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温暖化による開花時期の短縮: 温暖化と開花

Yukari Saburi

佐分利 由香里

北海道大学大学院地球環境科学研究院Faculty of Environmental Earth Science, Hokkaido University ◇ 〒060-0810 北海道札幌市北区北10条西5丁目 ◇ Kita 10, Nishi 5, Kita-ku, Sapporo-shi, Hokkaido 060-0810, Japan

Akiko Satake

佐竹 暁子

北海道大学大学院地球環境科学研究院Faculty of Environmental Earth Science, Hokkaido University ◇ 〒060-0810 北海道札幌市北区北10条西5丁目 ◇ Kita 10, Nishi 5, Kita-ku, Sapporo-shi, Hokkaido 060-0810, Japan

Published: 2015-01-01

地球温暖化問題が指摘されて久しいが,日本においても昨今の猛暑や北日本における豪雪など,身をもって何らかの気候の変化を感じることが多くなってきた.気候変動に関する政府間パネル(IPCC)によると,高濃度の温室効果ガスの排出が続くと21世紀末には地球の平均気温は最高で約4.8°C上昇するとの報告がある.気温上昇により海面が上昇したり,異常気象が増加したりするだろうとの話はよく聞くが,この温度上昇は植物にとってどのような意味をもつのであろうか.

植物の開花は遺伝子レベルで厳密に制御されており,温度や日長といった外部環境から大きな影響を受ける(1,2)1) R. Amasino: Plant J., 61, 1001 (2010).2) F. Andrés & G. Coupland: Nat. Rev. Genet., 13, 627 (2012)..開花における温度応答の一つとして春化(Vernalization)が挙げられる.これは植物が冬を経験することによって花芽形成が促進される現象であり,シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)を含むアブラナ科の植物をはじめ,コムギやオオムギなどさまざまな植物において見受けられる.特にシロイヌナズナでは遺伝子レベルでの研究が進み,これまでに開花に関連する遺伝子が多数同定され,その機能も徐々に明らかになってきている.

シロイヌナズナにおいて,春化による開花誘導はFLOWERING LOCUS CFLC)を介した開花遺伝子の抑制の解除であると理解されている(1,2)1) R. Amasino: Plant J., 61, 1001 (2010).2) F. Andrés & G. Coupland: Nat. Rev. Genet., 13, 627 (2012).FLCは,下流で機能するFLOWERING LOCUS TFT)やSUPPRESSOR OF OVEREXPRESSION OF CO1SOC1)などの開花遺伝子に直接結合することでその転写を妨げている.冬のような低温が長く続くと,ヒストン修飾にかかわるさまざまな因子の働きによってFLCがエピジェネティックな制御を受けることでその転写が抑制され,FTSOC1の発現が可能となる(3)3) 玉田洋介,後藤弘爾:“植物のエピジェネティクス”,島本 功,飯田 滋,角谷徹二(監修),秀潤社,2008, pp. 87–95.FTSOC1は開花シグナルの言わば取りまとめ役であり,さまざまな外部刺激が種々の遺伝子を介してFTもしくはSOC1にたどり着く.そして,花芽分化の決定遺伝子であるAPETALA 1(AP1)やLEAFYLFY)へとシグナルが伝えられ,花芽形成が開始される.春の訪れのように,低温から常温に戻るとFLCの発現抑制に必要な低温シグナルはもはや存在しないが,FLCの発現は抑制されたままであり,FLCによって低温(冬)の経験を記憶していると考えられている(4,5)4) A. Angel, J. Song, C. Dean & H. Howard: Nature, 476, 105 (2011).5) A. Satake & Y. Iwasa: J. Theor. Biol., 302, 6 (2012).

近年,このFLCは複雑な温度変化を示す自然環境下において,温度の季節変化を感知する鍵となる遺伝子であることが,シロイヌナズナの近縁種であるハクサンハタザオ(Arabidopsis halleri)を用いた研究から明らかになってきた(6)6) S. Aikawa, M. J. Kobayashi, A. Satake, K. K. Shimizu & H. Kudoh: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 107, 11632 (2010)..一年草であるシロイヌナズナは,花茎を伸ばして(抽だい)開花後,種子を残してその個体は枯死する.一方,多年草であるハクサンハタザオは,開花後に再び葉を形成し(reversion,これを開花の終了とみなす),栄養生長が可能であるという特徴があり,抽だいしてから開花終了までの期間を開花期間と定義することが可能である.前述したようにシロイヌナズナではFLCが冬の記憶を維持するため,春が来ても開花遺伝子が発現したままであるが,ハクサンハタザオでは冬の記憶期間が短く,温度の上昇に伴い短期間でFLC発現量が回復し,再び開花遺伝子の発現が抑制される.この違いが両者の生活史を決定していると考えられる.

