Kagaku to Seibutsu 52(11): 757-763 (2014)
セミナー室
糸状菌のオートファジーと物質生産
Published: 2014-11-1
© 2014 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2014 公益社団法人日本農芸化学会
糸状菌はその名のとおり細長い糸状の細胞(菌糸)を伸長させ増殖する多細胞真核微生物であり,その種は150万を超えると考えられている.その中には,ヒトや家畜,農作物に対して病原性を示すものが存在する一方,食品製造や医薬品製造に利用される有益なものも多く存在する.このような糸状菌の性質は,種の多様性に加え,高度な極性をもった菌糸および環境変化に伴う分化といった形態的特徴が密接に関連している.たとえば,極性生長を続けているときは,細長い菌糸の先端から多量の酵素を分泌し,また環境ストレスに応答して無性胞子(分生子)もしくは有性胞子を形成する.植物病原性糸状菌では宿主への感染時には付着器や侵入菌糸を形成する.このような特徴は,さまざまな細胞内の機構によって制御されているが,その一つとしてオートファジーが重要な役割を担っていることが近年明らかとなってきた.
今回,清酒,味噌,醤油などの醸造に古くから使用されており,わが国の国菌(http://www.jozo.or.jp/koujikinnituite2.pdf#search=麹菌+国菌)である麹菌Aspergillus oryzaeを中心として,糸状菌におけるオートファジーの生理機能について,また植物病原性糸状菌の感染時におけるオートファジーの機能について解説する.さらに,オートファジー制御が糸状菌による有用物質生産のアプローチの一つとなりうることを示した最近の研究を紹介する.
糸状菌のオートファジーに関しては,Podospora anserinaの不和合性の研究が始まりと言える.2003年にP. anserinaにおける不和合性の研究で,不和合性による細胞死の期間にオートファジーが誘導されることが示唆されたことから,ATG8のホモログとしてidi-7(後のPaATG8)が単離され,不和合性によるidi-7の発現上昇およびオートファジーの誘導が観察された(1)1) B. Pinan-Lucarré, M. Paoletti, K. Dementhon, B. Coulary-Salin & C. Clavé: Mol. Microbiol., 47, 321 (2003)..また,2005年にPaATG1が単離され,PaATG1破壊株およびPaATG8破壊株では不和合性による細胞死が促進されることから,オートファジーがこの細胞死に対して防御的に機能しているという報告がなされた(2)2) B. Pinan-Lucarré, A. Balguerie & C. Clavé: Eukaryot. Cell, 4, 1765 (2005)..ほかの糸状菌では,2006年にA. oryae(3)3) T. Kikuma, M. Ohneda, M. Arioka & K. Kitamoto: Eukaryot. Cell, 5, 1328 (2006).およびMagnaporthe grisea(4)4) C. Veneault-Fourrey, M. Barooah, M. Egan, G. Wakley & N. J. Talbot: Science, 312, 580 (2006).(現在ではMagnaporthe oryzaeと改名されている)でATG8のホモログ遺伝子の解析が行われた.その後,さまざまな糸状菌のゲノム解読が完了し,この8年間で多くのオートファジー関連遺伝子の解析が進められるようになった.これまでに解析された糸状菌のオートファジー関連遺伝子(ATG遺伝子)を表1表1■糸状菌におけるオートファジー関連遺伝子に示した.麹菌A. oryzaeをはじめとして,植物病原性糸状菌(M. oryzae,Colletotrichum orbiculareなど),最近では昆虫病原性菌であるMetarhizium robertsii,線虫捕食菌のArthrobotrys oligosporaといったさまざまな糸状菌のオートファジーの解析が行われている.オートファジー誘導の中心的な機能をもつキナーゼ遺伝子であるATG1,オートファジーのマーカーとして利用されているATG8が多くの糸状菌で解析されている.これらの研究の結果,糸状菌特異的なオートファジーの生理機能が明らかになりつつある.
