セミナー室

糸状菌のテルペノイド生合成

Motoyoshi Noike

野池 基義

北海道大学大学院工学研究院Faculty of Engineering, Hokkaido University ◇ 〒060-8628 北海道札幌市北区北13条西8丁目 ◇ Kita 13, Nishi 8, Kita-ku, Sapporo-shi, Hokkaido 060-8628, Japan

Tohru Dairi

大利

北海道大学大学院工学研究院Faculty of Engineering, Hokkaido University ◇ 〒060-8628 北海道札幌市北区北13条西8丁目 ◇ Kita 13, Nishi 8, Kita-ku, Sapporo-shi, Hokkaido 060-8628, Japan

Published: 2014-11-01

はじめに

テルペノイド化合物の多くは植物により生産されるが,カビも数は及ばないもののユニークな構造をもつテルペノイド化合物を生産する.さらにゲノム情報から判断すると眠っている多くの遺伝子が存在すると考えられ,その潜在能力は高いと思われる.それらの生合成に関しては,古くから化合物の単離・構造解析,トレーサー実験による生合成経路の推定が行われてきたが,近年カビのゲノム情報が利用できること,またカビを用いた組換え実験が可能になったことから,遺伝子破壊や異種宿主での発現による生合成遺伝子の同定や組換え酵素を用いたin vitro実験が多用されている.本分野は,ジベレリンやトリコテセンに代表されるように日本人研究者による寄与も大きく,各々に関しては先駆的研究を行った,川出(1)1) H. Kawaide: Biosci. Biotechnol. Biochem., 70, 583 (2006).,木村ら(2)2) M. Kimura, T. Tokai, N. Takahashi-Ando, S. Ohsato & M. Fujimura: Biosci. Biotechnol. Biochem., 71, 2105 (2007).によりBioscience, Biotechnology, and Biochemistryに総説が寄稿されているので参照されたい.本稿では,両化合物以外の最近の研究例の一部を筆者らの結果も交えて紹介したい.なお,カビが生産するカロテノイドの生合成研究と,近年報告例が増しつつあるタキソール生産糸状菌については,紙面の都合上省略した.また参考文献に関しては,全部を網羅すると膨大になるため,関連研究の総説を中心に記載した.適当な総説がない場合は端緒となった論文,孫引きできるように最新の論文を中心に記載した.

環状テルペン

ゲノム情報なしに遺伝子取得に成功した先駆例としては,1993年にPenicillium roquefortiからセスキテルペン化合物(炭素数15)の生合成酵素遺伝子(aristolochene synthase遺伝子)が取得されている(図1図1■報告されている環状テルペノイドの生合成に関与する主な環化酵素).目的酵素を精製後,部分アミノ酸配列を決定し,縮重プライマーを用いたPCRによる遺伝子の取得と組換え酵素を用いた活性確認に成功した(3)3) R. H. Proctor & T. M. Hohn: J. Biol. Chem., 268, 4543 (1993).Aspergillus terreusからも同活性を有する酵素を精製後,遺伝子クローニングがなされた.その後,両酵素の結晶構造も明らかにされ(4,5)4) J. M. Caruthers, I. Kang, M. J. Rynkiewicz, D. E. Cane & D. W. Christianson: J. Biol. Chem., 275, 25533 (2000).5) E. Y. Shishova, L. Di Costanzo, D. E. Cane & D. W. Christianson: Biochemistry, 46, 1941 (2007).,活性部位の同定や詳細な反応機構の推定も行われた(6)6) B. Felicetti & D. E. Cane: J. Am. Chem. Soc., 126, 7212 (2004)..さらに,P. roquefortiの酵素が,aristolocheneに加え,germacrene Aやvalenceneもバイプロダクトとして生産することが報告された.

