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アリの情報伝達物質を運搬する新型タンパク質の発見: クロオオアリワーカーの触角感覚子に局在するニーマンピックC2型タンパク質

Yuko Ishida

石田 裕幸

富山県立大学生物工学研究センターBiotechnology Research Center, Toyama Prefectural University ◇ 〒939-0398 富山県射水市黒河5180 ◇ 5180 Kurokawa, Imizu-shi, Toyama 939-0398, Japan

Toshimasa Yamazaki

山崎 俊正

独立行政法人農業生物資源研究所農業生物先端ゲノム研究センター生体分子研究ユニットBiomolecular Research Unit, Agrogenomics Research Center, National Institute of Agrobiological Sciences (NIAS) ◇ 〒305-8602 茨城県つくば市観音台2-1-2 ◇ 2-1-2 Kannondai, Tsukuba-shi, Ibaraki 305-8602, Japan

Published: 2015-01-20

アリは私たちにとって身近な昆虫である.地球上のありとあらゆる場所で生息が確認され,8,800種も記載されている.アリは集団(コロニー)で生活する真社会性昆虫で,そのコロニーは女王,雄,さまざまな階層のワーカーで構成されている.ワーカーは,巣の掘削,餌の探索や狩り,外敵からのテリトリーの維持,女王や幼虫の世話など,コロニーの正常な運営に必要なさまざまな仕事を担当する(1)1) B. Holldobler & E. O. Wilson: “the ANTS,” Cambridge: Belkanap Press of Harvard University Press, 1990..地上ないし地下を主な生活の場とするアリは,視覚や聴覚を主に利用する私たちヒトとは異なり,嗅覚を用いてさまざまな情報伝達物質を受容することで複雑な行動体系を統率していると考えられている.たとえば,アメリカ合衆国に生息するオオアリの一種Camponotus floridanusは,407個の嗅覚受容体,63個の味覚受容体,31個のイオンチャネル内蔵型グルタミン酸受容体を保持している(2)2) X. Zhou, J. D. Slone, A. Rokas, S. L. Berger, J. Liebig, A. Ray, D. Reinberg & L. J. Zwiebel: PLoS Genet., 8, e1002930 (2012)..一つの受容体に対して1種類の物質が受容されると仮定すると,アリは少なくとも500種類近くの情報伝達物質を識別して利用していると推定される.

アリは情報伝達物質を触角で検出する.触角は小さな毛のような構造体の感覚子で覆われており,その内部にある嗅覚受容神経樹状突起が検出器として働く(図1図1■アリが触角で受け取った情報伝達物質を輸送して情報を伝える仕組み).リンパ液で覆われた樹状突起の表面に存在する受容体タンパク質に情報伝達物質が結合すると,物質情報から変換された電気信号は,脳の触角葉へ伝達されて大脳で処理された後,運動ニューロンへ出力されて行動の解発へとつながる.多くの情報伝達物質は難水溶性で,水性の感覚子リンパの壁を単独では通過することができないため,昆虫は匂い物質結合タンパク質(OBP)や感覚子タンパク質(CSP)などの輸送タンパク質を利用して情報伝達物質を受容体タンパク質まで運搬する.OBPとCSPはαへリックスがジスルフィド結合で接続された球状タンパク質で,内部に特定の情報伝達物質を取り込んで可溶化する(図2A, B図2■昆虫触角感覚子に局在する情報伝達物質輸送タンパク質の構造).そして,嗅覚受容神経樹状突起の細胞膜近傍の低pH環境に移ると立体構造が変化して,情報伝達物質を受容体タンパク質へ放出する(3)3) F. F. Damberger, E. Michel, Y. Ishida, W. S. Leal & K. Wüthrich: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 18680 (2013)..OBPやCSPは,立体構造の特性上,疎水性のリガンド結合ポケットの大きさが限定されているため,リガンド選択性が高い.ところが,ファイアーアントの一種Solenopsis invictaの場合,触角にはわずか18個のOBPと14個のCSPしか存在しない.αへリックス構造をもつOBPならびにCSPに対し,リガンドが1 : 1で結合すると仮定すると,感覚子リンパ内で残り約470種の情報伝達物質は輸送できないことになる.言い換えると,両タンパク質とは全く異なる構造をもち,さまざまなリガンドと結合できる新規のタンパク質が存在すれば,この疑問に説明がつく.

図1■アリが触角で受け取った情報伝達物質を輸送して情報を伝える仕組み

図2■昆虫触角感覚子に局在する情報伝達物質輸送タンパク質の構造

A,匂い物質結合タンパク質(OBP).B,化学感覚子タンパク質(CSP).C, クロオオアリニーマンピックC2型タンパク質(CjapNPC2).OBPとCSPはαへリックス構造を有するが,新たにクロオオアリから発見されたCjapNPC2はβ構造である.図中の空間充填モデルは結合したリガンド分子を示す.