酵母ATG遺伝子 | コードするタンパク質の機能 | オルソログ | 破壊株の表現型 | 文献 |
---|---|---|---|---|
ATG1 | オートファジーを誘導するSer/Thrタンパク質キナーゼ | Podospora anserina PaATG1 | 原子嚢殻形成低下,菌糸の色素沈着低下,不和合性による細胞死促進 | 2 |
Aspergillus fumigatus Afatg1 | 分生子形成低下,異常な分生子柄の形成 | 19 | ||
Magnaporthe oryzae Moatg1 | 感染能喪失,分生子の脂肪滴減少,付着器の膨圧低下 | 14, 25, 26 | ||
Neurospora crassa apg-1 | 有性および無性生殖低下,メナジオンとペルオキシド感受性 | 27 | ||
Penicillium chrysogenum atg1 | 分生子形成低下,ペニシリン生産増加 | 21 | ||
Metarhizium robertsii MrATG1 | 分生子形成低下,感染能低下(付着器は形成),脂肪滴の蓄積低下 | 28 | ||
Aspergillus niger atg1 | 分生子形成低下,メナジオン耐性,過酸化水素感受性 | 29 | ||
Aspergillus oryzae Aoatg1 | 気中菌糸と分生子形成低下 | 6 | ||
ATG2 | Atg2–Atg18複合体を形成 | M. oryzae Moatg2 | 感染能喪失,分生子形成低下,付着器形成低下 | 25, 30 |
ATG3 | PEをAtg8に結合させるE2様酵素 | M. oryzae Moatg3* | 感染能喪失 | 25 |
ATG4 | Atg8をプロセシングするシステインプロテアーゼ | M. oryzae Moatg4 | 感染能喪失,子嚢殻形成低下,気中菌糸と分生子形成低下,発芽遅延 | 11, 31, 25 |
A. oryzae Aoatg4 | 気中菌糸と分生子形成低下 | 5 | ||
M. robertsii MrATG4 | 分生子柄形成低下,感染能低下(付着器は形成),脂肪滴の蓄積低下 | 28 | ||
Sordaria macrospora Smatg4 | 子実体形成低下,胞子発芽率低下 | 32 | ||
ATG5 | Atg12–Atg5複合体を形成 | M. oryzae Moatg5 | 感染能喪失,子嚢殻形成低下,気中菌糸と分生子形成低下,発芽遅延 | 25, 33 |
Trichoderma reesei TrATG5 | 分生子形成低下,異常な分生子柄の形成 | 34 | ||
Beauveria bassiana BbATG5 | 分生子発芽率低下,分生子形成低下 | 35 | ||
ATG6 | PtdIns3キナーゼ複合体を形成 | M. oryzae Moatg6* | 感染能喪失 | 25 |
ATG7 | Atg12とAtg8を活性化するE1様酵素 | M. oryzae Moatg7* | 感染能喪失 | 25 |
S. macrospora Smatg7 | 生育に必須,ノックダウンで子実体形成異常 | 36 | ||
ATG8 | PEと結合するユビキチン様タンパク質 | P. anserina PaATG8 (idi-7) | 原子嚢殻形成低下,菌糸の色素沈着低下,不和合性による細胞死促進 | 1 |
A. oryzae Aoatg8 | 気中菌糸と分生子形成低下,分生子発芽遅延(条件発現株) | 3 | ||
Colletotrichum orbiculare CoATG8 | 分生子形成低下,分生子発芽率低下,付着器形成低下,感染能喪失 | 17 | ||
M. oryzae Moatg8 | 感染能喪失,分生子形成低下 | 4, 25, 30, 37 | ||
Fusarium graminearum Fgatg8 | 子嚢殻形成低下,分生子と気中菌糸形成低下 | 38 | ||
Arthrobotrys oligospora atg8 | トラップ器形成低下,感染能低下 | 39 | ||
A. niger atg8 | 分生子形成低下,メナジオン耐性,過酸化水素感受性 | 29 | ||
M. robertsii MrATG8 | 分生子形成低下,付着器形成低下,感染能低下,脂肪滴の蓄積低下 | 28 | ||
S. macrospora Smatg8 | 子実体形成低下,胞子発芽率低下 | 32 | ||
ATG9 | Atg11やAtg17と相互作用する膜貫通タンパク質 | M. oryzae Moatg9 | 感染能喪失,分生子形成低下,付着器形成低下 | 25, 30 |
ATG10 | Atg12とAtg5を結合するするE2様酵素 | M. oryzae Moatg10* | 感染能喪失 | 25 |
