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誰がために花は香る?: コミカンソウ科植物における花の匂いの役割と性的二型の進化

Tomoko Okamoto

岡本 朋子

独立行政法人森林総合研究所 ◇ 〒305-8687 茨城県つくば市松の里1

Forestry and Forest Products Research Institute ◇ 1 Matsunosato, Tsukuba-shi, Ibaraki 305-8687, Japan

Published: 2015-02-20

陸上生態系の基盤をなす植物の多くは被子植物であり,その種数は30万を超えると言われている.多くの被子植物は花粉を運ぶ動物(送粉者)に,花蜜や花粉などのさまざまな資源を花粉運搬の報酬として提供しており,送粉者がその報酬を求めて花を訪れた際に,偶然体についた花粉が雌蕊へと運ばれ,受粉が達成される(1)1) M. Proctor, P. Yeo & A. Lack: “The natural history of pollination,” Timber Press, 1996..このような花を舞台とした花粉を運ぶ動物との「送粉共生系」は,植物の繁殖を支える最も重要な共生系と言える.

被子植物は送粉者を誘い寄せるためにさまざまな工夫を凝らした花を進化させてきた.花粉を効率的に運んでくれる送粉者だけに蜜を提供できるように,限られた時間だけ花を咲かせたり,広告である花弁の形や色,匂いを送粉者の好みに合わせたりしている.たとえば,夜間にガ類によって花粉が運ばれる植物の一部では,夕暮れ時から開花し始め,わずかな月明かりでも目立つ薄白い色の花弁をもち,さらに夜間にのみ強い匂いを花から発することが知られている(2)2) C. B. Fenster, W. S. Armbruster, P. Wilson, M. R. Dudash & J. D. Thomson: Annu. Rev. Ecol. Evol. Syst., 35, 375 (2004)..このように,被子植物が見せる多様な花は,送粉者との関係によって生み出されてきたと考えられている.

送粉者好みの花にはもう一つ重要な役割がある.同じ場所に生育する近縁種との交雑を避ける生殖隔離は,受粉の前に起こるか後に起こるかで主に2つに分けられるが,送粉者が寄与するのは前者の「受粉前隔離」である.簡単に言えば「他種の花粉は運ばない」ということであり,たとえばキジカクシ科のヒヤシンスの仲間では,近縁な2種の一方がハエによって,もう一方がベッコウバチによって花粉が運ばれることで交雑が避けられている(3)3) A. Shuttleworth & S. D. Johnson: Proc. Biol. Sci., 277, 2811 (2010)..このような生殖隔離の仕組みは,花の形質だけでなく,種の多様化機構の理解に不可欠であり,これまで多くの研究者が注目してきた.本稿では,特殊な送粉様式をもつカンコノキ属植物(コミカンソウ科)において,花の匂いが生殖隔離機構に重要な役割を果たしていること,また,花の匂いが送粉者とのかかわり合いによって進化してきたことを紹介する.

カンコノキ属植物(以下カンコノキと示す)は,体長がわずか5 mm前後の小さなハナホソガ(ホソガ科)によって花粉が運ばれている.これらの間には,蜜などを介した一般的な送粉様式とは一風変わった2つの特徴がある(図1図1■コミカンソウ科植物とハナホソガの送粉共生関係の概要図).一つは植物と送粉者の間に1種対1種の極めて高い種特異性が見られることである.つまり,同所的に数種のカンコノキが生育していたとしても,ハナホソガは必ず1種の寄主植物だけを選び出し花粉を運ぶため,植物は近縁種との交雑が避けられているのである.では,このようなカンコノキの生殖隔離を支えるハナホソガとの種特異性は何によって支えられているのだろうか? カンコノキは花弁を失った緑色の地味な花を咲かせること,ハナホソガは夜行性であることから,私たちはまず,ハナホソガが花の匂いを用いて寄主を選んでいるという仮説を立て検証を行った.ハナホソガと花の匂いを用いた行動実験の結果,ハナホソガは花の形などの視覚情報がない状況でも,花から発せられる匂いだけで寄主と非寄主植物を識別できることが明らかになった.また,日本に同所的に生育する5種のカンコノキを対象に,花の匂いを捕集し(ヘッドスペース法),ガスクロマトグラフ質量分析計で分析を行ったところ,カンコノキは種ごとに独特な匂いを放出していることが明らかになった(4)4) T. Okamoto, A. Kawakita & M. Kato: J. Chem. Ecol., 33, 1065 (2007).

図1■コミカンソウ科植物とハナホソガの送粉共生関係の概要図

ハナホソガと一部のコミカンソウ科植物の間には1種対1種の高い種特異性が見られる.ハナホソガは雄花で花粉を集め,雌花に運び授粉する能動的送粉行動を示す(詳細は本文を参照).

