プロダクトイノベーション

非酵素的に高効率シグナル増幅を可能とする新規RNA検出法を開発

Aya Shibata

柴田

岐阜大学Gifu University ◇ 〒501-1193 岐阜県岐阜市柳戸1-1 ◇ 1-1 Yanagido, Gifu-shi, Gifu 501-1193, Japan

Takanori Uzawa

鵜澤 尊規

独立行政法人理化学研究所RIKEN ◇ 〒351-0198 埼玉県和光市広沢2-1 ◇ 2-1 Hirosawa, Wako-shi, Saitama 351-0198, Japan

Yoshihiro Ito

伊藤 嘉浩

独立行政法人理化学研究所RIKEN ◇ 〒351-0198 埼玉県和光市広沢2-1 ◇ 2-1 Hirosawa, Wako-shi, Saitama 351-0198, Japan

Satoshi Shuto

周東

北海道大学Hokkaido University ◇ 〒060-0808 北海道札幌市北区北8条西5丁目 ◇ Kita 8, Nishi 5, Kita-ku, Sapporo-shi, Hokkaido 060-0808, Japan

Hiroshi Abe

阿部

北海道大学Hokkaido University ◇ 〒060-0808 北海道札幌市北区北8条西5丁目 ◇ Kita 8, Nishi 5, Kita-ku, Sapporo-shi, Hokkaido 060-0808, Japan

Published: 2014-11-01

RNAは細胞内で遺伝情報を伝達する重要な役割を果たしているが,最近では,non-coding RNA(ncRNA)の発見など,RNAが生体内でさまざまな機能を果たしていることが示唆されている.ncRNAなど細胞内RNAの機能解明を進めるためには,生細胞でRNAがいつ,どのように機能発現をしているかを知る必要がある.しかしながら,生細胞を用いてのRNAイメージングの報告はこれまでのところごく少数に限られ,確立した方法がないのが現状である.そのため,実用的なプローブの開発が望まれている.

生細胞内RNAの検出の際には,過剰量の試薬を洗浄・除去することができないことから,標的特異的な蛍光シグナルを発生させる必要がある.その方法として,標的核酸を鋳型とした化学反応プローブが複数のグループから報告されている(1)1) A. Shibata, H. Abe & Y. Ito: Molecules, 17, 2446 (2012)..化学反応としては,native chemical ligation反応,求核置換(SN2)反応,加水分解反応,Staudinger反応,DNAzyme,転移反応および金属触媒反応などが用いられている.これらの遺伝子検出法の利点は標的核酸を鋳型とした反応サイクルを回すことで,シグナルを増幅することができる点にある.2006年,Seitzらは蛍光分子の転移反応を利用した化学反応プローブを用いた場合,鋳型となる標的遺伝子が24時間で402回転することを報告した(2)2) T. N. Grossmann & O. Seitz: J. Am. Chem. Soc., 128, 15596 (2006)..この結果は,ほかに光などの外部刺激を必要としない遺伝子検出プローブとしては2012年の段階で最高値であった.しかし,このプローブを用いても検出できる遺伝子量は10 pMであり,細胞内の1分子の遺伝子(約1 pMに相当)を検出するには不十分である.そのため,化学反応プローブのさらなる検出感度の改善が必要であった.

化学反応プローブのシグナル増幅サイクルは(1)プローブの標的配列への結合;(2)標的遺伝子上での化学反応;(3)標的遺伝子からのプローブの解離の3つの段階からなっている(図1A図1■(A)化学反応プローブによるシグナル増幅サイクル,(B)SNAr反応を利用した蛍光発生メカニズム).各段階の速度を調べると,これまでに報告されている化学反応プローブでは(2)の化学反応速度がほかの段階に比べ格段に遅いことがわかった.このことから化学反応段階がシグナル増幅の律速であることが示された.そこで,われわれはこの化学反応速度を改善できれば,プローブのシグナル増幅効率を改善できるのではと考え研究に取り組んできた.

