Kagaku to Seibutsu 53(1): 27-33 (2015)
解説
ミトコンドリアの融合と分裂: その意義と制御機構
Mitochondrial Fusion and Fission: Physiological Role and Regulation Mechanisms
Published: 2015-01-01
ミトコンドリアは細胞内のエネルギー生産のみならずさまざまな細胞機能に関与する多機能なオルガネラである.ミトコンドリアは細長く枝分かれ構造をもつが,同時に活発な融合と分裂サイクルによりその形態を変化させており,このダイナミクスの制御には種を超えて保存されたGTPase群が機能している.近年,哺乳類においてこれらの関連遺伝子の欠損マウスが構築されたことで,初期発生や組織形成への効果など個体における機能が明らかになりつつある.さらに精製タンパク質や人工脂質膜小胞を用いた解析により,融合・分裂の際のGTPaseの挙動,脂質膜形態の変形機構が示されつつある.また最近ではミトコンドリアの形態制御異常が,神経変性疾患,代謝疾患や老化などに関与することから,融合と分裂の分子機構はさらに大きな注目を集めつつある.ここでは哺乳類を中心にミトコンドリアの形態制御に関する最新の知見を踏まえて概説する.
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
ミトコンドリアを標識して顕微鏡下で生細胞を観察すると細胞内でミトコンドリアが活発に動き,融合と分裂を頻繁に繰り返している様子を観察することができる(1)1) N. Ishihara, H. Otera, T. Oka & K. Mihara: Antioxid. Redox Signal., 19, 389 (2013)..融合と分裂に機能する因子としてGTPase群が単離され,その解析により,ミトコンドリアの融合を抑制すると分裂のみが進行し短く独立したミトコンドリアとなるが,逆に分裂を抑制すると融合により極めて長いミトコンドリアのネットワークが形成されることが示された.この結果は,ミトコンドリアの形態は融合と分裂のバランスのもとに維持されていることを示している(図1図1■融合と分裂によるミトコンドリアの形態制御).細胞応答や分化時にはミトコンドリアの形態が大きく変化することが古くから知られているが,これは融合や分裂,あるいは細胞内での移動・配置などが変化することによって,その動的変化が進むと考えられている.ミトコンドリアのさまざまな機能が,融合と分裂に制御されたミトコンドリア形態変化により変化する可能性が考えられ,近年活発に解析が進められるようになってきている(図2図2■ミトコンドリア融合と分裂が関与する生理機能).
ミトコンドリアの融合に機能する因子Fzoは,ショウジョウバエの雄性不稔変異株の原因遺伝子として単離された.Fzoは昆虫特異的に起こると言われている精子形成期のミトコンドリア融合に必須の遺伝子であり,その変異により精子形成不全となる(2)2) K. G. Hales & M. T. Fuller: Cell, 90, 121 (1997)..一方,哺乳動物細胞には精子特異的なミトコンドリア融合因子は知られていないが,そのホモログとしてmitofusin(Mfn)が同定された.その後,Mfn2は末梢神経に障害をもつ神経変性疾患であるCharcot-Marie-Tooth病type 2aの原因遺伝子として同定され,さらに別のミトコンドリア融合因子Opa1は,視神経形成異常となるDominant Optic Atrophyの原因遺伝子として同定された.これらの結果から神経機能維持にミトコンドリア融合が重要な機能をもつことがわかった(1)1) N. Ishihara, H. Otera, T. Oka & K. Mihara: Antioxid. Redox Signal., 19, 389 (2013)..その後,ミトコンドリア融合に機能する因子群の欠損マウスが構築され,それぞれが胎生期などの初期発生に重要な機能をもつことが明らかになった.さらに組織特異的欠損マウスの解析が進められることで,さまざまな組織におけるミトコンドリア融合の機能が解析され,現時点では神経・骨格筋・心筋などの組織の機能維持に必須の機能をもつことが明らかになっている(1)1) N. Ishihara, H. Otera, T. Oka & K. Mihara: Antioxid. Redox Signal., 19, 389 (2013)..
