Kagaku to Seibutsu 53(2): 82-88 (2015)
解説
機能性磁性ナノ粒子を用いたティッシュエンジニアリング技術
Tissue Engineering Using Functional Magnetite Nanoparticles
Published: 2015-01-20
標的細胞を磁気標識することによって,磁力による細胞の遠隔操作が可能となる.筆者らは,磁性ナノ粒子の表面をさまざまなバイオマテリアルで修飾した機能性磁性ナノ粒子を作製し,これらの機能性磁性ナノ粒子で標的細胞を磁気標識して磁気操作によるティッシュエンジニアリング技術として用いるMag-TE(Magnetic force-based tissue engineering)法の開発を行っている.これまでこの技術を用いてさまざまな細胞を使った三次元組織の構築を行ってきた.本稿では,骨格筋組織の作製を中心に解説する.
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
京都大学・山中教授のiPS細胞のノーベル賞受賞,自家iPS細胞を用いた網膜の加齢黄斑変性症の臨床研究開始などにより,わが国における再生医療の実用化への期待が高まっている.化学工学者であるLangerと外科医であるVacantiは,細胞と,細胞の足場(スキャフォールド)および細胞成長因子の3者を組み合わせることによって人工的に生体組織を再構築する学理をティッシュエンジニアリングとして提唱した(1)1) R. Langer & J. P. Vacanti: Science, 260, 920 (1993)..筆者らは,in vitroにおける三次元生体組織構築に関する細胞の配置・配列技術について,磁性ナノ粒子を用いた細胞の磁気誘導法の開発を行っており,磁力(Magnetic force)を用いたティッシュエンジニアリング(Tissue engineering)技術としてMag-TE法と名づけた.Mag-TE法は,磁性ナノ粒子を細胞内に取り込ませることによって細胞を磁気標識し,磁石を目的の位置に設置して,磁力で細胞を引きつけることによって,細胞を任意の場所に配置・配列し,積層することで細胞からなる三次元組織を構築する手法である(2)2) A. Ito, M. Shinkai, H. Honda & T. Kobayashi: J. Biosci. Bioeng., 100, 1 (2005)..
磁性ナノ粒子は,磁気分離や核磁気共鳴イメージング(MRI)の造影剤など,さまざまな医療分野で利用されており,そのなかでも最も多く使われているのはマグネタイト(Fe3O4)とマグヘマイト(Fe2O3)およびその混合物である.これらの酸化鉄ナノ粒子は,MRIの造影剤(フェリデックス®やリゾビスト®)の主成分として薬事承認を受けており,安全性が詳細に調べられている.磁性ナノ粒子表面をポリマーや脂質で被覆することは,表面の電荷や親水性を変化させたり,ペプチドやタンパク質を結合させたりすることが可能であることから,磁性ナノ粒子に機能性を付与するための有用なアプローチである(3)3) A. K. Gupta, R. R. Naregalkar, V. D. Vaidya & M. Gupta: Nanomedicine (London), 2, 23 (2007)..筆者らは,10 nmほどのマグネタイト粒子を,正電荷脂質を含むリン脂質膜で包埋することで,直径約200 nm(4)4) A. Ito, K. Ino, T. Kobayashi & H. Honda: Biomaterials, 26, 6185 (2005).のマグネタイトカチオニックリポソーム(MCL)(5)5) M. Shinkai, M. Yanase, H. Honda, T. Wakabayashi, J. Yoshida & T. Kobayashi: Jpn. J. Cancer Res., 87, 1179 (1996).を作製した(図1図1■機能性磁性ナノ粒子).
