Kagaku to Seibutsu 53(2): 120-126 (2015)
セミナー室
糖質加水分解酵素ファミリー内の機能の保存性と多様性
Published: 2015-01-20
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
タンパク質の機能解析研究において,機能や立体構造未知のタンパク質配列が与えられたとき,私たちは相同性検索によりその機能,構造を推定する.これは,類似した配列は類似した機能,立体構造を有するという経験則に立脚する.多様なタンパク質をコードする遺伝子は,それぞれ独立に生じたわけではなく,ある共通の祖先遺伝子から分岐してきたものが数多く存在する.祖先遺伝子を共有する一群のタンパク質,いわゆる相同タンパク質は進化の過程において,アミノ酸置換,挿入/欠失などの変異を受け,現在に至っている.しかし,これらの変異はでたらめに許容されるわけではなく,構造的,機能的な制約を受けながら変異が受容されている.たとえば,球状タンパク質内部の疎水コア領域でのアミノ酸残基への変異はタンパク質構造の安定性を低下させる.そのため疎水コアを形成するアミノ酸残基への変異は少なく,保存的である.また活性中心のアミノ酸残基は機能的な制約が強く,これらへの変異は許容されない.結果として,類似した配列は類似した立体構造,機能を有すると考えられている.
相同タンパク質のなかでも相互の配列類似性が高い一群はファミリーと呼ばれる.Henrissatらは170,000を超える膨大な数の糖質加水分解酵素の配列をそれらの配列類似性をもとに,130程度の糖質加水分解酵素ファミリー(glycoside hydrolase family; GHファミリー)として分類している(1)1) V. Lombard, H. R. Ramulu, E. Drula, P. M. Coutinho & B. Henrissat: Nucleic Acids Res., 42 (Detabase issue), D490 (2013)..ファミリー内の相同タンパク質は機能や構造を保存していると考えることができるので,この分類により膨大な数の糖質加水分解酵素を約130にまで減少させて考えることができることになる.言い換えると,ファミリー内のすべてのタンパク質の機能や立体構造はファミリー内で明らかとなっているタンパク質のそれらと類似していると言える.そのため立体構造や触媒機構の不明な酵素も,その酵素がどのGHファミリーに分類されるのかを知ることができれば,それらを容易に類推できることになる.各々のファミリーの特徴,すなわち,そのファミリーにはどのような特異性をもつ酵素が含まれるのか,触媒機構,立体構造情報はCarbohydrate Active enzyme database(CAZy databe, http://www.cazy.org/)にまとめられている。
一方で,同一GHファミリーに分類される酵素でも,機能がファミリー内で多様化している例がいくつかある.これらを知っておくことは配列類似性をもとに構造や機能を類推するうえで有用であると考える.本稿ではα-グルコシドに作用するファミリーである糖質加水分解酵素ファミリー13,31,97(GH13, 31, 97)を例にファミリー内での機能,なかでも触媒機構の保存性と多様性について紹介したい.
