今日の話題

みどりの香りの生合成機構: 膜脂質上での酸化開裂反応

Kenji Matsui

松井 健二

山口大学大学院医学系研究科Graduate School of Medicine, Yamaguchi University ◇ 〒755-8505 山口県宇部市南小串1丁目1-1 ◇ 1-1-1 Minamikogushi, Ube-shi, Yamaguchi 755-0046, Japan

Takao Koeduka

肥塚 崇男

山口大学農学部Faculty of Agriculture, Yamaguchi Univeristy ◇ 〒753-8515 山口県山口市大字吉田1677-1 ◇ 1677-1 Yoshida, Yamaguchi-shi, Yamaguchi 753-8515, Japan

Published: 2015-01-01

「みどりの香り」は(Z)-3-ヘキセナールをはじめとする炭素数6(C6)の揮発性化合物群の総称で,緑葉香の主成分である.ほぼすべての被子植物がみどりの香りを生成するので地球上の野山はみどりの香りで満ちていると言える.みどりの香りは加害されたときにその傷口で急激に生成放散され,加害者の忌避や傷口の防御といった直接防衛や加害者の天敵を誘引する間接防衛に関与している(1)1) G. Arimura, K. Matsui & J. Takabayashi: Plant Cell Physiol., 50, 911 (2009)..最近では植物がみどりの香りにさらされると防衛を強化する現象も知られ,情報伝達揮発性化学物質として機能していると考えられる(2)2) K. Sugimoto & K. Matsui et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 111, 7144 (2014)..一方,みどりの香りは食品フレーバーとしても重要で,ヒトはみどりの香り関連化合物の二重結合の位置やその幾何の違いなども容易にかぎ分けることができ,豆乳に含まれるみどりの香りをオフフレーバー(豆臭)とする一方,トマトソースやオリーブオイルなどではみどりの香り各成分の適切な組成比と量が製品の質を左右する.

みどりの香り生合成の鍵酵素は脂肪酸ヒドロペルオキシドリアーゼ(HPL)である(図1図1■みどりの香り生合成経路).リポキシゲナーゼ(LOX)でできた脂肪酸ヒドロペルオキシドを開裂してC6アルデヒドとC12オキソ酸を生成するシトクロムP450酵素である.HPLの起源は思いのほか古く,植物と動物の共通祖先でHPL遺伝子の原型が獲得されたとされる(3)3) D.-S. Lee, P. Nioche, M. Hamberg & C. S. Raman: Nature, 455, 363 (2008)..ただし,動物界ではナメクジウオやイソギンチャクなどでその痕跡が見られる程度で多くの種では失われた.植物界でもコケ類,シダ類,裸子植物でHPLのホモログは見つかるが,みどりの香り生成酵素として機能しているのかはまだわかっていない.私たちも新しいモデル植物ゼニゴケでHPLを探したが,2つ見いだしたホモログ遺伝子はHPLではなく,脂肪酸ヒドロペルオキシドからアレンオキシドを作る酵素をコードしていた(肥塚ら,未発表).みどりの香り生成能力が生物進化の過程でいったん獲得されたのに失われ,植物界で復活したのがどういった理由によるのか,植物の陸上化や節足動物の出現と絡めると想像が膨らむ話題だが,解答は得られていない.

図1■みどりの香り生合成経路

ガラクト糖脂質を出発物質とした場合,一部は加水分解され遊離脂肪酸となり酸化,開裂を受ける(左の経路)が一部はそのまま酸化開裂される(右の経路).みどりの香りとしては同じ(Z)-3-ヘキセナールが生成されるが左の経路では遊離C12オキソ酸が生成されるが,右の経路ではC12オキソ酸をアシル基にもつ糖脂質が生成される.

みどりの香り生成の最大の特徴は植物の葉をつぶすと急激に生成放散されることだろう.この生成放散は葉組織破砕数秒後には始まり,2~3分間持続する.こうした傷口での一過的な生成放散(バースト)は草食昆虫の忌避や傷口の消毒といった直接防衛に好都合だが,どのように制御されているのかわかっていない.みどりの香り生成に関与するLOXやHPLは古くから知られている酵素で,遊離脂肪酸とそのヒドロペルオキシドがそれぞれの基質であると考えられてきた(4,5)4) K. Matsui: Curr. Opin. Plant Biol., 9, 274 (2006).5) C. Wasternack & B. Hause: Ann. Bot., 111, 1021 (2013)..一方,無傷植物体内の遊離脂肪酸濃度は低く抑えられている.そこで,組織破砕によるみどりの香り生成は膜脂質からのリパーゼによる遊離脂肪酸生成が引き金になる,と予想されてきた.確かに植物細胞では多くの加水分解酵素が液胞に局在しており,組織破砕で液胞がはじけ,分解酵素が放出されて膜脂質を加水分解する,とすれば辻褄が合う.