そこで,上述の仮説のタンパク質が存在するか否かを確認するため,さまざまな情報伝達物質を受容してコロニー内の仕事を担うクロオオアリCamponotus japonicusのワーカーの触角と,全く仕事をしない雄の触角からcDNAを合成し,サブトラクションPCR法でワーカー触角特異的に発現する遺伝子を探索した.その結果,ニーマンピックC2型タンパク質(CjapNPC2)をコードする遺伝子が単離された.ニーマンピックC2型タンパク質は,脊椎動物では細胞内でコレステロールを運搬するタンパク質であり(4)4) S. Xu, B. Benoff, H.-L. Liou, P. Lobel & A. M. Stock: J. Biol. Chem., 282, 23525 (2007).,昆虫においてもステロールの維持と脱皮ホルモンの生合成機構に必須のタンパク質と考えられている.しかしながら,CjapNPC2は触角のbasiconic感覚子の感覚子リンパが存在する感覚子腔にのみ局在し,あたかもOBPやCSPのような情報伝達物質を輸送する分子機能が予測された.さまざまな疎水性物質に対する結合能を調べてみると,多様な長鎖脂肪酸,アルコール,酢酸と中性条件で結合し,酸性条件では解離することが明らかになった.これらの結合分子の中で,酢酸ヘキサデシル,酢酸オクタデシル,リノレイルアルコールは触角活動電位も発生し,クロオオアリワーカーにおける情報伝達物質としての機能を有していた.さらに,CjapNPC2とオレイン酸の複合体の結晶構造を解析したところ,CjapNPC2はジスルフィド結合で接続されたβ構造タンパク質で,2つのβシート間にU字構造をしたオレイン酸が侵入していた(図2C図2■昆虫触角感覚子に局在する情報伝達物質輸送タンパク質の構造).複合体の構造は,リガンド結合ポケットを構成する疎水性アミノ酸とリガンドの炭素鎖との疎水性相互作用,および,リガンド末端のカルボキシル基とCjapNPC2の69,70番目のリジンの間に形成された水素結合によって安定化されていた.また,分子運動性の指標となる温度因子の解析から,CjapNPC2のリガンド結合ポケットは柔軟性に富んでいて,多様なリガンドの大きさに応じてポケットサイズを変化させることが示唆された.CjapNPC2のリガンド分子認識機構は,αへリックス構造タンパク質でリガンド結合ポケットの大きさが限定されているOBPやCSPとは全く異なるものであった(5)5) Y. Ishida, W. Tsuchiya, T. Fujii, Z. Fujimoto, M. Miyazawa, J. Ishibashi, S. Matsuyama, Y. Ishikawa & T. Yamazaki: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 111, 3847 (2014).

NPC2は,脊椎動物ではコレステロールの細胞内小器官への輸送に必須であるが,アリではそのβ構造で構成された柔軟な結合ポケットの特性を生かし,触角感覚子腔でのさまざまな情報伝達物質の輸送に利用していた.進化の過程で脊椎動物とアリでNPC2が異なる機能へと分化したのはとても興味深い.また,リガンド選択性の低いNPC2を利用してさまざまな情報伝達物質を輸送することで,アリは多様な情報伝達物質の一つひとつに対応したOBPやCSPを多種類生産する必要もなく,個体の物質生産においても省エネルギーであろう.CjapNPC2は,異なる構造を保持しているもののOBPやCSPと同様に,さまざまな疎水性リガンドに対して中性条件で結合し,酸性条件で解離する.このリガンドの分子輸送機構と分子解離機構の解明は,情報伝達物質で制御されるアリのコロニー活動の分子レベルでの解明につながるだけでなく,近年,世界中で問題となっているアルゼンチンアントLinepithema humileS. invictaのような外来の侵入アリの行動制御剤の開発への一助となるに違いない.

Acknowledgments

本研究は平成19年度神戸大学グローバルCOEプログラム統合的膜生物学の国際拠点,JSPS科研費23580070の助成を受けたものです.

Reference

1) B. Holldobler & E. O. Wilson: “the ANTS,” Cambridge: Belkanap Press of Harvard University Press, 1990.

2) X. Zhou, J. D. Slone, A. Rokas, S. L. Berger, J. Liebig, A. Ray, D. Reinberg & L. J. Zwiebel: PLoS Genet., 8, e1002930 (2012).

3) F. F. Damberger, E. Michel, Y. Ishida, W. S. Leal & K. Wüthrich: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 18680 (2013).

4) S. Xu, B. Benoff, H.-L. Liou, P. Lobel & A. M. Stock: J. Biol. Chem., 282, 23525 (2007).

5) Y. Ishida, W. Tsuchiya, T. Fujii, Z. Fujimoto, M. Miyazawa, J. Ishibashi, S. Matsuyama, Y. Ishikawa & T. Yamazaki: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 111, 3847 (2014).