MCLは静電的相互作用によって細胞表面に吸着し細胞内に取り込まれる.細胞によるMCLの取り込み量は細胞の種類により異なり,概して腫瘍細胞株で高い値を示した.たとえば,100 pg/cellの濃度のMCLを培地中に添加したところ,ヒトグリオーマ細胞株U251-SPとヒトヘパトーマ細胞株HepG2ではそれぞれ58.9 pg/cell(6)6) M. Shinkai, B. Le, H. Honda, K. Yoshikawa, K. Shimizu, S. Saga, T. Wakabayashi, J. Yoshida & T. Kobayashi: Jpn. J. Cancer Res., 92, 1138 (2001).および48.9 pg/cell(7)7) A. Ito, H. Jitsunobu, Y. Kawabe & M. Kamihira: J. Biosci. Bioeng., 104, 371 (2007).の濃度で細胞に取り込まれた.一方,初代細胞において,ヒト繊維芽細胞では13.7 pg/cell(8)8) A. Ito, K. Ino, M. Hayashida, T. Kobayashi, H. Matsunuma, H. Kagami, M. Ueda & H. Honda: Tissue Eng., 11, 1553 (2005).,ヒト間葉系幹細胞では20.6 pg/cell(9)9) A. Ito, E. Hibino, H. Honda, K. Hata, H. Kagami, M. Ueda & T. Kobayashi: Biochem. Eng. J., 20, 119 (2004).で細胞に取り込まれた.MCLの取り込み経路を調べるために,MCL添加後の培養温度を37°Cあるいは4°Cと変えたところ,37°Cで培養した場合と比較して4°Cで培養した場合に取り込み量が格段に低かったことから,細胞種における取り込み量の主な違いは細胞のエンドサイトーシス活性の相違によるものと考えられる(10)10) A. Ito & M. Kamihira: Prog. Mol. Biol. Transl. Sci., 104, 355 (2011)..
これまでに,MCLの添加濃度を高くするほど,細胞内への取り込み量が高くなることがわかったが,ある濃度以上では,主にカチオニックリポソーム成分に起因する細胞毒性が現れる.細胞毒性として,主にMCL添加後の細胞増殖への影響を調べてきたが,ほとんどの細胞で100 pg/cellの添加濃度では影響がなかった.さらに,100 pg/cell以下の濃度では,ヒト間葉系幹細胞の分化能に影響がないこともわかった(9)9) A. Ito, E. Hibino, H. Honda, K. Hata, H. Kagami, M. Ueda & T. Kobayashi: Biochem. Eng. J., 20, 119 (2004)..マウスを用いた前臨床急性毒性試験として,MCLを腹腔内に最大投与可能量として90 mg投与したとき,試験に用いた10匹すべてのマウスが生存した.全身投与されたMCLは投与数日後に肝臓と脾臓に蓄積したが,投与10日後にはそれぞれの臓器で検出されなかったことから,投与した磁性ナノ粒子はこの間に排出されたと考えられる(11)11) A. Ito, Y. Nakahara, K. Tanaka, Y. Kuga, H. Honda & T. Kobayashi: Jpn. J. Hyperthermic Oncol., 19, 151 (2003)..将来的にMCLをティッシュエンジニアリングに使用して臨床応用する場合は,移植組織にMCLが残存するので,移植部位の局所的な毒性などの影響を調べる必要があると思われる.
ティッシュエンジニアリングにおける三次元組織構築の試みの多くは,生分解性ポリマーからなるスキャフォールドに細胞を播種する方法で行われる.しかしながら,生分解性ポリマーの使用は,細胞がスキャフォールド内部にうまく入っていかないことや,生体内での分解による炎症反応の惹起など,いくつかの問題点が指摘されている.スキャフォールドを使用しない組織構築法として,東京女子医大の岡野教授らのグループは,細胞シート工学を提唱している(12)12) T. Owaki, T. Shimizu, M. Yamato & T. Okano: Biotechnol. J., 9, 904 (2014)..温度感受性の培養表面で細胞をコンフルエントまで培養し,温度を下げてシート状に培養表面から剥がすことで,単層の細胞シートが回収できる.ここで,細胞回収時にプロテアーゼを使用しないため,細胞が産生した細胞外マトリクスを壊さずに回収することができることから,単層の細胞シートを積層化することで,三次元組織を構築することができる.