ここではまず糖質加水分解酵素の触媒機構について触れる.糖質加水分解酵素のすべてが同じ触媒機構でグリコシド結合を加水分解するわけではない.糖質加水分解酵素は触媒機構の違いに起因して,大きく2種類,すなわちアノマー反転型酵素,アノマー保持型酵素に大別することができる(図1図1■(a)アノマー反転型機構と(b)アノマー保持型機構).アノマー反転型酵素では生成物の糖分子のアノマー型が基質のそれと反転し,アノマー保持型酵素では生成物のアノマー型が基質に対して保持される.反転型酵素では,活性中心に一般酸触媒と一般塩基触媒が配置されており,一般的には2つのカルボキシル基がこれらを担う.一般酸触媒は基質のグリコシド酸素にプロトンを供与し,グリコシド結合の正電荷を増加させ,脱離基の遊離を促す.一方で一般塩基触媒は,アノマー炭素を求核攻撃する水分子を活性化する.この水分子はグリコシド結合とは反対側から求核攻撃するため,生成物のアノマー型は反転される.保持型酵素の触媒機構としては,古くから知られる二重置換機構,基質の2位炭素にN-アセチル基を有する基質において,このアセチル基が触媒を補助するsubstrate-assisted機構,酸化・還元反応を伴った脱離・水和反応によりグリコシド結合を分解するNAD+依存型機構が知られている.ここでは本稿に関係のある二重置換機構について紹介する.二重置換機構では触媒過程がグリコシル化段階,脱グリコシル化段階に分けられる.活性中心には一般酸塩基触媒,求核触媒が配置されており,多くの場合,これらをカルボキシ基が担う.グリコシル化段階では一般酸塩基触媒が一般酸触媒として働くことにより,グリコシド結合にプロトンを転移し,脱離基の遊離を促す.これと同時に求核触媒はアノマー炭素を背面攻撃し,基質–酵素中間体を形成する.この中間体は一般酸塩基触媒の一般塩基触媒としての働きにより活性化された水分子の背面攻撃によって分解され,生成物となる.2回の背面攻撃により,生成物のアノマー型は結果的に基質に対して保持されることになる.また二重置換機構では,加水分解反応に加えて糖転移反応を触媒する.これは水分子に代わって糖分子などのアルコールが基質-酵素中間体を攻撃することにより起こる.これら触媒機構は相同タンパク質の一群であるファミリーでは保存されているのが一般的である.
GH13にはα-1,4-グルコシド結合を加水分解するα-アミラーゼ,α-1,6-グルコシド結合を加水分解するイソアミラーゼやプルラナーゼ,また加水分解反応ではなくα-1,4-グルコシド結合合成を触媒するシクロデキストリン(CD)合成酵素やα-1,6-グルコシド結合合成を触媒する枝つくり酵素などが含まれる(図2図2■GH13酵素の触媒反応模式図とGH13酵素の活性中心の重ね合わせ(a–d)).そのほかに,イソマルトオリゴ糖の非還元末端のα-1,6-グルコシド結合に作用するオリゴ-1,6-グルコシダーゼ,スクロースに作用するアミロスクラーゼやスクロース加リン酸分解酵素などのエキソ型酵素も含まれる.一見すると,これらの酵素は異なる立体構造や触媒機構を有していそうである.しかし,これらの酵素は共通して(β/α)8バレルフォールドを触媒ドメインとして有し,活性中心の構造もよく保存されている(図2(e)図2■GH13酵素の触媒反応模式図とGH13酵素の活性中心の重ね合わせ). 触媒機構はいずれの酵素も二重置換機構をとる.CD合成酵素や枝つくり酵素などのグルコシド結合合成酵素では,二重置換機構において加水分解反応よりも糖転移反応が優先的に起きているためにグルコシド結合合成を触媒している.CD合成酵素では,優先的な糖転移反応が基質結合部位の構造により説明されている(2)2) R. M. Kelly, H. Leemhuis & L. Dijkhuizen: Biochemistry, 46, 11216 (2007)..すなわちCD合成活性は基質結合部位の3アミノ酸残基により支配されており,これらの置換でCD合成活性は1/300以下に減少し,加水分解活性(アミラーゼ様活性)が11倍増加することが示されている(図2(f)図2■GH13酵素の触媒反応模式図とGH13酵素の活性中心の重ね合わせ).α-アミラーゼとイソアミラーゼの基質特異性の違いも基質結合部位の違いにより説明できるはずである.いくつかのGH13酵素では基質結合部位に変異を導入することで,α-1,4-,α-1,6-グルコシド結合に対する特異性に変化が生じることがわかっている(3,4)3) K. Ito, S. Ito, K. Ishino, A. S. Ibuka & H. Sakai: Biochim. Biophys. Acta, 1774, 443 (2007).4) K. Yamamoto, H. Miyake, M. Kusunoki & S. Osaki: J. Biosci. Bioeng., 112, 545 (2011)..
