造).このGalf糖鎖は,細菌類,トリパノソーマや線虫類に認められるものの,その構造は異なっており,ヒトを含む動物や植物には存在していないため,新奇な抗真菌剤のターゲットとなることが期待されている(4,5)4) J. P. Latgé: Med. Mycol., 47(Suppl. 1), S104 (2009).5) B. Tefsen et al.: Glycobiology, 22, 456 (2012)..本稿では,最近発見したAspergillus属糸状菌のGalf転移酵素に関する知見を中心に,糸状菌のGalf含有糖鎖の生合成について紹介したい(7)7) Y. Komachi et al.: Mol. Microbiol., 90, 1054 (2013)..
真菌タイプのガラクトマンナン(GM)およびN-グリカンやO-グリカンによって修飾されたガラクトマンノプロテイン(GMP)には,Galf糖鎖が付加されている(図1図1■アスペルギルス属のGalf含有糖鎖の構造).真菌類に見られる高マンノースタイプN-グリカンの非還元末端には,1,2-結合(α/β未同定)で一つのGalf残基が付加されており,O-マンノースグリカンの非還元末端側にはβ1,6-結合でβ1,5-Galfオリゴ糖が付加されている.O-マンノースグリカンは,一部の細菌類および酵母からヒトに至るまで共通のタンパク質修飾として知られているが,Galf糖鎖が修飾されているのは一部の糸状菌のみである.O-マンノースグリカンの生合成は,小胞体に局在するプロテインO-マンノース転移酵素(Pmt)によって,ドリコール–リン酸–マンノースを糖供与体基質としてタンパク質上のセリンもしくはトレオニン残基にマンノースが転移されることによって始まる(8)8) M. Loibl & S. Strahl: Biochim. Biophys. Acta, 1833, 2438 (2013)..糸状菌においてpmtの破壊は,単に糖タンパク質のO-マンノース鎖の減少のみではなく,正常な細胞壁や分生子の形成といった表現型に影響を与えることが知られている(9~11)9) T. Oka et al.: Microbiology, 150, 1973 (2004).10) T. Oka et al.: Microbiology, 151, 3657 (2005).11) M. Goto et al.: Eukaryot. Cell, 8, 1465 (2009)..しかし,その後のマンノースによる伸長反応やGalf糖鎖合成反応を触媒する糖転移酵素は同定されていない.
一方,Galf糖鎖は真菌タイプのガラクトマンナン(GM)にも含まれる.GMは,9から10残基のα1,2-マンノテトラオースユニットが互いにα1,6-結合したマンナンコア構造にβ1,5-テトラガラクトフラノシドがβ1,3-もしくはβ1,6-結合した多糖構造をしている(2)2) J. P. Latgé et al.: Infect. Immun., 62, 5424 (1994).(図1図1■アスペルギルス属のGalf含有糖鎖の構造).
アスペルギルス属糸状菌のGalf糖鎖の生合成研究は,糖転移酵素の糖供与体としての役割を果たす糖ヌクレオチドの生合成酵素の同定から始まった.細胞壁の主成分であるα-グルカンやβ-グルカン合成の直接の糖供与体基質となるUDP-グルコースが,UDP-グルコース4-エピメラーゼ(UgeA)によって,UDP-ガラクトピラノース(Galp)に変換される(12)12) A. M. El-Ganiny et al.: Fungal Genet. Biol., 47, 629 (2010)..次いで,合成されたUDP-GalpはUDP-Galfムターゼ(UgmA/GlfA)によって,UDP-Galfへと変換される(13~15)13) R. A. Damveld et al.: Genetics, 178, 873 (2008).14) A. M. El-Ganiny et al.: Fungal Genet. Biol., 45, 1533 (2008).15) P. S. Schmalhorst et al.: Eukaryot. Cell, 7, 1268 (2008)..ここまでの反応は細胞質ゾルにおいて起こることが知られている.ugeA遺伝子やugmA遺伝子を破壊した糸状菌A. nidulansは,グルコースを単一炭素源とする培地上で生育が遅れ,菌糸の分岐構造が多くなり,分生子形成能が低下したことからGalf糖鎖の糸状菌での独特な役割の存在が示唆された(12~15)12) A. M. El-Ganiny et al.: Fungal Genet. Biol., 47, 629 (2010).13) R. A. Damveld et al.: Genetics, 178, 873 (2008).14) A. M. El-Ganiny et al.: Fungal Genet. Biol., 45, 1533 (2008).15) P. S. Schmalhorst et al.: Eukaryot. Cell, 7, 1268 (2008)..