図1■報告されている環状テルペノイドの生合成に関与する主な環化酵素

及川らは,縮重プライマーを用いたRT-PCRによる部分遺伝子の取得と5′&3′-RACE法により,Phoma betaeが生産するジテルペン化合物(C20),aphidicolinの初発生合成酵素であるaphidicolan-16-β-ol synthase遺伝子の取得に成功している(7)7) H. Oikawa, T. Toyomasu, H. Toshima, S. Ohashi, H. Kawaide, Y. Kamiya, M. Ohtsuka, S. Shinoda, W. Mitsuhashi & T. Sassa: J. Am. Chem. Soc., 123, 5154 (2001).図1図1■報告されている環状テルペノイドの生合成に関与する主な環化酵素).さらにその後,組換え酵素を用いた解析,および全生合成遺伝子クラスターの取得と,それらの異種宿主発現により生合成の全容を明らかにした(8)8) R. Fujii, A. Minami, T. Tsukagoshi, N. Sato, T. Sahara, S. Ohgiya, K. Gomi & H. Oikawa: Biosci. Biotechnol. Biochem., 75, 1813 (2011).

豊増,佐々らは,Phomopsis amygdaliが生産するジテルペングルコシドfusicoccin(FC, 図2図2■フシコクシンの生合成経路)の生合成の初発反応に関与する環化酵素遺伝子を取得した.彼らは当初,ゲラニルゲラニル二リン酸(GGDP)生合成遺伝子を取得し,次いで近傍に存在すると予想される環化酵素遺伝子をgenome walkingで取得する戦略で進めたが,最終的に初発反応はGGDP生合成と続く環化反応も触媒する多機能酵素((+)-fusicocca-2,10(14)-diene synthase)により触媒されることがわかった(9)9) T. Toyomasu: Biosci. Biotechnol. Biochem., 72, 1168 (2008)..また本多機能酵素のオーソログをFC生産菌に探索することにより,phomopsene生合成遺伝子を見いだし,さらに培養液からphomopseneから生成すると考えられるmethyl phomopsenonateを天然物として単離した(10)10) T. Toyomasu, A. Kaneko, T. Tokiwano, Y. Kanno, Y. Kanno, R. Niida, S. Miura, T. Nishioka, C. Ikeda, W. Mitsuhashi et al.: J. Org. Chem., 74, 1541 (2009)..また,phyllocladan-16-olと(+)-copalyl diphosphate生合成遺伝子も取得し,前者を生合成中間とするphyllocladan-11,16,18-triolを培養液中から単離した(9)9) T. Toyomasu: Biosci. Biotechnol. Biochem., 72, 1168 (2008).

図2■フシコクシンの生合成経路

筆者らは,以下の背景から上記FC生合成マシナリーの全容解明を試みた.ジテルペン配糖体であるcotylenin(CN, 図2図2■フシコクシンの生合成経路)は,分化誘導活性を基盤とし,新規作用機序による良質の抗がん剤として極めて有望であったが,その産生菌体が継代培養の過程で絶え現在供給不可能となった.しかしその後,大阪大学・産研の加藤らは,CNの構造類似体であるFCの12位水酸基を除去することによりCNがもつ分化誘導活性を付与できることを明らかにした.そこで,12位水酸化遺伝子の破壊による目的化合物の直接発酵生産を最終目的に研究を行った.

最初に,上記環化酵素遺伝子周辺領域を探索し,ジオキシゲナーゼ(ORF2),P450(ORF3),還元酵素(ORF4)の合計4つからなるクラスター1を同定できたがほかの生合成遺伝子は存在しなかった(9)9) T. Toyomasu: Biosci. Biotechnol. Biochem., 72, 1168 (2008)..そこで,FC生産菌のドラフトゲノム解析を行った結果,後述する,Alternaria brassicicola ATC C96836株に見いだしたFC生合成上8位を水酸化するP450-5(11)11) M. Hashimoto, Y. Higuchi, S. Takahashi, H. Osada, T. Sakaki, T. Toyomasu, T. Sassa, N. Kato & T. Dairi: Bioorg. Med. Chem. Lett., 19, 5640 (2009).と極めて高い相同性を有する遺伝子(P450-2(ORF5))を見いだし,その周辺領域を探索した結果,約21 kbのDNA断片内に,12位水酸化に関与すると推定される遺伝子を含む4つのP450遺伝子(P450-2(ORF5),P450-3(ORF7),P450-4(ORF10),P450-5(ORF13)),糖転移(ORF6),メチル基転移(ORF8),アセチル基転移2つ(ORF9とORF12),プレニル基転移遺伝子(ORF11)の合計9個の遺伝子からなるクラスター2を同定した.以上,クラスター1の4つの遺伝子と合わせ,合計13個のFC生合成遺伝子を同定した(12)12) M. Noike, Y. Ono, Y. Araki, R. Tanio, Y. Higuchi, H. Nitta, Y. Hamano, T. Toyomasu, T. Sassa, N. Kato et al.: PLoS ONE, 7, e42090 (2012).

