Kagaku to Seibutsu 53(1): 45-50 (2015)
セミナー室
新規な糖質関連酵素の構造と機能解析
Published: 2015-01-01
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
糖質(糖鎖)およびそれを含む生体分子(複合糖質)の機能は,大別すると,(1)デンプンやグリコーゲンなどのエネルギー貯蔵体,(2)セルロースやヘミセルロースのような固いものや,ペクチンや種々の海藻由来多糖のように柔らかいものを含めた,生物の構造支持体,(3)細胞表面の糖タンパク質や糖脂質など,分子認識や細胞間認識のような高次の機能をもつもの,などがある.このように多彩な糖質の機能は,その構造的な多様性に由来する.すなわち,単糖としてはグルコースをはじめとした種々のヘキソース/ペントース,アルドース/ケトース/糖アルコールなどがあり,グリコシド結合としてはαおよびβアノマーの違いに加えて結合する位置の違いが糖のもつ水酸基の数だけあり,さらに重合度や枝分れの度合いの違いもあるため,無数と言ってよいほどのバラエティを生み出している.それに伴って,糖質を合成・分解する酵素も複雑な分子進化を経て,現在のような多様性を獲得してきた.これらの酵素に共通するのは,グリコシド結合の切断および生成を触媒する,というただ1点だけだが,それでも,この一群の酵素の総体を分類・整理して理解しようとする試みは継続的になされてきた.
糖質加水分解酵素には,大きく分けて,反応前後の基質と生成物のアノマー構造の関係によって,保持型酵素と反転型酵素がある.いずれのタイプでも多くの場合活性中心は2つのカルボキシル基をもつ残基(AspまたはGlu)であり,保持型酵素では求核触媒と酸/塩基触媒,反転型酵素では一般塩基触媒と一般酸触媒として働くと考えられている(図1図1■アノマー保持型酵素(a)と反転型酵素(b)の標準的な反応機構).多くの糖質加水分解酵素は共通した反応機構をもつが,分子進化の観点からは,さまざまな起源すなわち多様なフォールドをもつ,雑多な種類のタンパク質であり,これらを何らかの観点でグループ分けすることが全体を理解するうえでの第一歩となる.Henrissat(フランス人なのでこの名前はアンリサと読む)らは,1980年代の後半に,アミノ酸配列の類似性を主な基準とした分類を,セルラーゼとヘミセルラーゼを対象にして開始した(1)1) B. Henrissat, M. Claeyssens, P. Tomme, L. Lemesle & J. P. Mornon: Gene, 81, 83 (1989)..同時期に,アミラーゼに関連する酵素の分類も個別に開始している(2)2) E. Raimbaud, A. Buleon, S. Perez & B. Henrissat: Int. J. Biol. Macromol., 11, 217 (1989)..1991年にはファミリー名をアルファベット文字から数字に変更し,35の糖質加水分解酵素(Glycoside Hydrolase; GH)ファミリーを定義した(3)3) B. Henrissat: Biochem. J., 280, 309 (1991)..GH1~GH12にはセルラーゼとヘミセルラーゼのような主にβ-グリコシド結合に作用する酵素が分類された(ただしGH4は例外的である:後述).その後の3つの番号はアミラーゼ関連の酵素に与えられ,GH13にはα-アミラーゼに代表される(β/α)8バレルをもつアノマー保持型の酵素が,GH14にはβ-アミラーゼに代表される(β/α)8バレルをもつアノマー反転型の酵素が,GH15にはグルコアミラーゼに代表される(α/α)6バレルをもつアノマー反転型の酵素が,それぞれ分類された.それ以降のGH35までは,β-1,3-結合に作用する酵素など多様な活性をもつ酵素が含まれるファミリー(GH16とGH17),β-N-アセチルヘキソサミニダーゼやリゾチームなどN-アセチル基をもつ基質に作用する酵素群(GH18~GH25),そしてそのほかの酵素のファミリーが順に設置された.GH36以降のファミリー番号は,基本的に発見された順に付けられている.2008年にはGHのファミリー数は113まで増えた(4)4) B. Henrissat, G. Sulzenbacher & Y. Bourne: Curr. Opin. Struct. Biol., 18, 527 (2008)..現時点ではさらに増えてGH133まであり,そのうち6個が削除されているため,127のファミリーが存在する.