巻頭言

タンパク質研究の変化に呼応して

Makoto Kimura

木村

九州大学大学院農学研究院Faculty of Agriculture, Kyushu University ◇ 〒812-8581 福岡県福岡市東区箱崎6-10-1 ◇ 6-10-1 Hakozaki, Higashi-ku, Fukuoka-shi, Fukuoka 812-0053, Japan

Published: 2015-01-01

永く生きていると,生活のあらゆる分野で無常を実感することになる.当然のことながら,タンパク質に関する研究分野も例外ではない.筆者は約40年前,タンパク質の一次構造に関する研究で,タンパク質化学の実験手法を学んだ.当時の実験では,まず細胞や組織からタンパク質を分離し,各種液体カラムクロマトグラフィーによりタンパク質を精製した.続いて,タンパク質の純度を電気泳動により評価後,タンパク質をプロテアーゼもしくは化学的試薬により断片化し,各種カラムクロマトグラフィーによりペプチドを精製した.次に,ペプチドを加水分解しアミノ酸組成を分析した後,手動エドマン分解によりペプチドのアミノ酸配列を決定した.このような実験操作を何回となく繰り返し,分子量約3万のタンパク質の全アミノ酸を決定するのに5年間を費やして農学博士の学位を取得した.その後,自動アミノ酸配分析機や高速液体クロマトグラフィーが開発され,さらには遺伝子クローニングと塩基配列決定技術がタンパク質研究へ導入され,タンパク質研究を量および質ともに向上させた.筆者も遺伝子クローニング技術を習得し,1回の電気泳動で約300塩基配列が決定でき,その結果として100個のアミノ酸配列が推定できたときには,一次構造研究の進歩を実感したものである.

さらに,タンパク質研究に著しい変化をもたらしたのは,1990年代のモデル生物の全ゲノム情報の解読である.まず,ゲノム情報に基づいて遺伝子を増幅し,大腸菌や酵母を用いて生産後,付加タグにより容易に組換えタンパク質を精製できるようになった.したがって,細胞からのタンパク質の分離も必要ではなくなり,タンパク質の精製技術もかなり簡素化されるようになった.また,ゲノム情報が既知であることから,タンパク質の基礎情報としてのアミノ酸配列の決定が不要になった.さらに,最近の質量分析機器の技術革新も,従来のアミノ酸配列によるタンパク質の同定に比べ千倍程度の微量化を可能にしている.最近,これらの実験手法,最先端機器,そしてゲノム情報を駆使して,生命現象に関与するさまざまなタンパク質が同定されている.筆者の関連分野でも,約30年間未解明であったミトコンドリアや葉緑体の前駆体tRNAプロセシング酵素が同定され,同様の活性をもつリボザイムとの比較により,リボザイムからエンザイムへの生体触媒の分子進化が解明されようとしている.

一方,このような最先端分析技術とゲノム情報は,タンパク質研究の変化にとどまらず,大学の研究教育体制にも改革を促しているようだ.筆者が所属する地方大学の一研究室では,最先端機器を購入することは困難である.そこで,地方大学でも技術革新に呼応して最先端機器を駆使したタンパク質研究を可能にするために,高度な実験技術を習得した技術補佐員を伴った教育研究支援センターが設置され,最先端分析機器の集中化が試みられている.さらに,地方大学では博士後期課程進学者が減少し,質の高い研究を実施することが困難になっているが,この対策として,学部と大学院修士課程の6年間一環性カリキュラムへの移行などが検討されている.

今後,次世代シークエンサーの導入によって,ゲノム情報を含むさまざまな生物情報がますます充実されるものと思われる.各地の大学において知恵を絞って研究教育組織を改革し,最先端技術とゲノム情報を駆使した優れた研究が展開され,わが国のタンパク質科学研究がますます発展することを楽しみにしている.