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好熱性アーキアThermoplasma acidophilumに見いだされた新しいタイプのメバロン酸経路: 「第3の」メバロン酸経路の発見

Hisashi Hemmi

邊見

名古屋大学大学院生命農学研究科 ◇ 〒464-8601 愛知県名古屋市千種区不老町

Graduate School of Bioagricultural Sciences, Nagoya University ◇ Furo-cho, Chikusa-ku, Nagoya-shi, Aichi 464-8601, Japan

Published: 2015-02-20

メバロン酸(MVA)経路はイソプレノイド生合成の初期過程の一つであり,一般には,出発物質であるアセチルCoAから,イソプレノイド化合物の基本構成単位となる炭素数5の化合物,イソペンテニル二リン酸(IPP)およびジメチルアリル二リン酸が合成されるまでを指す(1)1) T. Kuzuyama, H. Hemmi & S. Takahashi: “Comprehensive Natural Products II Chemistry and Biology,” Vol. 1, ed. by L. Mander & H.-W. Liu, Elsevier, 2010, p. 493..MVA経路の解明は主に真核生物を対象として進められ,1950年代後半にはすでに経路全体の酵素反応が明らかにされている.この古典的MVA経路(図1図1■これまでに見いだされたMVA経路(部分))は一部のバクテリアにも見いだされ,長く普遍的なものと考えられてきたが,その後全ゲノム配列が多くの生物で決定されるようになり,アーキアにおける一部酵素の不在が明らかとなるに至った(2)2) A. Smit & A. Mushegian: Genome Res., 10, 1468 (2000)..そもそもアーキアでは,同経路の酵素ホモログの大半がゲノム上にコードされており,さらに過去に行われた取り込み実験の結果もMVAが中間体であることを支持している.にもかかわらず,例外的に古典的経路を有するSulfolobales目の好熱性アーキア(3)3) H. Nishimura, Y. Azami, M. Miyagawa, C. Hashimoto, T. Yoshimura & H. Hemmi: J. Biochem., 153, 415 (2013).を除き,すべてのアーキアのゲノム中にはホスホメバロン酸キナーゼ(PMK)の,もしくはPMKとジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼ(DMD)の両者のオーソログ遺伝子が存在せず,古典的MVA経路が一部途切れている.このミステリーの解決のヒントとなったのが,イソペンテニルリン酸キナーゼ(IPK)という酵素の発見であった(4)4) L. L. Grochowski, H. Xu & R. H. White: J. Bacteriol., 188, 3192 (2006)..大部分のアーキア(とごく一部のバクテリア)で保存されている同酵素は,イソペンテニルリン酸(IP)から直接IPPを合成できる.この知見をもとに,IPを中間体とする新たな生合成経路,変形MVA経路(図1図1■これまでに見いだされたMVA経路(部分))の存在が提唱された.PMKの不在を考慮するならば,IPを与える最もシンプルな酵素反応は,PMKの基質である5-ホスホメバロン酸(MVA-5-P)からの脱水/脱炭酸である.しかしながら同反応を触媒する酵素,ホスホメバロン酸デカルボキシラーゼ(PMD)は長らく未同定であった.最近になってようやくこのミッシングリンクが埋められた.PMDの反応はDMDが触媒する5-ジホスホメバロン酸(MVA-5-PP)からIPPへの脱水/脱炭酸反応と類似している.アーキアの一分類群である高度好塩性アーキアはDMDのオーソログ遺伝子をもつが,実はその翻訳産物がDMDではなくPMDだったのである.PMDの最初の発見はChloroflexi門のバクテリアRoseiflexus castenholziiにおいてなされたが(5)5) N. Dellas, S. T. Thomas, G. Manning & J. P. Noel: eLife, 2, e00672 (2013).,次いでHaloferax属の高度好塩性アーキアでもPMDが同定された(6)6) J. C. Vannice, D. A. Skaff, A. Keightley, J. K. Addo, G. J. Wychoff & H. M. Miziorko: J. Bacteriol., 196, 1055 (2014)..これにより,ようやくアーキアにおける変形MVA経路の存在が実証されたわけである.

図1■これまでに見いだされたMVA経路(部分)

古典的経路は真核生物,一部のバクテリア,およびSulfolobales目の好熱性アーキア,Roseiflexus/Haloferax-type変形経路は高度好塩性アーキアとごく一部のバクテリア,Thermoplasma-type変形経路はThermoplasmatales目の好熱性アーキアにそれぞれ存在する.

