今日の話題

植物がかおりで危険を感じ取るしくみ: 隣接する食害植物からのかおり化合物を取り込み,配糖体化することで来るべき害虫に備える

Koichi Sugimoto

杉本 貢一

京都大学生態学研究センター ◇ 〒520-2113 滋賀県大津市平野2丁目509-3

Center for Ecological Research, Kyoto University ◇ 2-509-3 Hirano, Otsu-shi, Shiga 520-2113, Japan

College of Natural Science, Michigan State University ◇ 288 Farm Lane, East Lansing, MI 48824, U.S.A.

Kenji Matsui

松井 健二

山口大学大学院医学系研究科 ◇ 〒755-8505 山口県宇部市南小串1丁目1-1

Graduate School of Medicine, Yamaguchi University ◇ 1-1-1 Minami-Kogushi, Ube-shi, Yamaguchi 755-8505, Japan

Junji Takabayashi

高林 純示

京都大学生態学研究センター ◇ 〒520-2113 滋賀県大津市平野2丁目509-3

Center for Ecological Research, Kyoto University ◇ 2-509-3 Hirano, Otsu-shi, Shiga 520-2113, Japan

Published: 2015-02-25

植物の“かおり”は何のために存在しているのだろうか? ヒトは花のかおりや森のかおりを感じることで何となく豊かな気持ちになる.動物や昆虫の場合は,これらのかおりを利用して餌を探し出したり,食べられない危険なものを避けたりする情報としての機能が重要だろう.植物からの視点で見ると,植物は花のかおりで送粉昆虫の訪花を促し,果実のかおりで種子散布者を呼び寄せることでほかの生き物たちと巧みに共存している(1,2)1) E. Pichersky & J. Gershenzon: Curr. Opin. Plant Biol., 5, 237 (2002).2) A. Rodríguz, B. Alquézar & L. Peña: New Phytol., 197, 36 (2013)..また植物が植食性昆虫による食害を受けた際には,植食性昆虫の種に特異的なかおりを放出し始めることが知られており,このかおりはSOSシグナルとして捕食性天敵を誘引し,結果的に食害を低減する場合が多く報告されている(3)3) G. Arimura, K. Matsui & J. Takabayashi: Plant Cell Physiol., 50, 911 (2009).

植物はかおりを出すばかりではなく,隣接する被害植物由来のかおりを受容してさまざまな防衛を開始することが2000年頃より確かな事実となってきた.被食害植物由来のかおりを未被害植物が受容する生態的意義として,被食害植物が出すSOSシグナルを未被害植物が危険信号として利用している場合が考えられる(3)3) G. Arimura, K. Matsui & J. Takabayashi: Plant Cell Physiol., 50, 911 (2009)..つまり,植食性昆虫に攻撃された植物から放出されるかおりは,食害虫を餌とする天敵生物に利用されるだけでなく,周囲に生育している未被害の植物が食害虫の接近を知る手掛かりとしても用いられる.食害を受けている植物からのかおりを受容した植物は将来予測される植食性昆虫の攻撃に対してあらかじめ防衛を準備し,効率良く防衛するようになる(3)3) G. Arimura, K. Matsui & J. Takabayashi: Plant Cell Physiol., 50, 911 (2009)..このような現象は植物間コミュニケーションと呼ばれているが,嗅覚受容器官をもたない植物がどのようにしてかおりの化学構造特異的な反応を示すことができるのかは,生態学的にも植物生理学的にも非常に興味深い問題である.最近の研究から,その一端が明らかになってきた.それは,植物がかおり化合物を受容した後,配糖体へと変換することで防衛能力を高めるシステムである(4)4) K. Sugimoto, K. Matsui, Y. Iijima, Y. Akakabe, S. Muramoto, R. Ozawa, M. Uefune, R. Sasaki, K. Md. Alamgir, S. Akitake et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 111, 7144 (2014).図1図1■植物間の情報伝達).

図1■植物間の情報伝達

食害虫からの攻撃を受けた植物はさまざまな揮発性化合物を放散し始める.そのなかの1成分である(Z)-3-ヘキセノールは,周囲の未被害植物に受け取られ,配糖体へと変換される.この配糖体はその後にやってくる食害虫に対する防衛物質の一つとして働く.

この研究ではトマト株とトマト害虫のハスモンヨトウ幼虫を用いて,食害を受けたトマトから出るかおりが未被害のトマトにどのような影響をもたらすのかを調べている.筆者らは,かおりを受け取ったトマト葉の代謝物一斉解析を行うことで,かおりを受け取った植物がどのような代謝変化を起こしているのかを調べた.その結果,かおりを受け取った際に蓄積する特徴的な化合物を見いだし,マススペクトロメトリーおよびNMRによる構造解析によって,その化合物が配糖体の一種,(Z)-3-へキセニルビシアノシドであることを明らかにした.配糖体の構造を見ると,アグリコン(糖と結合している部分)の構造がハスモンヨトウ食害を受けたトマトから出るかおり化合物の一つ((Z)-3-ヘキセノール)と一致していたため,被害植物が出すかおり化合物そのものが未被害植物に受け渡されて配糖体へと変換されるのではないかと考えた.この仮説を検証するために安定同位体で標識した(Z)-3-ヘキセノールを化学合成し,未被害植物に曝露したところ,曝露植物には同位体標識された(Z)-3-へキセニルビシアノシドのみが蓄積した.また,ハスモンヨトウ食害を受けたトマトから出るかおりを受け取ったトマトでは,内在の(Z)-3-ヘキセノール生合成活性が高まっていなかった.これらの結果から,かおりを受け取ったトマトでは,いわゆる「かおりレセプターを介した情報伝達により活性化される代謝変動」ではなく「かおりそのものが取り込まれて引き起こされる代謝変化」という新しいコンセプトの応答が起こっていることが明らかになった.