見いだされた合計5つのP450遺伝子のうち,12位の水酸化に関与する遺伝子を同定するため,これら遺伝子の出芽酵母を用いた異種宿主発現と組換え酵素を用いたin vitro実験で機能解析した.5つの遺伝子すべてについてcDNAを取得し発現ベクターと連結後,酵母に導入した.その結果,P450-2(ORF5)導入株が8位水酸化フシコクシン中間体を生産した.さらに本株にP450-1(ORF3)を導入した結果,8,16位が水酸化されたジオール体を生産した.したがって,P450-2とP450-1は,各々8位水酸化と16位水酸化に関与すると考えられた.生成したジオール体を基質に用い,ジオキシゲナーゼ(ORF2)の組換え酵素と反応させた結果,16位の水酸基が酸化されたアルデヒド体が生成し,さらに還元酵素(ORF4)によりアルコール体へと再度還元されることが判明した(13)13) Y. Ono, A. Minami, M. Noike, Y. Higuchi, T. Toyomasu, T. Sassa, N. Kato & T. Dairi: J. Am. Chem. Soc., 133, 2548 (2011)..したがって,この一連の酸化・還元反応で,2,3位の二重結合が1, 2位へと移動することが明らかになった.この二重結合が転移した基質を用い,残る3つのP450を発現させた酵母ミクローソームを酵素源として反応産物を探索した結果,P450-3(ORF7)が9位の水酸化を触媒することがわかった.したがって,残る2つのP450のいずれかが目的の12位水酸化遺伝子であると推定された.しかしin vitro実験で活性が確認できなかったため,個々の遺伝子の相同組換えによる破壊を行った結果,P450-4(ORF10)破壊株は12位が水酸化されないFC Hを蓄積したことから,本遺伝子が目的する12位水酸基遺伝子と推定された.また,P450-5(ORF13)破壊株は,FC Jを蓄積した.12位に水酸基のないFC生産菌は育種できなかったが,P450-4破壊株が蓄積したFC Hからは半合成で効率的に目的抗がん剤の合成が可能なことから,当初の目的を達成できたと考えている(12)12) M. Noike, Y. Ono, Y. Araki, R. Tanio, Y. Higuchi, H. Nitta, Y. Hamano, T. Toyomasu, T. Sassa, N. Kato et al.: PLoS ONE, 7, e42090 (2012).

また,クラスター内に見いだされた糖転移(ORF6),メチル基転移(ORF8),プレニル基転移遺伝子(ORF11)については,各々cDNAの取得,大腸菌での組換え酵素の発現,それらを用いたin vitroの実験により,予想される酵素活性を検出できた(12)12) M. Noike, Y. Ono, Y. Araki, R. Tanio, Y. Higuchi, H. Nitta, Y. Hamano, T. Toyomasu, T. Sassa, N. Kato et al.: PLoS ONE, 7, e42090 (2012)..なおORF11については糖をプレニル化する初めての例である(14)14) M. Noike, C. Liu, Y. Ono, Y. Hamano, T. Toyomasu, T. Sassa, N. Kato & T. Dairi: ChemBioChem, 13, 566 (2012).