ATG11 | 選択的オートファジーのアダプタータンパク質 | M. oryzae Moatg11* | 顕著な表現型なし | 25 |
ATG12 | Atg12–Atg5複合体を形成 | M. oryzae Moatg12* | 感染能喪失 | 25 |
ATG13 | Atg1キナーゼ複合体を形成 | M. oryzae Moatg13 | 感染能低下 | 25, 30 |
A. oryzae Aoatg13 | 気中菌糸と分生子形成低下 | 5 | ||
ATG15 | オートファジックボディーを分解するリパーゼ様酵素 | M. oryzae Moatg15* | 感染能喪失 | 25 |
A. oryzae Aoatg15 | 気中菌糸と分生子形成低下,液胞でのオートファジックボディー蓄積 | 5 | ||
F. graminearum Fgatg15 | 感染能低下,気中菌糸と分生子形成低下,発芽率低下,脂質分解低下 | 40 | ||
M. robertsii MrATG15 | 感染能低下(付着器は形成),脂肪滴の蓄積低下 | 28 | ||
ATG16 | Atg12–Atg5複合体の構成因子 | M. oryzae Moatg16* | 感染能喪失 | 25 |
ATG17 | PAS形成の足場タンパク質 | M. oryzae Moatg17* | 感染能喪失 | 25 |
A. niger atg17 | 顕著な表現型なし | 29 | ||
ATG18 | PI(3)P結合タンパク質 | M. oryzae Moatg18 | 感染能低下,分生子形成低下,付着器形成低下 | 25, 30 |
ATG24 | Cvt(cytoplasm-to-vacuole targeting)経路関連タンパク質 | M. oryzae Moatg24 | 気中菌糸と分生子形成低下 | 25, 41 |
ATG26 | ペキソファジー関連タンパク質 | M. oryzae Moatg26* | 顕著な表現型なし | 25 |
C. orbiculare CoATG26 | 感染能低下(付着器は形成) | 17 | ||
ATG27 | Atg9と結合する膜タンパク質 | M. oryzae Moatg27* | 顕著な表現型なし | 25 |
ATG28 | ペキソファジー関連タンパク質 | M. oryzae Moatg28* | 顕著な表現型なし | 25 |
ATG29 | Atg17と結合 | M. oryzae Moatg29* | 顕著な表現型なし | 25 |
*: M. oryzaeのゲノムワイドな解析によって病原性のみを検討したもの |
A. oryzaeは,分生子から細長い細胞(菌糸)を伸長させることにより生長する.寒天培地上では,培地表面上を伸長する菌糸に加え,空中に向けて伸長する気中菌糸を形成し,気中菌糸の先端が膨潤し頂嚢となりフィアライドが形成され,そこから分生子が形成される(図1A図1■A. oryzaeの形態分化とオートファジー).
A)A. oryzaeの分生子形成過程.気中菌糸が形成されたのち,頂嚢,フィアライド,分生子と順番に形成される.B)窒素源を枯渇させると細胞質に存在していたEGFP-AoAtg8の蛍光が液胞に蓄積する(左).A. oryzaeのオートファジー欠損株(ΔAoatg8)は気中菌糸および分生子形成が顕著に抑制される(右).矢頭:PAS.*:液胞.スケールバーは5 µm.文献3,5から改変して掲載.C)A. oryzaeにおける分生子形成時および分生子発芽時のオートファジーの役割のモデル.文献7から改変して掲載.
筆者らはA. oryzaeにおいて,ほかの生物でもオートファジーのマーカータンパク質として利用されているAtg8のホモログであるAoatg8遺伝子の機能を解析した.緑色蛍光タンパク質EGFP(enhanced green fluorescent protein)とAoAtg8の融合タンパク質を発現させることにより,PAS(preautophagosomal structureもしくはphagophore assembly site)様の構造,隔離膜,オートファゴソーム,オートファジックボディーなどのオートファジー特異的な構造体を観察することができた(3,5)3) T. Kikuma, M. Ohneda, M. Arioka & K. Kitamoto: Eukaryot. Cell, 5, 1328 (2006).5) T. Kikuma & K. Kitamoto: FEMS Microbiol. Lett., 316, 61 (2011)..また,窒素源飢餓条件下では,オートファジーが誘導され蛍光の液胞への蓄積が観察された(図1B図1■A. oryzaeの形態分化とオートファジー左).
