Kagaku to Seibutsu 53(2): 74-75 (2015)
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無脊椎動物由来溶血性レクチンの細胞膜孔形成機構: CEL-IIIによる膜孔形成メカニズム
Published: 2015-01-20
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地球上において生物はその生存のために常に周囲の生物との戦いを強いられており,それは微生物などの侵入生物とそれに対する動物の免疫系との戦いや捕食者と被食者の関係など,細胞・個体レベルの両面において,またさまざまな生物種固有の生活環境において,極めて複雑多岐にわたる関係性の中での多様な戦いであることは想像に難くない.そのような多様かつ複雑な関係性の中で,個々の生物種は固有の毒を有することで敵との戦いの武器としており,その武器は進化の過程で多種多様に獲得されかつ最適化されていることは,これまでに報告されている生物毒の種類の豊富さや,現在でも日々報告されている新規生物毒から伺い知ることができる.生物が有するタンパク質毒としてこれまでに報告されているものは300種類を超え,その報告数のうち3分の1以上を占める最も主要なものは,膜孔形成毒素(Pore-Forming Toxin; PFT)と呼ばれる毒素タンパク質である(1)1) J. E. Alouf: “Pore-Forming Toxins,” ed. by F. G. van der Goot, Heidelberg, Springer Verlag, 2001, pp. 1–14..PFTはターゲットとする細胞の細胞膜に穴(膜孔)を開ける機能を有しており,いったんPFTにより低分子が通過可能な膜孔が空けられると,細胞膜内外の浸透圧差により細胞が膨張・破裂することで,その細胞は物理的かつ完全に破壊されることとなる.このように,PFTによる細胞破壊作用は極めて強力なものであり,各種生物における生存もしくは攻撃のための武器として多様なPFTが機能し,また病原性微生物のPFTがヒトに対する毒性発現に深くかかわっている事例も多数報告されている(2)2) F. C. O. Los, T. M. Randis, R. V. Aroian & A. J. Ratner: Microbiol. Mol. Biol. Rev., 77, 173 (2013)..
PFTの一種であるCEL-IIIは,九州は玄界灘周辺の海底に生息するグミ(Cucumaria echinata)と呼ばれる小型のナマコの体内から発見され,その発見と同時にCEL-IIIの溶血性レクチンとしての活性が確認された(3)3) T. Hatakeyama, H. Kohzaki, H. Nagatomo & N. Yamasaki: J. Biochem., 116, 209 (1994)..CEL-IIIの溶血性レクチン活性とは,CEL-IIIがPFTの機能である溶血活性と,レクチンの機能である糖結合活性を併せ持つことを意味している.細胞膜の表面は,その生物種に固有の糖鎖構造を有していることから,CEL-IIIはターゲットとする細胞膜上での膜孔形成の際に特異的糖鎖認識と糖鎖への結合がかかわり,その結合が引き金となって膜孔が形成されることが示唆された(4)4) T. Uchida, T. Yamasaki, S. Eto, H. Sugawara, G. Kurisu, A. Nakagawa, M. Kusunoki & T. Hatakeyama: J. Biol. Chem., 279, 37133 (2004)..PFTによる膜孔形成メカニズムに関しては,その膜孔形成複合体結晶構造解析の報告例は2つのタイプのPFTの報告があるのみ(5,6)5) L. Song, M. R. Hobaugh, C. Shustak, S. Cheley, H. Bayley & J. E. Gouaux: Science, 274, 1859 (1996).6) M. Mueller, U. Grauschopf, T. Maier, R. Glockshuber & N. Ban: Nature, 459, 726 (2009).であり,メカニズムに関する知見は限定的なものであった.一方,CEL-IIIはほかのどのPFTとも配列に相同性を示さないことから,メカニズムに関してもユニークなものであることが推定された.そこで,CEL-IIIによる膜孔形成メカニズムの解明を目的として,筆者らによりCEL-III膜孔形成複合体の結晶構造解析が行われた(7)7) H. Unno, S. Goda & T. Hatakeyama: J. Biol. Chem., 289, 12805 (2014)..