さらに,FC類縁体であるブラシッシセン生合成遺伝子群の機能解析も同様に行った.生産菌A. brassicicola ATC C96836株のゲノム情報を基に,上述のFC環化酵素遺伝子と高い相同性を有する遺伝子を同定し,近傍に5つのP450遺伝子(P450-1からP450-5),ジオキシゲナーゼ遺伝子,メチル化遺伝子を見いだした.これらについても,組換え酵素を用いた解析,および酵母を用いた発現実験により機能解析を行った.

筆者らがFC生合成遺伝子の同定で行ったように,ゲノム情報は遺伝子取得にとって極めて強力な武器となる.近年,ゲノム情報が飛躍的に増えていることから,ゲノムマイニングによる生合成遺伝子の予測と組換え酵素を用いた実証,あるいは麹菌を宿主とした複数遺伝子の導入可能な系が構築されたことから,機能未知遺伝子クラスターの麹菌での発現と生産物の構造解析による機能解明が極めて多く報告されるようになった.たとえば,セスキテルペンであるbotrydialの初発反応を触媒するpresilphiperfolan-8-ol生合成酵素遺伝子は,最初に生合成に関与するP450遺伝子が見いだされ,その後ゲノム解析されたことによりクラスターの同定に成功している.次いで本遺伝子の破壊によるbotrydial生産能の消失で実証した後,組換え酵素を用いた詳細な反応機構の解析も行われた(15)15) C. M. Wang, R. Hopson, X. Lin & D. E. Cane: J. Am. Chem. Soc., 131, 8360 (2009).図1図1■報告されている環状テルペノイドの生合成に関与する主な環化酵素).久城らは,ゲノムマイニングによりトリテルペン(C30)であるhelvolic acidの生合成遺伝子クラスターを同定し,環化酵素と酸化還元酵素を酵母中で発現させた後,生成物の構造を解析することにより遺伝子の機能解明を行っている(16)16) H. Mitsuguchi, Y. Seshime, I. Fujii, M. Shibuya, Y. Ebizuka & T. Kushiro: J. Am. Chem. Soc., 131, 6402 (2009).図1図1■報告されている環状テルペノイドの生合成に関与する主な環化酵素).その後,阿部らは,酵素のC-末を改変することでlanosterol cyclaseへの変換に成功している(17)17) M. Kimura, T. Kushiro, M. Shibuya, Y. Ebizuka & I. Abe: Biochem. Biophys. Res. Commun., 391, 899 (2010)..最近では,セスタテルペン(C25)であるophiobolin F生合成遺伝子をゲノムマイニングによりAspergillus clavatusに見いだした例(18)18) R. Chiba, A. Minami, K. Gomi & H. Oikawa: Org. Lett., 15, 594 (2013).図1図1■報告されている環状テルペノイドの生合成に関与する主な環化酵素),またゲノム情報を基にCoprinus cinereusから取得された2種類のセスキテルペン環化酵素遺(Cop4とCop6)を通常の基質であるall-trans-ファルネシル二リン酸((E,E)-FPP)およびcistransファルネシル二リン酸((Z,E)-FPP)と反応させて得られた生成物の構造を基に詳細な反応機構の解析がなされた例がある.