A. oryzaeは通常の培地から窒素源枯渇培地にシフトするとオートファジーが誘導されるが,筆者らは通常の培地においても,頂嚢を形成した気中菌糸,頂嚢,フィアライドでは液胞が発達し,オートファジーが起きていることを見いだした(3)3) T. Kikuma, M. Ohneda, M. Arioka & K. Kitamoto: Eukaryot. Cell, 5, 1328 (2006)..また,分生子を液体培地に植菌すると始めの4時間ほどは,等方向に生長することにより直径が3倍程度に膨潤し,その後,極性生長により発芽菅が生じる.この一連の発芽の過程においても液胞が発達し,オートファジーの誘導が観察された(3)3) T. Kikuma, M. Ohneda, M. Arioka & K. Kitamoto: Eukaryot. Cell, 5, 1328 (2006)..これらは,発芽や分生子形成といった形態分化においてオートファジーが重要な機能を担っていることを示唆している.そこで,オートファジー誘導に関与するAoatg1,Aoatg13,オートファゴソーム形成に必須なAoatg4,Aoatg8,オートファジックボディーの分解に必須なAoatg15の各遺伝子破壊株を作製し解析した.その結果,野生株では寒天培地上に生育したコロニーの色が緑色で,分生子の形成が確認されるが,これらの破壊株ではコロニーは白色であり,分生子の形成が顕著に低下することがわかった(3,5,6)3) T. Kikuma, M. Ohneda, M. Arioka & K. Kitamoto: Eukaryot. Cell, 5, 1328 (2006).5) T. Kikuma & K. Kitamoto: FEMS Microbiol. Lett., 316, 61 (2011).6) S. Yanagisawa, T. Kikuma & K. Kitamoto: FEMS Microbiol. Lett., 338, 168 (2013)..Aoatg8破壊株のコロニーを横から見ると,気中菌糸をほとんど形成していないことも観察された(図1B図1■A. oryzaeの形態分化とオートファジー右).また,A. oryzaeは炭素源がないと分生子は発芽しないが,窒素源がなくても発芽することができる.窒素源枯渇培地において分生子のAoatg8の発現を抑制すると発芽の遅延が観察された(3)3) T. Kikuma, M. Ohneda, M. Arioka & K. Kitamoto: Eukaryot. Cell, 5, 1328 (2006)..分生子形成のための気中菌糸は,培地から直接栄養源を獲得することができない.そこで,気中菌糸や頂嚢,フィアライドではオートファジーが誘導され,タンパク質やオルガネラがリサイクルされることにより,形態の変化に伴う細胞の再構築が行われていると考えられる(7)7) T. Kikuma, M. Arioka & K. Kitamoto: Autophagy, 3, 128 (2007).(図1C図1■A. oryzaeの形態分化とオートファジー).また,分生子からの発芽に関しては,発芽管を形成し極性生長を行うまでの約6時間は,アミノ酸などの栄養源を取り込むトランスポーターの発現が十分でないこと,また,プロテアーゼなどの加水分解酵素の分泌がされないことから,外界から栄養源を獲得できないと推定される.すなわち,外界から栄養を取り込めるようになるまでの限られた時間での栄養源獲得をオートファジーに依存していると考えられる(7)7) T. Kikuma, M. Arioka & K. Kitamoto: Autophagy, 3, 128 (2007).(図1C図1■A. oryzaeの形態分化とオートファジー).ほかの多くの糸状菌におけるオートファジー関連遺伝子破壊株で,気中菌糸形成,分生子形成,有性生殖器官形成などに影響が出ることからも(表1表1■糸状菌におけるオートファジー関連遺伝子),オートファジーの形態分化における重要性がうかがえる.
