Kagaku to Seibutsu 53(1): 9-11 (2015)
今日の話題
二酸化チタン粒子の生物学的応用: 無機ナノ粒子への外部刺激による活性酸素生成の生物学的利用
Published: 2015-01-01
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
二酸化チタン(TiO2)は,390 nm以下の紫外線(3.2 eV以上のエネルギー)を照射されることで活性酸素種を生成することが明らかとされており(1)1) A. Fujishima & K. Honda: Nature, 238, 37 (1972).,その特性から光触媒として広く認知されている.その活性酸素種の発生メカニズムは次のとおりである.TiO2の価電子帯の電子が紫外線で伝導帯に励起されると,還元力の強い電子と非常に酸化力の強い正孔が生成する(図1図1■二酸化チタンの光触媒機能上).これらの電子と正孔が水などと反応して生成する種々の活性酸素種は非常に強い酸化力を示し,化学薬品やバクテリアなどに対して分解作用を示すために,有害物質の分解などにも適用されている(2)2) C. Ogino, K. Kanehira, R. Sasai, S. Sonezaki & N. Shimizu: J. Bioeng. Biosci., 104, 339 (2007)..一例として,病院などの公衆衛生維持を目的として,壁・床などをTiO2でコーティングして,ブラックライト(紫外光ランプ)を照らすだけで殺菌処理を行うことを可能としている.
2000年頃から筆者と金沢大学の清水宣明教授は,TiO2の励起方法として別の手段の模索を行い,TiO2に対して超音波照射法を行うことで,紫外線照射と同様に活性酸素種を発生させることができる条件を見いだすことに成功した(3)3) N. Shimizu, C. Ogino, F. D. Mahmoud, K. Ninomiya, A. Fujihira & K. Sakiyama: Ultrason. Sonochem., 15, 988 (2008).(図1図1■二酸化チタンの光触媒機能下).筆者らはこの「二酸化チタン/超音波照射法」によるラジカル発生を,TiO2粒子をナノ粒子化することでバイオテクノロジー分野での応用が可能になると考え,本領域の研究を行うに至った.
本稿では,従来法の光触媒の励起法である紫外線照射法との比較によって,がん細胞への照射効果がどのように損傷効果に貢献できるか,筆者らの研究成果を紹介したい.さらに,紫外線や超音波照射に代わる新しい粒子励起方法(放射線照射)に関しても最近の研究成果を紹介したい.
TiO2ナノ粒子を用いてがん細胞を特異的に死滅させる技術の開発を目指した(図2図2■ターゲティング機能を有するTiO2ナノ粒子による細胞損傷).TiO2ナノ粒子をがん細胞特異的に集積させ,そこへ紫外光エネルギーを加えることで局所的にラジカルを発生させると,がん細胞を特異的に死滅させることができると期待される.本研究では,TiO2ナノ粒子のラジカル発生能の評価およびがん細胞を標的とするTiO2ナノ粒子の作製,そのがん細胞特異的な細胞障害性について検討した(4)4) K. Matsui, M. Karasaki, M. Segawa, S. Y. Hwang, T. Tanaka, C. Ogino & A. Kondo: Med. Chem. Commun., 1, 209 (2010)..
抗EGFR抗体修飾TiO2(PAA-TiO2/la)ナノ粒子をHela細胞に添加し,UV照射を行った.UV照射量はPAA-TiO2/laが最も多量のラジカルを発生する3 J/cm2とし,照射直後に観察を行った.UV照射とPAA-TiO2/laを併用した場合にのみ,赤色の死細胞が観察されたことから,PAA-TiO2/laはがん細胞特異性を有し,UV照射により発生したラジカルが細胞の生存に影響を与えることが確認された.以上よりTiO2ナノ粒子に抗体を固定化し,がん細胞特異性を付加する技術の開発に成功した.また,作製したナノ粒子とUVの照射を併用することで,がん細胞のみを特異的に死滅させる技術の開発に成功した.
上述のように,筆者らはTiO2粒子が紫外線のみならず,超音波照射によっても活性酸素種を生成することを見いだしている.そこでB型肝炎ウイルス由来の肝細胞認識タンパク質(preS1/S2)を固定化したTiO2(preS1/S2-TiO2)ナノ粒子を用いて,in vitroでの培養がん細胞への取り込み,およびTiO2と超音波照射法によるがん細胞損傷メカニズムを検討した(5)5) C. Ogino, N. Shibata, R. Sasai, K. Takaki, Y. Miyachi, S. Kuroda, K. Ninomiya & N. Shimizu: Med. Chem. Lett., 20, 5320 (2010)..その結果,TiO2ナノ粒子表面に修飾したpreS1/S2タンパク質は,肝細胞に特異的な領域を有するタンパク質で,かつpreS1/S2固定化TiO2は肝細胞に特異的に取り込まれることが明らかとなった.
以上の基礎的な検討を踏まえ,HepG2細胞を移植した担がんマウスを作製し,preS1/S2固定化TiO2ナノ粒子を導入して,「二酸化チタン/超音波照射法」による腫瘍の治療効果を検討した(図3図3■担がんマウスにおける「二酸化チタン/超音波照射法」法の検証).具体的には,3つのグループで,それぞれ6固体ずつ担がんマウスを作製し,(A)コントロール群,(B)超音波照射のみ,(C)ナノ粒子の導入と超音波照射の併用を行い,比較検討を行った.その結果,(A)および(B)の実験群では,がん腫瘍の体積が増加するマウスが多かったが,(C)群でのみ,ほとんどの担がんマウスで腫瘍体積の増加が見られなかった.これは,「二酸化チタン/超音波照射法」が腫瘍の増殖に対して阻害効果,もしくは抗腫瘍作用を有していることを示唆しているものと判断する(6)6) K. Ninomiya, C. Ogino, S. Oshima, S. Sonoke, S. Kuroda & N. Shimizu: Ultrason. Sonochem., 19, 607 (2012)..
以上述べてきたように,筆者らは無機ナノ粒子であるTiO2ナノ粒子の医療応用に向けて,励起方法の探索,そしてナノ粒子材料の探索を推進してきた.これまでのTiO2の研究をベースに,今後,さらなるナノ粒子の開発を推進し,今後はin vivoの治療効果に関しても医学研究者との連携を深めより詳細な検証を行い,がん治療に向けた基盤技術の確立を進めたいと考えている.
本研究の一部は,文部科学省,厚生労働省,科学技術振興機構(JST),新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)からの助成を受けて行われました.