Kagaku to Seibutsu 53(2): 99-106 (2015)
解説
細菌におけるRNaseを介した代謝制御: 産業微生物コリネ型細菌を例に
Regulation of Bacterial Metabolism by RNase
Published: 2015-01-20
一般に細菌ではmRNAの転写と翻訳は共役しており,mRNAの合成が完了する前に翻訳が開始される.そのため遺伝子発現制御は主に転写段階で制御されていると考えられ,RNAレベルの転写後遺伝子発現制御の研究は真核生物に比べて遅れていた.しかし近年,大腸菌や病原性細菌をはじめ多くの細菌においてその重要性が明らかにされてきた.本稿では,細菌におけるRNaseを介した転写後遺伝子発現制御について概説し,加えて産業上有用なコリネ型細菌におけるRNaseを介した代謝制御について紹介する.
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
RNaseはその分解様式の違いによりエンド型とエキソ型の2種類に大別される.エンド型RNaseはRNA鎖を内部で切断し,エキソ型RNaseはRNA鎖の5′末端もしくは3′末端から1塩基ずつ削り取るように分解する.RNaseは,mRNAの分解だけでなく,rRNAやtRNAなどすべてのタイプのRNAの成熟や品質管理にも関与している.細菌において,遺伝子発現に関与する主要なRNaseは,RNase E/Gファミリー酵素,RNase Y,RNase IIIといったエンド型RNaseや,PNPase,RNase II,RNase Rといった3′→5′エキソ型RNase,そしてエンド型と5′→3′エキソ型活性をもつRNase Jなどが挙げられる.また,リボソームの品質管理にかかわる一本鎖特異的なエンド型RNaseとして最近発見されたYbeYも,small RNA(sRNA)を介した遺伝子発現制御に関与していることが報告されている(1)1) S. P. Pandey, J. A. Winkler, H. Li, D. M. Camacho, J. J. Collins & G. C. Walker: BMC Genomics, 15, 121 (2014)..
われわれは大腸菌および,アミノ酸などの有用物質生産に重要なコリネ型細菌Corynebacterium glutamicumにおけるRNaseを介した代謝制御について研究してきた.コリネ型細菌は協和発酵工業の木下,鵜高らによりグルタミン酸生産菌として分離された.C. glutamicumはミコール酸含有放線菌群に属し,胞子形成能をもたない,非運動性の高GC含量グラム陽性細菌である.現在ではグルタミン酸やリジンの工業生産に利用されるのみならず,その物質生産性の高さから,バイオ燃料や有機酸,タンパク質の生産など幅広く応用が検討されている.
RNaseは,生育に重要なものが多いが,細菌ごとにその保有パターンは異なっている.大腸菌,枯草菌およびコリネ型細菌における主要なRNaseの保有パターンを表1表1■大腸菌,枯草菌,コリネ型細菌におけるRNaseの分布に示した.細菌においてmRNA分解の引き金となる最初のRNA切断を担う主要なものはRNase E/Gファミリー酵素,およびRNase YとRNase Jであると考えられている.大腸菌は2つのRNase E/Gファミリー酵素をもっているが,RNase YとRNase Jは保有していない.一方,枯草菌はRNase E/Gファミリー酵素をもっておらず,RNase Yと2つのRNase Jホモログを保有している.コリネ型細菌はRNase E/Gのホモログを一つと,RNase Jのホモログを一つ保有しているがRNase Yはもっていない.このように細菌種によりRNaseの保有パターンが異なっていることがわかり興味深い.
