Kagaku to Seibutsu 53(3): 141-142 (2015)
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細胞の大きさを規程する分子基盤: 脊椎動物特異的細胞サイズ調節因子Largenの同定
Published: 2015-02-25
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
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われわれの身体はさまざまに分化した細胞から成り立っている.その大きさは,長く突起を伸ばした神経細胞から微小なリンパ球まで多岐にわたる.しかしながら分化した細胞集団それぞれについて調べると,多くの場合,細胞の大きさはその集団固有の一定の分布を示すことがわかる.一方で,免疫系で働くB細胞は分化の過程で一時的に大きくなりまた元に戻ることが知られている.さらに一般的に,組織が傷害を受けると周囲の細胞が損傷を治癒するために増殖を始めるが,この際にも細胞は一時的に大きくなる.これらの事実は,「細胞は自身の大きさを恒常的に保ち,必要に応じて別の定常状態に遷移することが可能な調節機構をもつ」ということを示す.ではその制御の実体は何か? それは遺伝子レベルで記述できるのだろうか?
細胞サイズの変異体の分離は1970年代に酵母で始まり,近年ではRNA干渉を使った体系的なスクリーニングがショウジョウバエでも行われ,細胞サイズの調節におけるmTOR経路の重要性が明らかになった(1,2)1) P. Jorgensen & M. Tyers: Curr. Biol., 14, R1014 (2004).2) M. Cook & M. Tyers: Curr. Opin. Biotechnol., 18, 341 (2007)..mTORは細胞の増殖や代謝調節において中心的な役割を果たすセリン/スレオニンキナーゼで,増殖関連シグナルはおしなべてこのキナーゼに集約され,mTOR複合体1もしくは複合体2を介して下流に伝達される(3,4)3) M. Laplante & D. M. Sabatini: Cell, 149, 274 (2012).4) M. Shimobayashi & M. N. Hall: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 15, 155 (2014)..興味深いことに,mTORの活性を特異的に阻害する抗生物質ラパマイシン(RAP)を作用させると,多くの細胞が小さくなることが知られている(5)5) D. C. Fingar, S. Salama, C. Tsou, E. Harlow & J. Blenis: Genes Dev., 16, 1472 (2002)..われわれはこの現象を利用して,RAPによる細胞サイズ縮小作用に拮抗する遺伝子を探り出す方法を開発した(6)6) K. Yamamoto, V. Gandin, M. Sasaki, S. McCracken, W. Li, J. L. Silvester, A. J. Elia, F. Wang, Y. Wakutani, R. Alexandrova et al.: Mol. Cell, 53, 904 (2014)..
まず,enhanced retroviral mutagen(ERM)法でJurkat細胞の変異体プールを作る.ERM法とは,テトラサイクリン感受性転写活性化因子によって制御されるプロモーターの下流にHAタグとスプライス供与配列(以上合わせてERMタグとする)を挿入したレトロウイルスベクターを感染させることにより,標的細胞の遺伝子をランダムに活性化するシステムである(7)7) D. Liu & Z. Songyang: Methods Enzymol., 446, 409 (2008)..これにより,ウイルスが挿入されたゲノム部位近傍の遺伝子が常時活性化され,テトラサイクリン[あるいはその安定誘導体ドキシサイクリン(DOX)]でその発現がオフになる変異細胞が作出される.もしRAPによる細胞サイズ縮小作用に拮抗する遺伝子があるとすれば,それをERM法により過剰発現している細胞はRAPで処理しても小さくならずほかの細胞と区別できるはずであり,フローサイトメトリー上で単純に「大きい細胞」をソートすることで濃縮されると考えられる.ソートを繰り返して目的とする変異細胞を十分に濃縮したのち限定希釈法で細胞をクローン化し,各細胞クローンのRAPに対するサイズ応答性がDOXの有無で変化するかを検討して擬陽性を排除する.この原理に従い,ERMで動かされている遺伝子の作用によってのみRAPによる細胞サイズ縮小作用に拮抗する表現型を示す変異細胞を200個以上単離した.その後,ERMタグを指標にして増幅したRT-PCR産物の塩基配列をゲノム情報と照会することで各クローンにおける原因遺伝子を同定し,細胞サイズに影響すると考えられる数十個の遺伝子を明らかにした(6)6) K. Yamamoto, V. Gandin, M. Sasaki, S. McCracken, W. Li, J. L. Silvester, A. J. Elia, F. Wang, Y. Wakutani, R. Alexandrova et al.: Mol. Cell, 53, 904 (2014)..