一般に,酵素処理で回収した細胞を単層培養した細胞の上に播種しても,上下の細胞同士が即座に結合して三次元組織が形成されることはない.筆者らは,磁性ナノ粒子を取り込ませた細胞を磁力で積層して培養することで三次元培養が可能となり,細胞外マトリクスの分泌を伴う細胞の組織化が促されることによって三次元組織が構築可能であることを見いだした(2)2) A. Ito, M. Shinkai, H. Honda & T. Kobayashi: J. Biosci. Bioeng., 100, 1 (2005)..今までに,心筋(13)13) K. Shimizu, A. Ito, J. K. Lee, T. Yoshida, K. Miwa, H. Ishiguro, Y. Numaguchi, T. Murohara, I. Kodama & H. Honda: Biotechnol. Bioeng., 96, 803 (2007).や皮膚(14)14) A. Ito, M. Hayashida, H. Honda, K. Hata, H. Kagami, M. Ueda & T. Kobayashi: Tissue Eng., 10, 873 (2004).といった,細胞を重層化することで機能が促進される組織を構築してきた.さらに,肝実質細胞と非実質細胞である血管内皮細胞(15)15) A. Ito, Y. Takizawa, H. Honda, K. Hata, H. Kagami, M. Ueda & T. Kobayashi: Tissue Eng., 10, 833 (2004).や繊維芽細胞(7)7) A. Ito, H. Jitsunobu, Y. Kawabe & M. Kamihira: J. Biosci. Bioeng., 104, 371 (2007).といった複数種類の細胞を組み合わせて三次元組織を構築することで,肝機能が向上することを示した.また,複雑な構造をもつ組織を作製するために,微小な磁石を使用した細胞のマイクロパターニング法の開発を行っている(16)16) K. Ino, A. Ito & H. Honda: Biotechnol. Bioeng., 97, 1309 (2007)..磁力を用いた細胞のパターニング法では,磁力で細胞の配置を遠隔操作が可能となる.これにより,マウス皮膚組織表面における血管内皮細胞のマイクロパターニング,あるいは,人工三次元組織の上に血管内細胞をパターニングして,その上に細胞を重層化し,さらにその上に血管内皮細胞をパターニングすることで,血管内皮細胞のマイクロパターンを含む三次元組織を構築することに成功した(17)17) H. Akiyama, A. Ito, Y. Kawabe & M. Kamihira: Biomed. Microdevices, 11, 713 (2009).(図2図2■Mag-TE法による血管内皮細胞のマイクロパターンを含む三次元組織の構築法).
骨格筋組織をin vitroで構築することができれば,再生医療に応用することができる.生体内の筋組織に存在する骨格筋の幹細胞である筋衛星細胞は,筋肉に損傷が起こった際に活性化されて筋芽細胞となり,細胞増殖を開始し,細胞融合により多核化した筋管へ分化して,さらに成熟して筋繊維(筋細胞)となることで筋損傷を修復する(18)18) X. Shi & D. J. Garry: Genes Dev., 20, 1692 (2006)..重度の損傷などによって筋組織を大きく欠損した場合に,培養した筋芽細胞を患部へ注入して治療を試みた例はあるが,注入された細胞の生着率が低いという問題点があった(19)19) V. Mouly, A. Aamiri, S. Périé, K. Mamchaoui, A. Barani, A. Bigot, B. Bouazza, V. François, D. Furling, V. Jacquemin et al.: Acta Myol., 24, 128 (2005)..そこで,in vitroで筋芽細胞を培養し,ティッシュエンジニアリングにより生体内の骨格筋組織と同様な機能を有する人工筋組織を作製することができれば,移植治療に威力を発揮すると考えられる.一方,in vitroで生体と類似な筋組織を構築することができれば,筋組織に作用する薬剤のスクリーニングに使用可能である.細胞培養系を用いたin vitroの実験は動物実験代替法として有用であり,マウスC2C12細胞を含む筋衛星細胞由来の筋芽細胞株は,筋管への分化能を保持しているため,機能を調べるためのモデル細胞として使用されてきた(20)20) D. Yaffe & O. Saxel: Nature, 270, 725 (1977)..また,iPS細胞を利用することで,患者自身の細胞由来の筋芽細胞を用いた薬剤スクリーニングも技術的に可能になった(21)21) A. Tanaka, K. Woltjen, K. Miyake, A. Hotta, M. Ikeya, T. Yamamoto, T. Nishino, E. Shoji, A. Sehara-Fujisawa, Y. Manabe et al.: PLoS ONE, 8, e61540 (2013)..