大腸菌 | 枯草菌 | コリネ型細菌 | ||
---|---|---|---|---|
エンド型RNase | RNase E/G | rne, rng | — | NCgl2281 |
RNase Y | — | rny | — | |
RNase J* | — | rnjA, rnjB | NCgl1895 | |
RNase III | rnc | rncS | NCgl1994 | |
Mini III | — | mrnC | — | |
RNase M5 | — | rnmV | — | |
YbeY | ybeY | ybeY | NCgl2207 | |
RNase P | rnpAB | rnpAB | NCgl2992 | |
RNase Z | rbn | rnz | NCgl2422 | |
RNase H | rnhA, rnhB | rnhB, rnhC | NCgl0320, NCgl1957 | |
RNase I | rna | — | — | |
RNase Bsn | — | bsn | — | |
5′→3′エキソ型RNase | RNase J* | — | rnjA, rnjB | NCgl1985 |
3′→5′エキソ型RNase | PNPase | pnp | pnpA | NCgl1900 |
RNase T | rnt | — | — | |
RNase R | rnr | rnr | NCgl2153 | |
RNase II | rnb | — | NCgl2153 | |
RNase PH | rph | rph | NCgl2415 | |
RNase D | rnd | — | NCg1826 | |
Orn | orn | — | NCgl2386 | |
NrnA | — | nrnA | NCgl1908 | |
* RNase Jは,エンド型活性に加えて5′→3′エキソ型活性をもつ. |
mRNAの分解経路は普遍的なものではなく,たとえ同じ遺伝子から転写されたmRNAであっても環境や条件が異なれば異なった分解経路をたどる場合もあるため,ここでは一般的な議論にとどめる.はじめに,大腸菌と枯草菌におけるmRNA分解モデルを図1図1■細菌におけるmRNAの分解経路に示した.大腸菌におけるmRNAの分解経路は主に2つに分けられるが,どちらもRNase Eによる最初のRNA切断が引き金となる.場合によっては最初の切断がRNase EではなくRNase GやRNase IIIなどほかのエンド型RNaseの場合もある.一つ目の経路はRNase Eの5′末端一リン酸依存的経路である.転写された新生mRNAの5′末端は三リン酸なので,まず,RNAピロホスホヒドロラーゼ(RppH)がmRNAの5′末端を一リン酸にする.この5′末端の一リン酸をRNase Eが認識し,そのエンド型活性でmRNAを切断する.RNase Eによって切断された上流側産物は切断された部位から3′→5′エキソ型RNaseであるRNase IIやRNase R,PNPaseによって数塩基まで分解される.最後にオリゴリボヌクレアーゼ(Orn)によりモノヌクレオチドまで分解される.一方,RNase Eのエンド型切断で生じた下流側の切断産物はその3′末端にポリAポリメラーゼによりポリAテールが付加される場合がある.真核生物の場合とは異なり,原核生物ではmRNAの3′末端にポリAテールが付加されるとmRNAが不安定化することが知られており(2)2) S. R. Kushner: IUBMB Life, 56, 585 (2004).,これにより3′→5′エキソ型RNaseによる分解を受け,最後はOrnによってモノヌクレオチドまで分解される.
(A)大腸菌におけるmRNA分解経路,(B)枯草菌におけるmRNA分解経路.ともに5′末端一リン酸依存的経路とダイレクト・エントリー経路に大別される.5′末端一リン酸依存的経路では,まずRppH(斧)が5′末端の三リン酸を一リン酸にする.これをRNase Eや,RNase J1またはRNase Yが認識して(電球は5′末端一リン酸を認識していることを示す),最初の切断を行う.その後,エキソ型酵素による分解を受ける.ダイレクト・エントリー経路では,5′末端のリン酸化状態に依存せずRNase EまたはRNase J1が最初の切断を行う.
2つ目の経路はRNase Eが基質RNAの5′末端のリン酸化状態に依存せずに最初のRNA切断を行うパターンである(ダイレクト・エントリーと呼ぶ).RNase Eによる切断後は,一つ目の経路と同じように分解されると考えられている.