一方,これらの融合因子を欠損した多くの細胞あるいは組織では,ミトコンドリアの部分的な呼吸不全やミトコンドリアDNA(mtDNA)の維持不全が観察されることがわかっている(3)3) H. Chen, M. Vermulst, Y. E. Wang, A. Chomyn, T. A. Prolla, J. M. McCaffery & D. C. Chan: Cell, 141, 280 (2010)..またこれまでのmtDNAの変異を原因としたミトコンンドリア病の病態解析から,ミトコンドリア融合の意義が議論されている.mtDNA変異などによる機能不全となったミトコンドリアが,ほかの正常なミトコンドリアと融合することでその機能が相補され,その結果,細胞の総呼吸活性が維持される「ミトコンドリア相互作用説」が知られている(4)4) K. Nakada, K. Inoue & J. Hayashi: Biochem. Biophys. Res. Commun., 288, 743 (2001)..しかし実際には,このミトコンドリアの融合がどのようにしてミトコンドリア活性維持に機能するか,その詳細はよく理解されていない.今後,詳細な細胞生物学的・分子生物学的な解析を行うことで,個体内でのミトコンドリアの機能維持の理解が進展することが期待されている.
「ミトコンドリアは分裂して増殖する」との記載をしばしば見かけることがある.ミトコンドリアは細胞内で新規に合成されることがないため,現存するミトコンドリアが増殖することで量を増やし,細胞分裂時に娘細胞にミトコンドリアを分配していくと考えられている.また藻類などを用いたオルガネラ分裂の先駆的な研究から,細胞分裂に同調したミトコンドリア分裂の分子機構解析が進められている(5)5) T. Kuroiwa: Proc. Jpn. Acad., Ser. B, Phys. Biol. Sci., 86, 455 (2010)..しかし,近年の哺乳動物や酵母の研究によると,ミトコンドリアの分裂は必ずしもその増殖とは同調していないことがわかっている.出芽酵母や哺乳動物(ヒト,マウスなど)の細胞においてミトコンドリア分裂因子の機能抑制を行うと,長いミトコンドリアネットワークが形成される.しかし,この場合に必ずしもミトコンドリア増殖は減少していない.また多くの哺乳動物培養細胞においては細胞増殖やミトコンドリア呼吸活性,さらにはmtDNAの維持においても,それほど大きな影響を与えないことがわかっている(6)6) R. Ban-Ishihara, T. Ishihara, N. Sasaki, K. Mihara & N. Ishihara: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 11863 (2013)..それではミトコンドリアの増殖には直接関与しない,このミトコンドリアの分裂はどのような意義をもっているのだろうか?
近年,ミトコンドリア分裂因子Drp1の突然変異が重篤な新生児致死の原因となることが報告された(7)7) H. R. Waterham, J. Koster, C. W. T. van Roermund, P. A. W. Mooyer, R. J. A. Wanders & J. V. Leonard: N. Engl. J. Med., 356, 1736 (2007)..さらにわれわれを含めたいくつかのグループがDrp1の遺伝子欠損マウスを構築し,その生理機能解析が進みつつある.全身でDrp1を欠損したマウスは胎生致死となることからミトコンドリア分裂も初期発生・分化に必須な機能をもつことを明らかにした(8,9)8) N. Ishihara, M. Nomura, A. Jofuku, H. Kato, S. O. Suzuki, K. Masuda, H. Otera, Y. Nakanishi, I. Nonaka, Y. Goto et al.: Nat. Cell Biol., 11, 958 (2009).9) J. Wakabayashi, Z. Zhang, N. Wakabayashi, Y. Tamura, M. Fukaya, T. W. Kensler, M. Iijima & H. Sesaki: J. Cell Biol., 186, 805 (2009)..これまでの研究で,神経細胞におけるミトコンドリア分裂の機能解析の理解が進んできている.神経細胞で特異的にDrp1を欠損させたマウスを構築すると,このマウスは生まれてくるが生後直後に神経変性により致死となった.このミトコンドリア分裂不全となる神経細胞内では,ミトコンドリアが極めて大きくなっており,シナプス形成がほとんど観察されなかった.正常な神経細胞では,神経突起の中に多数の小さなミトコンドリアが観察されるが,ミトコンドリア分裂を抑制すると神経突起内に分布するミトコンドリアがあまり見られなくなり,その結果シナプス形成が異常になるのではないかと考えられる.これらの結果から,神経突起への局所的なミトコンドリアの配置にミトコンドリア分裂が重要であることが明らかになった.ミトコンドリアが分裂して個々のミトコンドリアが小さくなること,あるいはミトコンドリアの数が増加することが神経形成に重要なのではないかと考えられる.
