Kagaku to Seibutsu 53(3): 164-170 (2015)
解説
海洋産抗腫瘍性物質アプリロニンAの作用機序
The Mode of Action of Antitumor Marine Macrolide Aplyronine A
Published: 2015-02-20
アプリロニンA(ApA)は強力な抗腫瘍活性を示す海洋産マクロリドである.ApAはモノマーのG-アクチンと1 : 1の複合体を形成し,重合したF-アクチンを脱重合させる.しかしApAは細胞内のアクチン骨格に作用するよりも1,000倍以上低い濃度で細胞毒性を示すことから,アクチン以外の第二の標的分子の存在が予想されていた.われわれはApAの分子プローブを合成し,標的分子の同定と相互作用解析を行った.その結果,本化合物が2つの細胞骨格タンパク質,アクチンとチューブリン間の相互作用を誘導することで微小管ダイナミクスを阻害するという,ユニークな作用を示すことを見いだした.
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
生体内においてタンパク質の多くは,自己会合やほかのタンパク質と相互作用することで機能を示す.このようなタンパク質間相互作用(protein–protein interaction, PPI)を理解することは,タンパク質の動態や生体内の情報伝達などの機能を解明するうえで重要である.また特定のPPIを制御することで,その相互作用がかかわる疾患を標的とする医薬品が開発できる.そのためPPIを制御する有機小分子化合物は,天然物および合成化合物ライブラリから多数見いだされているが(1)1) L. G. Milroy, T. N. Grossmann, S. Hennig, L. Brunsveld & C. Ottmann: Chem. Rev., 114, 4695 (2014).,その大半はPPIを阻害する化合物である.しかし近年,FK506などのPPIを安定化する化合物も注目され,新たな作用機序を有する医薬品開発など,幅広い分野で研究が進められている(2)2) P. Thiel, M. Kaiser & C. Ottmann: Angew. Chem. Int. Ed., 51, 2012 (2012)..自然界からは,多様な構造や,特異な作用機序で働く天然物が多く発見されているが,その標的分子を探索することで,意外なPPI安定化作用が見つかることがある.今回,われわれは作用機序が不明であった抗腫瘍性物質アプリロニンAについて,分子プローブへ誘導し,標的タンパク質の同定と相互作用解析を行った.その結果,本化合物がアクチンとチューブリンという2つの細胞骨格タンパク質のユニークなPPIを誘導することを見いだしたので,本稿にて紹介したい.
アプリロニンA(Aplyronine A; ApA)は海洋軟体動物アメフラシAplysia kurodaiから単離されたマクロリドであり,ヒト子宮頸がん細胞(HeLa S3)に対する強力な細胞毒性(50%増殖阻害濃度IC50 0.01 nM)と顕著な抗腫瘍活性(P388白血病モデルマウスの延命率545%,0.08 mg/kg/dayなど)を示す(3)3) K. Yamada, M. Ojika, T. Ishigaki, Y. Yoshida, H. Ekimoto & M. Arakawa: J. Am. Chem. Soc., 115, 11020 (1993).(図1図1■アプリロニン類の構造と生物活性).ApAはin vitroアッセイにおいてDNAや微小管,細胞周期調節酵素群などの既存の抗がん剤の標的には作用しないが,細胞骨格タンパク質アクチンに作用する.アクチンは重合して繊維状のF-アクチンとなり,アクチン骨格を構成するが,ApAはその重合を阻害し,脱重合させる(4)4) S. Saito, S. Watabe, H. Ozaki, H. Kigoshi, K. Yamada, N. Fusetani & H. Karaki: J. Biochem., 120, 552 (1996)..2006年にアクチンとApAの1 : 1複合体のX線結晶構造が報告され,ApAはC24–34位の側鎖部分でアクチンと結合することが明らかとなった(5)5) K. Hirata, S. Muraoka, K. Suenaga, K. Kuroda, K. Kato, H. Tanaka, M. Yamamoto, M. Takata, K. Yamada & H. Kigoshi: J. Mol. Biol., 356, 945 (2006).