さて,高度好塩性アーキア以外にも,DMDオーソログをもつと予想されたアーキアはわずかながら存在し,Thermoplasma属の好熱性アーキアはその代表例であった.われわれはPMDが見いだされたのとほぼ同時期に,Thermoplasma acidophilumのMVA経路の解明を進めていた.その過程で,同菌がもつ複数のDMDホモログのうち,最もDMDから離れたTa1305がMVAのリン酸化を触媒し,3-ホスホメバロン酸(MVA-3-P)を生成することを見いだした(7)7) Y. Azami, A. Hattori, H. Nishimura, H. Kawaide, T. Yoshimura & H. Hemmi: J. Biol. Chem., 289, 15957 (2014)..DMDはMVA-5-PPの3位水酸基をリン酸化し,その脱リン酸反応に共役させて脱炭酸反応を触媒する酵素であるため,DMDホモログによるリン酸化反応の触媒自体は不思議ではない.つまり,Ta1305はATPからMVAへのリン酸転移反応のみを触媒し,その後の脱リン酸/脱炭酸反応を触媒しないDMDホモログである.そこで放射標識したMVA-3-Pを合成し,ATP,Mg2+イオンの存在下,T. acidophilumの無細胞抽出液と反応させたところ,IPPへの変換が観察された.同様の変換実験を既知のメバロン酸経路の中間体でも行ったところ,MVAとIPは同様にIPPに変換されたが,MVA-5-PとMVA-5-PPの変換は起きなかった.これらの結果は,MVA,MVA-3-P,IPがT. acidophilumにおけるMVA経路の中間体であることを強く示唆している.われわれはさらに,T. acidophilumの無細胞抽出液中から,MVA-3-Pをさらにリン酸化する酵素活性を見いだした.その生成物は3,5-ビスホスホメバロン酸(MVA-3,5-PP)と推定され,おそらくこれに続く酵素反応によって直接IPに変換されると予想された(後に米国の研究グループによって,Ta0762がMVA-3-Pのリン酸化を触媒することが証明され,MVA-3,5-PPの構造も決定された)(8)8) J. M. Vinokur, T. P. Korman, Z. Cao & J. U. Bowie: Biochemistry, 53, 4161 (2014)..以上の実験結果はT. acidophilumが,古典的経路とも,高度好塩性アーキアでその存在が実証された変形経路とも異なる,第3のMVA経路を有することを示している.われわれはこれをThermoplasma-typeの変形MVA経路(図1図1■これまでに見いだされたMVA経路(部分))と呼び,Roseiflexus/Haloferax-typeの変形経路と区別している.

上述したとおり,ここ1, 2年のうちにアーキアの変形MVA経路に関する報告が立て続けになされ,長らく予想されていた変形経路の実証と,予想だにしなかったもう一つの変形経路の発見が行われた.それらの間の進化的な関連性はきわめて興味深い.しかし,メタン生成アーキアや大部分の好熱性アーキアなど,アーキアの大半はPMKとDMD(およびPMD)のオーソログをともにもたず,そのMVA経路はいまだに途切れたままである.その解明がなされて初めて,アーキア,さらには生物全体におけるMVA経路の進化の歴史が見えてくるのではないかと考えている.

Reference

1) T. Kuzuyama, H. Hemmi & S. Takahashi: “Comprehensive Natural Products II Chemistry and Biology,” Vol. 1, ed. by L. Mander & H.-W. Liu, Elsevier, 2010, p. 493.

2) A. Smit & A. Mushegian: Genome Res., 10, 1468 (2000).

3) H. Nishimura, Y. Azami, M. Miyagawa, C. Hashimoto, T. Yoshimura & H. Hemmi: J. Biochem., 153, 415 (2013).

4) L. L. Grochowski, H. Xu & R. H. White: J. Bacteriol., 188, 3192 (2006).

5) N. Dellas, S. T. Thomas, G. Manning & J. P. Noel: eLife, 2, e00672 (2013).

6) J. C. Vannice, D. A. Skaff, A. Keightley, J. K. Addo, G. J. Wychoff & H. M. Miziorko: J. Bacteriol., 196, 1055 (2014).

7) Y. Azami, A. Hattori, H. Nishimura, H. Kawaide, T. Yoshimura & H. Hemmi: J. Biol. Chem., 289, 15957 (2014).

8) J. M. Vinokur, T. P. Korman, Z. Cao & J. U. Bowie: Biochemistry, 53, 4161 (2014).