(a)α-アミラーゼ,(b)CD合成酵素,(c)イソアミラーゼ,(d)枝つくり酵素,作用点を▼で示した.(e)α-アミラーゼ(緑;pdb id, 7TAA),CD合成酵素(シアン;1CDG),イソアミラーゼ(マゼンダ;1BF2),枝つくり酵素(黄;1M7X)の活性中心.基質・反応特異性が異なるこれらの酵素であるが,活性中心の構造は類似している.(f)CD合成活性を支配する3残基(Phe184, Ala231, Phe260; 緑).これら残基を置換した変異型CD合成酵素(F184Q/A231V/F260W)はアミラーゼ様活性を示す.触媒残基,基質類似体の炭素原子をそれぞれシアン,黄で示した(PDB id, 1A47).
GH13酵素の基質結合部位は,(β/α)8バレルフォールドのβ-ストランドとα-ヘリックスをつなぐ表面ループ領域に位置する.ループ領域はタンパク質のフォールドに影響を及ぼすことなく,多様な変異を許容できるため,分子進化の過程において,このように基質特異性,反応特異性を大きく変化させることができたと考えられる.GH13は,配列類似性により分類されたファミリーにおいて,触媒機構や立体構造がいかに保存されているかを示す典型的な例である.
GH13の例は,基質特異性と触媒反応を比較すると,基質特異性のほうが変化を受けやすいというタンパク質の分子進化の特徴を表している.一方,GH31は触媒反応が分子進化した酵素群を含むファミリーである.このファミリーにはα-グルコシダーゼなど加水分解酵素とともに,脱離酵素であるα-グルカンリアーゼが含まれる(図3(a)図3■GH31 α-グルカンリアーゼとα-グルコシダーゼの比較).α-グルコシダーゼとα-グルカンリアーゼでは基質特異性は保存されており,共通して非還元末端のα-1,4グルコシド結合を基質とする.保持型加水分解酵素であるα-グルコシダーゼはこれを加水分解しα-グルコースを遊離する.一方のα-グルカンリアーゼはこれを脱離反応で分解し,二重結合を残した1,5-アンヒドロフルクトースを生成物とする.最近明らかとなったα-グルカンリアーゼの立体構造はα-グルコシダーゼのそれと大差なく,求核触媒残基や酸塩基触媒残基を含む多くのアミノ酸残基がα-グルコシダーゼと同様に保存されている.それにもかかわらず異なる触媒反応機構は,α-グルカンリアーゼでは求核触媒残基が,グリコシル化段階では求核触媒として働き,脱グリコシル化段階では塩基触媒として働くことで基質グリコシルの2位炭素からプロトンを引き抜くことができるためであると考えられている(図3(b)図3■GH31 α-グルカンリアーゼとα-グルコシダーゼの比較)(5)5) H. J. Rozeboom, S. Yu, S. Madrid, K. H. Kalk, R. Zhang & B. W. Dijskstra: J. Biol. Chem., 288, 26764 (2013)..求核触媒残基がなぜ塩基触媒として働くことができるのかに関して,詳細な報告はまだなされていない.しかしα-グルコシダーゼで活性中心近傍に保存されているGlu残基が,α-グルカンリアーゼではThrもしくはValに置換されていることが原因の一つであるとの報告がある(5)5) H. J. Rozeboom, S. Yu, S. Madrid, K. H. Kalk, R. Zhang & B. W. Dijskstra: J. Biol. Chem., 288, 26764 (2013)..このアミノ酸置換が求核触媒のpKa調節に間接的に影響しているために,α-グルカンリアーゼでは求核触媒残基が塩基触媒として働くことができると考えられている.すなわち,これらのアミノ酸残基の違いが,求核触媒カルボキシ基のpKa調節を担うArg残基の側鎖グアニジノ基のpKaに影響し,結果として求核触媒のpKaにも影響を及ぼしていることが原因であると考えられている.これまで知られているα-グルカンリアーゼはα-グルコシダーゼとグローバルな配列類似性が比較的低く,分子系統樹を描くことで,α-グルコシダーゼと区別することが可能である.一方で,ローカルに前述のGlu残基の保存性を調べることでも触媒反応を推定できるかもしれない.
