Kagaku to Seibutsu 53(2): 115-119 (2015)
セミナー室
発生および生体防御における変性自己細胞の貪食の役割
Published: 2015-01-20
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
私たちの体は約60兆個もの細胞から構成されており,それぞれが役割に応じた振る舞いをとるからこそ健康に生きることができる.外から眺めるだけではよくわからないが,毎日莫大な数の細胞が体内から取り除かれて新しい細胞へと置き替わっている.その数は一日に500億から700億個とも言われる(1)1) J. C. Reed: Nat. Clin. Pract. Oncol., 3, 338 (2006)..取り除かれるのは,発生の過程で役割を終えた細胞,寿命を迎え機能を失った細胞,何らかの障害などにより協調性を失った細胞,微生物に感染した細胞などであり,こういった“変性した自己細胞”を除去する仕組みが,アポトーシスに依存した貪食除去反応である.アポトーシスとは細胞死の形態の一つで,偶発的な細胞死であるネクローシスとは異なる特徴を示し(2)2) J. F. Kerr, A. H. Wyllie & A. R. Currie: Br. J. Cancer, 26, 239 (1972).,マクロファージなどの食活性をもつ細胞(食細胞と言う)によって特異的に貪食される.本稿では,まずアポトーシス細胞の貪食機構の概要を述べ,次に発生や生体恒常性維持,および生体防御への役割を紹介する.
食細胞によるアポトーシス細胞貪食は,接近,認識,取り込み,分解の4つのステップを経る(図1図1■アポトーシス細胞貪食の4ステップ).
細胞は,以下の過程を経て貪食除去される.①アポトーシスを起こした細胞から分泌されるfind-meシグナルにより食細胞が引き寄せられ,②アポトーシス細胞表層に現れたeat-meシグナルを食細胞の貪食受容体が認識し,③貪食受容体を起点とした情報伝達経路を介してアポトーシス細胞を取り込み,④リソソーム酵素によって分解される.
接近:食細胞は常にアポトーシス細胞の近くにいるとは限らないので,食細胞をアポトーシス細胞の元へ引き寄せる“find-meシグナル”の分泌が貪食への最初のステップとなる.これまでに多くのfind-meシグナルが同定され,その種類もタンパク質,脂質,糖など多岐にわたるが,いずれも濃度勾配に従って食細胞の移動を促す遊走活性をもつことが必須である.find-meシグナルには,アポトーシス細胞自身が分泌するものと,アポトーシス細胞近傍の細胞が分泌するものがある(3,4)3) C. Peter, S. Wesselborg, M. Herrmann & K. Lauber: Apoptosis, 15, 1007 (2010).4) K. Nagaosa, A. Shiratsuchi & Y. Nakanishi: Biol. Reprod., 67, 1502 (2002)..
認識:食細胞は多くの正常細胞の中からアポトーシス細胞を見つけ出す必要がある.アポトーシス刺激依存に細胞表面に出現する“eat-meシグナル”と,食細胞表面の“貪食受容体”がこれを担い,両者の特異的な結合により食細胞はアポトーシス細胞を認識する.貪食受容体にはeat-meシグナルと直接結合するものと,eat-meシグナルと受容体の両者への結合能をもつ“橋渡し分子”を介して間接的に結合するものの2つのタイプがある.eat-meシグナル,貪食受容体ともに多数の分子が知られており,種を越えて共通のものも多い.詳細については中西らの総説(5,6)5) Y. Nakanishi, K. Nagaosa & A. Shiratsuchi: Dev. Growth Differ., 53, 149 (2011).6) 中西義信:生化学,85, 965 (2013).を参考にされたい.食細胞による貪食を阻害する“don’t eat-meシグナル”の存在も報告されている(7)7) S. Jaiswal, C. H. M. Jamieson, W. W. Pang, C. Y. Park, M. P. Chao, R. Majeti, D. Traver, N. van Rooijan & I. L. Weissman: Cell, 138, 271 (2009)..
取り込み:eat-meシグナルとの結合により活性化した貪食受容体は,情報伝達を引き起こしてアクチン線維の再構成による細胞骨格の変動を促す.これにより,アポトーシス細胞は貪食胞に包まれて細胞内に取り込まれる.貪食受容体を起点とする情報伝達経路は2つあり,進化的に保存されていることが示されつつある(5,6)5) Y. Nakanishi, K. Nagaosa & A. Shiratsuchi: Dev. Growth Differ., 53, 149 (2011).6) 中西義信:生化学,85, 965 (2013)..