枯草菌はRNase Eの代わりとなるRNaseとしてRNase J1とRNase Yを保有しており,これらがmRNA分解の主役となっている(3)3) D. H. Bechhofer: Wiley Interdiscip. Rev. RNA, 2, 387 (2010)..枯草菌において両RNaseは生育に必須ではないものの,その各々の欠損株は細胞形態に異常をきたし,増殖も著しく悪化する(4)4) S. Figaro, S. Durand, L. Gilet, N. Cayet, M. Sachse & C. Condon: J. Bacteriol., 195, 2340 (2013)..また,枯草菌においてRNase Yは,RNase J1,RNase J2,PNPase,そして解糖系酵素であるエノラーゼとホスホフルクトキナーゼ(PfkA),さらにDEAD-box RNAヘリカーゼCshとともにRNA分解装置デグラドソームを形成していることが知られている(5,6)5) F. M. Commichau, F. M. Rothe, C. Herzberg, E. Wagner, D. Hellwig, M. Lehnik-Habrink, E. Hammer, U. Völker & J. Stülke: Mol. Cell. Proteomics, 8, 1350 (2009).6) M. Lehnik-Habrink, H. Pförtner, L. Rempeters, N. Pietack, C. Herzberg & J. Stülke: Mol. Microbiol., 77, 958 (2010)..RNase J1は5′→3′エキソ型活性とエンド型活性も併せ持っているため,RNase J1またはRNase Yによるエンド型切断と,RNase J1による5′→3′方向のエキソ型分解による二種類の分解経路が考えられる.また,RNase J1のエンド型切断は基質mRNAの5′末端に依存しない場合があるため,合計三種類の分解パターンに場合分けできる(3)3) D. H. Bechhofer: Wiley Interdiscip. Rev. RNA, 2, 387 (2010)..RNase J1の5′→3′エキソ型活性およびRNase Yのエンド型活性はともに,基質RNAの5′末端一リン酸に依存しているため(7)7) M. Lehnik-Habrink, M. Schaffer, U. Mäder, C. Diethmaier, C. Herzberg & J. Stülke: Mol. Microbiol., 81, 1459 (2011).,大腸菌の場合と同様に,まずRppHがmRNAの5′末端を一リン酸にする(8)8) J. Richards, Q. Liu, O. Pellegrini, H. Celesnik, S. Yao, D. H. Bechhofer, C. Condon & J. G. Belasco: Mol. Cell, 43, 940 (2011)..RNase Yのエンド型切断により生じた下流側の切断産物もまた5′末端が一リン酸であり,これはRNase J1による5′→3′エキソ型活性により数塩基まで分解されると考えらえる.一方,RNase J1またはRNase Yによるエンド型切断で生じた上流側産物は3′→5′方向に,PNPaseやRNase Rといった3′→5′エキソ型RNaseにより数塩基まで分解される.そして残ったオリゴヌクレオチドは最終的にオリゴヌクレアーゼNrnAまたはNrnBによりモノヌクレオチドまで分解される.
大腸菌はRNase Eのほかに,その触媒部位と高い相同性を示すRNase Gを有している.このため,RNase EとRNase GをまとめてRNase E/Gファミリーと称する.RNase E/Gファミリーにおいて最も研究されているのは,大腸菌のRNase Eである.RNase Eは大腸菌の生育に必須であり,さまざまなノンコーディングRNAの成熟や,大部分のmRNAの分解に関与していることが知られている(9)9) A. J. Callaghan, J. P. Aurikko, L. L. Ilag, J. Günter Grossmann, V. Chandran, K. Kühnel, L. Poljak, A. J. Carpousis, C. V. Robinson, M. F. Symmons et al.: J. Mol. Biol., 340, 965 (2004)..大腸菌のRNase Eは,N末端側の触媒ドメインとC末端側ドメインに分けられる.N末端側は細菌において比較的よく保存されているのに対し,C末端側はほとんど保存されていない(9)9) A. J. Callaghan, J. P. Aurikko, L. L. Ilag, J. Günter Grossmann, V. Chandran, K. Kühnel, L. Poljak, A. J. Carpousis, C. V. Robinson, M. F. Symmons et al.: J. Mol. Biol., 340, 965 (2004)..RNase EのC末端側ドメインはRNAヘリカーゼRhlBや,PNPase,エノラーゼなどと結合し,デグラドゾームを形成している(10)10) C. M. Arraiano, J. M. Andrade, S. Domingues, I. B. Guinote, M. Malecki, R. G. Matos, P. N. Moreira, V. Pobre, F. P. Reis, M. Saramago et al.: FEMS Microbiol. Rev., 34, 883 (2010)..RhlBはDEAD box RNAヘリカーゼで,ATPの加水分解により2本鎖RNAをほどく酵素である.よって,RhlBがRNAの高次構造を開きながら,RNase Eのエンド型切断活性およびPNPaseの3′→5′エキソ型活性により基質RNAを分解している様子が想像できる.