現時点ではまだ神経以外のミトコンドリア分裂の機能特性はまだ不明な点が多いが,神経細胞以外の細胞種でも特殊な細胞質内構造をもつような細胞では,この「ミトコンドリア分裂–細胞内でのミトコンドリア適切配置」が重要な意義をもつ可能性も考えられている.その一例は心筋であり,マウスDrp1の点変異導入により心不全が誘導されることが報告されており,筋組織形成とミトコンドリア分裂の関与も予想されている(10)10) H. Ashrafian, L. Docherty, V. Leo, C. Towlson, M. Neilan, V. Steeples, C. A. Lygate, T. Hough, S. Townsend, D. Williams et al.: PLoS Genet., 24, e1001000 (2010)..今後,さまざまな組織におけるミトコンドリア分裂の生理機能を解析することで,ミトコンドリア動的変化のみならず,ミトコンドリア自体の新しい機能が解明されるのではないかと考え,現在も解析を進めている.
ミトコンドリア機能の不全は,糖尿病などの代謝疾患,がん,アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患などさまざまな疾患に見られる(11,12)11) D. C. Wallace: Science, 283, 1482 (1999).12) J. Nunnari & A. Suomalainen: Cell, 148, 1145 (2012)..ミトコンドリアは内膜に存在する呼吸鎖複合体において酸素を用いてATPを産生する際に,その副産物として活性酸素種(reactive oxygen species; ROS)を作り出す.ミトコンドリア自体にはこの有害なROSを消去する仕組みが備わっているが,これら消去系の働きが十分でなくなるかROS産生が亢進するとミトコンドリアの機能不全を来たし,老化や発がん,動脈硬化の原因になると考えられている.また突然変異型mtDNA分子種が,糖尿病,神経変性疾患の患者組織やがん組織,老化個体の組織からも検出される.さらに,ミトコンドリアの品質管理機構の不全や,融合・分裂による形態制御の異常と,神経変性疾患発症との関連が示され,ミトコンドリアと疾患は多様なつながりをもつことがわかってきた.
障害を受け機能不全となったミトコンドリアに,パーキンソン病の原因因子PINK1,Parkinが局在化し,その結果選択的なオートファジー分解(マイトファジー)により分解される(12,13)12) J. Nunnari & A. Suomalainen: Cell, 148, 1145 (2012).13) K. Itoh, K. Nakamura, M. Iijima & H. Sesaki: Trends Cell Biol., 23, 64 (2013)..PINK1やParkinは,失活したミトコンドリアを感知することで,マイトファジーが進行する.これまで,パーキンソン病関連因子の機能詳細はあまり理解されていなかったが,ミトコンドリアに注目することで培養細胞を用いた細胞生物学的な解析を進められるようになった.その結果,パーキンソン病の発症とマイトファジー機構の破綻による異常ミトコンドリアの蓄積の関連が示され,さまざまなパーキンソン病関連因子の理解が大きく進展するようになった.さらにマイトファジーにもミトコンドリア分裂を介した動的構造変化が関与していると考えられている.しかし,動的変化がどのように制御され,ミトコンドリア品質管理に関与しているのか,またパーキンソン病を含む神経変性疾患にマイトファジーやミトコンドリアダイナミクスがどのような意義をもつのか,などその全容理解はまだ不明な点が多く残されているため,今こそミトコンドリアに注目した研究が求められている.その基盤として期待されているのが酵母を用いたマイトファジーの研究である.出芽酵母のマイトファジーモデル系が近年確立しており,この網羅的解析が進められつつあるため,これらの知見を基にして哺乳動物の病態・健康に応用が進むことが期待される(14)14) K. Okamoto: J. Cell Biol., 205, 435 (2014)..