分解:貪食胞とリソソームが融合してファゴリソソームとなり,中のアポトーシス細胞はリソソーム由来の酵素によって分解される.
多細胞生物が形づくられる過程では,役割を終えた細胞はアポトーシスを起こし,おそらくは貪食により除去される.哺乳類で最も有名な例は手足の指の形成であろう.はじめに手足の基となる細胞集団の中に指の骨ができ,骨と骨の間の細胞がアポトーシスを起こして貪食除去されることで指の形となる(8)8) V. Zuzarte-Luis & J. M. Hurle: Semin. Cell Dev. Biol., 16, 261 (2005)..ほかにも,初期発生時の口や肛門の細胞,胸腺の自己応答性T細胞,ネットワークを形成しなかった神経細胞などがアポトーシスを起こして除去される.哺乳類以外の例では,オタマジャクシからの尾の消失が最も有名である(9)9) 井筒ゆみ:化学と生物,50, 883 (2012)..尾だけでなく,幼生型の表皮を形成していた細胞もアポトーシスを起こして消失し,下層の基底細胞が増殖分化して作られた成体型表皮と入れ替わる(10)10) 吉里勝利,大房 健:蛋白質 核酸 酵素,44, 2069 (1999)..昆虫の変態過程ではよりダイナミックな変化が見られる.蛹内部では,幼虫を形成していた細胞のほとんどが不要となり,小数の幹細胞の分化増殖によって作られた成虫組織へと置き換わる.その際,脱皮や蛹化を促すステロイドホルモンのエクジソンが幼虫細胞のアポトーシスの引き金となる(11)11) V. P. Yin & C. S. Thummel: Semin. Cell Dev. Biol., 16, 237 (2005)..また,同時期には神経回路が幼虫型から成虫型へと再構成される.幼虫型回路を構成する神経の軸索がグリア細胞に貪食除去され,新たな方向に成虫型の軸索が作られる.この現象に貪食受容体が必要なことがわかっている(12)12) T. Awasaki, R. Tatsumi, K. Takahashi, K. Arai, Y. Nakanishi, R. Ueda & K. Ito: Neuron, 50, 855 (2006)..筆者らはショウジョウバエで貪食受容体の機能を抑制すると発生に要する期間が延長されることを見いだしており(13)13) K. Nagaosa, R. Okada, S. Nonaka, K. Takeuchi, Y. Fujita, T. Miyasaka, J. Manaka, I. Ando & Y. Nakanishi: J. Biol. Chem., 286, 25770 (2011).,貪食が個体の成長のタイミングを調節する仕組みを明らかにしつつある.
繁殖にかかわる器官は必要に応じた組織の発達と縮小を繰り返すため,役割を終えた細胞の除去が頻繁に起こる.卵子の成熟分化の場である卵胞は,排卵後に妊娠の成立と維持に必須なホルモンのプロゲステロン分泌に特化した組織である黄体へと分化する.妊娠が成立しないと黄体はホルモン生産を停止して退行するが,このとき,黄体細胞へのアポトーシスと黄体へのマクロファージ遊走が共通の仕組みでほぼ同時に誘導され,黄体の効率的な退行を促す(4,14)4) K. Nagaosa, A. Shiratsuchi & Y. Nakanishi: Biol. Reprod., 67, 1502 (2002).14) K. Nagaosa, I. Aikoshi, Y. Hasegawa & Y. Nakanishi: Mol. Reprod. Dev., 75, 1077 (2008)..離乳時の乳腺の退行にもアポトーシス細胞貪食がかかわっている.母乳の生産を担う乳腺細胞は妊娠に伴い増殖するが,離乳後にアポトーシスを起こし隣接する乳腺細胞によって貪食される(15)15) J. Monks, C. Smith-Steinhart, E. R. Kruk, V. A. Fadok & P. M. Henson: Biol. Reprod., 78, 586 (2008)..私たちの精巣では生殖幹細胞の分化と増殖により1日に5,000万から1億個もの精子が作られ,その過程で精子形成細胞の7割程度がアポトーシスを起こしてセルトリ細胞(精巣内の哺育細胞)に貪食除去される.アポトーシスを起こす理由は明らかになっていないが,貪食が精子形成の効率維持に必要なことが示されている(16)16) Y. Maeda, A. Shiratsuchi, M. Namiki & Y. Nakanishi: Cell Death Differ., 9, 742 (2002)..セルトリ細胞は精子形成に必須であることから,貪食受容体を起点とする情報伝達経路を介して,何らかの精子形成促進因子の合成が活性化する可能性が考えられている.