GH97は,通常のファミリーとは異なり,アノマー反転型酵素とアノマー保持型酵素の両方を含む.GH97にこれら2つの触媒機構を有する酵素が混在することはBacteroides thetaiotaomicronの2つの遺伝子susB,BT_1871がコードするタンパク質の酵素化学的解析と立体構造解析によって明らかとなった(6~8)6) T. M. Gloster, J. P. Turkenburg, J. R. Potts, B. Henrissat & G. J. Davies: Chem. Biol., 15, 1058 (2008).7) M. Kitamura, M. Okuyama, F. Tanzawa, H. Mori, Y. Kitago, N. Watanabe, A. Kimura, I. Tanaka & M. Yao: J. Biol. Chem., 283, 36328 (2008).8) M. Okuyama, M. Kitamura, H. Hondoh, M. S. Kang, H. Mori, A. Kimura, I. Tanaka & M. Yao: J. Mol. Biol., 392, 1232 (2009)..これらの研究は筆者が携わったものであるので以下で簡単に紹介したい.SusBは(β/α)8バレルフォールドをコアドメインとして有するアノマー反転型のα-グルコシド結合加水分解酵素である.活性中心は(β/α)8バレルを形成するβ-ストランドのC末端側に位置する.6番目のβ-ストランドと6番目のα-ヘリックスをつなぐループ領域(ループ6)のGlu532のカルボキシ基が一般酸触媒として働く.またループ3とループ5にそれぞれ位置するGlu439とGlu508のカルボキシ基がアノマー炭素を求核攻撃する水分子と相互作用しており,いずれかが一般塩基触媒としての役割を,もう一方が水分子を固定する役割を担っていると考えられる(図4図4■アノマー炭素を攻撃する求核種の違いが触媒機構の違いにつながる).しかし,現時点でどちらがその役割を担っているかを決定するには至っておらず,ここでは2つのアミノ酸側鎖を一般塩基触媒として考える.興味深いのはこれら触媒アミノ酸残基のうち一般塩基触媒として働くGlu439ならびにGlu508がファミリー内で保存されておらず,約半数の配列でこれらのアミノ酸残基はGly残基に置換されていることである.では,これら塩基触媒残基を有さない酵素はどのような触媒活性を有しているであろうか.筆者らの研究において,これを解くヒントとなったのは,SusBの立体構造がGH27,31,36などのアノマー保持型酵素とよく類似していたことである(図5図5■GH97内での多様性とclan GH-Dの関係).これらアノマー保持型酵素では,ループ4に求核触媒として働くAsp残基を共通して有している.改めて配列を確認すると,塩基触媒残基がGlyで置換されていた配列群がループ4にAspを保存していることがわかり,これらの配列群がアノマー保持型酵素であると予想できた.これらの配列群のうちB. thetaiotaomicronゲノム上のBT_1871がコードするタンパク質(BtGH97b)は予想どおりアノマー保持型機構でα-ガラクトシドを加水分解することがわかった(6,7)6) T. M. Gloster, J. P. Turkenburg, J. R. Potts, B. Henrissat & G. J. Davies: Chem. Biol., 15, 1058 (2008).7) M. Kitamura, M. Okuyama, F. Tanzawa, H. Mori, Y. Kitago, N. Watanabe, A. Kimura, I. Tanaka & M. Yao: J. Biol. Chem., 283, 36328 (2008)..これらの結果はファミリーを超えた構造類似性により,触媒機構を予想できたことを示す.このように配列類似性は微弱であっても,立体構造や機能が保存されている酵素群はスーパーファミリーとして括られる.GHファミリーの概念では,これをclanとして定義しており,前述のGH27,31,および36はclan GH-Dとして括られる.タンパク質の分子進化ではアミノ酸配列よりも立体構造のほうが保存されやすいのが一般的であり,GH97酵素とclan GH-D酵素の配列類似性は低い.しかし数回のPSI-BLASTでヒットする程度に類似性を示す.よってこれらは共通の進化的起源を有していると考えられ,ここからGH27,31,36と保持型GH97酵素,反転型GH97酵素に分子進化したと予想できる.ただし,祖先が反転型酵素で,ここから保持型GH97,GH27,GH36,GH31へと分子進化したのか,保持型酵素からGH97,GH27,GH36,GH31へと進化し,GH97内で反転型へ分子進化したのかは不明である.