さらに,筋組織は生体内での動力素子(アクチュエータ)としてみなすことができるので,in vitroで動く筋組織を作製することができれば,バイオアクチュエータの動力源として応用可能となる.現在までに,カエルの半腱様筋を搭載した「スイミングロボット」(22)22) H. Herr & R. G. Dennis: J. Neuroeng. Rehabil., 1, 6 (2004).や,昆虫の背脈管組織を搭載した微小な「ウォーキングロボット」(23)23) Y. Akiyama, K. Iwabuchi, Y. Furukawa & K. Morishima: Lab Chip, 9, 140 (2009).が報告されている.Parkerらのグループは,PDMS(poly-dimethylsiloxane)の薄膜上に心筋細胞をマイクロパターニングすることで,クラゲと同様の動きをする「クラゲロボット」の作製(24)24) J. C. Nawroth, H. Lee, A. W. Feinberg, C. M. Ripplinger, M. L. McCain, A. Grosberg, J. O. Dabiri & K. K. Parker: Nat. Biotechnol., 30, 792 (2012).に成功している.
筋組織をin vitroで作製するためには,生体内の組織の構造を模倣する必要がある.筋肉は腱を介して骨と繋がっており,骨に引っ張られることで一方向に配向した形態をとり,収縮することで強い力を発揮する.骨格筋組織は,筋繊維(筋細胞)が束になり,筋束を形成し,筋束が基底膜と結合組織に覆われてさらに束になることで形成されている.筋束は直径200 µm以下であり,その周りの結合組織(細胞外マトリクスの基質中)に血管と神経のネットワークが存在する.筆者らは,血管による栄養および酸素補給がない場合でも生存可能であり,機能を発揮できる筋束を骨格筋の最小単位と考え,Mag-TEによる筋束の組織構築を行った.
Mag-TE法を用いることで,細胞が高密度に存在する組織を作製することができる.C2C12細胞に100 pg/cellの濃度でMCLを添加したところ,8時間後には最大6.4 pg/cellで細胞に取り込まれた(17)17) H. Akiyama, A. Ito, Y. Kawabe & M. Kamihira: Biomed. Microdevices, 11, 713 (2009)..この取り込み量は比較的低い値だが,3,000ガウスの磁石で引き寄せるのには十分量であった.磁気標識した細胞を,細胞接着を抑えるためにハイドロゲルコートされた低接着性培養表面に播種し,磁石を培養表面の下に設置したところ,細胞が磁力で培養底面に引きつけられた.この状態で12時間培養を行うことで,厚さ250 µmの重層化筋芽細胞シートを作製した(25)25) Y. Yamamoto, A. Ito, M. Kato, Y. Kawabe, K. Shimizu, H. Fujita, E. Nagamori & M. Kamihira: J. Biosci. Bioeng., 108, 538 (2009)..さらに,筋束の形状を模倣して紐状の筋組織を作製するために,厚さ200 µmの鉄箔をアクリル板で挟み込んで作製した磁気収束デバイスを用いた.磁石の上に磁気収束デバイスを設置して,そこに磁気標識した筋芽細胞を播種し,一日間培養したところ,幅200 µmの紐状細胞組織が形成された(25)25) Y. Yamamoto, A. Ito, M. Kato, Y. Kawabe, K. Shimizu, H. Fujita, E. Nagamori & M. Kamihira: J. Biosci. Bioeng., 108, 538 (2009)..これらの三次元細胞組織は,組織形成後の培養で大幅に収縮した.収縮のメカニズムは不明だが,細胞–細胞間相互作用による力が,組織の形状を保つための磁力を超えたと考えられる.in vitroで筋芽細胞を筋管へ分化誘導するためには7日間程度の培養日数が必要である.したがって,磁力で作製した三次元細胞組織の形状を培養期間保つ工夫が必要となった.生体内の筋肉では骨格筋が腱を介して骨に結合していることから,人工的に腱のような構造物を使用することが考えられる.Dennisらのグループは,ラミニンでコートした手術用縫合糸に筋芽細胞を接着させて絡みつかせることで,人工筋組織を固定する手法を考案している(26)26) R. G. Dennis & P. E. Kosnik 2nd: In Vitro Cell. Dev. Biol. Anim., 36, 327 (2000)..筆者らは,人工筋組織を輪ゴム状に成形することで,2つの虫ピンで固定する方法をとった.