A. oryzaeは一つの細胞に多数の核を有する多核細胞からなる.また,菌糸先端細胞は核や小胞体,ミトコンドリアなどが多く存在し(8,9)8) Y. Mabashi, T. Kikuma, J. Maruyama, M. Arioka & K. Kitamoto: Biosci. Biotechnol. Biochem., 70, 1882 (2006).9) J. Maruyama, S. Kikuchi & K. Kitamoto: Fungal Genet. Biol., 43, 642 (2006).,この先端細胞が伸長することによって生長する.一方,菌糸基部の古い細胞は液胞が大部分を占め,細胞の伸長などは見られない.筆者らは,A. oryzaeにおいて分生子植菌後48時間培養した基部の細胞においてペルオキシソーム,ミトコンドリアを観察したところ,これらのオルガネラが液胞に取り込まれることを見いだした(10)10) J. Y. Shoji, T. Kikuma, M. Arioka & K. Kitamoto: PLoS ONE, 5, e15650 (2010).(図2A図2■A. oryzaeにおけるオートファジーによるオルガネラの分解).また,異常タンパク質を蓄積した小胞体もオートファジー依存的に液胞へ輸送されることが観察された(11)11) S. Kimura, J. Maruyama, T. Kikuma, M. Arioka & K. Kitamoto: Biochem. Biophys. Res. Commun., 406, 464 (2011)..Aoatg8破壊株ではこれらのオルガネラの液胞への取り込みは観察されないことから,不要になったオルガネラはオートファジーによって液胞で分解されていると考えられる.これらのことより,A. oryzaeは菌糸基部の細胞質成分をオートファジーによって分解して栄養源としてリサイクルし,チューブ状の液胞を介して生長している菌糸細胞に輸送していると考えられる(12)12) J. Y. Shoji, M. Arioka & K. Kitamoto: Autophagy, 2, 226 (2006)..
A)野生株(WT)ではペルオキシソーム(EGFP-PTS1),ミトコンドリア(AoCit1-EGFP),核(H2B-EGFP)の蛍光が液胞に観察される.一方,オートファジー欠損株(ΔAoatg8)では48時間後も液胞に蛍光は観察されない.DIC:微分干渉像.B)隔離膜により核が取り囲まれる様子(上).オートファゴソームによって囲まれた核が液胞に入り分解される(下).矢頭:液胞.矢印:核.スケールバーは5 µm.文献10から改変して掲載.
さらに興味深いことに,48時間培養後の菌糸基部で核が液胞内に取り込まれることを見いだした(10)10) J. Y. Shoji, T. Kikuma, M. Arioka & K. Kitamoto: PLoS ONE, 5, e15650 (2010).(図2B図2■A. oryzaeにおけるオートファジーによるオルガネラの分解).核がどのように液胞へ輸送されるかを,隔離膜をEGFP-AoAtg8融合タンパク質で,核をマーカータンパク質ヒストンH2B-mDsRed融合タンパク質で可視化し観察したところ,隔離膜が核の周縁部に沿って伸長し最終的にオートファゴソームが核を丸ごと取り囲み,液胞に取り込まれ分解される様子が観察された(10)10) J. Y. Shoji, T. Kikuma, M. Arioka & K. Kitamoto: PLoS ONE, 5, e15650 (2010).(図2B図2■A. oryzaeにおけるオートファジーによるオルガネラの分解).これまで,S. cerevisiaeにおいて核の一部をミクロオートファジーで分解するpiecemeal microautophagy of the nucleus(PMN)が報告されているが(13)13) E. Kvam & D. S. Goldfarb: Autophagy, 3, 85 (2007).,オートファジーによる丸ごとの核の分解は,A. oryzaeで初めて発見された現象である.その後,Magnaporthe oryzaeの付着器形成時にオートファジー依存的に核が分解されることが報告された(14)14) M. He, M. J. Kershaw, D. M. Soanes, Y. Xia & N. J. Talbot: PLoS ONE, 7, e33270 (2012)..これは,多核細胞からなる糸状菌では,栄養源の枯渇した条件下では核をも栄養源として利用する“したたかさ”を示すものであり,A. oryzaeのような糸状菌がなぜ細胞に複数個の核をもつかという疑問に対する一つの答えになるのではないかと考えられる.