RNase Eは一般的にアデニン(A)やウラシル(U)が豊富な一本鎖領域を切断すると言われているが,切断点周辺配列における変異導入実験などにより,RNase Eが特定の塩基配列の並び順を認識しているのではないことが強く示唆されている(11~13)11) S. Lin-Chao, T. T. Wong, K. J. McDowall & S. N. Cohen: J. Biol. Chem., 269, 10797 (1994).12) K. J. McDowall, S. Lin-Chao & S. N. Cohen: J. Biol. Chem., 269, 10790 (1994).13) V. R. Kaberdin: Nucleic Acids Res., 31, 4710 (2003)..またRNase Eは一次配列ではなく,特定の二次構造を認識しているのではないかと考えられたが,この説もRNase Eの基質の一つであるRNA I(ColE1型プラスミドの複製制御用sRNA)における変異導入実験から否定されている(14)14) K. J. McDowall, V. R. Kaberdin, S. W. Wu, S. N. Cohen & S. Lin-Chao: Nature, 374, 287 (1995)..しかし,RNase Eによる自己発現制御には自身をコードしているrne mRNAの5′非翻訳領域(5′ untranslated region; 5′-UTR)に存在する特定の高次構造が必要であることが報告されている(15)15) A. Schuck, A. Diwa & J. G. Belasco: Mol. Microbiol., 72, 470 (2009)..
RNase Eによる基質RNAの切断は,その塩基配列や二次構造に共通性は見いだせないものの,上述のとおり,RNAの5′末端のリン酸化状態に依存していることがわかった(16)16) G. A. Mackie: Nature, 395, 720 (1998)..RNase Eの触媒ドメインには,基質RNAの5′末端の一リン酸を認識するセンサー部分があることが結晶構造解析から明らかにされた(17)17) A. J. Callaghan, M. J. Marcaida, J. A. Stead, K. J. McDowall, W. G. Scott & B. F. Luisi: Nature, 437, 1187 (2005)..なお,RNase Gの活性はRNase Eよりも基質の5′末端の一リン酸に対する依存性が強いことが知られている(18)18) M. R. Tock, A. P. Walsh, G. Carroll & K. J. McDowall: J. Biol. Chem., 275, 8726 (2000)..さらに,RNase Eの基質となるmRNAの5′末端が三リン酸であっても,基質mRNAと塩基対合しているsRNAの5′末端が一リン酸であれば,RNase Eの5′センサーにそのsRNAの一リン酸が収容されて基質mRNAが切断されることも示された(19)19) K. J. Bandyra, N. Said, V. Pfeiffer, M. W. Górna, J. Vogel & B. F. Luisi: Mol. Cell, 47, 943 (2013)..
また,基質RNAの5′末端が三リン酸の状態であってもRNase Eによって切断される場合があることが明らかになり(前述のダイレクト・エントリー経路)(20)20) L. Kime, S. S. Jourdan, J. A. Stead, A. Hidalgo-Sastre & K. J. McDowall: Mol. Microbiol., 76, 590 (2009).,これにはRNase EのC末端側ドメインが必要である.RNase EのC末端側ドメインと5′末端を一リン酸化するRppHの同時欠損や,5′センサー部位に変異をもつ変異型RNase EからC末端側ドメインを欠損させると致死になる(21)21) K. Anupama, J. Krishna Leela & J. Gowrishankar: Mol. Microbiol., 82, 1330 (2011)..このことは,大腸菌において5′末端一リン酸依存的経路またはダイレクト・エントリー経路のどちらか一方が機能していれば致死ではないということを示している.最近の研究では,ダイレクト・エントリー経路のほうがmRNA分解に主要な役割を担っていることが示唆されている(22)22) J. E. Clarke, L. Kime, A. D. Romero & K. J. McDowall: Nucleic Acids Res., 42, 11733 (2015)..
われわれは大腸菌のRNase Gが16S rRNAの成熟に関与し(23)23) M. Wachi, G. Umitsuki, M. Shimizu, A. Takada & K. Nagai: Biochem. Biophys. Res. Commun., 259, 483 (1999).,またエノラーゼやアルコールデヒドロゲナーゼ(AdhE)といった糖代謝において重要な酵素の発現を制御していることを見いだした(24,25)24) G. Umitsuki, M. Wachi, A. Takada, T. Hikichi & K. Nagai: Genes Cells, 6, 403 (2001).25) N. Kaga, G. Umitsuki, K. Nagai & M. Wachi: Biosci. Biotechnol. Biochem., 66, 2216 (2002)..またスタンフォード大のグループは,マイクロアレイ解析によりRNase G変異により影響を受けるmRNA種がRNase E変異に比べてとても少なく,その大部分は糖代謝や解糖系に関連する各酵素の遺伝子(adhE,pgi,glk,nagB,acs,eno,tpiAなど)からの転写産物であることを報告している(26)26) K. Lee, J. A. Bernstein & S. N. Cohen: Mol. Microbiol., 43, 1445 (2002)..われわれはRNase G欠損により解糖系が亢進し,ピルビン酸が過剰生産されることを見いだした(27)27) T. Sakai, N. Nakamura, G. Umitsuki, K. Nagai & M. Wachi: Appl. Microbiol. Biotechnol., 76, 183 (2007)..これは,RNase Gが解糖系酵素をコードする遺伝子からのmRNAを選択的に分解し,その結果,解糖系の代謝流量が制御されていることを示唆している.