図1■(A)化学反応プローブによるシグナル増幅サイクル,(B)SNAr反応を利用した蛍光発生メカニズム

本稿ではわれわれが開発した芳香族求核置換反応を利用した高いシグナル増幅能をもつ遺伝子検出プローブについて紹介する(3)3) A. Shibata, T. Uzawa, Y. Nakashima, M. Ito, Y. Nakano, S. Shuto, Y. Ito & H. Abe: J. Am. Chem. Soc., 135, 14172 (2013).

芳香族求核置換反応を利用した検出プローブの開発

新たなプローブに利用する化学反応として芳香族求核置換反応(SNAr反応)に着目した.SNAr反応は電子の豊富な反応基(求核基)が芳香環の電子不足(求電子的な)部位を求核攻撃することで起こる.このSNAr反応による蛍光シグナルのoff/on制御の機構を用いた遺伝子検出プローブを設計した(図1B図1■(A)化学反応プローブによるシグナル増幅サイクル,(B)SNAr反応を利用した蛍光発生メカニズム).設計したプローブはSNAr反応を引き金として蛍光を発するクマリン誘導体を結合したDNAプローブと,求核剤を結合したDNAプローブの2本1組のプローブで構成されている.これらが標的核酸に隣り合って結合し,SNAr反応を起こすことで蛍光が発生し,標的遺伝子を認識できるシステムとなっている.アミノクマリン誘導体は,2位置換-4-ニトロベンゼンスルホニル基でアミノ基が保護されることで蛍光が消光している.もう一方のプローブの求核基よりこの保護基のイプソ炭素への求核攻撃が起こると,マイゼンハイマー錯体を経由して2位置換-4-ニトロベンゼン部位がアミノクマリンより脱離し,蛍光シグナルが発生する.

一般的に,SNAr反応の反応速度は求核剤の求核性と芳香環に結合した置換基の電子吸引性によりコントロールされている.そのため,われわれは求核剤と保護基の電子吸引性の2点について検討を行った(図2図2■(A)実験に用いたプローブの構造,(B)各プローブ組み合わせによる遺伝子検出).求核剤としてはホスホロチオエート基(PSプローブ)とチオフェノール基(MBAプローブ)の2種類を用いることにした.これらはいずれもチオール基のpKaが6以下であることから,中性条件下で安定なチオアニオン(S)を形成することが期待できた.一方,蛍光剤の保護基としては2位置換基の求電子が異なる2,4-ジニトロベンゼンスルホニル(DNs)基と2-シアノ-4-ジニトロベンゼンスルホニル(CNs)基の2つを用いた(図2A図2■(A)実験に用いたプローブの構造,(B)各プローブ組み合わせによる遺伝子検出).これら4通りの組み合わせで,標的遺伝子の有無が検出できるかどうかを検討した(図2B図2■(A)実験に用いたプローブの構造,(B)各プローブ組み合わせによる遺伝子検出).その結果,求核剤にチオフェノール基を用いた場合,標的配列存在下,約30秒で反応が完結していることが確認できた.一方で,ホスホロチオエート基を求核基に用いた場合,反応の進行は非常に遅く,30分後でも蛍光分子の生成は1%未満にとどまった.このとき,蛍光分子の保護基はDNs基でもCNs基でも反応速度に大きな違いは見られなかった.しかしながら,標的配列が存在しない場合,チオフェノール基とDNs基の組み合わせの場合,30秒後に蛍光分子が1.5%生成していることが確認された.この標的配列非存在下でのバックグラウンド蛍光の発生は,微量の遺伝子を検出する場合,感度低下を招く原因となる.そのため,DNs基を保護基として用いるのは不適切であることがわかった.それに対しCNs基を保護基として用いた場合は,そのようなバックグラウンド蛍光の発生は見られなかった.以上のことから,プローブとしては,求核剤にチオフェノール基,蛍光分子の保護基にCNs基を用いる組み合わせが一番良いことがわかった.