視細胞の再生にも貪食が関与する.私たちがものを見ることができるのは,網膜に存在する視細胞の外節が光を受容し,光の強さと色を判別するからである.外節は扁平な円盤状の層が幾重にも重なってできており,一番外側の層が視細胞と隣接する網状色素上皮細胞に貪食されることで光受容機能が維持される.これには概日リズムがかかわっており,朝に行われる(17)17) E. F. Nandrot, Y. Kim, S. E. Brodie, X. Huang, D. Sheppard & S. C. Finnemann: J. Exp. Med., 200, 1539 (2004)..血液の恒常性維持にも貪食が関与する.赤血球の寿命は約120日であり,寿命を迎えた赤血球は主に脾臓のマクロファージに貪食される.赤血球は核をもたないため形態学的にはアポトーシスの定義はできないが,老化赤血球の表層にはホスファチジルセリンが露出し,アポトーシス細胞と同様にeat-meシグナルとして働く.
アポトーシス細胞では,通常は細胞の内側にのみ存在する分子が局在を変え,自己抗原として細胞表層に露出することがある(18)18) A. Rosen & L. Casciola-Rosen: Cell Death Differ., 6, 6 (1999)..そのような細胞が体内に長時間放置されると免疫系に補足され,自己抗体が産生されて自己免疫疾患発症のリスクが高まる.貪食橋渡し分子のmilk fat globule-EGF-factor 8を欠きアポトーシス細胞の貪食が部分的に抑制されたマウスでは,自己免疫疾患様の症状が観察される.ヒトでの同タンパク質の76番目のロイシンからメチオニンへの変異は,全身の臓器に炎症を起こす自己免疫疾患の全身性エリテマトーデスの発症しやすさと関連がある(19)19) C. Y. Hu, C. S. Wu, H. F. Tsai, S. K. Chang, W. I. Tsai & P. N. Hsu: Lupus, 18, 676 (2009)..これは獲得免疫をもつ脊椎動物に特有な現象なので,昆虫などの無脊椎動物を含む多細胞生物に普遍的な貪食除去の役割ではなく,結果として貪食が生体防御に働く例と言える.
がん細胞は,“自立的な増殖能を獲得した細胞のうち周囲の組織への浸潤または転移を起こすもの”と定義される.細胞のがん化は複数の遺伝子変異(DNA塩基配列の変化)やエピジェネティック変異(遺伝子変異を伴わない持続的な遺伝子発現様式の変化)の蓄積によって起こるので,がん発症の前に,一つあるいは少数の変異をもつ“がん化しそうな細胞”が出現することになる.こういった細胞の出現を抑える,あるいは取り除くがん予防機構は数多く提唱されており,その代表がDNA修復である.細胞は遺伝子変異を感知すると細胞周期を停止するチェックポイント制御機構を備えており,修復後に細胞分裂能を回復する.修復に失敗した細胞は,分裂能を失ったままで存在し続けるか,またはアポトーシスが誘導される(20)20) G. I. Evan & K. H. Vousden: Nature, 411, 342 (2001)..同機構がうまく働かなかった変異細胞のほとんどは,別の仕組みで体内から除去される.その一つが“細胞競合”である.細胞競合とは性質の異なる細胞同士が隣接した場合に起こる現象で,一方の細胞が他方の細胞を排除したのちに,自らが分裂して空いたスペースを埋める現象を指す.変異細胞は遺伝子発現様式の変化により正常な細胞とは異なる性質を獲得するので,隣接する正常細胞との間で細胞競合が起こり,“敗者”は“勝者”によってアポトーシスが誘導されて,隣接する細胞,あるいはマクロファージなどの巡回する食細胞に貪食除去される.正常細胞と変異細胞のどちらが除去されるかは変異細胞の性質によって異なるので,変異細胞が細胞競合で勝者となった場合には,がん予防ではなく発がんリスクの増大につながることになる(21)21) 梶田美穂子,藤田恭之:生化学,81, 267 (2009).(図2図2■細胞競合に基づくがん予防と発がんリスクの増大).ただし,細胞の生存と増殖に有利に働く遺伝子変異が起こることはまれなので,ほとんどの場合,変異細胞が敗者になると思われる.