近年,オートファジーが糸状菌の植物への感染性にも大きく関与していることが明らかとなってきた.病原性糸状菌におけるオートファジーについては,イネいもち病の原因菌であるM. oryzaeで研究が精力的に行われている.分生子が宿主であるイネの葉面に接触すると発芽管を伸ばし,その先端が付着器と呼ばれる構造に分化する.その後,付着器から侵入菌糸を形成し,イネの細胞内に侵入する.Moatg8破壊株では付着器は形成するものの,その後の分生子の細胞死が行われず,侵入菌糸が形成できず感染性を失うことが知られている(4)4) C. Veneault-Fourrey, M. Barooah, M. Egan, G. Wakley & N. J. Talbot: Science, 312, 580 (2006)..また,付着器からのイネ細胞への侵入は,葉の表面に接触している付着器の強大な膨圧が必要とされる.この膨圧は,付着器内の液胞にグリセロールなどが蓄積することで得られていると考えられており(15)15) X. H. Liu, H. M. Gao, F. Xu, J. P. Lu, R. J. Devenish & F. C. Lin: Autophagy, 8, 1415 (2012).,Moatg5破壊株などのオートファジー欠損株では,グリセロールが蓄積した液胞が形成されず膨圧が獲得できないと報告されている(15,16)15) X. H. Liu, H. M. Gao, F. Xu, J. P. Lu, R. J. Devenish & F. C. Lin: Autophagy, 8, 1415 (2012).16) X. H. Liu, J. P. Lu & F. C. Lin: Autophagy, 3, 472 (2007)..
ウリ類炭疽病菌Colletotrichum orbiculareのCoatg8破壊株では正常な機能をもつ付着器形成が行えず,感染能を失う(17)17) M. Asakura, S. Ninomiya, M. Sugimoto, M. Oku, S. Yamashita, T. Okuno, Y. Sakai & Y. Takano: Plant Cell, 21, 1291 (2009)..また,ペキソファジー関連遺伝子Coatg26の破壊株では,付着器は形成されるがそれに続く宿主への侵入ができなくなる(17)17) M. Asakura, S. Ninomiya, M. Sugimoto, M. Oku, S. Yamashita, T. Okuno, Y. Sakai & Y. Takano: Plant Cell, 21, 1291 (2009)..付着器のメラニン化にはペルオキシソームによる脂肪酸のβ酸化が関与しており,ペルオキシソームは付着器機能の成熟に重要であるが,過剰のペルオキシソームは宿主細胞への侵入に障害をもたらすと推測され,付着器の形成から宿主細胞への侵入の各段階におけるペキソファジーによる厳密なペルオキシソーム量の調節が重要であると考えられている(17,18)17) M. Asakura, S. Ninomiya, M. Sugimoto, M. Oku, S. Yamashita, T. Okuno, Y. Sakai & Y. Takano: Plant Cell, 21, 1291 (2009).18) Y. Takano, M. Asakura & Y. Sakai: Autophagy, 5, 1041 (2009)..
以上のように,M. oryzaeをはじめとする植物病原性糸状菌では,正常な機能をもった付着器形成に必要な糖代謝や脂質代謝にオートファジーが重要な機能を果たしていることが明らかとなってきた.また,分生子が発芽した菌糸が宿主植物に侵入するまでは,栄養源が外界から獲得できないため,分生子を細胞死させその栄養源をリサイクルすることによって付着器形成ならびに侵入菌糸の生長を行っているのではないかと考えられる.
動物に感染するA. fumigatusで,Afatg1破壊株のマウスを用いた感染実験が行われているが,感染能は正常であったと報告されている(19)19) D. L. Richie, K. K. Fuller, J. Fortwendel, M. D. Miley, J. W. McCarthy, M. Feldmesser, J. C. Rhodes & D. S. Askew: Eukaryot. Cell, 6, 2437 (2007)..植物への感染と異なり,動物細胞への感染では,付着器の形成が必要ないためと思われる.