SusBとBtGH97bの活性中心を重ね合わせるとSusB(緑)において一般塩基触媒残基(Glu439,Glu508のカルボキシ基)に挟まれた触媒水とBtGH97b(黄)の求核触媒残基(Asp415のカルボキシ基)の位置が空間的に一致することがわかる.この関係はアノマー保持型機構のカルボキシ基がアノマー炭素を求核攻撃できることを意味し,この機構の反応中間体は,オキソカルベニウムイオンではなくカルボキシ基と共有結合を形成したグリコシル中間体であることを示唆する.図下部にオキソカルベニウムイオン中間体を経由する触媒機構を示した.
GH97の反転型酵素と保持型酵素,clan GH-Dの保持型酵素の立体構造ならびに触媒残基がどのループ上に位置するかを模式的に示した.四角はα-ヘリックスを,矢印はβ-ストランドを示している.その下の番号は(β/α)8バレルフォールドのβ→αモチーフの番号を示している.GH97の2種類の酵素は配列類似性を有するが,触媒残基の位置が異なる.GH97保持型酵素とGH-D酵素の配列類似性は微弱だが,触媒残基の位置は保存されている.微弱な配列類似性をもとに触媒機構を推定できることがあることを示している.
以上のことは,タンパク質の構造や機能を類推するためには,ファミリーを超えた微弱な配列類似性も重要な手がかりとなることを示す.また,たとえある配列がグローバルな配列類似性をもとにGH97に含まれたとしても,その触媒機構を推定できないことを示す.ローカルな配列類似性を調べて初めて触媒機構を推定できる.すなわちループ3とループ5にGlu残基を保存していれば反転型機構,ループ4にAsp残基が保存されていれば保持型酵素であることを推測できることになる.
ところでSusBとBtGH97bの立体構造を比較すると,反転型酵素SusBの一般塩基触媒(Glu439,Glu508のカルボキシ基)に挟まれた水分子と保持型酵素BtGH97bの求核触媒(Asp415のカルボキシ基)の酸素原子の空間配置がよく一致していることがわかる(図4図4■アノマー炭素を攻撃する求核種の違いが触媒機構の違いにつながる).ここからアノマー炭素を求核攻撃する分子種の違いが,GH97の各触媒機構を決定しているであろうことが見えてくる.反転型酵素では水分子がアノマー炭素を求核攻撃して,アノマー型の反転した生成物が作られるのに対し,保持型酵素では求核触媒がアノマー炭素を求核攻撃し,アノマーの反転した中間体を形成すると考えられる.この中間体は水による背面攻撃を受け,速やかに基質に対してアノマー型が保持された生成物に変化するはずである.アノマー保持型酵素の触媒機構において難しい問題の一つに,求核性カルボキシ基が基質と共有結合を介した中間体を形成するか否か,というものがある.共有結合を介さない場合,カルボキシ基は求核性触媒ではなく静電触媒として働き,反応中間体はオキソカルベニウムイオンになる(図4図4■アノマー炭素を攻撃する求核種の違いが触媒機構の違いにつながる).GH97での触媒機構の多様化機構は,“求核攻撃する”分子種の違いによるものと考えられ,保持型酵素のカルボキシ基はアノマー炭素を求核攻撃して共有結合を形成しているであろうことを後押しする.