ところが,シロイヌナズナでHPL活性を失った変異株の葉を破砕すると,みどりの香り生合成が途中で止まることで蓄積するはずの脂肪酸ヒドロペルオキシドがあまり検出できなかった.また,野生株でもC12オキソ酸が遊離の状態でほとんど生成されなかった.こうしたことから私たちはみどりの香りは少なくとも一部はリパーゼによる加水分解を経ずに生成すると考えるようになった.リパーゼを介さない場合,膜脂質がそのままLOXで酸素添加され,膜脂質ヒドロペルオキシドとなり,それがそのままHPLで開裂されるはずなので,C12オキソ酸をアシル基としてもつ脂質が生成されるはずである.そこで,破砕葉抽出物をLC-MS/MS分析したところ,C12オキソ酸含有ガラクト糖脂質が葉組織破砕特異的に生成されることを見いだした(6)6) A. Nakashima et al.: J. Biol. Chem., 288, 26078 (2013)..つまり,LOX–HPL反応は脂質加水分解を経ずに,グリセロ糖脂質アシル基上でも進行することが示された.これはシロイヌナズナだけでなく,トマトやインゲン,キャベツなどでも見られ,植物界に普遍的であることが示唆された.植物種によって異なるが,葉組織破砕で生成するみどりの香りの少なくとも1〜5割程度が脂質加水分解を経ずに生成されていると見積もられた.

酸化修飾を受けたアシル基をもつ糖脂質は今回見いだされたHPL生成物以外にも知られている.シロイヌナズナではジャスモン酸生合成前駆体の12-オキソフィトジエン酸をアシル基にもつ糖脂質,アラビドプシドが検出されている.また,アマではビニルエーテル構造をもつ脂肪酸をアシル基とする,リノリピンが同定されている.ただ,いずれの場合もこれら植物種に限定的である.

これら酸化修飾された脂質が次々と見いだされてきたのはLC-MSが汎用機器となり,不揮発性化合物の分析同定が容易になったのが大きい.ただ,これまで見逃されてきたのも不可解である.LOX, HPLともに遊離脂肪酸とそのヒドロペルオキシドがそれぞれの基質である,と考えられてきたのは単にこれら基質の疎水性がそれほど高くないので緩衝液中に分散させて酵素反応を見やすかったことが一因と思われる.LOXはリン脂質やガラクト糖脂質と反応するがデオキシコール酸など適切な界面活性剤を使って適切なサイズと表面電荷をもつエマルジョンにする必要があり,反応系の確立にひと苦労かけなくてはならない(7)7) Y. Saka, T. Mori & Y. Matsumura: Colloids Surf. B Biointerfaces, 19, 187 (2000)..葉の破砕液には断片化された生体膜が膜タンパク質などの効果もあって適度に分散された懸濁状態にある.これまでは実験のしやすさがバイアスとなりみどりの香り生成がリパーゼを介さずとも進行しうることを見逃してきたのではないだろうか.緩衝液中でin vivo/in situ状態を再現するのが困難な脂質や脂肪酸などを基質とする酵素反応はこうした「実験しやすさ」バイアスに捉われずに酵素反応条件から再検討する必要がある.この場合,基質は溶液中にモノマーとして存在していないので単純に基質モル濃度を見積もることが不可能で,ミカエリス–メンテン式もそのままでは適用できないことも注意しなくてはならない.

こうした膜脂質アシル基の酸化修飾がどのような生理的意義をもつのかは今後の検討課題である.哺乳動物細胞でも膜脂質ヒドロペルオキシドが開裂反応を受けたと思われる,炭素鎖の短いオキソ酸をアシル基にもつ脂質が知られていて炎症との関連性やアポトーシス誘導への関与が報告されている.今回見いだされたようなC12オキソ酸含有ガラクト糖脂質中のアルデヒド基,およびこれがさらに酸化されて生成する二重結合と共役したアルデヒド基(α,β-不飽和カルボニル)は生体内求核基と容易に反応するためさまざまな生理活性を示す8)8) A. Higdon et al.: Biochem. J., 442, 453 (2012)..私たちはこうした活性なカルボニル基が膜脂質内に蓄積することは何らかの意義をもつと考え,その解明を進めている.

Reference

1) G. Arimura, K. Matsui & J. Takabayashi: Plant Cell Physiol., 50, 911 (2009).

2) K. Sugimoto & K. Matsui et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 111, 7144 (2014).

3) D.-S. Lee, P. Nioche, M. Hamberg & C. S. Raman: Nature, 455, 363 (2008).

4) K. Matsui: Curr. Opin. Plant Biol., 9, 274 (2006).

5) C. Wasternack & B. Hause: Ann. Bot., 111, 1021 (2013).

6) A. Nakashima et al.: J. Biol. Chem., 288, 26078 (2013).

7) Y. Saka, T. Mori & Y. Matsumura: Colloids Surf. B Biointerfaces, 19, 187 (2000).

8) A. Higdon et al.: Biochem. J., 442, 453 (2012).