何らかの手段で排除されなかった変異細胞は,さらなる変異の蓄積によってがん化する.急性骨髄白血病や卵巣がんといったある種のがん細胞では,don’t eat-meシグナルとして働くcluster of differentiation 47(CD47)が多く発現しており,食細胞に貪食されにくい性質を獲得している.マウスを用いた実験では,CD47受容体であるsignal regulatory protein α(SIRPα)の可溶性異型体(SIRPαとCD47の結合を阻害する)をトラスツズマブやリツキシマブといった分子標的型抗がん剤と同時に投与すると,マクロファージによる腫瘍細胞の貪食に対する相乗的な促進効果を発揮するとの報告がある(22)22) K. Weiskopf, A. M. Ring, C. C. Ho, J. P. Volkmer, A. M. Levin, A. K. Volkmer, E. Ozkan, N. B. Fernhoff, M. van de Rijn, I. L. Weissman et al.: Science, 341, 88 (2013)..これとは異なる考え方のがん治療法として,アポトーシス細胞貪食による免疫抑制効果を弱める方法が提唱されている.すなわち,“eat-me”シグナルのホスファチジルセリンに結合してアポトーシス細胞貪食を阻害する戦略である.しかしこの方法は,貪食されずに放置されたアポトーシス細胞による自己免疫疾患を引き起こすリスクを伴う.
私たちの体内は,基本的に無菌である(腸管などの管腔内は体外である).外傷などで皮膚上皮組織の物理的なバリアが破壊され,そこから宿主体内に侵入した細菌は,体内を巡回するマクロファージに貪食される.細菌を認識したマクロファージは種々の炎症メディエーターの放出により,炎症や感染部位への好中球浸潤を促す.好中球は強力な貪食能をもち,マクロファージよりも活発に細菌を貪食し,細胞内の抗菌ペプチド,加水分解酵素,酸素ラジカル,過酸化水素,一酸化窒素などを利用してすばやく分解する.一方,活性化した好中球はこれらの分子種を放出して細胞外の微生物を攻撃することもある.この反応は宿主細胞の損傷にもつながるため,細菌排除後できるだけ早く好中球を取り除かなければならない.細菌を貪食した好中球は比較的早期にアポトーシスを起こし(23)23) R. W. Watson, H. P. Redmond, J. H. Wang, C. Condron & D. Bouchier-Hayes: J. Immunol., 156, 3986 (1996).,炎症部位に集積しているマクロファージに貪食される.そして,貪食後のマクロファージでは自らの炎症性サイトカイン産生が抑えられ,抗炎症性サイトカイン産生が促進される.こういった一連の反応により,感染部位では効率的に炎症が終結する.サイトカイン産生の変化は遺伝子転写レベルで行われることから,貪食受容体は転写変動を促す何らかの情報伝達経路も活性化させると考えられる(24)24) V. A. Fadok, D. L. Bratton, A. Konowal, P. W. Freed, J. Y. Westcott & P. M. Henson: J. Clin. Invest., 101, 890 (1998)..
ウイルスは宿主細胞がもっている核酸合成・タンパク質合成などの機構およびその材料を利用して複製するため,増殖には宿主細胞への感染が必須である.インフルエンザウイルスに感染した細胞はアポトーシスを起こして食細胞に貪食されることが知られ,これによりウイルス増殖を抑えインフルエンザの症状が軽減されることが示されている(25)25) Y. Hashimoto, T. Moki, T. Takizawa, A. Shiratsuchi & Y. Nakanishi: J. Immunol., 178, 2448 (2007)..一方,ウイルス感染細胞を貪食した食細胞自身がウイルスに感染することもあり,必ずしも生体にとって有利に働くとは限らない.
アポトーシスの役割に関する研究と比べ,アポトーシス細胞貪食の生理的役割に対する研究は遅れている.それは,生体内で貪食反応を直接観察することの困難さによるところが大きい.さらに,近年は哺乳類で貪食受容体が数多く見いだされ,生体内での役割の理解がさらに難しくなっている.筆者らは,ショウジョウバエをモデルにこの問題に立ち向かっている.ショウジョウバエは,生活環が短くかつ繁殖力が高いため大量の動物個体を用いた解析が安価でかつ短期間で行える,遺伝学が発達しており特殊な遺伝子変異動物が容易に得られる,といったモデル動物としての性質に加え,進化的に保存された“少数の”貪食受容体をもつ,マクロファージ様食細胞が存在する,といった貪食研究に有利な特徴も併せ持つ.さらに,前述の細胞競合モデルやがん転移モデルショウジョウバエ(26)26) M. Vidal, S. Warner, R. Read & R. L. Cagan: Cancer Res., 67, 10278 (2007).も存在する.これらを駆使することで,アポトーシス細胞貪食の役割への理解が大きく進むことが期待される.
Reference
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