また,GHに加えて,糖転移酵素(GlycosylTransferase; GT),多糖リアーゼ(Polysaccharide Lyase; PL),炭水化物エステラーゼ(Carbohydrate Esterase; CE),酸化還元酵素などを含む補助活性酵素(Auxiliary Activity; AA),そして酵素ではないが炭水化物結合モジュール(Carbohydrate-Binding Module; CBM)の各クラスが設置され,Carbohydrate-Active enZymes(CAZy)としてデータベースが管理・運営されている(http://www.cazy.org).このようなアミノ酸配列の類似性を基準とした分類法は当然のように酵素の活性(基質特異性)とは必ずしも一致しない.ただし,同一ファミリー内の酵素が作用する結合はα-またはβ-結合のどちらかであり,保持型と反転型酵素が混ざることもほとんどない(例外として,GH4にはα-結合に作用する酵素とβ-結合に作用する酵素が混在し,GH97には保持型酵素と反転型酵素が混在する).また,いったん設置されたものの,その後の研究成果によって削除・移転されたファミリーも数多くある.近年注目された例では,当初GH61とCBM33に分類されたものの,後に加水分解酵素あるいは糖質結合ドメインではなく,多糖の酸化的分解を触媒することが判明した酵素群がある.その結果,これらはAA9とAA10にそれぞれ再分類され,現在では溶解性多糖モノオキシゲナーゼ(Lytic Polysaccharide MonoOxygenase; LPMO)と呼ばれている(5,6)5) A. Levasseur, E. Drula, V. Lombard, P. M. Coutinho & B. Henrissat: Biotechnol. Biofuels, 6, 41 (2013).6) S. Fushinobu: Nat. Chem. Biol., 10, 88 (2014)..AAはこのために新設されたクラスであり,古くから知られていた糖質の酸化還元酵素もここに入っている.たとえば,2つのドメインからなるセロビオースデヒドロゲナーゼは,FAD結合デヒドロゲナーゼドメインはAA3, シトクロム結合ドメインはAA8に分かれて入っている.AAの新設とLPMOの移設に伴って,GH61とCBM33は削除されたことになる.ファミリーが削除された場合,新たな混乱を防ぐために,その番号は永久欠番とされる.ファミリーの新設および削除,どこまでを一つのファミリーにするかなどの分類の基準も,糖質関連酵素に関する知見が蓄積するに伴い,少しずつ変化していると見られる.このように,よく言えば臨機応変に,悪く言えばいきあたりばったりの運営がなされている.とにもかくにも,CAZyは15年以上の間ウェブ上で公開されてアップデートを続けており,この膨大な酵素群(CAZyの管理者らはCAZymesと呼んでいる)を整理して研究を進めるうえで便利な道具として,世界中の研究者から重宝されていると言えよう.
α-アミラーゼとその関連酵素は初期のCAZyではGH13という一つの巨大なファミリーにまとめて分類されてきたが,この中には,α-1,4-およびα-1,6-グルコシド結合への作用特異性,加水分解および糖転移によりそれらの結合を切断・形成する反応特性などの機能面において,多様な「アミラーゼ関連酵素」が含まれている.栗木らは,1992年に,CAZyの分類とは別個かつ独自な概念として,「α-アミラーゼファミリー」を提唱した(7)7) H. Takata, T. Kuriki, S. Okada, Y. Takesada, M. Iizuka, N. Minamiura & T. Imanaka: J. Biol. Chem., 267, 18447 (1992)..α-アミラーゼファミリーについては近年の総説にも詳しく書かれているが(8)8) 栗木 隆:応用糖質科学,4, 17 (2014).,この多様な機能をもつ酵素群をグルコシド結合に対する作用特異性と反応特性によって2次元にマッピングして理解できること,それらの特性は明確な境界があるのではなく遷移的なものであることなどを,CAZyの分類が開始されたごく初期の段階ではっきりと示したことは特筆に値する.α-アミラーゼファミリーにはデンプン加工に利用される工業的に有用な酵素が多く含まれ,それらの特異性変換および機能付加の面でも意味のある概念となる.現在では,このような活性をもつ酵素はCAZyではGH13,GH57,GH70,GH77,GH119,GH126などに分類され,そのうち3つ(GH13,GH70,GH77)は同じフォールドをもち関連するファミリーとしてクランGH-Hにまとめられているが(クランの説明については後述),GH57は(β/α)7バレル,GH126は(α/α)6バレルと異なったフォールドをもち,「α-アミラーゼファミリー」もタンパク質としては複数の進化的起源をもつことがわかっている.