中枢部位の神経細胞は,ミトコンドリアのエネルギー代謝が高く要求される部位であり,ミトコンドリアの機能欠損に影響を受けやすい.以前から進行性神経変性疾患において,エネルギー代謝異常が報告されていた.最近,代謝異常に加えて,分裂因子の活性化による直接的な融合・分裂のバランス異常が,神経変性疾患の初期段階に深く関与することが示唆されている(13)13) K. Itoh, K. Nakamura, M. Iijima & H. Sesaki: Trends Cell Biol., 23, 64 (2013)..アルツハイマー病の発症に深くかかわるβ-アミロイドが,細胞内のNO産出を促し,それによりS-ニトロシル化された活性型Drp1が分裂を促進し,神経細胞に損傷を与えることが報告されている.またハンチントン病の原因となるグルタミン鎖が異常に伸長したハンチンチンタンパク質が,Drp1に結合し,GTPase活性およびオリゴマー化を促進し,結果として過剰なミトコンドリア分裂を誘起することも報告されている.過剰なDrp1の分裂活性の増加が,実際の発症の原因となるかどうか議論が分かれているが,培養細胞やモデル動物では,不活性型Drp1の発現や,融合因子の過剰発現により,ミトコンドリア機能の低下が解消されることが報告されている(13)13) K. Itoh, K. Nakamura, M. Iijima & H. Sesaki: Trends Cell Biol., 23, 64 (2013)..
また,がんの転移にもミトコンドリアの融合・分裂による形態変化がかかわることが知られつつある.乳がん細胞株MDA-MB-231/436において,ミトコンドリア分裂抑制により,転移にかかわる細胞移動能・浸潤能が低下し,逆にミトコンドリア融合抑制によって細胞移動能・浸潤能が上昇するとの報告がされている(15)15) C. B. Garcia, C. M. Shaffer, M. P. Alfaro, A. L. Smith, J. Sun, Z. Zhao, P. P. Young, M. N. VanSaun & J. E. Eid: Oncogene, 31, 2323 (2012)..しかし,このような反応は乳がん特異的か,あるいはこの細胞株に特異的な反応か,などまだ疑問点は多い.今後,さまざまな病態でのミトコンドリア形態変化および関連因子の動態・効果を検証することで,疾病の予防や治療において大きな研究進展が期待される.
ミトコンドリアの膜融合を制御する因子として,酵母から哺乳動物まで広く保存されている高分子量のGTPaseが同定されている(1)1) N. Ishihara, H. Otera, T. Oka & K. Mihara: Antioxid. Redox Signal., 19, 389 (2013)..これらのGTPaseの強制発現や抑制により,ミトコンドリアの形態をコントロールできることから,真核細胞内の分泌経路,あるいはウイルスの細胞融合にかかわる膜融合因子とは異なるミトコンドリア独自の膜融合システムが存在すると考えられる.融合にかかわるGTPaseは,900残基ほどの膜貫通領域をもつタンパク質であることから,精製タンパク質を用いた機能解析や,構造解析はほとんど行われていない.アミノ酸配列のシークエンス解析から,膜変形活性をもつダイナミンと高い相同性をもつGTPaseドメインと,いくつかの機能ドメインから構成されると考えられる.ダイナミンとはGTPase以外の相同性は低いが,自己会合体を形成することや,GTPase活性が融合に必要であることから,ほかのダイナミン様タンパク質と同様に,GTP加水分解のエネルギーによる分子内のコンフォメーション変化が,膜融合に寄与すると考えられている(16)16) J. A. McNew, H. Sondermann, T. Lee, M. Stern & F. Brandizzi: Annu. Rev. Cell Dev. Biol., 29, 529 (2013)..