環状筋組織の作製法を図3図3■Mag-TE法を用いた筋組織の構築法に示す.低接着性24穴培養プレートの培養ウェルの中心に直径12 mmのポリカーボネート製の円柱を設置し,その培養ウェルの隙間にMCLで磁気標識した筋芽細胞を播種した.磁石を設置したところ,筋芽細胞は磁石に引き寄せられてドーナッツ状の細胞シートを形成した(25)25) Y. Yamamoto, A. Ito, M. Kato, Y. Kawabe, K. Shimizu, H. Fujita, E. Nagamori & M. Kamihira: J. Biosci. Bioeng., 108, 538 (2009)..2日間の培養後には,細胞は劇的に収縮して円柱に巻きついた.円柱から外した環状細胞組織の厚さは120 µm(25)25) Y. Yamamoto, A. Ito, M. Kato, Y. Kawabe, K. Shimizu, H. Fujita, E. Nagamori & M. Kamihira: J. Biosci. Bioeng., 108, 538 (2009).だった.組織学的観察により,環状細胞組織内の細胞は,組織内部の張力によって円周方向に配向していた.さらに,筋管形成のための分化誘導培養を行うために,2本の虫ピンで細胞組織を固定して,7日間培養を行った.環状細胞組織は2本の虫ピンの間で収縮が留められる形で培養されたが,その張力で細胞組織が切れてしまい,そのままでは分化誘導させることができなかった.
そこで,細胞外マトリクスタンパク質の添加を検討した.コラーゲンゲルやマトリゲル®といったハイドロゲルを使用することにより,組織の強度を高めることが可能になるだけでなく,筋芽細胞の筋管への分化にも必須であることが知られている.筋束の周りの結合組織には,主にⅠ,Ⅲ,Ⅵ型コラーゲン,フィブロネクチン,ビトロネクチンやデコリンなどのプロテオグリカンが含まれており,基底膜にはラミニン,Ⅳ型コラーゲン,エンタクチンやパールカンなどのプロテオグリカンが含まれている(27)27) S. B. Chargé & M. A. Rudnicki: Physiol. Rev., 84, 209 (2004)..筆者らは,結合組織を模倣してⅠ型コラーゲンゲルと,基底膜成分としてラミニン,Ⅳ型コラーゲン,エンタクチンを含むマトリゲル®を使用した.骨格筋のティッシュエンジニアリングにおいて,ハイドロゲルに筋芽細胞を懸濁させて三次元組織を構築する方法は古くから行われてきた(28)28) T. Okano & T. Matsuda: Cell Transplant., 7, 71 (1998)..一方,生体内の骨格筋組織では,筋細胞が90%で結合組織は10%程度であることから,ゲル包埋培養で作製された人工筋組織は,細胞の割合に対して含まれるゲルの割合が過剰になる.筆者らは,磁力で高密度に集積させた筋芽細胞の周りを,薄くゲルでコートすることで,筋束を模した人工組織を設計した.具体的には,細胞シートが円柱に巻きついた後に,コラーゲンとマトリゲル®の混合液を添加して,吸い取ってからゲル化させた.このようにしてゲルコートした環状細胞組織は,虫ピンで留めながら7日間の培養の間に分化誘導することが可能となり,一方向に配向した高密度の筋管からなる筋束様の三次元筋組織を作製することに成功した.