(図2図2■アクチン–ApA複合体のX線結晶構造(PDB code: 1WUA)).また構造活性相関研究と光親和性プローブを用いた実験より,ApAは側鎖部分(C24–34)のみでアクチンと結合し,脱重合させることがわかった(6)6) K. Yamada, M. Ojika, H. Kigoshi & K. Suenaga: Nat. Prod. Rep., 26, 27 (2009)..一方でApAの強い細胞毒性には,アクチンとの相互作用に影響しないマクロラクトン環上の官能基が重要である.たとえば,7位トリメチルセリン基をもたないアプリロニンC(ApC)は,アクチン脱重合活性はApAとほぼ同等だが,細胞毒性はApAよりも1,000倍以上弱い.一般に,ApCを含めたアクチンに作用する化合物は,アクチン骨格の崩壊を引き起こす濃度で,腫瘍細胞に対して増殖阻害を引き起こす.しかしApAは,それよりも1,000倍以上低い濃度で腫瘍細胞の増殖を抑制する(7)7) M. Kita, Y. Hirayama, K. Yoneda, K. Yamagishi, T. Chinen, T. Usui, E. Sumiya, M. Uesugi & H. Kigoshi: J. Am. Chem. Soc., 135, 18089 (2013)..これらの知見より,ApAの強力な細胞毒性の発現は,アクチンに対する相互作用のみでは説明できないと考えられた.さらに複合体の結晶構造を見ると,ApAのトリメチルセリン基はアクチンとの結合には関与せず,溶媒領域に突き出すように位置している.以上から,われわれはApAにはトリメチルセリン基と相互作用するアクチン以外の第二の標的分子が存在すると推測した.
ApAの34位エナミド基は酸加水分解により,反応性の高いアルデヒド基へと変換できる.このアルデヒド基を利用して,ApAにビオチン基を導入したビオチンプローブ(ApA-bio)を合成した(8)8) M. Kita, Y. Hirayama, M. Sugiyama & H. Kigoshi: Angew. Chem. Int. Ed., 50, 9871 (2011).(図3図3■合成したアプリロニン類の分子プローブ).ApA-bioはHeLa S3細胞に対する強い細胞毒性(IC50 0.098 nM),およびアクチン(3 µM)に対する脱重合活性(EC50 1.6 µM)を示し,ApAの活性を良好に保持していた.また光反応基としてジアジリン基をもち,標的分子と共有結合を形成できるApAの光親和性ビオチンプローブ(ApA-PB)と,そのネガティブコントロールとして,ApCをリガンドとするプローブ(ApC-PB)をそれぞれ合成した(9)9) M. Kita, Y. Hirayama, K. Yamagishi, K. Yoneda, R. Fujisawa & H. Kigoshi: J. Am. Chem. Soc., 134, 20314 (2012)..HeLa S3細胞に対する細胞毒性は,IC50値でそれぞれApA-PB: 1.2 nM,ApC-PB: 310 nMであり,多少の活性の低下は見られるものの,元の天然物の活性の差を十分に反映していた.
まず,ApA-bioをNeutrAvidin樹脂に固定し,HeLa S3細胞の抽出液と混合して,標的分子のプルダウン精製を行った.樹脂に残ったタンパク質を煮沸により溶出させ,電気泳動後に銀染色で検出した.その結果,ApA-bioによりアクチン(43 kDa),および40,47 kDaの2つの新たなタンパク質が精製された(図4(a)図4■細胞抽出液からプルダウン精製したタンパク質の解析).40,47 kDaのバンドをゲル内消化し,得られたペプチド断片のMALDI-TOF-MS解析を行うことで,それぞれアクチン関連タンパク質Arp2,Arp3(actin related proteins 2, 3)と同定した.Arp2とArp3はともに内在性アクチン結合タンパク質の一つであるArp2/3複合体を構成する.この複合体はF-アクチンに結合して伸長や架橋形成を促進し,細胞骨格の維持や安定化に寄与する(10)10) E. D. Goley & M. D. Welch: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 7, 713 (2006)..したがってApAがArp2/3複合体の形成や機能を阻害することで,より低濃度でアクチン骨格の破綻を促進していると考えられた.
