Kagaku to Seibutsu 52(11): 777-779 (2014)
農芸化学@High School
白色のカニは何色が好き?: ハクセンシオマネキの行動と光の波長
Published: 2014-11-01
本研究は,日本農芸化学会2014年度大会(開催地:明治大学)での「ジュニア農芸化学会」において発表され,銅賞を表彰された.宮崎県に生息する絶滅危惧種のカニ,ハクセンシオマネキは繁殖期には白色になる.本研究では,ハクセンシオマネキの色の認識と行動様式について調査し,体色の変化との関係を考察している.非常に興味深い内容であり,本誌編集委員から高い評価を受けた.
© 2014 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2014 公益社団法人日本農芸化学会
宮崎県加江田川河口干潟に生息している絶滅危惧種のハクセンシオマネキは体長1~2 cmの小さなカニである(図1, 2図1■繁殖期のオス図2■繁殖期のメス).オスは巨大化したはさみで大きく楕円を描くなどのウェービングと呼ばれる行動をする(1,2)1) D. Muramatsu: J. Ethol., 29, 3 (2011).2) D. Muramatsu: J. Ethol., 117, 408 (2011)..甲羅の色は黒であるが,繁殖期に入ると白色に変化する.しかし,生息地の干潟では白い体色は生存に不利なはずである.これまでハクセンシオマネキの体色が繁殖期に白色に変化する理由は明らかにされていない.またハクセンシオマネキがどの色の光を認識しているかも明らかにされていない.そこで本研究では,これらについて調査した.
これまでわれわれは一辺1 cmの立方体(発泡スチロール)を接近させ,ハクセンシオマネキが求愛シグナルなどのウェービングを行うことを明らかにしてきた.この立方体を油性マジックにて着色した6色の模型(黒・青・紫・緑・赤・黄)と白色模型をハクセンシオマネキに近づけ,ハクセンシオマネキが模型に対してウェービングを行う距離を比較した.
暗室内で着色した模型に紫外線ライト(375~450 nm,810 nmにピークがある,UVAセンサにて室内の100倍のUVAを検出)を照射して,そのときの紫外線写真,反射光写真,励起光写真をデジタルカメラ(FinePixF100fd,FUJIFILM Corporation)にて撮影して比較した.なお紫外線写真,励起光写真は各透過フィルターを用いた.
紫外線を吸収する酸化チタン(IV)をアラビアガムとともに加熱しながら混合させて酸化チタン塗料を作製し,一辺1 cmの立方体を塗装して酸化チタン模型を作製した.これと白色模型をハクセンシオマネキに接近させ,模型に対しウェービングを行う距離を比較した.
ハクセンシオマネキの周囲に赤色,緑色,青色のレーザポインタ(スペクトル分析で赤色は670 nm,緑色は530 nmと810 nm,青色は415 nmと810 nmにピークがある,すべて5 mW)のレーザー光を順番に照射し,行動の変化を観察した.さらに,別種のカニ(シオマネキ,コメツキガニ,チゴガニ,オサガニ,ベンケイガニ,アカテガニ,アシハラガニ)にも同様に照射した.
各着色模型に対してウェービングを行った反応距離と,白色模型に対する反応距離を用いて対応のあるt-検定を行った.その結果,白色,青色,紫色の模型では有意な差が見られず,ハクセンシオマネキはこれらを同じものと認識していることがわかった(図3図3■各模型と反応距離の平均(対応のあるt-検定)).
着色模型の紫外線写真と反射光写真において,ハクセンシオマネキの反応の大きかった白色,青色,紫色の模型は紫外線を強く反射し,反射光も同じであった.一方,励起光写真において,これらの模型はほかの模型との差はなく,塗料による励起光の影響はなかった(図4図4■模型の写真).
酸化チタン模型に対してウェービングを行った距離と,白色模型に対する反応距離を用いて対応のあるt-検定を行った.その結果,白色模型と酸化チタン模型の2つの間に有意な差は見られなかったため,ハクセンシオマネキはこれらの模型を同じものと認識していることがわかった(図5図5■酸化チタン模型と白色模型の比較).
レーザー光照射実験の結果,ハクセンシオマネキは青色レーザー光だけを顕著に追尾したが,別種のカニでは反応の変化は見られなかった.
模型の特性調査と同様に,暗室にてハクセンシオマネキに紫外線ライトを照射し,紫外線写真や反射光写真を撮影した.その結果,全個体で青色光の反射光が確認できた.紫外線は一部の個体で反射していたが,すべての個体ではなかった(図6図6■ハクセンシオマネキの反射光の確認).
模型反応実験において,ハクセンシオマネキは白色,青色,紫色に対する反応距離が大きかったこと,またレーザー光照射実験において青色レーザー光を追尾することから,短波長の光がハクセンシオマネキの行動を誘発しているとわかる.さらにハクセンシオマネキが紫外線ライトに含まれる青色光を反射したことからも,ハクセンシオマネキは短波長の可視光を同種の個体の識別に利用していると推測できる.また別種のカニとの比較より,この青色光を追尾する行動はハクセンシオマネキ特有の行動と言える.以上より,青色の色素を作り出せないハクセンシオマネキは甲羅を白色にすることで,青色光を反射しやすい特性を得て,同種の個体認識に利用しているのではないかと考える.
繁殖期を外れると黒色に,繁殖期に入ると白色に甲羅の色が変化するハクセンシオマネキは,オスでは片方のはさみが大きく,潮を招くようにはさみを振る行為から,その名前がつけられた.しかし,近年その数は減少しており,環境省レッドデータブックにて絶滅危惧種に指定されている.なお個体数減少の原因は開発による干潟の減少や水質の悪化とされている.
この研究は,ハクセンシオマネキの効果的な保護を目指すうえで,その生態を行動学的に理解することを目標としている.色つきの立方体の模型を使用した実験や,レーザー光照射実験など高校生らしいアイデアで,ハクセンシオマネキの認識している光の波長を推定している.
ハクセンシオマネキは,その行動様式がユニークであることから多くの研究者によって研究されてきたが,本研究における色の認識と体色の変化を結びつけようとしたところが面白い.データはまだまだ十分とは言えないが,今後は年間を通したレーザー光に対する反応の違いから繁殖期特有の行動なのか,干潟が干出後の時間帯における反応の違いや,日照条件などによる反応の違いなどを詳細に調べて,青色レーザー光を追尾する行動が何を意味しているのかを追求していきたい.