以上のように,MCLと磁力を用いることで,高細胞密度で一定方向に配向した骨格筋組織の作製に成功した.この人工筋組織に対して抗αアクチニン抗体とファロイジンによるアクチンフィラメント染色の蛍光二重染色を行ったところ,細胞収縮装置であるサルコメア構造が観察された(29)29) Y. Yamamoto, A. Ito, H. Fujita, E. Nagamori, Y. Kawabe & M. Kamihira: Tissue Eng. Part A, 17, 107 (2011)..また,生化学的評価として,筋特異的タンパク質に対してウエスタンブロット解析を行ったところ,分化誘導2日後に分化初期マーカーであるミオゲニンの発現が上昇し,分化誘導7日までに分化後期マーカーであるミオシン重鎖およびトロポミオシンの発現が上昇することがわかった.さらに,人工筋組織内のクレアチンキナーゼの酵素活性を計測したところ,分化誘導2日目から17日目まで活性が増加した.これらの発現パターンは正常な筋分化の経路に近いと考えられる.
筋肉の最も重要な機能は,収縮して力を発生することである.Mag-TE法で作製した人工筋組織は筋束を模しており,神経を含まないが,人工的な電気刺激のパルスで神経を代替することができる.電気パルスで人工筋組織を刺激し,そのときの収縮力を張力変換器で測定したところ,電気パルスに応じて人工筋組織はリズミカルに収縮を繰り返し,収縮力を発生した.電気パルスの印加周波数を5 Hz以上にすると,単収縮と単収縮が融合して,強縮と呼ばれる生体内と同様の生理現象が観察された.また,単収縮時の最大収縮力は1.1 mN/mm2 (29)29) Y. Yamamoto, A. Ito, H. Fujita, E. Nagamori, Y. Kawabe & M. Kamihira: Tissue Eng. Part A, 17, 107 (2011).であった.これらの結果から,筆者らはin vitroで電気刺激により収縮運動可能な骨格筋組織の構築に成功した.さらに,人工筋組織の興奮性を評価するために,印加電圧の影響(レオベース)とパルス幅の影響(クロナキシー)を調べたところ,それぞれ4.5 Vおよび0.7 msであった(29)29) Y. Yamamoto, A. Ito, H. Fujita, E. Nagamori, Y. Kawabe & M. Kamihira: Tissue Eng. Part A, 17, 107 (2011)..これらの収縮特性は,生体内の骨格筋と比較するとまだ低いレベルであり,成体マウスの最大筋力の0.5%程度であった.