(a)ApA-bioを用いて細胞抽出液から精製した標的分子を銀染色で検出.200 kDaのmyosin IIはリガンドにApAをもたないモデルプローブを用いた場合にも検出されたことから,非特異的にプローブと相互作用したと考えられた.(b)ApA-PBを用いて細胞抽出液から精製した標的分子を銀染色で検出.それぞれのバンドは(c)アクチン抗体もしくは(d)Arp2抗体およびArp3抗体を用いたWestern blottingにより検出した.文献8, 9より許可を得て転載.
次にArp2およびArp3に対し,ApAがどのように相互作用しているかを,光親和性プローブを用いて解析した.ApA-PBをHeLa S3細胞の抽出液に加えて光反応を行った後,NeutrAvidin樹脂と混合し,プルダウン精製を行った.樹脂上に残ったタンパク質を煮沸により溶出し,電気泳動後に銀染色で検出した(図4(b)図4■細胞抽出液からプルダウン精製したタンパク質の解析).その結果,ApA-bioと同様にアクチン(43 kDa)に加えてArp2(40 kDa)とArp3(47 kDa)が検出された.つづいてHRP標識streptavidinを用いたwestern blottingにより,プローブが共有結合したタンパク質を調べたところ,アクチンは検出されたが,Arp2とArp3は検出されなかった(図4(c)図4■細胞抽出液からプルダウン精製したタンパク質の解析).さらにネガティブコントロールであるApC-PBを用いても,Arp2とArp3がプルダウン精製された(図4(d)図4■細胞抽出液からプルダウン精製したタンパク質の解析).以上の知見からArp2とArp3はApA-PBと直接相互作用しておらず,ApAの強力な細胞毒性に重要な,第二標的分子ではないと考えられた.
細胞抽出液からのApAの標的分子の精製をさらに試みたが,アクチンやArp2, 3以外に新たな標的分子は得られなかった.この原因として,目的の標的分子が不安定であり,細胞からの抽出過程で失活していることが考えられた.そこでApA-PBをHeLa S3細胞に投与して光反応を行い,その後,標識化されたタンパク質を抽出してプルダウン精製を行った.NeutrAvidin樹脂に残ったタンパク質を煮沸により溶出し,HRP標識streptavidinを用いたWestern blottingで検出した(図5(a)図5■生細胞中で光標識化し,プルダウン精製したタンパク質の解析).その結果,ApA-PBとApC-PBを用いた場合に共通してアクチン(43 kDa)の濃いバンドが検出され,さらにApA-PBの場合のみ55および58 kDaにも薄いバンドが検出された.さらに過剰のApAを加えると,ApA-PBによるアクチンと55, 58 kDaのタンパク質の光標識化はいずれも阻害された.これらの結果より55, 58 kDaのタンパク質はApAに特異的に結合すると考えられた.この2つのバンドをゲル内消化し,得られたペプチド断片をMALDI-TOF-MSで解析した結果,55 kDaにはα-およびβ-チューブリンが,58 kDaにはβ-チューブリンが主に含まれていた.そこでβ-チューブリン抗体を用いたWestern blottingを行った(図5(b)図5■生細胞中で光標識化し,プルダウン精製したタンパク質の解析).チューブリンは細胞内で含量が多く,非特異的に樹脂に結合しやすいタンパク質であるため,すべてのレーンでβ-チューブリン(55 kDa)が検出された.しかしApA-PBを用いたときに55 kDaのβ-チューブリンの量は最も多く,さらに58 kDaにもApA-PBと共有結合したと考えられるβ-チューブリンが検出された.ApA-PBは光反応基を一つしかもたないため,アクチンか標的分子のどちらか一方しか標識化できない.しかし,共有結合していない標的分子であっても安定な複合体を形成していればプルダウン精製される.よって,標識化されていないβ-チューブリンがアクチン–ApA-PB複合体とともに精製された結果,55 kDaのバンドが増加したと考えられた.これらの知見より,ApAは細胞内でアクチンだけでなくチューブリンとも結合していると示唆された.