これらの破壊株の菌体抽出物のGalf抗原性は消失しており,N-グリカン上のGalf残基が欠失していた(15)15) P. S. Schmalhorst et al.: Eukaryot. Cell, 7, 1268 (2008)..このことは,UDP-GalfがGalf糖鎖の合成に必要不可欠な糖供与体基質であることを示しており,UDP-Galfを利用するGalf転移酵素の存在が示唆された.しかし,細胞質ゾルに存在するUDP-Galfが,何によって糖鎖合成の場の中心である分泌経路上に運ばれるのかは疑問であった.これについては,2009年にEngelらによって,ゴルジ体に局在するUgtA/GlfB(UDP-Galf輸送体)が細胞質ゾルに存在するUDP-Galfをゴルジ体内腔へと輸送することが報告され,同時にゴルジ体内腔に輸送されたUDP-Galfが糖鎖合成に利用されることが明らかにされた(16,17)16) J. Engel et al.: J. Biol. Chem., 284, 33859 (2009).17) S. Afroz et al.: Fungal Genet. Biol., 48, 896 (2011)..ugtA/glfBは,染色体上でugmA/glfAの隣に存在する遺伝子であった(16)16) J. Engel et al.: J. Biol. Chem., 284, 33859 (2009)..ugtA/glfB破壊株でもugeA破壊株およびugmA/glfA破壊株と同様の表現型を示した(16,17)16) J. Engel et al.: J. Biol. Chem., 284, 33859 (2009).17) S. Afroz et al.: Fungal Genet. Biol., 48, 896 (2011)..上記UDP-Galfの合成や輸送にかかわる遺伝子は,一部の細菌や原生生物においてすでに機能の明らかにされたオルソログが存在し,糸状菌のゲノム情報を用いることで,同定が可能であった.しかし,Galf転移酵素遺伝子の同定については,細菌のオルソログとしては糸状菌で相当する遺伝子は見いだされなかったため,糸状菌の独特なGalf糖鎖合成を担う糖転移酵素の同定については報告されていなかった.筆者らは,新規な遺伝子を発見するためには,近年流行りのゲノム情報中のアミノ酸配列の類似性に頼る手法ではなされないと考え,逆遺伝学的手法と生化学的手法を組み合わせた手法により,Galf転移酵素遺伝子の同定を試みた.
糖鎖糖質関連酵素のデータベースであるCAZY(Carbohydrate-Active enZYmes Database, http://www.cazy.org)によるとモデル糸状菌A. nidulans FGSC4には92の推定糖転移酵素遺伝子が存在する(18)18) J. A. Campbell et al.: Biochem. J., 326, 929 (1997)..筆者らは,Galf転移酵素を同定するために,以下の判断基準に基づいて11の推定Galf転移酵素遺伝子を選び出した.①配糖体の生合成にかかわると考えられるGTファミリー1に属する糖転移酵素遺伝子を除外した.②出芽酵母を含む他の生物で機能が同定されている糖転移酵素遺伝子を除外した.③Galf抗原をもつ糸状菌群に共通の遺伝子を選抜した.そして,A. nidulansにおいて選抜した11種の遺伝子破壊株を取得した.
11種の推定Galf転移酵素遺伝子破壊株の表現型を野生株やGalf糖鎖を合成できないugmA破壊株の表現型と比較した結果,AN8677破壊株が白く小さいコロニー形態を示した.このコロニー形態は,ugmA破壊株の示す特徴と似ていた(図2A図2■推定Galf転移酵素遺伝子破壊株のコロニー形態(A)と推定Galf転移酵素遺伝子破壊株由来GMPのEB-A2との反応性(B)を示す).次に,各遺伝子破壊株がGalf糖鎖を欠損しているか否かのスクリーニングを行った.Galf糖鎖の検出には,Galf糖鎖を特異的に認識するモノクローナル抗体EB-A2の反応性を利用した(19)19) D. Stynen et al.: Infect. Immun., 60, 2237 (1992)..EB-2Aは肺アスペルギルス症の早期診断にも用いられている.各遺伝子破壊株より抽出したGMPとEB-A2との免疫反応を検出した.その結果,野生株ではスメアーなシグナルが検出されたのに対して,AN8677破壊株のシグナル強度はugmA破壊株と同様に減少していた(図2B図2■推定Galf転移酵素遺伝子破壊株のコロニー形態(A)と推定Galf転移酵素遺伝子破壊株由来GMPのEB-A2との反応性(B)を示す).また,AN8677破壊株由来のGMPに含まれる単糖のガラクトピラノース量を定量したところ,野生株のGMPに比べ70%程度に減少していた.このことより,AN8677がGalf抗原の生合成にかかわる遺伝子であると判断し,galactofuranose antigen synthase A(gfsA)と名づけた.