メロテルペン

メロテルペンは,イソプレノイド骨格とポリケチド骨格からなる化合物の総称である.カビはユニークな構造のメロテルペンを生産することが知られており,その生合成酵素・遺伝子の同定と詳細な解析も行われている.先駆的研究は,東大・薬・天然物化学研究室で行われ,彼らは,pyripyropene(図3図3■生合成研究がなされているメロテルペンの化学構造)の生合成遺伝子クラスターをゲノムマイニングによりAspergillus fumigatusに見いだし,麹菌を宿主とした異種発現により,個々の遺伝子の機能を明らかにするとともに,全く新規の膜結合型環化酵素を見いだした(19)19) T. Itoh, K. Tokunaga, Y. Matsuda, I. Fujii, I. Abe, Y. Ebizuka & T. Kushiro: Nat. Chem., 2, 858 (2010)..本酵素は,原核生物を含むメロテルペン,インドールテルペン生合成遺伝子クラスターに広く分布しており,これら化合物群の生合成機構の解明に大きく寄与した.次いで彼らは,Aspergillus terreusが生産するterretonin(図3図3■生合成研究がなされているメロテルペンの化学構造)生合成遺伝子クラスターを同定し,異種宿主発現によりポリケチド合成酵素により生成する3,5-dimethylorsellinic acidにファルネシル二リン酸(C15)が付加した中間体の同定に成功している(20)20) T. Itoh, K. Tokunaga, E. K. Radhakrishnan, I. Fujii, I. Abe, Y. Ebizuka & T. Kushiro: ChemBioChem, 13, 1132 (2012)..さらに興味深いことに,このファルネシル化中間体が環化されるためには,ポリケチド骨格のカルボン酸のメチル化が必須であること,この化合物がaustinol/dehydroaustinol(図3図3■生合成研究がなされているメロテルペンの化学構造)とterretoninの共通生合成中間体であることを明らかにした(21)21) Y. Matsuda, T. Awakawa, T. Itoh, T. Wakimoto, T. Kushiro, I. Fujii, Y. Ebizuka & I. Abe: ChemBioChem, 13, 1738 (2012)..最近,阿部らはPenicillium chrysogenumにandrastin(図3図3■生合成研究がなされているメロテルペンの化学構造)生合成遺伝子クラスターを見いだし,異種宿主発現により機能解析を行っている(22)22) Y. Matsuda, T. Awakawa & I. Abe: Tetrahedron, 69, 8199 (2013)..また,austinol生合成において,protoaustinoid Aがスピロラクトン構造をもつpreaustinoid A3に変換される反応は,2つのflavin monooxygenasesとFe(II)/α-ketoglutarate依存dioxygenaseにより触媒されることも明らかにした(23)23) Y. Matsuda, T. Awakawa, T. Wakimoto & I. Abe: J. Am. Chem. Soc., 135, 10962 (2013)..Wangらは,austinol/dehydroaustinolの生合成遺伝子は,Aspergillus nidulansでは染色体上2カ所に分断されて存在することを報告した(24)24) H. C. Lo, R. Entwistle, C. J. Guo, M. Ahuja, E. Szewczyk, J. H. Hung, Y. M. Chiang, B. R. Oakley & C. C. Wang: J. Am. Chem. Soc., 134, 4709 (2012)..また,Tangらは,A. fumigatusにfumagillin(図3図3■生合成研究がなされているメロテルペンの化学構造)の生合成遺伝子クラスターを見いだし,ポリケチド合成酵素とアシル転移酵素について遺伝子破壊とin vitro実験で機能解析した.さらにテルペン骨格であるfumagillolの酸化に関与するオキシゲナーゼの機能解析も報告された(25)25) H. C. Lin, Y. Tsunematsu, S. Dhingra, W. Xu, M. Fukutomi, Y. H. Chooi, D. E. Cane, A. M. Calvo, K. Watanabe & Y. Tang: J. Am. Chem. Soc., 136, 4426 (2014).

図3■生合成研究がなされているメロテルペンの化学構造

インドールテルペン

インドールテルペンの生合成研究は,インドールジテルペンであるpaxillineについて,Scottらは遺伝学的手法により先駆的な実験を行った.Paxilline生産菌Penicillium paxilliから生合成遺伝子を取得し,遺伝子破壊実験などにより,6つの遺伝子(paxB, C, G, M, P, Q)がpaxillineの生合成に必要なことを報告した(26)26) S. Saikia, M. J. Nicholson, C. Young, E. J. Parker & B. Scott: Mycol. Res., 112, 184 (2008)..最近,及川らは麹菌を用いた異種宿主発現により,これら6つの遺伝子の個々の機能を明らかにした(27)27) K. Tagami, C. Liu, A. Minami, M. Noike, T. Isaka, S. Fueki, Y. Shichijo, H. Toshima, K. Gomi, T. Dairi et al.: J. Am. Chem. Soc., 135, 1260 (2013)..筆者らもPaxCがindole-3-glycerol phosphateにゲラニルゲラニル二リン酸(C20)を付加しゲラニルゲラニルインドールを生成すること,また,クラスター内に存在するpaxD産物はpaxillineの20,21位をdi-prenyl化し(図4図4■筆者の研究室で明らかにしたインドールジテルペンの生合成に関与するプレニル転移酵素反応),本化合物がP. paxilli培養液中にも存在することを明らかにした(28)28) C. Liu, M. Noike, A. Minami, H. Oikawa & T. Dairi: Appl. Microbiol. Biotechnol., 98, 199 (2014).