ApAがどのようにチューブリンと相互作用しているか解析するために,in vitroでの光標識実験を行った.精製したチューブリンやアクチンにApA-PBを混合して光反応を行った後,電気泳動で分離し,HRP標識streptavidinを用いたWestern blottingを行った(図6(a)図6■(a)ApA-PBによる精製アクチンとチューブリンの標識化,(b)各プローブによる精製アクチンとチューブリンの標識化).それぞれのタンパク質をApA-PBと反応させると,アクチンは標識化されるが,チューブリンは検出されなかった.しかしアクチンとチューブリンが共存すると,両方のタンパク質が標識化され,チューブリンは細胞内での反応と同様に2本のバンド(55, 58 kDa)として検出された.一方,ApC-PBではアクチンとチューブリンの共存下でも,アクチンのみが標識化され,チューブリンは全く検出されなかった(図6(b)図6■(a)ApA-PBによる精製アクチンとチューブリンの標識化,(b)各プローブによる精製アクチンとチューブリンの標識化).この結果より,ApAはアクチンとの複合体としてチューブリンと結合し,その相互作用にはApAのトリメチルセリン基が重要な役割を果たしていると考えられた.
つづいてゲルろ過HPLC分析により,ApAとアクチンおよびチューブリンの複合体の解析を行った.アクチンとチューブリンはどちらも自己会合するため,それぞれのモノマーを安定に取り扱うための条件設定が必要である.アクチンに用いられるGバッファーは,一般的なバッファー組成よりかなり塩濃度が低く,チューブリンを取り扱うには適さない.一方でチューブリンに用いられるBRBバッファーは塩濃度が高く,またマグネシウムイオンを含むため,アクチンを重合させてしまう.しかし,アクチンはApAとの複合体の状態であれば,BRBバッファー中でも重合せず,安定に取り扱うことができることがわかった.そこでチューブリンのゲルろ過HPLC分析の報告(11)11) A. Szyk, A. M. Deaconescu, G. Piszczek & A. Roll-Mecak: Nat. Struct. Mol. Biol., 18, 1250 (2011). などを参考にして,条件を種々検討した.その結果,50 mM PIPES・K(pH 6.8),100 mM KCl,10 mM MgCl2というバッファーを用いることで,チューブリン(溶出時間:16.3 min)とアクチン–ApA複合体(18.3 min)をそれぞれ明確なピークとして検出することができた(図7(a)図7■ゲルろ過HPLC分析).溶出時間から見積もった分子量は,それぞれα,β-チューブリンのヘテロダイマー(100 kDa),アクチン–ApA複合体(44 kDa)にほぼ一致した.次いでApA,アクチン,チューブリンを混合して分析を行った.その結果,アクチン–ApA複合体やチューブリンヘテロダイマーよりも早い溶出時間のピーク(15.5 min)が検出された.電気泳動で解析したところ,このピークにはアクチンとチューブリンの両方が含まれており,分子量はおよそ150 kDaと見積もられたため,アクチン(43 kDa)とApA(1 kDa),チューブリンヘテロダイマー(100 kDa)が1 : 1 : 1で結合した三元複合体と考えられた.さらにスキャッチャードプロットの解析より,アクチン–ApA複合体とチューブリンヘテロダイマーの結合比は1 : 1で,結合定数Kaは3.0×106 M−1と算出された.なお,ApCを用いた場合,アクチン–ApC複合体とチューブリンヘテロダイマーは別々のピークとして検出され,三元複合体のピークは全く検出されなかった(図7(b)図7■ゲルろ過HPLC分析).