GfsAは,CAZYの分類ではGTファミリー31に属する糖転移酵素であった.CAZY中のGTファミリー31では,既報の糖転移酵素としては,Fringeとして知られるフコース特異的β1,3-N-アセチルグルコサミン転移酵素など,少なくとも7種の基質特異性を示す酵素が登録されているが,Galfに基質特異性を示す酵素は登録されていない.また,結核菌由来のβ1,5-およびβ1,6-Galf転移酵素であるGlfT2はGTファミリー2に属しており(20)20) L. Kremer et al.: J. Biol. Chem., 276, 26430 (2001).,リューシマニア由来のβ1,3-Galf転移酵素であるLPG1はGTファミリー40に属している(21)21) C. Huang & S. J. Turco: J. Biol. Chem., 268, 24060 (1993)..GfsAの一次構造は,既知のGalf転移酵素との類似性は認められず異なっていた.GfsAタンパク質は,N-末端のシグナル配列(1から17番目のアミノ酸)に続いて一つの推定膜貫通ヘリックス(18から40番目のアミノ酸)を有するタイプIIの膜タンパク質であり,糖転移酵素に高く保存されており,Mn2+が結合することで糖ヌクレオチドと相互作用を可能にするとされるDXDモチーフ(256から258番目のアミノ酸)を有していた.また,2つの推定N-グリカン付加部位(93から95番目および414から416番目のアミノ酸)が存在していた.ショ糖密度勾配遠心分離法によるオルガネラ分離によってGfsAの細胞内局在を決定したところ,ゴルジ体に局在することが明らかになった.この局在性は,UDP-Galf輸送体の局在と受容体基質と推定されるO-マンノースグリカンの伸長反応が,出芽酵母においてゴルジ体で起こることと一致していた(16,22)16) J. Engel et al.: J. Biol. Chem., 284, 33859 (2009).22) M. Lussier et al.: Biochim. Biophys. Acta, 1426, 323 (1993)..
GMPに対してEB-A2を反応させた際に検出されるスメアーシグナルの起源について検討することで,GfsAの基質特異性に関する情報を得た.野生株由来のGMPはProteinase K処理によってスメアーシグナルが消失したことから,この条件下で検出されているGalf残基はタンパク質に結合したO-グリカンかN-グリカン由来のものであるということが明らかになった.次に,O-グリカンを切断するβ-エリミネーション処理とN-グリカンを切断する酵素PNGase Fによる処理を,同じく野生株由来のGMPに対して行い,EB-A2による反応性を検討した.その結果,β-エリミネーション処理を行った場合のみ,スメアーシグナルが消失した.また,O-マンノースグリカン量の減少したpmtAおよびpmtC遺伝子の破壊株より抽出したGMPでは,Galf検出シグナルの減衰が認められた(9,11)9) T. Oka et al.: Microbiology, 150, 1973 (2004).11) M. Goto et al.: Eukaryot. Cell, 8, 1465 (2009)..以上の結果から,EB-A2が反応するGMPに由来するスメアーシグナルは,O-グリカン由来のものであることが明らかになった.また,細胞表層に局在する分泌タンパク質でO-グリカン修飾を受けていることが明らかになっているWscAタンパク質を精製し,EB-A2との反応性を調べたところ,GfsAはWscAのO-グリカンに対してGalf糖鎖付加を行っていた(23)23) T. Futagami et al.: Eukaryot. Cell, 10, 1504 (2011)..つまり,GfsAはA. nidulansの細胞内(ゴルジ体)に存在するさまざまなO-グリカンに作用し,Galf糖鎖修飾を行っていることが明らかになった.