そこで,RNase Gの高い基質選択性を明らかにするために,adhE mRNAを例に,その認識機構について詳細な解析を行った(28)28) K. Ito, K. Hamasaki, A. Kayamori, P. A. Nguyen, K. Amagai & M. Wachi: Biosci. Biotechnol. Biochem., 77, 2473 (2013)..AdhEはNAD依存型のアルコールデヒドロゲナーゼで,嫌気条件下においてアセチルCoAをエタノールへ還元する.adhE遺伝子は,σ70とσSに依存的なプロモーターをもち,NarL,Cra,Fis,FnrそしてLrpといった5つの転写因子により,その発現が複雑に制御されている.また,adhE mRNAはRNase Gによる分解制御だけでなく,RNase IIIのプロセシングによる正の制御も受ける.adhE 5′-UTRとlacZの融合遺伝子を用いた実験から,どちらの制御にもadhE mRNAの5′-UTRが必要であることが明らかとなった.プライマー伸長法を用いた解析により,RNase GはadhE mRNAの翻訳開始点より19塩基上流のAと18塩基上流のシトシン(C)の間のホスホジエステル結合を切断していることがわかった.また切断点前後の塩基置換により,RNase Gは切断点前後の塩基を認識していないことも示された.つづいてadhE 5′-UTRのランダム欠失実験により,RNase GによるadhE mRNAの選択的分解には,翻訳開始点から145塩基上流から125塩基上流までのRNA領域が必要なことが明らかになった.なお,二次構造予測では,この領域はRNase Gの切断点と隣接した領域と二本鎖を形成しており,RNase Gの切断点はその二本鎖ステムのバブル部位にあたることが示唆された(図2図2■adhE 5′-UTRの二次構造とRNase Gによる認識切断に必要な最小構造).adhE 5′-UTRはとても複雑な二次構造をしているが,欠失実験にて不要な二次構造の削除を行ったところ,RNase GによるadhE 5′-UTRの切断には,切断点付近のバブルとステム・ループ構造のみで十分であることが明らかになった(図3図3■RNase GとRNase IIIによるadhE mRNAの転写後制御機構モデル).また,RNase IIIによるadhE mRNAの切断部位もこの二本鎖領域内に存在している.これらの知見より,われわれはRNase GとRNase IIIが競合的にadhEの発現を制御するモデルを提唱した(図3図3■RNase GとRNase IIIによるadhE mRNAの転写後制御機構モデル).すなわち,RNase Gは5′-UTRのステムを認識し,バブル部分の一本鎖を切断する.するとフリーの5′一リン酸末端が露出し,さらなる分解を受ける.一方,RNase Gより先にRNase IIIが切断すると,生じた5′末端は自身でステム・ループ構造を形成し,RNase E/Gの5′センサーに認識されなくなる.これによりmRNAが安定化し,翻訳される.
(a)adhE mRNAの5′-UTRの二次構造予測図.塩基の数字は翻訳開始点のAを+1としたときの各塩基の位置を示す.(b)欠失実験により明らかになったRNase Gによる認識切断に必要なRNAの最小構造.−145から−125塩基までのRNase G認識構造を太線で,RNase IIIの切断点(−32, −52, −134)およびRNase Gの切断点(−18)を矢印で示した.
(経路1)RNase Gは5′-UTRのステムを認識し,バブル部分の一本鎖(−18の位置)を切断する.すると5′末端にフリーな一リン酸末端が露出し,さらなるRNA分解を受ける.(経路2)RNase Gより先にRNase IIIが切断すると(−32の位置),生じた5′末端は自身でステム・ループ構造を形成し,RNase E/Gの5′センサーに認識されなくなる.これによりmRNAが安定化し,翻訳される.なお,RBSはリボソーム結合部位を示す.
