Kagaku to Seibutsu 53(2): 69-70 (2015)
今日の話題
植物の細胞核を駆動するミオシンXI-i複合体: 細胞内で核を動かす仕組みは動物と植物で異なっていた
Published: 2015-01-20
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
教科書を開くと,細胞核は細胞の中心に鎮座した丸いオルガネラとして描かれていることが多い.しかし実際には,核は細胞内を動き回る.特に高等植物の細胞核は,形態をダイナミックに変化させながら非常に活発に動くことが知られている.植物の細胞核の運動は,組織の発生,微生物の共生や病害応答,受精,環境光に対する定位,細胞成長,非対称細胞分裂といったさまざまな成長戦略の局面において必須な現象であることがわかってきた(1)1) A. H. Griffis, N. R. Groves, X. Zhou & I. Meier: Front. Plant Sci., 5, 129 (2014)..動物細胞では,細胞核の運動の詳細な分子機構が明らかにされており,主として微小管とそれに付随するモーター分子(キネシン・ダイニン)が駆動力となっていることが知られている.これらのモーター分子はLINC(Linker of Nucleoskeleton and Cytoskeleton)複合体と呼ばれる核膜タンパク質群によって核に連結され,細胞質からの機械的な力を細胞核に伝えることができる(2)2) A. Mejat & T. Misteli: Nucleus, 1, 40 (2010)..LINC複合体は主としてSUN domainをもつ核内膜タンパク質とKASH domainをもつ核外膜タンパク質からなる(図1図1■植物と動物細胞における核運動の制御分子).一方で高等植物では,薬理学的解析によって核運動には微小管ではなくアクチン繊維が関与していることが強く示唆されてきた.しかしながら,核運動を担う実際の分子組成は全く不明であった.最近,私たちは細胞核の運動不全変異株であるシロイヌナズナkaku1変異体の解析を通じて,高等植物が独自に獲得したユニークな核運動の分子機構を発見した(3)3) K. Tamura, K. Iwabuchi, Y. Fukao, M. Kondo, K. Okamoto, H. Ueda, M. Nishimura & I. Hara-Nishimura: Curr. Biol., 23, 1776 (2013).(図1図1■植物と動物細胞における核運動の制御分子).
植物細胞の核運動ではアクチン繊維に結合するミオシンXI-iによって駆動される.核外膜タンパク質WITはミオシンXI-iを核膜上に係留するとともに,WIP–SUNタンパク質複合体と相互作用している.一方で動物細胞では主として微小管に依存する分子モーター(キネシン・ダイニン)によって核運動を制御している.分子モーターはKASH–SUNタンパク質複合体と相互作用することで,細胞質側からの機械的な力を細胞核に伝える.
細胞核の運動には核自身の形態変化が伴うことに注目して,細胞核の形態が異常になったシロイヌナズナ変異体を単離してkaku1と名づけた.シロイヌナズナ野生株の成熟した表皮細胞は,一般に細胞の長軸方向に伸張した紡錘形の細胞核をもっているが,kaku1変異体の核は球形の異常な形態をとっている.電子顕微鏡による核の超微細構造を観察した結果,kaku1変異体の核膜は複雑に波打っており,核膜の一部が核内部に向かって折り畳まれた構造をとっていることがわかった.この結果は,核外または核内から核膜へ向かう物理的なテンションを大きく欠いていることを示唆している.興味深いことに,kaku1変異体の原因遺伝子はアクチン繊維依存的に機能する分子モーターのミオシンXI-iであった.ミオシンXI-iは植物特異的ミオシンファミリーXIに属するタンパク質でその詳細な機能はこれまで全く不明であった.蛍光タンパク質との融合タンパク質を用いた解析から,このミオシンXI-iは核膜に局在することがわかった.これらの結果はミオシンXI-iが核膜で特異的な機能をもつミオシンであることを示している.ミオシンXI-iが細胞核の運動に関与するかを調べるために,GFPマーカーを導入して細胞核が蛍光ラベルされた形質転換植物を作出した.45分間にわたる蛍光タイムラプス撮影を行って,根の細胞核の運動を野生株とkaku1変異体で比較定量した.野生型の核は平均して2.68 µm/minの運動速度をもつのに対して,kaku1変異体では0.52~0.85 µm/minと顕著に速度が低下していた.このことはkaku1変異体では細胞核の形態異常だけでなく運動能力を欠く変異体であることを示している.
前述のとおり,モータータンパク質を核膜に係留するためには核外膜と内膜タンパク質からなる複合体が必要であり,それらは動物と酵母細胞でLINC複合体と呼ばれている.生化学的解析によりミオシンXI-iを核につなぎとめるWITタンパク質が同定された.このWITタンパク質は米国のグループにより植物特異的な核外膜タンパク質であることがすでに報告されており,同じく核外膜に局在するWIPタンパク質と相互作用することが明らかにされている(4)4) X. Zhou, K. Graumann, D. Evans & I. Meier: J. Cell Biol., 196, 203 (2012)..このWIPタンパク質には動物細胞で知られているようなKASH domainは存在しないものの,C末端側にKASHタンパク質で保存されたVal-Val-Pro-Thr配列をもっており,核内膜SUN domainタンパク質と相互作用する.したがって,WIPタンパク質は高等植物でKASHタンパク質と同様の機能をもつと考えられている.
動物細胞の核運動を制御する分子モーターは,主として微小管に依存して働くものが同定されてきた(図1図1■植物と動物細胞における核運動の制御分子).なぜ植物と動物で異なる細胞骨格と分子モーターを使っているのか? 一つの理由として,細胞骨格の分布パターンが植物細胞と動物細胞で大きく異なっていることが挙げられる.動物細胞では長いアクチン繊維はほとんど見つからず,オルガネラの長距離輸送は微小管に大きく頼っている.植物細胞では束になった長いアクチン繊維が細胞の長軸方向に向かって伸びており,小胞や多くのオルガネラではこのアクチン繊維に沿った動きが見られる.私たちが同定したミオシンXI-iはミオシンの中でも強力なモーター活性をもつ植物特異的なミオシンXIファミリーに属している(5)5) M. Tominaga, H. Kojima, E. Yokota, E. Orii, R. Nakamori, E. Katayama, M. Anson, T. Shimmen & K. Oiwa: EMBO J., 22, 1263 (2003)..植物は細胞内の核をより長距離に,そしてより素早く動かすためにミオシンを使って核運動を行うように進化したのかもしれない.核運動の制御機構に関する研究は,動物細胞では疾患や個体発生との関連から精力的に進められている.一方で植物細胞における核運動の理解はまだ端緒についたばかりである.これは核運動の中心的役割を果たす核膜タンパク質が植物ではほとんど保存されていないことに起因している(例外的に,核膜孔タンパク質は種を超えた保存性が見つかる(6)6) K. Tamura, Y. Fukao, M. Iwamoto, T. Haraguchi & I. Hara-Nishimura: Plant Cell, 22, 4084 (2010).).遺伝学や生化学によるホモロジーに頼らない手法や,今回同定されたミオシンXI-i複合体のさらなる解析を通じて,植物独自の核運動の理解が今後進むことが期待される.
Reference
1) A. H. Griffis, N. R. Groves, X. Zhou & I. Meier: Front. Plant Sci., 5, 129 (2014).
2) A. Mejat & T. Misteli: Nucleus, 1, 40 (2010).
4) X. Zhou, K. Graumann, D. Evans & I. Meier: J. Cell Biol., 196, 203 (2012).
6) K. Tamura, Y. Fukao, M. Iwamoto, T. Haraguchi & I. Hara-Nishimura: Plant Cell, 22, 4084 (2010).