GfsAの機能解析を進めるために,A. nidulansでGfsA-3xFLAG融合タンパク質を生産させ,GfsA-3xFLAGを精製した.GfsA-3xFLAGはN-グリカンが付加した68 kDaの糖タンパク質であった.精製したGfsA-3xFLAGを用いてin vitroにおけるGalf転移酵素活性の検出を試みた.Galf転移酵素の糖供与体基質と推定されるUDP-Galfは,大腸菌により発現させたUDP-Galfムターゼを用いて,UDP-Galpから合成したものを精製して用いた(24)24) M. Oppenheimer et al.: Arch. Biochem. Biophys., 502, 31 (2010)..また糖受容体基質については,単一組成の化合物ではないが基質と推定されるgfsA破壊株より抽出したGMPを用いた.上記の糖供与体と受容体基質を用いた反応後のGalf残基の転移の確認には,EB-A2の反応性を利用した.その結果,GfsAは経時的にGalf糖鎖合成を触媒し24時間後まで反応が継続して起こった(図3A図3■GfsA酵素の性質).また,UDP-Galfの代わりにUDP-Galp,UDP-グルコースおよびGDP-マンノースを添加したところ,反応産物は全く検出されなかった(図3B図3■GfsA酵素の性質).さらに,反応系にEDTAを添加したところ,酵素反応が進行しなかった(図3C図3■GfsA酵素の性質).また,GMPの代わりにgfsA破壊株より精製したWscA-HAを受容基質として活性を測定したところ,生じたGalf糖鎖を検出することができた(図3D図3■GfsA酵素の性質).以上のことから,GfsAがUDP-Galfを糖供与体基質として,gfsA破壊株より抽出したGMPもしくはWscAを糖受容体基質として,Mn2+依存的にGalf残基を転移する反応を触媒する酵素であることが明らかになった.一方で,GfsAはugmA破壊株より抽出したGMPを受容基質として認識しなかった(図4A図4■GfsA酵素の受容基質の特性).糸状菌のO-グリカンの構造を基に考察すれば,糸状菌のO-グリカンの生合成には少なくとも2種類のGalf転移酵素が関与していることが考えられる.一つはα1,6-マンノビオースの非還元末端マンノース残基を糖受容体としてβ1,6-結合でGalfを転移する酵素であり,もう一つは,非還元末端のGalf残基を糖受容体としてβ1,5-結合でGalfを転移する酵素である.後者の反応にはGalf残基が必須である(図4B図4■GfsA酵素の受容基質の特性).GfsAがGalf糖鎖完全欠損株より抽出したGMPを受容基質として認識しなかったということはGfsAが非還元末端のGalf残基にβ1,5-結合でGalfを転移する酵素であることを示唆しており,GfsAは,β1,5-Galf転移酵素である可能性が高い(図4A図4■GfsA酵素の受容基質の特性).受容基質の構造やGfsAの結合様式の決定には,さらなる詳細な解析が必要である.
開発したGalf転移酵素活性測定法を用いてGfsA酵素の性質を調べた.反応は0.72 mMのUDP-Galf,14 µgのGfsA酵素,2.5 µgのGMP∆gfsAおよび0.5 mMの塩化マンガンを全量10 µLとなるように混合した溶液で行った.経時的なGfsA酵素活性(A)は,反応時間を0から24時間の範囲で変化させて行った.GfsA酵素の糖ヌクレオチド選択性(B)は,糖供与体としてUDP-Galfの代わりにさまざまな糖ヌクレオチドを使用した.GfsA酵素のマンガンイオン要求性(C)は,0.5 mMのMn2+存在下および10 mMのEDTA存在下で反応させた.gfsA破壊株より精製したWscA-HAに対するGfsA酵素活性(D)は,0.25 µgのWscA-HAを受容基質として用いて反応させた.文献7から改変して引用.
A. nidulansのGfsAの発現をタンパク質レベルで解析したところ,GfsAは培養開始後,24時間まで高い発現量を示し,その後,発現量は減少し,48時間後には消失した.この糸状菌の培養条件下では,培養開始後,24時間までに誘導期,対数期を経て静止期に至り,その後,48時間までに死滅期に至る.gfsAの発現時期は,このように菌糸の伸長時期との相関性が見いだされることから,GfsAが糸状菌の菌糸伸長に伴う細胞壁形成に必要であることが示唆された.gfsA遺伝子の破壊によって,A. nidulans菌糸の伸長速度が野生株の約68%にまで減少し,単位培地面積当たりに形成される分生子数が11%に減少していた.gfsA破壊株の菌糸は高頻度に湾曲しており,糸状菌細胞中に存在する隔壁間の平均距離が狭まっていた.また,gfsA破壊株は,野生株に比べて,細胞壁合成阻害剤であるコンゴーレッドやカルコフルオロホワイトに対する感受性を変化させていた.したがって,O-グリカン部分のGalf糖鎖がA. nidulansの細胞壁の3次元構造形成の過程で何らかの役割を担っていることが推察された.