チューブリンはα-チューブリンとβ-チューブリンからなるヘテロダイマーが重合し,細胞骨格の一つである微小管を形成する.多くのチューブリン作用薬は微小管を安定化もしくはチューブリンの重合を阻害することで微小管ダイナミクスに影響する.そこで次にin vitroでのチューブリンの重合に対するApAとアクチンの影響を調べた(図8図8■チューブリン重合活性試験).チューブリンは37°C,20%グリセロールの添加により速やかに重合する.そこにApA,アクチンをそれぞれ単独で加えても重合にほとんど影響しなかったが,両者を1 : 1で加えると濃度依存的にチューブリンの重合を阻害した.またタキソールによりあらかじめ重合安定化させた微小管に対しても,ApAとアクチンは相乗的に脱重合を引き起こした.なおApCはアクチン存在下であってもチューブリンの重合に影響しなかった.これらの結果はin vitroでの標識化実験やゲルろ過HPLC分析の結果とよく一致しており,ApAとApCの活性の差は,三元複合体形成による微小管への作用の違いによることが示唆された.
微小管は紡錘体を形成し,真核細胞の有糸分裂において重要な働きをする.チューブリン作用薬は微小管ダイナミクスに作用することで,分裂期における正常な紡錘体形成を阻害する.その結果,細胞周期はG2/M期で停止し,最終的にアポトーシスが誘導される.そこで免疫蛍光染色によりApAで処理したHeLa S3細胞の間期と分裂期における細胞骨格の観察を行った.ApAは0.1 nMでは間期のアクチン骨格や微小管構造に影響しないが,分裂期において紡錘体の多極化を引き起こした.これはチューブリン作用薬として知られるビンブラスチンと同等の活性であった.つづいて,細胞周期への影響を調べたところ,ApAは0.1 nMから濃度依存的に細胞周期をG2/M期で停止させた.さらに1 nMのApAの処理でアポトーシス関連酵素であるカスパーゼ3の活性化と,DNAのラダー化が見られた(12)12) O. Ohno, M. Morita, K. Kitamura, T. Teruya, K. Yoneda, M. Kita, H. Kigoshi & K. Suenaga: Bioorg. Med. Chem. Lett., 23, 1467 (2013)..以上より,ApAはアクチン骨格に影響しない低濃度で微小管ダイナミクスに作用し,有糸分裂を阻害することで,がん細胞のアポトーシスを誘導し,強力な細胞増殖阻害活性を示すと考えられた.
対してApCは,100 nMまで濃度を上げると間期のアクチン骨格が崩壊し,細胞周期がG2/M期で停止したが,紡錘体形成に影響は見られなかった.すなわちApCはアクチン骨格への影響から細胞毒性を示しており,トリメチルセリン基の有無によってアプリロニン類の作用は明確に異なることがわかった.このように本研究では,ApCという,アクチンには作用するがチューブリンには作用しないネガティブコントロールが存在したことで,標的分子の同定や相互作用解析を効率良く行うことができた.
これまでの知見を基にApAの作用機序について考察する.ApAの細胞増殖阻害濃度は非常に低い(IC50 0.01 nM: HeLa S3).この濃度では,ApAは細胞内に取り込まれた後,細胞質に高濃度(モノマー濃度で約100 µM)に存在するアクチンと1 : 1で複合体を形成するが,アクチン骨格には影響しない.次いでアクチン–ApA複合体はApAのトリメチルセリン基を介して,微小管から遊離しているチューブリンヘテロダイマーと1 : 1で結合し,アクチン–ApA–チューブリンの三元複合体を形成すると考えられる.この三元複合体形成により,ApAは微小管ダイナミクスに作用し,紡錘体の形成異常から腫瘍細胞をアポトーシスへと誘導していると考えられる.しかし細胞内においてチューブリンもアクチン同様に高濃度(モノマー濃度で約20 µM)に存在しており,細胞内に取り込まれたApAが形成する三元複合体は,微小管に含まれるタンパク質の量に対してごくわずかでしかない.そのため微小管ダイナミクスをApAの三元複合体が阻害するためには,チューブリンの重合に対して能動的に作用するメカニズムが存在すると考えられる.たとえば微小管作用薬であるコルヒチンは,チューブリンのヘテロダイマーと結合しその構造を歪ませるが,この歪んだヘテロダイマーが微小管に取り込まれ,(+)端構造を不安定化することで重合ダイナミクスを阻害する(13)13) R. B. G. Ravelli, B. Gigant, P. A. Curmi, I. Jourdain, S. Lachkar, A. Sobel & M. Knossow: Nature, 428, 198 (2004)..よって同様にApAも三元複合体を形成後に微小管に取り込まれ,(+)端のキャッピングや構造変化に伴う不安定化などを誘導することで,微小管ダイナミクスを阻害すると推測される(図9図9■微小管ダイナミクスに対するApAの予想される作用機序).今後,ApAの三元複合体の構造や結合様式,微小管における局在や機能を明らかにすることで,ApAの抗腫瘍活性メカニズムの全容解明を目指したい.