一般にA. oryzaeなどの糸状菌は菌糸先端より多量の酵素を分泌する能力を有しており,異種タンパク質生産の宿主として広く利用されている.筆者らは,A. oryzaeにおいて多量に分泌されるα-アミラーゼAmyBのジスルフィド結合を欠損した変異AmyBを発現させ観察したところ,変異AmyBがオートファジー依存的に液胞へ輸送されることを見いだした(11)11) S. Kimura, J. Maruyama, T. Kikuma, M. Arioka & K. Kitamoto: Biochem. Biophys. Res. Commun., 406, 464 (2011)..そのため,オートファジーによる分解も異種タンパク質生産のボトルネックの一つではないかと考えた.そこで,A. oryzaeのオートファジー関連遺伝子破壊株(Aoatg1, Aoatg13, Aoatg4, Aoatg8)において,異種タンパク質のウシキモシンを発現させ,その生産性を検討した.その結果,コントロール株に比べて最大で3.1倍(Aoatg4破壊株)の生産量の増加が見られた(20)20) J. Yoon, T. Kikuma, J. Maruyama & K. Kitamoto: PLoS ONE, 8, e62512 (2013).(図3図3■A. oryzaeにおけるオートファジー関連遺伝子破壊株のウシキモシン生産).なぜ,オートファジーが機能しないとウシキモシンの生産性が向上するか,現時点では詳細は不明であるが,少なくとも今回の結果から,正しいフォールディングができず小胞体内に蓄積した異種タンパク質が,これまでプロテアソームで分解されるとされていた経路(小胞体関連分解)以外に,オートファジーによっても分解されることが示唆された.
また,最近,Bartoszewskaら(21)21) M. Bartoszewska, J. A. Kiel, R. A. Bovenberg, M. Veenhuis & I. J. van der Klei: Appl. Environ. Microbiol., 77, 1413 (2011).によりペニシリン生産を増加させる方法としてPenicillium chrysogenumのatg1破壊株による生産が報告された.P. chrysogenumにおいて,β-ラクタム系抗生物質であるペニシリンは,生合成経路のイソペニシリンNまでは細胞質で合成され,その後ペルオキシソームに局在するイソペニシリンN-アシルトランスフェラーゼにより生合成が進みペニシリンとなる(22,23)22) W. H. Meijer, L. Gidijala, S. Fekken, J. A. Kiel, M. A. van den Berg, R. Lascaris, R. A. Bovenberg & I. J. van der Klei: Appl. Environ. Microbiol., 76, 5702 (2010).23) J. F. Martín, R. V. Ullán & C. García-Estrada: J. Ind. Microbiol. Biotechnol., 39, 367 (2012)..atg1破壊株では,ペキソファジーによるペルオキシソーム分解が抑制され,結果としてペニシリン生産性が向上したと考えられている.
糸状菌以外でも,生産性の向上に関して,Shiromaら(24)24) S. Shiroma, L. N. Jayakody, K. Horie, K. Okamoto & H. Kitagaki: Appl. Environ. Microbiol., 80, 1002 (2014).は,最近,日本酒の醸造中に清酒酵母でマイトファジーが起こっていることを見いだし,マイトファジーが起こらないatg32破壊株ではエタノールの生産効率が上がることを報告している.これまで,オートファジーは基礎的な細胞生物学の分野での研究が中心であった.しかし,上記の例のように,物質生産の場では,栄養源枯渇は通常頻繁に起こりうる環境であり,このようなときに起こるオートファジーを制御することは,さまざまな物質生産の向上につながることを示唆していると思われる.
これまでオートファジーの研究は真核生物のモデル生物である出芽酵母や,オートファジーの疾患への関与から哺乳動物で活発に行われてきた.酵母は単細胞生物であり,オートファジーの分子機構の解析には極めて有用であるが,多細胞生物におけるオートファジーの生理機能解明には限界がある.一方,哺乳動物ではオートファジーの時間的,空間的制御が複雑であり,全体像を掴むための実験系には制約がある.そのような意味で,われわれの生活に密接にかかわり,多細胞でさまざまな性質を有する糸状菌による研究はオートファジーの全体像をつかむうえでも重要な意味をもつと考えられる.また,糸状菌オートファジーの研究は病原性糸状菌に対する薬剤の開発,食品製造,有用物質生産といった応用においても重要であると考えられ,今後さらなる研究の進展が期待される.
Reference
2) B. Pinan-Lucarré, A. Balguerie & C. Clavé: Eukaryot. Cell, 4, 1765 (2005).
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