ではFLCは温度上昇に対してどのように応答し,開花時期にどのような影響を与えるのだろうか? この問いに答えるために,室内実験,数理モデルおよび野外実験を統合したアプローチを用いた研究を行った(7)7) A. Satake, T. Kawagoe, Y. Saburi, Y. Chiba, G. Sakurai & H. Kudoh: Nat. Commun., 4, 2303 (2013).

ハクサンハタザオの温度操作実験では,低温になるとFT相同遺伝子(AhgFT)の発現が遅れ,開花やその終了の時期には顕著な遅れが見られた.室内実験で観測された遺伝子発現変化を説明する数理モデルを開発し,パラメータ推定を行ったところ(図1A図1■開花時期の予測),AhgFLCのほうがAhgFTより温度感受性が高いことが示された.当モデルを用いて自然環境下で生じる遺伝子発現変化を予測したところ,自然条件で生育するハクサンハタザオと同様な遺伝子発現を示し,温度上昇に対する遺伝子発現の変化や開花時期のずれも正確に予測することが可能であった(図1B図1■開花時期の予測).ハクサンハタザオでは,FLCの発現量は夏から秋にかけて高く,冬の低温により徐々に低下し,春になるとその発現が回復してくるが,当モデルによると,気温の上昇により,冬期のAhgFLCの発現低下時期が後ろにずれこみ,春における発現の回復は早まることが予測され,AhgFTの発現時期もシフトした.結果として,温度の上昇に伴って抽だい時期が早まり,それ以上に開花の終了時期が早まることで,開花期間が短縮した.具体的には,兵庫由来の個体は4.5°Cの上昇で,また,函館由来の個体では5.3°Cの上昇で開花すらしなくなることが示唆された(図1C図1■開花時期の予測).

図1■開花時期の予測

(A)モデルのスキーム.(B)兵庫に移植した函館由来ハクサンハタザオの遺伝子発現量の観測値(5サンプルの平均±S.D.)と予測値.(C)函館由来ハクサンハタザオにおける温度変化と予測開花期間.実線は予測値を示し,点線はそれに対する信頼度95%のときの信頼区間(95%CI,許容誤差)を示す.

非常に複雑な開花現象に対し,筆者らはごく僅かな一部の遺伝子に着目することで,室内実験の結果から自然環境下の開花予測に成功した.だが,植物にはFLCを介したFT発現抑制の解除とは異なったメカニズムでの開花機構が備わっているため,現在函館および兵庫由来の個体を沖縄への移植し,温度上昇による開花への影響をさらに確認中である.現状では,ハクサンハタザオを対象としたモデルでは,地球温暖化による気温の上昇はその開花を妨げ,最悪の場合には開花すらしなくなる可能性が示唆された.この予測モデルは,同様に春化や日長応答するコムギやオオムギなどの穀物においても,適用可能であると考えられる.生態系維持や食糧生産の場においてどのような変化がもたらされるのか予測することで,地球温暖化による影響を訴える一方,その対策を練る一助となることを期待する.

Reference

1) R. Amasino: Plant J., 61, 1001 (2010).

2) F. Andrés & G. Coupland: Nat. Rev. Genet., 13, 627 (2012).

3) 玉田洋介,後藤弘爾:“植物のエピジェネティクス”,島本 功,飯田 滋,角谷徹二(監修),秀潤社,2008, pp. 87–95.

4) A. Angel, J. Song, C. Dean & H. Howard: Nature, 476, 105 (2011).

5) A. Satake & Y. Iwasa: J. Theor. Biol., 302, 6 (2012).

6) S. Aikawa, M. J. Kobayashi, A. Satake, K. K. Shimizu & H. Kudoh: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 107, 11632 (2010).

7) A. Satake, T. Kawagoe, Y. Saburi, Y. Chiba, G. Sakurai & H. Kudoh: Nat. Commun., 4, 2303 (2013).