人工骨格筋組織の収縮力が低い理由として,組織内の筋管の成熟度が低いことが挙げられる.生体内では中枢神経系から運動神経を介して筋肉に電気信号が伝わるが,人工筋組織では,言わば脱神経の状態であるために筋管が成熟しない可能性がある.Fujitaらは,平面培養で筋管を電気刺激しながら培養したところ,筋管内に発達したサルコメアが構築されることを見いだした(30)30) H. Fujita, T. Nedachi & M. Kanzaki: Exp. Cell Res., 313, 1853 (2007)..また,Donnellyらは,人工筋組織を電気刺激培養したところ,収縮力を2倍程度向上させることに成功している(31)31) K. Donnelly, A. Khodabukus, A. Philp, L. Deldicque, R. G. Dennis & K. Baar: Tissue Eng. Part C Methods, 16, 711 (2010)..宇宙飛行士が宇宙空間に一定期間滞在すると地上帰還時に立てないほど筋力が衰えることが知られており,一般的に,筋力強化のために筋組織の持続的な運動は必須のものと考えられる.このため,人工筋組織においても持続的に電気刺激して収縮運動させながら培養する,つまり,筋力トレーニングすることにより,収縮力を高めることができると考えられる.しかしながら,トレーニングの負荷が強すぎると筋損傷が起こり,逆に負荷が弱すぎるとトレーニング効果が見られない可能性がある.そこで筆者らは,Mag-TE法で作製した筋組織に対して,印加電圧,パルス幅,周波数をパラメータとして電気刺激条件を変化させ,最適な電気刺激条件を探索した(32)32) A. Ito, Y. Yamamoto, M. Sato, K. Ikeda, M. Yamamoto, H. Fujita, E. Nagamori, Y. Kawabe & M. Kamihira: Sci. Rep., 4, 4781 (2014)..人工筋組織は分化誘導4日目(day 4)から電気刺激に応答して収縮運動を始めることから,電気刺激培養はday 4から開始した.day 4から,印加電圧とパルス幅および周波数を3条件ずつ(計27条件)変えて電気刺激培養を行い,day 7における最大収縮力を測定したところ,0.3 V/mm,4 ms,1 Hzで電気刺激培養した場合に,最も収縮力の高い人工筋組織(47.2 µN)(32)32) A. Ito, Y. Yamamoto, M. Sato, K. Ikeda, M. Yamamoto, H. Fujita, E. Nagamori, Y. Kawabe & M. Kamihira: Sci. Rep., 4, 4781 (2014).の誘導に成功した.このときの負荷(電気刺激条件)を,発生可能な最大収縮力に対して何%の収縮力を示すか(%Peak twitch force, %Pt)と定義すると,25%Pt(32)32) A. Ito, Y. Yamamoto, M. Sato, K. Ikeda, M. Yamamoto, H. Fujita, E. Nagamori, Y. Kawabe & M. Kamihira: Sci. Rep., 4, 4781 (2014).であった.さらに,人工筋組織の発達とともに電気刺激培養条件の負荷を変えることが筋管の成熟に効果的ではないかと考え,day 7からトレーニングプログラム(電気刺激条件)を変更して効果を調べた.ここで研究仮説として,電気刺激条件が異なっても,負荷としての%Ptが同じ場合,同じトレーニング効果が得られるのではないかと考えた.そこで,day 7から,20%Pt,50%Pt,80%Ptの負荷を与える電気刺激条件を決定して,それぞれの%Ptで2条件ずつ印加電圧とパルス幅を変化させて,day 10の収縮力を測定したところ,印加電圧とパルス幅が異なっても%Ptが同等の場合には同等のトレーニング効果があり,また,50%Ptで培養した条件で最も効果が高いことがわかった.結果的として,day 4からday 7までは25%Pt,day 7からday 14までは50~60%Ptに負荷を高めて電気刺激培養すると,最も効果的に人工筋組織の収縮力を高めることができ,day 14で約120 µN(32)32) A. Ito, Y. Yamamoto, M. Sato, K. Ikeda, M. Yamamoto, H. Fujita, E. Nagamori, Y. Kawabe & M. Kamihira: Sci. Rep., 4, 4781 (2014).の収縮力を発揮した.これは電気刺激培養を行わなかった場合のコントロールと比較して,約6倍の収縮力であった.
本稿では,Mag-TE法による三次元組織構築技術について,骨格筋のティッシュエンジニアリングを中心に解説した.in vitroにおける人工筋組織は,移植医療のみならず,創薬のための有用なツールとして,またバイオアクチュエータやバイオロボットの動力源として,応用分野が非常に広いと考えられる.究極的には,作製した筋束の周りに神経と血管網を導入し,それらを束ねていくことで,in vitroにおいても生体と同等の筋肉組織を作ることを目標に研究を行っていきたいと考えている.
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