最初に立体構造が報告された糖質加水分解酵素は,現在ではGH22に分類される卵白リゾチームである(1965年)(9)9) C. C. Blake, D. F. Koenig, G. A. Mair, A. C. North, D. C. Phillips & V. R. Sarma: Nature, 206, 757 (1965)..また,1970年代終盤からは,松浦らの先駆的な研究によりタカアミラーゼ(GH13)の結晶構造が決定された(10)10) Y. Matsuura, M. Kusunoki, W. Date, S. Harada, S. Bando, N. Tanaka & M. Kakudo: J. Biochem., 86, 1773 (1979)..その後,GHファミリーに属する酵素の立体構造は数多く決定され,(β/α)8バレル(TIMバレル),(α/α)6バレル,β-ジェリーロール,β-ヘリックス,β-プロペラ(5~7枚羽),リゾチーム様など,多種多様なフォールドをもつ酵素があることがわかっており,「構造の見本市」とも称されている(11)11) G. J. Davies, T. M. Gloster & B. Henrissat: Curr. Opin. Struct. Biol., 15, 637 (2005)..同じフォールドを持ち,配列の相同性も僅かながら見られ,立体構造情報などから類似性が認められるファミリーは,クランとしてまとめられる.GHのクランはGH-AからGH-Nまであり,うち最大のGH-Aは(β/α)8バレルをもつ19個のファミリーからなる.しかし,ここ数年の間,新しいクランは作られておらず,乱雑なGHファミリーをいくつかの筋にまとめる,という作業はやや低調と見受けられる.
各ファミリーで「最初の」立体構造は,同じファミリーに属するすべてのメンバーのホモロジーモデリングの鋳型として活用できるために,タンパク質工学的手法の適用などにおいて重要な基盤情報となる.以前は立体構造情報が未知のファミリーが数多く存在したが,結晶構造解析の技術が発達した現在ではずいぶん少なくなっており(図2図2■GHとPLファミリーの立体構造決定状況),GH124やGH126のように,新規ファミリーの設置と同時に立体構造が報告される例も出てきた(12,13)12) J. L. Brás, A. Cartmell, A. L. Carvalho, G. Verzé, E. A. Bayer, Y. Vazana, M. A. Correia, J. A. Prates, S. Ratnaparkhe, A. B. Boraston et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 108, 5237 (2011).13) E. Ficko-Blean, C. P. Stuart & A. B. Boraston: Proteins, 79, 2771 (2011)..また,GH125やGH130のように,論文による立体構造の報告がなされる前に,構造ゲノミクスプロジェクトによって機能未知タンパク質の立体構造がすでにPDBに登録されているような例もある(14,15)14) K. J. Gregg, W. F. Zandberg, J. H. Hehemann, G. E. Whitworth, L. Deng, D. J. Vocadlo & A. B. Boraston: J. Biol. Chem., 286, 15586 (2011).15) S. Nakae, S. Ito, M. Higa, T. Senoura, J. Wasaki, A. Hijikata, M. Shionyu, S. Ito & T. Shirai: J. Mol. Biol., 425, 4468 (2013)..筆者らがGHとPL(いずれもグリコシド結合を切断する酵素を含むクラス)に関する総説を執筆した2013年3月の時点では,GH132とPL22まで設置されており,削除されたファミリーを除いた126と21のファミリーのうち,GHでは100,PLでは20のファミリーの立体構造が決定されていた.その後,本稿を執筆している2014年4月末の時点までのわずか1年あまりの間に,GH50,GH62,GH81,GH115,GH127,GH130,PL17の実に7個ものファミリーで新規に立体構造が報告された(15~22)15) S. Nakae, S. Ito, M. Higa, T. Senoura, J. Wasaki, A. Hijikata, M. Shionyu, S. Ito & T. Shirai: J. Mol. Biol., 425, 4468 (2013).16) B. Pluvinage, J. H. Hehemann & A. B. Boraston: J. Biol. Chem., 288, 28078 (2013).17) B. Siguier, M. Haon, V. Nahoum, M. Marcellin, O. Burlet-Schiltz, P. M. Coutinho, B. Henrissat, L. Mourey, M. J. O’Donohue, J. G. Berrin et al.: J. Biol. Chem., 289, 5261 (2014).18) T. Maehara, Z. Fujimoto, H. Ichinose, M. Michikawa, K. Harazono & S. Kaneko: J. Biol. Chem., 289, 7962 (2014).19) P. Zhou, Z. Chen, Q. Yan, S. Yang, R. Hilgenfeld & Z. Jiang: Acta Crystallogr. D Biol. Crystallogr., 69, 2027 (2013).20) A. Rogowski, A. Basle, C. S. Farinas, A. Solovyova, J. C. Mortimer, P. Dupree, H. J. Gilbert & D. N. Bolam: J. Biol. Chem., 289, 53 (2014).21) T. Ito, K. Saikawa, S. Kim, K. Fujita, A. Ishiwata, S. Kaeothip, T. Arakawa, T. Wakagi, G. T. Beckham, Y. Ito et al.: Biochem. Biophys. Res. Commun., 447, 32 (2014).22) D. Park, S. Jagtap & S. K. Nair: J. Biol. Chem., 289, 8645 (2014)..