図4■筆者の研究室で明らかにしたインドールジテルペンの生合成に関与するプレニル転移酵素反応

Paxilline以外では,ScottらがAspergillus flavusに2カ所に分断されたaflatrem生合成遺伝子クラスターを同定した(26)26) S. Saikia, M. J. Nicholson, C. Young, E. J. Parker & B. Scott: Mycol. Res., 112, 184 (2008)..筆者らはクラスター内に存在し,プレニル基転移酵素と相同性を有するAtmDが20位あるいは21位のreverse型のプレニル化反応を触媒することを明らかにした(29)29) C. Liu, A. Minami, M. Noike, H. Toshima, H. Oikawa & T. Dairi: Appl. Environ. Microbiol., 79, 7298 (2013).図4図4■筆者の研究室で明らかにしたインドールジテルペンの生合成に関与するプレニル転移酵素反応).さらに筆者らは,前述のFC生産菌のゲノム配列中にインドールテルペン生合成遺伝子クラスターを見いだし,プレニル転移酵素と相同性を有するAmyDがpaxillineの21,22位をdi-prenyl化することを明らかにした(30)30) C. Liu, M. Noike, A. Minami, H. Oikawa & T. Dairi: Biosci. Biotechnol. Biochem., 78, 448 (2014).図4図4■筆者の研究室で明らかにしたインドールジテルペンの生合成に関与するプレニル転移酵素反応).さらにScottらはEpichloë festucaeにlolitrem B生合成遺伝子クラスターも同定した(26)26) S. Saikia, M. J. Nicholson, C. Young, E. J. Parker & B. Scott: Mycol. Res., 112, 184 (2008)..また,理科学研究所の本山,長田らは,遺伝子破壊実験や中間体のフィード実験により,terpendole Eの生合成機構を検討し,terpendole Eが中間体paspalineからP450(TerQ)により生成すること,さらに続くterpendole I,C,Kの生合成について報告した(31)31) T. Motoyama, T. Hayashi, H. Hirota, M. Ueki & H. Osada: Chem. Biol., 19, 1611 (2012).

プレニル基転移酵素

カビが生産する天然物の中には,dimethylallyl diphosphate由来のプレニル基をもつ化合物も多数知られている.本反応を触媒するカビ由来のプレニル基転移酵素の関しては,Liらの先駆的かつ多くの報告例がある.彼らは,Aspergillus fumigatusからFgaPT2遺伝子を見いだし,L-tryptophanの4位をプレニル化する活性を有していることを明らかにした実験を皮切りに,FgaPT1,FtmPT1,FtmPT2,FtmPT2,CdpNPT,Afu3g12930,fgaMT,sirDなど多くのプレニル基転移酵素の機能解明を行っている.これらについては,Liの総説を参照されたい(32)32) S. M. Li: Nat. Prod. Rep., 27, 57 (2010)..それ以外では,阿部らによるFtmPT1の基質特異性(33)33) J. Chen, H. Morita, T. Wakimoto, T. Mori, H. Noguchi & I. Abe: Org. Lett., 14, 3080 (2012).,Tangらによるviridicatumtoxin生合成に関与するゲラニル転移酵素(VrtC)(34)34) Y. H. Chooi, P. Wang, J. Fang, Y. Li, K. Wu, P. Wang & Y. Tang: J. Am. Chem. Soc., 134, 9428 (2012).,Oakleyらによるxanthoneのプレニル化酵素(35)35) J. F. Sanchez, R. Entwistle, J. H. Hung, J. Yaegashi, S. Jain, Y. M. Chiang, C. C. Wang & B. R. Oakley: J. Am. Chem. Soc., 133, 4010 (2011).,Heideらによる原核微生物型のプレニル基転移酵素(36)36) E. Haug-Schifferdecker, D. Arican, R. Brückner & L. Heide: J. Biol. Chem., 285, 16487 (2010).,Shermanらの4-dimethylallyltryptophan生合成酵素(37)37) Y. Ding, R. M. Williams & D. H. Sherman: J. Biol. Chem., 283, 16068 (2008).,Walshらのterrequinone A生合成に関与するTdiBなどが報告されている(38)38) C. J. Balibar, A. R. Howard-Jones & C. T. Walsh: Nat. Chem. Biol., 3, 584 (2007).