これまでに報告されたRNase Eによる基質RNAの切断点の周辺をよく見てみると,今回明らかとなったRNase GによるadhE mRNAの切断点周辺(ステム・ループのバブル部分)よりも長い一本鎖領域が存在する.RNase EはRNase Gよりも長いAUに富む一本鎖領域を必要とし,このことがRNase GとRNase Eの基質選択性に影響を与えているのかもしれない.
コリネ型細菌のNCgl2281遺伝子産物(以下,遺伝子も遺伝子産物も単にNCgl2281と示す)は,1021アミノ酸からなるRNase E/Gファミリー酵素のホモログで,中央部分に触媒活性ドメインが配置し,N末端側とC末端側にそれぞれ付加的なドメインをもつ(図4図4■C. glutamicumのNCgl2281と大腸菌RNase EおよびRNase Gとの構造比較).NCgl2281のC末端側は大腸菌のRNase EのC末端側ドメインの一部と緩い相同性を示した一方,N末端側と有意な相同性を示すものは見つからなかった.NCgl2281による大腸菌RNase E変異あるいはRNase G変異の相補実験では,RNase G変異のみ相補ができたことから,NCgl2281は大腸菌のRNase Gに近い活性をもっていることが示唆された(29)29) T. Maeda, T. Sakai & M. Wachi: Biosci. Biotechnol. Biochem., 73, 2281 (2009)..また,NCgl2281の全長を大腸菌に発現させると著しい増殖阻害が起きるが,これはN末端ドメインを欠失させることにより緩和された.機能未知のN末端ドメインを欠失したNCgl2281でも大腸菌RNase G変異を相補できたことから,このN末端ドメインは触媒活性に必要ないものの,何らかの役割が存在すると思われる.
コリネ型細菌のNCgl2281は中央部分に触媒ドメインが配置し,N末端側とC末端側にそれぞれ付加的なドメインをもつ.このNCgl2281の中央部分は大腸菌のRNase Gの触媒ドメインと39.1%の相同性を示し,大腸菌のRNase Eとは37.8%の相同性を示した.また,NCgl2281のC末端側は大腸菌のRNase EのC末端側ドメインの一部と緩い相同性を示した(21.6%).
NCgl2281は大腸菌のRNase G同様に生育に必須ではないが,欠損株では5S rRNAの前駆体が蓄積していた.プライマー伸長法と3′RACE法を用いた解析から,NCgl2281は5S rRNAの5′側の成熟に関与し,5′側成熟末端の1塩基上流のグアニン(G)の前のリン酸ジエステル結合を切断していることが明らかになった(30)30) T. Maeda & M. Wachi: Arch. Microbiol., 194, 65 (2012)..
NCgl2281の有無によるコリネ型細菌内の転写変動をマイクロアレイ解析したところ,NCgl2281はほとんどのmRNAの安定性に大きな影響は与えないことが判明した(未発表データ).つまり,コリネ型細菌のNCgl2281は大腸菌のRNase G同様に基質選択性が高く,特定のmRNAを選択的に分解制御し,その遺伝子発現を制御している可能性が高い.そこでさまざまな培養条件で欠損の効果を調べたところ,酢酸を炭素源とした場合に欠損株でグリオキシル酸サイクルの酵素であるイソクエン酸リアーゼ(isocitrate lyase; ICL)が過剰発現していることを見いだした(31)31) T. Maeda & M. Wachi: Appl. Environ. Microbiol., 78, 8753 (2012).(図5図5■C. glutamicumのNCgl2281によるイソクエン酸リアーゼ(ICL)の発現制御).さらにノーザン解析,リファンピシンチェイス法により,欠損株においてICLをコードしているaceA mRNAの菌体内蓄積および半減期の増大が確認できた.一方,酢酸代謝にかかわるほかのmRNAの発現量には欠損による影響が見られなかった.
グルコースまたは酢酸最少培地で培養した野生株およびNCgl2281欠損株の細胞内タンパク質を調製し,SDS-PAGEを行った.酢酸培地で発現が上昇するICLは,NCgl2281欠損によりさらに発現量が増大した.