ミトコンドリア外膜の融合には外膜のGTPase,mitofusin(Mfn,酵母ではFzo1)が関与している(図3図3■ミトコンドリア融合の分子機構).哺乳類には2つのMfnアイソフォーム(Mfn1,Mfn2)が発現しており,それぞれ単独の欠損および発現抑制でミトコンドリア融合活性が大きく低下する.また両方の遺伝子欠損で極めて強い融合不全となる.これらはそれぞれのホモオリゴマーや,両方を含むヘテロオリゴマーを形成できる.これらの結果から,2つのMfnアイソフォームは異なる機能をもちつつ,協調的に融合に機能していることがわかっている(1)1) N. Ishihara, H. Otera, T. Oka & K. Mihara: Antioxid. Redox Signal., 19, 389 (2013)..それぞれのアイソフォームの機能分担に関してはまだ不明な点が多い.Mfn1は融合に先立って2つのミトコンドリアの間で複合体を形成することで,ミトコンドリア間を結合(繋留)させることがわかっている(17,18)17) T. Koshiba, S. A. Detmer, J. T. Kaiser, H. Chen, J. M. McCaffery & D. C. Chan: Science, 305, 858 (2004).18) N. Ishihara, Y. Eura & K. Mihara: J. Cell Sci., 117, 6535 (2004)..一方,Mfn2の驚くべき機能が報告されている.Mfn2はミトコンドリアのみならず小胞体(ER)にも一部局在し,このERのMfn2がミトコンドリアのMfn1またはMfn2と複合体を形成することで,ミトコンドリアとERが結合するとの報告がなされている(19)19) O. M. de Brito & L. Scorrano: Nature, 456, 605 (2008)..この論文を一つのきっかけとして,現在ミトコンドリアとERの接触(MAM)を介したオルガネラ間交流がさまざまな生命現象に重要な機能をもつのではないかとの報告が相次いでいる.たとえば,細胞内カルシウム応答,脂質合成,アポトーシス,ERストレス,オートファゴソーム膜の形成にもこのミトコンドリアとERの接触が関与しているとの報告されており,その進展に大きな注目が集まっている.
A. ミトコンドリア外膜の融合には,外膜のGTPase Mfnが関与する.Mfnには2つのアイソフォーム(Mfn1,Mfn2)がある.Mfn1のGTP加水分解に依存して,2つのミトコンドリアが繋留される.Mfn1,Mfn2は協調的に融合に機能するが,その機能分担は十分に理解されていない.B. 外膜融合後に,Opa1により内膜融合が起こる.Opa1は,内膜貫通領域をもつL-Opa1と,プロテアーゼにより,膜貫通領域が欠損したS-Opa1の2つのフォームで存在する.「内膜融合時にL-Opa1とS-Opa1,どちらのフォームが促進・阻害に働くか?」は,議論が分かれている.C. 外膜と内膜の融合により,マトリックス内容物が交換され,均質化が起こる.