明らかになったCEL-IIIの膜孔形成複合体結晶構造は,直径115 Å×高さ135 Åの巨大な「画鋲型」構造を有しており,既知のPFT複合体構造とは共通性を有しない極めてユニークな7量体構造であった(図1D図1■CEL-III膜孔形成複合体の立体構造,およびその推定膜孔形成メカニズム).画鋲の針に相当する部分はβバレル構造を形成し,この部分が細胞膜を貫通していることが推測された.また,画鋲を指で押す面とは反対側の面に糖結合部位(合計35サイト)が集中していることから,この面でターゲットとする細胞膜表面上の糖鎖と結合し,それにより膜孔形成複合体が細胞膜上で強力に固定されていることが推測された.CEL-IIIは通常水溶性モノマーとして存在し,ターゲットとする細胞膜表面上にさらされた場合のみ,その膜上で膜孔複合体化を行う.以前明らかにされている水溶性モノマーの結晶構造(4,8)4) T. Uchida, T. Yamasaki, S. Eto, H. Sugawara, G. Kurisu, A. Nakagawa, M. Kusunoki & T. Hatakeyama: J. Biol. Chem., 279, 37133 (2004).8) T. Hatakeyama, H. Unno, Y. Kouzuma, T. Uchida, S. Eto, H. Hidemura, N. Kato, M. Yonekura & M. Kusunoki: J. Biol. Chem., 282, 37826 (2007).と,今回明らかにされた膜孔形成複合体の結晶構造の比較から,CEL-IIIによる膜孔形成のメカニズムが明らかとなった(図1図1■CEL-III膜孔形成複合体の立体構造,およびその推定膜孔形成メカニズム).CEL-IIIは,ターゲットとする細胞膜上の特異的糖鎖との結合を行うことで,それが引き金となりドメイン3の相対的な配置の移動が生じる.次に,その移動により生じた新たな表面同士が会合し,7量体のプレポア構造が形成される.プレポア構造においてドメイン3に含まれる2本のヘリックスを含む領域が,長い2本のβシートへと二次構造変換を行い,そのβシートにより膜貫通βバレル構造が形成される.この二次構造変換と膜貫通へと至る自発的な構造変化には何らかのエネルギーが必要であると思われるが,上記領域の水素結合数は構造変化に伴いモノマーあたり24個増加することになるため,この水素結合数の増加がドライビングフォースとして構造変化が進行することが推測された.
(A)CEL-IIIの水溶性モノマー構造(左)およびその細胞膜表面糖鎖への結合(右).(B)ドメイン1および2への糖鎖の結合が引き金となり,ドメイン3の移動が生じる.(C)ドメイン3の移動により現れた表面を介して互いに会合し,ドーナツ型の中間体7量体構造(プレポア構造)が形成される.(D)プレポア構造からαヘリックス→βシートへの二次構造変換を伴うβバレルの形成により,膜孔形成複合体構造が完成する.
驚くべきことに,CEL-IIIの膜孔形成反応に伴うこのαへリックスからβシートへの大規模な二次構造変換は,PFTとしては最も報告例が多いコレステロール依存性サイトリシン(CDC)ファミリー,および哺乳類の自然免疫機構にかかわり侵入微生物の細胞膜に膜孔を形成するMACPFファミリーにおいて,電顕解析から推定されているメカニズム(9,10)9) S. J. Tilley, E. V. Orlova, R. J. C. Gilbert, P. W. Andrew & H. R. Saibil: Cell, 121, 247 (2005).10) R. H. P. Law, N. Lukoyanova, I. Voskoboinik, T. T. Caradoc-Davies, K. Baran, M. A. Dunstone, M. E. D’Angelo, E. V. Orlova, F. Coulibaly, S. Verschoor et al.: Nature, 468, 447 (2010).と共通していた.CEL-IIIは,それらファミリーとは配列に相同性を有せず,またそれらとは立体構造,膜孔複合体を構成するオリゴマー数,および由来する生物種についても大きく異なる.それにもかかわらず,それらとβバレル形成における二次構造変換メカニズムが共通することを示唆する知見は,タンパク質構造多様性の極限におけるメカニズムの共通性という点で非常に興味深い.
日本近海は,極めて多様な生物が棲息する生物多様性のホットスポットと呼ばれている(11)11) K. Fujikura, D. Lindsay, H. Kitazato, S. Nishida & Y. Shirayama: PLoS ONE, 5, e11836 (2010)..その敵だらけの環境において,グミのCEL-IIIは高等生物の細胞に対しPFTとして機能することで,魚類などの捕食者に対する忌避物質の役割を担っていると考えられる.PFTを筆頭にタンパク質機能を極限まで発達させ,それらを武器に日本近海でほかの生物と日々戦う様を空想しながら酒の肴に食べるナマコの味は,ひと味違いはしないだろうか.
Reference
1) J. E. Alouf: “Pore-Forming Toxins,” ed. by F. G. van der Goot, Heidelberg, Springer Verlag, 2001, pp. 1–14.
3) T. Hatakeyama, H. Kohzaki, H. Nagatomo & N. Yamasaki: J. Biochem., 116, 209 (1994).
6) M. Mueller, U. Grauschopf, T. Maier, R. Glockshuber & N. Ban: Nature, 459, 726 (2009).
7) H. Unno, S. Goda & T. Hatakeyama: J. Biol. Chem., 289, 12805 (2014).
9) S. J. Tilley, E. V. Orlova, R. J. C. Gilbert, P. W. Andrew & H. R. Saibil: Cell, 121, 247 (2005).
11) K. Fujikura, D. Lindsay, H. Kitazato, S. Nishida & Y. Shirayama: PLoS ONE, 5, e11836 (2010).