それでは,受け取ったかおりを配糖体化する応答にはどのような意味があるのだろうか? かおりを受け取ったトマト葉ではハスモンヨトウ幼虫の生存率および体重増加が低下したことから,配糖体にはハスモンヨトウの生育を抑える機能があると考えられた.そこでトマト葉から精製した配糖体を混合した人工飼料をハスモンヨトウ幼虫に与えたところ,ハスモンヨトウ幼虫の生存率・体重増加ともに抑制されたことから,やはりこの配糖体にはハスモンヨトウ幼虫の生育を抑える機能があるようだ.

これらの結果を統合すると,次のようなストーリーが浮かんでくる.周りのトマト株がハスモンヨトウ幼虫の攻撃を受けている場合,そのハスモンヨトウは近いうちに隣接するトマト株に移動してくるだろう.害虫の接近を直接的に妨げることができない植物は,現在被害を受けているトマトから放出されている(Z)-3-ヘキセノールを取り込み,来るべきハスモンヨトウ幼虫に対する防衛物質へと変換・蓄積することで,その攻撃に備えているのではないだろうか(図1図1■植物間の情報伝達).

本稿で紹介した(Z)-3-ヘキセノールの配糖体への変換は,トマトだけではなくさまざまな植物種にその能力がある(4)4) K. Sugimoto, K. Matsui, Y. Iijima, Y. Akakabe, S. Muramoto, R. Ozawa, M. Uefune, R. Sasaki, K. Md. Alamgir, S. Akitake et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 111, 7144 (2014)..また,モデル植物シロイヌナズナが(Z)-3-ヘキセノール以外のいくつかの揮発性アルコールを配糖体化できることも見いだされている(5)5) K. Sugimoto, K. Matsui & J. Takabayashi: Commun. Integr. Biol., in press. doi: 10.4161/19420889.2014.992731..これらの結果は,植物によるかおり化合物の配糖体化が,防衛応答に限らず,何かしらの生物学的な意味をもつ代謝であり,生態系では多様な植物が多様なかおりを利用して生育環境の情報を得ている可能性を暗に示しているようだ.さまざまな生き物が入り乱れる生態系のなかで,どのようなときにどのようなかおり情報を植物間で受け渡しているのかを明らかにしていくことは生態系の新しい描像をもたらすだろう.この課題解明の足掛かりの一つとして,植物がかおり化合物を変換する経路,すなわち配糖体化酵素遺伝子とその多様性を明らかにしていくことは欠くことができない.近年になって続々と明らかになりつつあるかおり化合物の配糖体化酵素(6,7)6) T. Louveau, C. Leitao, S. Green, C. Hamiaux, B. van der Rest, O. Dechy-Cabaret, R. G. Atkinson & C. Chervin: FEBS J., 278, 390 (2011).7) Y.-K. Yauk, C. Ged, M. Y. Wang, A. J. Matich, L. Tessarotto, J. M. Cooney, C. Chervin & R. G. Atkinson: Plant J., 80, 317 (2014).の研究から,なぜ植物にとって配糖体化が必要なのか,どのような生理・生態学的役割を担っているのかについて,今後も研究を展開したい.

Reference

1) E. Pichersky & J. Gershenzon: Curr. Opin. Plant Biol., 5, 237 (2002).

2) A. Rodríguz, B. Alquézar & L. Peña: New Phytol., 197, 36 (2013).

3) G. Arimura, K. Matsui & J. Takabayashi: Plant Cell Physiol., 50, 911 (2009).

4) K. Sugimoto, K. Matsui, Y. Iijima, Y. Akakabe, S. Muramoto, R. Ozawa, M. Uefune, R. Sasaki, K. Md. Alamgir, S. Akitake et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 111, 7144 (2014).

5) K. Sugimoto, K. Matsui & J. Takabayashi: Commun. Integr. Biol., in press. doi: 10.4161/19420889.2014.992731.

6) T. Louveau, C. Leitao, S. Green, C. Hamiaux, B. van der Rest, O. Dechy-Cabaret, R. G. Atkinson & C. Chervin: FEBS J., 278, 390 (2011).

7) Y.-K. Yauk, C. Ged, M. Y. Wang, A. J. Matich, L. Tessarotto, J. M. Cooney, C. Chervin & R. G. Atkinson: Plant J., 80, 317 (2014).