ミトコンドリア内膜のダイナミン様GTPase,Opa1(酵母ではMgm1)は内膜の融合と内膜クリステ構造の形成に関与している(図3図3■ミトコンドリア融合の分子機構).内膜貫通領域をもつL-Opa1はミトコンドリアの失活時に内膜でプロテアーゼ群(AAAプロテアーゼおよびOma1)によりタンパク質切断を受けることにより膜結合ドメインを消失し,S-Opa1となる.ヒトではOpa1は少なくとも8種類のスプライスバリアントとして発現しており,このスプライシングにより切断様式が変動する.膜電位消失時に失活したミトコンドリアはL-Opa1の切断を介してS-Opa1を産出することにより,融合活性が制御される.これにより失活したミトコンドリアが細胞内のミトコンドリアのネットワークから選択的に排除され,細胞内のミトコンドリアの品質が管理されるのではないかと考えられている(20,21)20) N. Ishihara, Y. Fujita, T. Oka & K. Mihara: EMBO J., 25, 2966 (2006).21) R. Anand, T. Wai, M. J. Baker, N. Kladt, A. C. Schauss, E. Rugarli & T. Langer: J. Cell Biol., 204, 919 (2014)..一方,内膜融合にはL-Opa1とS-Opa1の両者が必要だという報告や(22)22) Z. Song, H. Chen, M. Fiket, C. Alexander & D. C. Chan: J. Cell Biol., 178, 749 (2007).,L-Opa1のプロセシングにより,内膜融合活性が促進されるという報告もあり(23)23) P. Mishra, V. Carelli, G. Manfredi & D. C. Chan: Cell Metab., 19, 630 (2014).,ミトコンドリア機能やダイナミクスにおけるL-Opa1とS-Opa1の役割に関しては統一的な見解が得られていない.精製タンパク質を用いた研究から膜貫通領域が欠損したS-Opa1は,ミトコンドリア内膜に局在するカルジオリピンを含むリポソームと特異的に結合し,GTPase活性を促進することや,ダイナミンと同様にリポソーム(人工の脂質膜小胞)のチューブ化を起こすことが報告されている(24)24) T. Ban, J. A. Heymann, Z. Song, J. E. Hinshaw & D. C. Chan: Hum. Mol. Genet., 19, 2113 (2010)..しかしながら,精製タンパク質を用いた系ではS-Opa1での膜融合は観察されず,内膜融合にOpa1がどのように機能するか,その分子機構はまだあまり理解されていない.
ミトコンドリアの分裂には,ダイナミン様タンパク質Drp1(Dlp1とも呼ばれる,酵母ではDnm1)が関与している(図4図4■ミトコンドリア分裂の分子機構).精製タンパク質を用いた研究から,Drp1は多量体からなる大きな複合体を形成すること,リポソームにコイル状に巻きついて結合し膜をチューブ状に変化させること,GTP加水分解に依存してその直径が小さくなることなどがわかっている.Drp1のリング状複合体はダイナミンによるものよりも直径が大きく,二重膜のミトコンドリアの切断に適していると考えられる.さらに,X線結晶構造解析から得られたDrp1の立体構造と,ダイナミンの立体構造の比較から,GTP加水分解により,ミドルドメインのコンフォメーション変化が誘起されることが示唆されている(25)25) C. Fröhlich, S. Grabiger, D. Schwefel, K. Faelber, E. Rosenbaum, J. Mears, O. Rocks & O. Daumke: EMBO J., 32, 1280 (2013)..これらの特徴は,これまでに提唱されているダイナミンのシナプス小胞形成挙動とよく似ており,Drp1はミトコンドリア分裂点でミトコンドリアをくびり取るのではないかと考えられている(図4図4■ミトコンドリア分裂の分子機構).シナプス小胞の形成時には,ダイナミンは脂質膜結合部位であるPHドメインや,ほかのタンパク質との相互作用に必要なプロリンリッチドメインを介して膜分裂反応を促進するが,Drp1にはこれらの機能ドメインは保存されていない.現時点では,Drp1が実際に膜を分裂する瞬間を示した研究例はなく,また細胞質に存在するDrp1が,ミトコンドリア外膜への局在に必要とされるMffなどのアダプタータンパク質(下記)の寄与が考慮されておらず,分裂時の分子機構については,まだよくわかっていないことが多い.
酵母ではDrp1のホモログであるDnm1とともに,ミトコンドリア分裂に機能する因子としてFis1とMdv1,Caf4が同定されている(図4図4■ミトコンドリア分裂の分子機構).Fis1は外膜のタンパク質であり,その細胞質にあるTPR様ドメインがMdv1やCaf4との結合を介してDnm1と結合する.これらのシステムはDnm1を細胞質からミトコンドリア分裂点に運ぶレセプターであると考えられている.