GH97酵素群では分子進化の過程において,基質分子のA面に位置する触媒残基があたかも(β/α)8バレルのループ領域をループからループへ移動しているかのように見える.このようにループからループへ触媒残基が移動している現象は,catalytic residue hoppingやactive site migrationと呼ばれ,GH97以外でも見られる.よく知られたものとして,Serを触媒残基として有するエステラーゼやリパーゼのグループであるα/β加水分解酵素セリンエステラーゼでのcatalytic residue hoppingを挙げられる(図6図6■α/β加水分解酵素ファミリーの触媒残基の配置).セリンエステラーゼはSer,Asp/GluとHis残基を触媒残基として有する.Serのヒドロキシ基は求核触媒として,Asp/Gluのカルボキシ基とHisのイミダゾール基は協同して一般塩基触媒,一般酸触媒として働く.これら酵素ではSer残基をβ-ストランド5の後ろに,His残基をβ-ストランド8の後ろに保存している.一方でAsp/Glu残基の位置が多様化している.多くのエステラーゼやリパーゼではβ-ストランド7に続くループ領域にAsp/Gluを有する.しかし,ヒトをはじめとした哺乳類の膵臓リパーゼでは,触媒残基のAsp残基がβ-ストランド6の後のループに位置している.β-ストランド7の後ろにもAspを有しているが,その側鎖はHis残基と協同的に作用できる方向に向いていない.リポタンパク質リパーゼもβ-ストランド6の後のループにAsp残基を有している.こちらはβ-ストランド7の後ろにAsp残基は有していない.これらから言えることは,触媒残基の一つである酸性アミノ酸残基Asp/Gluが分子進化の過程においてcatalytic residue hoppingによりループ上を移動していること,また哺乳類膵臓リパーゼはその移動の中間状態であることを示している(9)9) A. E. Todd, C. A. Orengo & J. M. Thornton: J. Mol. Biol., 307, 1113 (2001)..しかし,これらのセリンエステラーゼでのcatalytic residue hoppingは触媒機構の変化を伴っておらず,触媒残基の移動により触媒機構が変化している点でGH97でのcatalytic residue hoppingはユニークであると言える.
糖質加水分解酵素をファミリーに分類し,系統立てて考えることで,この分野の研究は飛躍的に進歩し,また進歩し続けていると言える.しかし,本稿で示したように,同一ファミリーに含まれる酵素であっても,触媒反応や触媒機構が異なる例もある.ゲノム解析によって多くのゲノム配列が明らかとなり,GHファミリーはまだまだ増大し続けそうな勢いである.そして増えれば増えるほど,分子進化の例外が登場する機会も増えるであろう.また,糖質加水分解酵素のみならず,ゲノム上に予測された多くの遺伝子のアノテーションは類縁配列の同定によって行われることが多い.しかし,単純な配列比較では,間違ったアノテーションをしてしまう可能性があることを本稿は示す.グローバルな配列類似性だけではなく,触媒残基などローカルな配列の保存性,ファミリーを超えた微弱な配列類似性を精査することで,この間違いを防ぐことができるかもしれない.また,これらに留意することは,新しい機能を有する酵素の発見につながるかもしれない.
Reference
2) R. M. Kelly, H. Leemhuis & L. Dijkhuizen: Biochemistry, 46, 11216 (2007).
3) K. Ito, S. Ito, K. Ishino, A. S. Ibuka & H. Sakai: Biochim. Biophys. Acta, 1774, 443 (2007).
4) K. Yamamoto, H. Miyake, M. Kusunoki & S. Osaki: J. Biosci. Bioeng., 112, 545 (2011).
9) A. E. Todd, C. A. Orengo & J. M. Thornton: J. Mol. Biol., 307, 1113 (2001).