カンコノキとハナホソガの送粉共生系のもう一つの特徴は,ハナホソガが授粉の際に極めて特殊な送粉行動を示すことである(図1図1■コミカンソウ科植物とハナホソガの送粉共生関係の概要図).先に述べたように,ハナホソガはまず花の匂いを頼りに寄主植物を訪れる.カンコノキは雌花と雄花を別々に咲かせる雌雄異花の植物であるが,ハナホソガは始めに雄花を訪れ,そこで口吻を巧みに扱い花粉を集める.その後,花粉をもったハナホソガは雌花を訪れ,柱頭に花粉をこすりつけて授粉させる.このような行動は,一般的な昆虫が,受動的に送粉する(花を訪れた際に,体に偶然花粉がつくことで雌蕊へと運ばれる)こととは異なり,自らが雄花で花粉を集め,それを雌花に運んで授粉する点で能動的と言える.このような能動的送粉行動の背景には,ハナホソガの幼虫の食性がある.ハナホソガは授粉した雌花に卵を一つ産みつけ,その後花の中で孵化した幼虫が,発達途中の種子だけを食べて成長するため,ハナホソガはわが子の餌を確保するために能動的に授粉を行っているのである.このような場合,ハナホソガが雄花と雌花を識別できることが,植物にとってもハナホソガにとっても繁殖を達成するために必須であると考えられる.そこで私たちは,ハナホソガは雌花と雄花を匂いで区別でき,また,ハナホソガが授粉する植物では雌雄花間で匂いが異なると仮説を立て検証を行った.始めに,まだ花粉を集めた経験のない雌のハナホソガに,Y字型のガラス管を用いて雌花と雄花の匂いを提示し選好性を調べた.その結果,ほとんどの個体(30/38)が雄花の匂いを選択した.つまり,ハナホソガは,花の匂いを用いて雄花と雌花を区別し,必要に応じてそれぞれの花を訪れていることを明らかにした(3)3) A. Shuttleworth & S. D. Johnson: Proc. Biol. Sci., 277, 2811 (2010)..このことは,カンコノキは,雄花と雌花で異なる匂いを放出していることを示唆している.そこで,対象をカンコノキ属から広げ,コミカンソウ科の中でもハナホソガに花粉が運ばれる種とハナアブやハナバチに花粉が運ばれる植物を選び,雄花と雌花の匂いを比較した.その結果,ハナホソガによって花粉が運ばれる種では,花の匂いに顕著な雌雄差(性的二型)が見られ,一方のハナアブやハナバチによって花粉が運ばれる種では,花の匂いに雌雄差がないことが明らかになった.また,植物の分子系統解析により,花の匂いの性的二型性は,系統的な制約によるものではなく,ハナホソガによる花粉媒介の獲得と同時に起こったことが明らかになった(5)5) T. Okamoto, A. Kawakita, R. Goto, G. P. Svensson & M. Kato: Proc. Biol. Sci., 280, 2280 (2013).図2図2■ハナホソガによる花粉媒介の進化).

図2■ハナホソガによる花粉媒介の進化

研究に用いたコミカンソウ科13種では,独立に3回ハナホソガによる花粉媒介が起源している(図中●).ハナホソガに花粉が運ばれる種では顕著に雌雄花の匂いが異なるのに対し,ハチやハナアブなどに花粉が運ばれる種では匂いの雌雄差は見られない.図中の円グラフは花の匂いの組成比を示す.

これまで被子植物では,希に見られる花の性的二型がどのような進化的背景によってもたらされているのかは示されてこなかった.また,花の匂いの多様化や進化に,送粉者との相互作用がかかわってきたことを明確に示した研究は限られていたが,私たちの一連の研究から,花の匂いの性的二型が,花粉を運ぶ昆虫の特殊な送粉行動によってもたらされていることが明らかになった.今後はカンコノキとハナホソガが,花の匂いを介してどのように種分化・多様化してきたかについて解明していきたい.

Reference

1) M. Proctor, P. Yeo & A. Lack: “The natural history of pollination,” Timber Press, 1996.

2) C. B. Fenster, W. S. Armbruster, P. Wilson, M. R. Dudash & J. D. Thomson: Annu. Rev. Ecol. Evol. Syst., 35, 375 (2004).

3) A. Shuttleworth & S. D. Johnson: Proc. Biol. Sci., 277, 2811 (2010).

4) T. Okamoto, A. Kawakita & M. Kato: J. Chem. Ecol., 33, 1065 (2007).

5) T. Okamoto, A. Kawakita, R. Goto, G. P. Svensson & M. Kato: Proc. Biol. Sci., 280, 2280 (2013).