一方,Fis1はDrp1とともに種を超えて広く保存されており,Drp1のレセプターとして機能するとの報告もされていたが,最近の研究により哺乳動物ではFis1はDrp1とは独立の機能をもっていることがわかってきた(26,27)26) K. Onoue, A. Jofuku, R. Ban-Ishihara, T. Ishihara, M. Maeda, T. Koshiba, T. Itoh, M. Fukuda, H. Otera, T. Oka et al.: J. Cell Sci., 126, 176 (2012).27) H. Otera, C. Wang, M. M. Cleland, K. Setoguchi, S. Yokota, R. J. Youle & K. Mihara: J. Cell Biol., 191, 1141 (2010)..哺乳類ではDrp1のミトコンドリア局在化に機能する複数の外膜タンパク質が報告されている.ミトコンドリア外膜に,Mff,MiD49,MiD51との3つのタンパク質が存在しており,それらがDrp1のミトコンドリア局在化に主要にかかわる因子であることが明らかになっている(図4図4■ミトコンドリア分裂の分子機構).これらのタンパク質のミトコンドリア形態制御における機能分担はまだ明確になっていないが,これらの新規因子群の同定・解析をきっかけにして,ミトコンドリア分裂制御の理解の大きな発展が期待される.
これまで議論してきた融合と分裂のみならず,ミトコンドリアはさまざまな制御を受けながらその形態を動的に変化させている.神経細胞では,細胞体から突起の中をミトコンドリアは移動していくが,その過程にはいくつかのキネシンモータタンパク質が機能している(Kif1B,Kif5B,KLP6).またその移動を制御する因子として,ミトコンドリア外膜のGTPaseタンパク質Miroと,その関連因子Miltonが機能している(28)28) T. Z. Schwarz: Cold Spring Harb. Perspect. Biol., 5, a011304 (2013)..これらが神経細胞以外でどのような機能をもつかも興味深い.ミトコンドリアは二重膜の構造体であり,内膜は陥入しクリステと呼ばれる構造を形成している.クリステの形成起点の形成にかかわると考えられる内膜タンパク質複合体(MICOS)が同定されつつあり,内膜構造の形成機構の理解も少しずつ進んでいる(29)29) N. Pfanner, M. van der Laan, P. Amati, R. A. Capaldi, A. A. Caudy, A. Chacinska, M. Darshi, M. Deckers, S. Hoppins, T. Icho et al.: J. Cell Biol., 204, 1083 (2014)..このMICOS複合体は,Mitofilinなどの内膜タンパク質のみならず,外膜タンパク質とも複合体を形成すると考えられており,今後その詳細解析が期待されている.このように,さまざまな膜形態制御因子により,ミトコンドリア膜構造がダイナミックに変化しながら,細胞の変化に伴ってその特性を変化させていると考えられている.
このように,マウスを用いた解析を中心として,哺乳動物のミトコンドリアの動的構造変化が発生・分化,さらには神経変性を含むさまざまな病態に関与していることが明らかになりつつある.しかし,これまでの研究の多くは,GTPaseタンパク質群およびその関連因子の,発現または抑制による実験が中心であり,その分子機構の詳細や,細胞による制御の機構にはまだ疑問点が多く残されている.現在の最大の問題は,既知の関連因子がまだあまりにも少ないことであろう.酵母・藻類・植物などで同定されたミトコンドリア形態制御因子群の中で,GTPase以外に保存されたものはほとんど知られておらず,種によってその制御は大きく異なっているらしい.この点は,ミトコンドリアが共生後,細胞制御と関連しながら生物が進化する過程にもかかわる,たいへん興味深い点でもある.今後,哺乳類細胞における関連因子の同定と解析を進めることで,生理機能および病態への影響を理解するのみならず,真核生物の成り立ち自体にも迫る知見が得られることも期待される.細菌共生を起源とする興味深いミトコンドリアの研究に多くの研究者が興味をもち,社会に役立てる研究が進展することを期待している.
Reference
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