Galf含有糖鎖は,ヒトの日和見感染症である肺アスペルギルス症の原因菌A. fumigatusの免疫原性,病原性や感染性への関係が示唆されている.gfsAの推定オルソログであるA. fumigatusのAFUB_096220をAfgfsAと名づけ,遺伝子破壊株を取得するとともに,野生株との表現型の差異を解析した.その結果,AfgfsA破壊株は培養温度47°Cの高温ストレス時に白く小さいコロニー形態を示した.AfgfsA破壊株ではgfsA破壊株と同様に菌体内のGalf含有糖鎖が減少していた.この表現型の差異はA. nidulans由来のgfsAをAfgfsA破壊株に導入,発現させることで抑圧されることから,AfGfsAがA. nidulansのGfsAと同等の機能をもつことが明らかになった.
肺アスペルギルス症の治療に用いられているボリコナゾール(エルゴステロール合成阻害剤)およびミカファンギン(β-グルカン合成阻害剤)に対する感受性の変化を定量した.その結果,AfgfsA破壊株に対するボリコナゾールの最小発育阻止濃度(MIC)は,0.125 µg/mLであり,野生株のMICの1/2に低下していた.また,ミカファンギンにおけるMICは,0.064 µg/mLであり,野生株のMICの1/2に低下していた.以上のことから,GfsA活性の阻害剤が新しい抗真菌薬となる可能性が考えられた.阻害剤を既存の薬剤と併用することで薬剤使用量を減少させることも可能となる.
gfsAのオルソログは,子嚢菌門のうちサッカロミセス亜門に属するSaccharomyces cerevisiaeやタフリナ菌亜門に属するShizosaccharomyces pombeには存在しないが,チャワンタケ亜門に属する真菌に分布する.チャワンタケ亜門は,いもち病原菌であるMagnaporthe oryzaeや白鮮菌であるTrichophyton rubrumなど多くの植物病原菌や人畜病原菌を含み,子嚢菌門のうち最も大きな分類群である.また,ugmA/glfAおよびugtA/glfBのオルソログもgfsAと同様にチャワンタケ亜門に属する真菌類が保持していた.これは,ugmA/glfA,ugtA/glfBおよびgfsAが一連のGalf糖鎖合成経路上にあることを考えれば理にかなっていた.しかし,担子菌門に属するCryptococcus neoformansやUstilago maydisではgfsAは存在せず,ugmA/glfAおよびugtA/glfBのみが存在していた.C. neoformansの形成するカプセルの多糖には,β1,2-Galf糖鎖が含まれており(25)25) C. Heiss et al.: J. Biol. Chem., 288, 10994 (2013).,また,C. neoformansのO-グリカンにGalf糖鎖が存在することは知られていない.すなわちこのことは,C. neoformansは,Galf糖鎖をもっているがGfsAが転移するO-グリカンのβ1,5-Galf糖鎖はもっていないという事実と一致した.
真菌類は,さまざまな環境下に適応し,生存競争に勝つために細胞壁を特徴的に進化させてきた.これまで,真菌類の細胞壁を構成する糖鎖の生合成は,哺乳動物がもたないことより絶好の抗真菌薬の標的とされてきた.実際に,キチン合成阻害剤(ポリオキシン,ニッコーマイシン)やβ1,3-グルカン合成阻害剤(キャンディン系抗真菌薬)が製薬会社より販売されており,ローダミン-3-酢酸誘導体やプラジマイシンがマンノース転移酵素を阻害する抗真菌剤であることが報告されている.これら抗真菌薬は,生合成にかかわる酵素が明らかにされている細胞壁構成糖鎖を標的とすることで見つけられている.糸状菌のGalf含有O-グリカンの生合成をまとめた(図5図5■糸状菌のGalf含有O-グリカンの生合成).Galf転移酵素の研究は緒に就いたばかりである.今後,これらのGalf含有糖鎖生合成にかかわる酵素を標的とした新規な抗真菌薬が開発されることが期待される.ゲノム情報によるとA. nidulansにはgfsAの推定ホモログが7つ存在するが,機能は明らかにされていない.これらホモログの機能も明らかにしたいと考えている.また,Galf糖鎖は多くの植物および人畜病原菌にも含まれており,Galf転移酵素群の解析により,病原菌の病原および感染メカニズムにおけるGalf糖鎖の役割が明らかにされることも期待したい.
Acknowledgments
本研究は,文部科学省科学研究費補助金(若手研究(B)),野田産業科学研究所およびサッポロ生物科学振興財団の補助を受けました.ここに謝意を表します.
Reference
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