筆者らも上述のPaxDとAtmDに関して詳細に基質特異性を検討した結果,paxillineの生合成中間体であるpaspalineも基質となったが,di-prenyl化は進行せずいずれもmono-prenyl化のみが進行することを明らかにした(29)29) C. Liu, A. Minami, M. Noike, H. Toshima, H. Oikawa & T. Dairi: Appl. Environ. Microbiol., 79, 7298 (2013).図4図4■筆者の研究室で明らかにしたインドールジテルペンの生合成に関与するプレニル転移酵素反応).また興味深いことにファルネシルインドールが基質になることもわかった.kcat/Km値を測定した結果,paspalineとpaxillineのいずれを用いた場合もほかの糸状菌由来プレニル転移酵素が示す値よりも小さく,di-prenyl化paxillineが微量しか培地中に存在しない事実とよく合致した.

また,上記のAtmDもPaxD同様に,paspalineを基質としたが,驚いたことに21位がnormalにプレニル化された化合物と,22位がnormalにプレニル化された化合物が生成した(29)29) C. Liu, A. Minami, M. Noike, H. Toshima, H. Oikawa & T. Dairi: Appl. Environ. Microbiol., 79, 7298 (2013).図4図4■筆者の研究室で明らかにしたインドールジテルペンの生合成に関与するプレニル転移酵素反応).Paspalineとpaxillineは極めて似た構造をもつにもかかわらず,プレニル化する位置とregular/reverseの選択性が変わる結果となった.さらに,PaxDがファルネシルインドールのみを基質としたのに対し,AtmDはファルネシルインドールとゲラニルゲラニルインドールの両方を基質とすることがわかった.このようにカビのプレニル基転移酵素は幅広い基質特異性と柔軟な位置・regular/reverseの選択性をもつことが明らかになった.

おわりに

以上糸状菌が生産するテルペン化合物の生合成に関する最近の報告を筆者らの結果も交えて紹介した.すべての報告を網羅したわけではないので,漏れは多々あると思われるが,本分野の現状の理解となれば幸甚である.近年カビのゲノム情報が飛躍的に増大していることから,今後もゲノムマイニング,麹菌などを用いた異種宿主発現によるクラスターの機能解析,クラスター内の機能未知酵素の組換え酵素を用いた解析手法が主流になっていくと考えられる.実際,カビが生産するポリケチドの生合成に関しては,本手法を用いた多くの報告例がある.さらに近年,ヒストンデアセチラーゼ阻害剤の添加や,クラスターの転写因子の活性化により,カビで眠っている遺伝子を起こし,天然物の生産に成功した報告例が多数あることから(39,40)39) 浅井禎吾,大島吉輝:化学と生物,51, 13 (2013)40) 中沢威人,恒松雄太,石川格靖,渡辺賢二:生物工学会誌,90, 289 (2012).,これらの手法も組み合わせることにより,テルペン化合物を含むカビが生産する天然生理活性物質の生合成研究がいっそう進展すると思われる.

Reference

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