本研究でわれわれは,強力な抗腫瘍活性を有するApAがアクチンとチューブリン間のPPIを誘導することを明らかにした.細胞骨格タンパク質であるアクチンやチューブリンに作用する化合物は数多く報告されているが,2つの細胞骨格タンパク質に同時に結合する化合物はApAが初めての例である.ApAのように2つのタンパク質間のPPIを誘導する化合物としては,FK506やラパマイシンが知られている.FK506はFKBP12(12 kDa FK506 binding protein)に結合し,さらにカルシニューリンに結合することで三元複合体を形成し,強い免疫抑制活性を示す(14)14) J. Liu, J. D. Farmer Jr., W. S. Lane, J. Friedman, I. Weissman & S. L. Schreiber: Cell, 66, 807 (1991)..またラパマイシンはFK506とよく似た部分構造をもち,FK506と同様にFKBP12に結合する.しかしラパマイシン–FKBP12複合体はカルシニューリンではなくmTOR(mammalian target of rapamycin)に結合して抗腫瘍活性などを発現する(15)15) E. J. Brown, M. W. Albers, T. B. Shin, K. Ichikawa, C. T. Keith, W. S. Lane & S. L. Schreiber: Nature, 369, 756 (1994)..すなわちFK506とラパマイシンは,細胞内に普遍的に存在するFKBP12を足場として,それぞれ異なるPPIを誘導している.FKBP12同様に,アクチンも真核細胞内で特に含量の多いタンパク質である.またApAと類似の側鎖構造をもち,同様の結合様式でアクチンに結合する天然物が数多く報告されている.したがって,これらのアクチン作用化合物が,アクチンを足がかりに,チューブリン以外の標的タンパク質とのPPIを制御しているかもしれない(図10図10■アクチンを足がかりとするPPI作用メカニズム).
細胞骨格を標的とする分子に限らず,強力で切れ味の鋭い生物活性を示す天然物や合成リガンドは,興味深いPPIを誘導もしくは阻害している可能性がある.そのようなPPI制御化合物は,単一のタンパク質に対するアッセイや相互作用解析では活性が見いだされなかったり,活性の本質が理解できない場合がある.したがって本研究のように,化合物をリガンドとして標的分子を同定し,相互作用を分子レベルで解析することが作用機序の理解には有効な手段と考えられる.天然物など生物活性物質を主体とする研究をさらに進めることで,新規なPPI制御メカニズムの発見や機能性リガンドの創出につながることを期待したい.
Acknowledgments
本研究の一部は,日本学術振興会科学研究費補助金,および文部科学省新学術領域研究“天然物ケミカルバイオロジー:分子標的と活性制御”の援助を受けて実施しました.また,本研究は上杉志成教授(京都大学iCeMS),臼井健郎准教授(筑波大学生命環境系),末永聖武准教授・大野修助教(慶應義塾大学理工学部)をはじめとする多くの方々との共同研究による成果であり,これらの方々に感謝いたします.
Reference
2) P. Thiel, M. Kaiser & C. Ottmann: Angew. Chem. Int. Ed., 51, 2012 (2012).
6) K. Yamada, M. Ojika, H. Kigoshi & K. Suenaga: Nat. Prod. Rep., 26, 27 (2009).
8) M. Kita, Y. Hirayama, M. Sugiyama & H. Kigoshi: Angew. Chem. Int. Ed., 50, 9871 (2011).
10) E. D. Goley & M. D. Welch: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 7, 713 (2006).