図2■(A)実験に用いたプローブの構造,(B)各プローブ組み合わせによる遺伝子検出

次にこのプローブの検出限界を検討することにした.実験はプローブ濃度を50 nMに固定し,標的遺伝子量を5 nMから0.5 pMの濃度範囲で行った.反応の進行はアミノクマリンの蛍光を測定することで計測し,15時間後の蛍光強度からアミノクマリンの生成収率を計算した(図3図3■微量遺伝子の検出および反応回転数).この結果,0.5 pMの標的遺伝子存在下で,標的遺伝子非存在下の値よりも有意な値を示したことから,SNAr反応を利用した検出プローブは細胞内の1分子の遺伝子を検出できる可能性が示された.またこのとき,鋳型となった標的遺伝子は約1,500回転したことが示された.この回転数は光などの外部刺激を必要としない遺伝子検出プローブとしてわれわれが知る範囲において最高値である.

図3■微量遺伝子の検出および反応回転数

化学反応プローブの律速段階の検討

われわれはSNAr反応を利用することで,化学反応プローブのシグナル増幅能を大幅に改善することに成功した.この回転数の増加が当初の予測どおり化学反応速度の改善によるものかを確認するために,増幅サイクルの各段階の速度を検討することにした(図4図4■シグナル増幅サイクルにおける各段階の速度).増幅サイクルを図4図4■シグナル増幅サイクルにおける各段階の速度に示すように各段階に分け,各速度を計測することにした.プローブと標的配列との会合速度(kon)は260 nmのUV変化をストップドフロー法で測定することで行った.解離速度(koff)はvant’s Hoffプロットより結合定数(K)を求めた後に,会合速度を結合定数で割ることで求めた.SNAr反応の反応速度(kr+)は図3図3■微量遺伝子の検出および反応回転数の蛍光の経時変化のデータをもとにフィッティングを行うことで求めた.これらの測定結果から,プローブの解離速度がそれぞれ2.2×10−2と18.6×10−2 s−1であったのに対し,化学反応速度は8.5×10−2 s−1になり,非常に近い値であることがわかった.以上の結果から,われわれの予想どおり,化学反応速度をプローブの解離速度に近づけることでシグナル増幅の反応回転数を改善できることが示された.

図4■シグナル増幅サイクルにおける各段階の速度

最後に,増幅サイクルの各段階を変化させることで,反応回転数にどのような影響が出るかをシミュレーションしてみた(図5図5■シグナル増幅サイクルのシミュレーション).結果,会合速度と解離速度を固定した場合,反応速度を上げることで,検出限界濃度が向上することが示された(図5A図5■シグナル増幅サイクルのシミュレーション).また,反応速度を上げる場合,合わせて解離速度を増すことが効果的であることがわかった.図5B,C,D図5■シグナル増幅サイクルのシミュレーションはそれぞれ会合速度が1桁ずつ異なるのだが,これらの結果から会合速度を改善することで,さらに大幅な反応回転数の改善が期待できることが示された.しかし,残念なことにプローブの長さや配列組成は解離速度に影響を及ぼすが,会合速度には影響しない.また,現在報告されている核酸の化学修飾(たとえばLNAやペプチド核酸など)を用いても,会合速度は影響を受けないことが報告されている(4)4) U. Christensen, N. Jacobsen, V. K. Rajwanshi, J. Wengel & T. Koch: Biochem. J., 354, 481 (2001)..逆を言えば今後,会合速度を改善できる手法が開発できれば化学反応プローブのさらなる高感度化が可能になると考えられる.