上述のとおり,ほとんどのGHの活性中心残基は2つのAspまたはGluだが,例外も数多く存在する(23)23) T. V. Vuong & D. B. Wilson: Biotechnol. Bioeng., 107, 195 (2010)..基質のN-アセチル基が反応に関与する基質補助型機構の酵素(GH18,GH20,GH56,GH84,GH85,GH103)や,Tyrが求核性触媒残基と考えられているシアリダーゼとトランスシアリダーゼ(GH33,GH34,GH83),NAD+が反応に関与して酸化還元を経る酵素(GH4,GH109)などが知られている.また,反転型酵素では,基質との複合体の立体構造が決定されているにもかかわらず,活性中心(特に一般塩基触媒残基)がはっきりと特定されていないものが多い(GH48など).特に,GH55とGH95では,一般塩基触媒にあたる場所にはアミド基をもつ残基(AsnまたはGln)しか存在しないことが問題とされてきた(24,25)24) T. Ishida, S. Fushinobu, R. Kawai, M. Kitaoka, K. Igarashi & M. Samejima: J. Biol. Chem., 284, 10100 (2009).25) M. Nagae, A. Tsuchiya, T. Katayama, K. Yamamoto, S. Wakatsuki & R. Kato: J. Biol. Chem., 282, 18497 (2007)..しかし,GH95においては,量子力学/分子力学(QM/MM)的計算が行われ,Asnが隣接するAspの助けを得て「アミド共鳴」し,水分子からプロトンを受け取り活性化する機構が支持されている(26)26) J. Liu, M. Zheng, C. Zhang & D. Xu: J. Phys. Chem. B, 117, 10080 (2013)..さらに,近年構造が決定された保持型酵素のGH99エンド-α-マンノシダーゼでは,求核触媒にあたる場所に適当な残基が見当たらず,基質のアキシアルな2-OH基が反応に関与して1,2-アンヒドロ糖の中間体を経る機構が提唱されている(27)27) A. J. Thompson, R. J. Williams, Z. Hakki, D. S. Alonzi, T. Wennekes, T. M. Gloster, K. Songsrirote, J. E. Thomas-Oates, T. M. Wrodnigg, J. Spreitz et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 781 (2012)..
近年の大きな話題としては,活性中心残基がHisであるGHが見つかったことであろう.GH3のβ-N-アセチルグルコサミニダーゼ(保持型酵素)では酸/塩基触媒残基が(28)28) S. Litzinger, S. Fischer, P. Polzer, K. Diederichs, W. Welte & C. Mayer: J. Biol. Chem., 285, 35675 (2010).,GH117のエキソ型3,6-アンヒドロ-α-(1,3)-L-ガラクトシダーゼ(反転型酵素)では一般酸触媒が(29)29) J. H. Hehemann, L. Smyth, A. Yadav, D. J. Vocadlo & A. B. Boraston: J. Biol. Chem., 287, 13985 (2012).,いずれもHis-Aspの2つ組からなり,Hisがプロトン供与体(および受容体)として働くと考えられている.さらに,ごく最近,筆者らは,GH127のβ-L-アラビノフラノシダーゼ(HypBA1)の結晶構造から,奇妙な活性中心を見いだした(21)21) T. Ito, K. Saikawa, S. Kim, K. Fujita, A. Ishiwata, S. Kaeothip, T. Arakawa, T. Wakagi, G. T. Beckham, Y. Ito et al.: Biochem. Biophys. Res. Commun., 447, 32 (2014).(図3図3■ビフィズス菌由来GH127 β-L-アラビノフラノシダーゼ(HypBA1)の立体構造(a: 全体構造,b: 活性中心の構造)と推定反応機構(c)).α-L-アラビノフラノシド結合を切る酵素はGH3,GH43,GH51,GH54,GH62,GH93で見つかっておりいずれもよく研究されているが,β-L-アラビノフラノシド結合を切る酵素の結晶構造はこれが最初である.その活性中心には亜鉛原子が存在し,一つのGlu (Glu338)と3つのCysが配位していた.