その中のある機能未知遺伝子のcDNAを発現ベクターに挿入してJurkat,293T,HeLa細胞に過剰発現させたところ,実際にそれらの細胞が大きくなり,RAPで処理してもコントロールの親株細胞より大きいままであることがわかった.反対に,その遺伝子の内在性発現をsiRNAによって阻害すると細胞が小さくなり一部で細胞死が誘導された.以上の観察結果から,データバンク上でProline-rich protein 16(Prr16)として分類されていたこの遺伝子産物を「Largen」と名づけ,さらに解析を進めた.Largen過剰発現細胞内には正常な細胞と比較してより多くのタンパク質が蓄えられていたことから,標識アミノ酸の取り込みやレポーターアッセイ系を用いた実験を行い,Largenの過剰発現でmRNAの翻訳効率が上がることを確認した.次に,翻訳開始因子との相互作用を想定して免疫沈降実験を行ったが,一部の開始因子(eIF4A, 4B, 4E)が緩く会合するほかはLargenと結合している因子は見いだせなかった.同様に,mTORやHippo経路(8)8) K. Tumaneng, R. C. Russell & K.-L. Guan: Curr. Biol., 22, R368 (2012). の各因子についても調べたが,相互作用は検出できなかった.そこでリボゾームをショ糖密度勾配遠心により分画し,ポリゾームに含まれる翻訳途中のmRNAの種類をマイクロアレイで解析したところ,Largen過剰発現細胞では特にヒストンやミトコンドリアタンパク質などの翻訳が著しく促進されていることが明らかになった.
この結果に基づき,Mitotracker染色やミトコンドリアゲノムの定量によって細胞内のミトコンドリア量を調べたところ,実際にLargen過剰発現細胞ではミトコンドリアが増えていることが判明した.これに対応してLargen過剰発現細胞では酸素消費率が上昇し,より多くのATPが生産されていることが確認された.そこで,細胞サイズとミトコンドリアの活性の相関を見るために正常細胞をミトコンドリア呼吸鎖の阻害剤であるFCCPで処理したところ,細胞の縮小が見られた.Largen過剰発現細胞でもFCCPによる細胞サイズの縮小は起こるが,その度合いは正常細胞よりも小さい.この差は,Largen過剰発現細胞におけるミトコンドリアの活性化によるものと考えられる.
Largenの過剰発現で誘導されるこれらの現象がin vivoでも再現されるかどうかを調べるために,Largenのトランスジェニックマウスを作製した.まず,Largenを全身で過剰発現するマウスは胎生致死となった.このことはLargenの発現量は発生過程において厳密に制御される必要があることを示唆する.これに対し,肝臓または筋特異的にLargenを過剰発現するトランスジェニックマウスは正常なメンデル比で生まれ,その成体において心筋や肝臓の細胞が大きくなることが確認された.したがって,Largenは生体内においても細胞の大きさを制御していることが証明された.
以上の結果から,細胞がその大きさを制御する仕組みとして,ミトコンドリアを介したタンパク質合成の寄与という側面が明らかになった.その重要な調節因子としてLargenが同定されたが,その分子機作についてはまだ不明である.しかしながらLargenは,ミトコンドリア機能の制御という点から細胞の代謝調節に関与していると考えられ,今後その機能が解明されれば,代謝異常によって引き起こされるがんやメタボリックシンドロームなどの理解を深めるとともに,これら複合的な疾患に対する新規な創薬へとつながることが期待される.
Reference
1) P. Jorgensen & M. Tyers: Curr. Biol., 14, R1014 (2004).
2) M. Cook & M. Tyers: Curr. Opin. Biotechnol., 18, 341 (2007).
3) M. Laplante & D. M. Sabatini: Cell, 149, 274 (2012).
4) M. Shimobayashi & M. N. Hall: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 15, 155 (2014).
5) D. C. Fingar, S. Salama, C. Tsou, E. Harlow & J. Blenis: Genes Dev., 16, 1472 (2002).
7) D. Liu & Z. Songyang: Methods Enzymol., 446, 409 (2008).
8) K. Tumaneng, R. C. Russell & K.-L. Guan: Curr. Biol., 22, R368 (2012).