図5■シグナル増幅サイクルのシミュレーション

一方で,われわれはこれまでに生きた細胞内の遺伝子を検出するために,Staudinger反応を引き金としたRETF(reduction triggered fluorescence)プローブの開発を行ってきた(5~7)5) H. Abe, J. Wang, K. Furukawa, K. Oki, M. Uda, S. Tsuneda & Y. Ito: Bioconjug. Chem., 19, 1219 (2008).7) K. Furukawa, H. Abe, Y. Tamura, R. Yoshimoto, M. Yoshida, S. Tsuneda & Y. Ito: Angew. Chem. Int. Ed. Engl., 50, 12020 (2011).図6図6■RETFプローブと細胞内イメージング図).RETFプローブは蛍光分子のアジド誘導体もしくは,還元剤であるトリフェニルホスフィンを結合したDNAの2本1組のプローブで構成されている.蛍光分子のアジド誘導体は,還元剤であるホスフィンと反応することにより,アジドがアミンに還元され,蛍光を発生する.RETFプローブを用いてわれわれは,比較的発現量の多いRNA(28S rRNA,β-actin mRNA)について生きた細胞内(ヒト白血病細胞HL-60)でのイメージングに成功している(6)6) K. Furukawa, H. Abe, K. Hibino, Y. Sako, S. Tsuneda & Y. Ito: Bioconjug. Chem., 20, 1026 (2009)..このRETFプローブの反応回転数は4時間で約54回転であった(6)6) K. Furukawa, H. Abe, K. Hibino, Y. Sako, S. Tsuneda & Y. Ito: Bioconjug. Chem., 20, 1026 (2009).

図6■RETFプローブと細胞内イメージング図

今回われわれはSNAr反応を利用することでプローブの反応回転数を大幅に改善することに成功した.生細胞内の遺伝子を検出するためにはクマリン(450 nm)よりも長波長領域(520 nm以上)の蛍光分子を用いる必要があるため,さらなるプローブの改良が必要ではあるが,SNAr反応を用いたプローブを用いることでさらに発現量の少ないRNA種の検出が可能になると考えている.

まとめ

われわれは,SNAr反応による蛍光シグナルのoff/on制御の機構を用いた遺伝子検出プローブを開発した.本プローブは従来法と比較して非常に高いシグナル増幅能をもち,微量の遺伝子を検出できることが特徴として挙げられる.これは,増幅サイクルにおける化学反応の段階の速度を改善することで達成できた.加えて,増幅サイクルの各段階を詳細に検討した報告はこれまでになく,本研究で得られた知見は化学反応プローブを開発するうえで重要な指針となる.今後さらに研究を重ねることで,われわれが開発したプローブを含む化学反応プローブによる遺伝子検出法は,RNAの抽出操作やPCRによる増幅操作を必要としない次世代の細胞内遺伝子発現検出法として,あるいは生細胞内RNAイメージング技術としての応用が期待できる.

Reference

1) A. Shibata, H. Abe & Y. Ito: Molecules, 17, 2446 (2012).

2) T. N. Grossmann & O. Seitz: J. Am. Chem. Soc., 128, 15596 (2006).

3) A. Shibata, T. Uzawa, Y. Nakashima, M. Ito, Y. Nakano, S. Shuto, Y. Ito & H. Abe: J. Am. Chem. Soc., 135, 14172 (2013).

4) U. Christensen, N. Jacobsen, V. K. Rajwanshi, J. Wengel & T. Koch: Biochem. J., 354, 481 (2001).

5) H. Abe, J. Wang, K. Furukawa, K. Oki, M. Uda, S. Tsuneda & Y. Ito: Bioconjug. Chem., 19, 1219 (2008).

6) K. Furukawa, H. Abe, K. Hibino, Y. Sako, S. Tsuneda & Y. Ito: Bioconjug. Chem., 20, 1026 (2009).

7) K. Furukawa, H. Abe, Y. Tamura, R. Yoshimoto, M. Yoshida, S. Tsuneda & Y. Ito: Angew. Chem. Int. Ed. Engl., 50, 12020 (2011).