一般的に細菌のmRNAの安定性を左右するのは5′-UTRであると考えられているが,NCgl2281によるaceA mRNAの安定性制御は5′-UTR非依存的であることが,5′-UTRをlacZ遺伝子と連結させた5′-UTR-lacZ融合遺伝子の発現量の検定およびプライマー伸長法を用いた解析によって確認された.そこでlacZ遺伝子にaceA mRNAの3′-UTRを融合した遺伝子を作成したところ,NCgl2281欠損株においてその発現量が増大した(図6図6■aceA mRNAの5′-UTRおよび3′-UTRの遺伝子発現に対する影響).さらに,3′RACE法によりaceA mRNAの3′末端の決定を試みたところ,野生株では特定の3′末端が検出されなかったのに対して,欠損株では終始コドンより63塩基下流のCが安定な3′末端として検出された.これらのことから,C. glutamicumのNCgl2281によるaceA mRNAの安定性制御は終止コドンより下流の3′-UTRに依存していることがわかった(31)31) T. Maeda & M. Wachi: Appl. Environ. Microbiol., 78, 8753 (2012)..aceA mRNAの3′-UTRの二次構造予測を行ったところ,GCに富むヘアピン構造の下流にU残基が続くという細菌の典型的なρ因子非依存的ターミネーター様構造が存在していた(図7図7■C. glutamicumにおけるNCgl2281によるaceA mRNAの分解機構).またGCに富むヘアピン構造の上流にはAUに富む一本鎖RNA領域が存在していた.RNase E/Gファミリー酵素は一般的にAUに富む一本鎖領域を切断すると考えられていることから,この領域でaceA mRNAはNCgl2281による切断を受けるものと思われた.細菌において,強力なステム・ループ構造であるρ因子非依存的ターミネーターは3′→5′エキソ型RNaseによる分解を受けにくいことが知られている(32)32) C. Spickler & G. A. Mackie: J. Bacteriol., 182, 2422 (2000)..aceA mRNAの3′-UTRにおけるこの構造も同様に3′→5′エキソ型RNaseによる分解に抵抗性を示すと考えられ,分解の引き金としてNCgl2281によるターミネーター様構造の除去が必要であると考えられた(図7図7■C. glutamicumにおけるNCgl2281によるaceA mRNAの分解機構).
aceA mRNAの5′-UTR(A)または3′-UTR(B)をlacZ遺伝子の前後に挿入した各プラスミドを野生株ATCC31831,NCgl2281欠損株D2281に導入し,β-ガラクトシダーゼアッセイを行った.NCgl2281欠損株において,3′-UTRを連結したlacZ遺伝子の発現は増大するが,5′-UTRの場合はその発現量は変化しない.白抜きバー:グルコース培地,黒塗りバー:酢酸ナトリウム培地.
aceA mRNAの3′-UTRはρ因子非依存的ターミネーター様構造を有し,これは3′→5′エキソ型RNaseによる分解に抵抗性を示す.NCgl2281は,ターミネーター様構造の上流のAUに富む一本鎖RNA領域を切断してステム・ループ構造を除去することで,エキソ型RNaseによる分解を誘発するものと思われる.
グリオキシル酸サイクルを保有している生物には,ICLの発現を制御するさまざまな機構が備わっている.たとえば大腸菌ではICLのリン酸化による活性制御が知られており,脱リン酸化されたICLは不活性型になる(33)33) E. F. Robertson, J. C. Hoyt & H. C. Reeves: J. Biol. Chem., 263, 2477 (1988)..今回,コリネ型細菌において見いだしたRNase E/Gファミリー酵素NCgl2281による転写後調節はICLの発現制御機構として初めての例である.興味深いことに,C. glutamicumの野生株はグルコース最少培地から酢酸最少培地に植え継いだ場合に増殖のラグが見られるが,NCgl2281欠損株ではそのラグが消失する(30)30) T. Maeda & M. Wachi: Arch. Microbiol., 194, 65 (2012)..現在この原因は不明だが,NCgl2281による制御が生理的にも重要な役割を担っていることが示唆される.
大腸菌のRNase Eの発見から約30年が経ち,RNase Eによる基質RNAの切断機構は徐々に解明されつつあるが,いまだにどのようにして特定のRNAを認識しているのかということははっきりしていない.基質選択性が高い大腸菌のRNase Gやコリネ型細菌のNCgl2281の基質認識機構の解明が進めば,細菌における選択的なmRNA分解制御機構が明らかになる可能性がある.応用面では特定のmRNAの安定性を制御することにより,効率的な発酵生産のための代謝系の各酵素発現の強化や外来タンパク質の高生産などへの応用が期待される.
Reference
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