興味深いことに,Glu338は活性部位に結合したβ-L-アラビノフラノースのアノマー(C1)炭素からは遠く,Cysのうち1つ(Cys417)が求核触媒残基として適当な位置に存在していることがわかった.Cys417のSγ原子とβ-L-アラビノフラノースのC1原子の距離は3.5 Åであり,その向きも,O1へのin-line attackに適している(Sγ-C1-O1の角度は約160°).4-クロロマーキュリ安息香酸,N-エチルマレイミドなどのチオール修飾剤で活性は消失し,亜鉛原子を配位している4つの残基の変異体は大幅に活性が低下した.特に,Cys417の変異体は活性の低下が著しく,微弱な活性すら検出できなかった.このことから,筆者らは,暫定的に,この酵素がCys417を求核性触媒残基としてアノマー反転型の触媒を行う反応機構を提唱した.さらに,予想される反応経路で量子化学的計算を行い,グリコシル化,脱グリコシル化の双方でさほど高くないエネルギー障壁を経ることを示した.しかし,このように非標準的な反応機構は今後のさらなる検証が必要である.実際,酵素の反応機構に関しては,野生型の酵素と本来の(アナログでない)基質の反応経路を直接観測する手段が事実上ないと言ってよいので,慎重に議論する必要がある.しかし,プロテアーゼ(ペプチダーゼ)では,セリンプロテアーゼ,アスパラギン酸プロテアーゼ,メタロプロテアーゼと並んで,Cysが求核残基となるシステインプロテアーゼ(たとえばパパインなど)がメジャーなタイプの酵素としてよく知られている.したがって,糖質加水分解酵素においても「システイングリコシダーゼ」が存在する可能性もあるのではないだろうか.
約130のGHファミリーの中には,分類されている配列が数千を超え,多様なメンバーを包含する巨大なものも少なからずある.このようなファミリーにおいては,当然,サブファミリー分類を行う必要性が出てくる.実際,GH5,GH13,GH30では,CAZyのメンバーによる「公式」なサブファミリー分類が,分子系統樹(アミノ酸配列)に基づいてなされており,CAZyのウェブサイトにも反映されている(30~32)30) M. R. Stam, E. G. Danchin, C. Rancurel, P. M. Coutinho & B. Henrissat: Protein Eng. Des. Sel., 19, 555 (2006).31) F. J. St John, J. M. Gonzalez & E. Pozharski: FEBS Lett., 584, 4435 (2010).32) H. Aspeborg, P. M. Coutinho, Y. Wang, H. Brumer 3rd & B. Henrissat: BMC Evol. Biol., 12, 186 (2012)..また,ファミリー内で活性中心残基が保存されておらず多様性の大きいGH8とGH45でも,独自にサブファミリーが提唱されている(33,34)33) W. Adachi, Y. Sakihama, S. Shimizu, T. Sunami, T. Fukazawa, M. Suzuki, R. Yatsunami, S. Nakamura & A. Takenaka: J. Mol. Biol., 343, 785 (2004).34) K. Igarashi, T. Ishida, C. Hori & M. Samejima: Appl. Environ. Microbiol., 74, 5628 (2008)..このように,CAZyは現在では肥大化の一途をたどっており,一つのチームがすべてのファミリーに関連した文献を把握し運営するのは難しくなっている.ファミリーの数自体も増大しており,単にGHファミリー何番,と言われても,専門家以外には,そこにどのような酵素が含まれていて,機能や構造についてどこまでわかっているのかを知るのはなかなかたいへんなことであろう.そこで,2007年から,糖質関連酵素の研究者のコミュニティが力を合わせて,Wikipediaのような糖質関連酵素のオンライン辞典を作るプロジェクトCAZypediaが始まった(http://www.cazypedia.org).CAZypediaは単なるCAZyデータベースの拡張版ではなく,各ファミリーのことをよく知る専門家集団のボランティア活動で成り立っている.中心となって世話をしているのは,カナダ・ブリティッシュコロンビア大のHarry Brumer教授であり,筆者も微力ながらお手伝いをしている.糖質関連酵素の研究の進展においては,日本の研究者の貢献も非常に大きく,実際,国内の何名かの研究者には各自の専門のファミリーのページの著者(Author)および責任者(Responsible Curator)になっていただいている.CAZyはもはや設立にかかわった一部の研究者だけのものではなく,世界の研究者が協力して作り上げていくものになっている.新規ファミリーの設立や新規構造の決定にかかわった研究者の方々など,関係の諸氏には,この分野の研究を盛り上げるうえでも,今後ぜひともご協力をお願いしたい.
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