Kagaku to Seibutsu 53(3): 179-185 (2015)
セミナー室
α-1,3-Glucan分解酵素とその応用
Published: 2015-02-20
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
α-1,3-Glucanは不溶性の高分子多糖であり,口腔内に棲息するStreptococcus属細菌が生産する菌体外polymer(mutan)として,あるいは真菌類の細胞壁構成多糖として存在する.Streptococcus属細菌が生産するmutanは,グルコシルトランスフェラーゼ(グリコシドヒドロラーゼファミリー70型:GH70型)によってスクロースから形成され,歯垢(プラーク)の主要成分になることが広く知られている.一方,真菌細胞壁に含まれるα-1,3-glucanは細胞形態の維持にかかわっている.さらに最新の研究で,いくつかの動・植物に感染する真菌は,宿主に感染する際に積極的に細胞壁表層にα-1,3-glucanを生成し,これを宿主免疫システムからの攻撃を防除するのに利用していることもわかってきた(1,2)1) C. I. Marion, C. A. Reppleye, J. T. Engle & W. E. Goldman: Mol. Microbiol., 62, 970 (2006).2) T. Fujikawa, Y. Kuga, S. Yano, A. Yoshimi, T. Tachiki, K. Abe & M. Nishimura: Mol. Microbiol., 73, 553 (2009)..
上記のような背景から,α-1,3-glucanを加水分解する酵素(α-1,3-glucanase; EC 3.2.1.59)に関する研究は,①齲蝕予防の観点で行われたもの,および②細胞壁溶解にかかわる酵素を解析したものに分けられるが,それらは個別に進められてきた.しかしながら,多くの酵素のアミノ酸配列が明らかになるにつれて,両分野で研究されていたα-1,3-glucanaseの中に類似構造を有するものが多数含まれていることがわかってきた.Streptococcus属細菌が生産するα-1,3-glucanと真菌細胞壁に含まれるα-1,3-glucanは,側鎖の分枝構造などが異なると考えられるが,それらの分解を目的として得られたα-1,3-glucanaseの構造が類似するということは興味深い.しかしながら,α-1,3-glucanaseに関する研究はほかのグリコシドヒドロラーゼの研究に比べて圧倒的に少なく,mutanあるいは真菌細胞壁α-1,3-glucanの分解に適した酵素を発見できていないだけかもしれない.たとえば,chitinaseの場合(3)3) T. Fukamizo: Curr. Protein Pept. Sci., 1, 105 (2000).,GH18型酵素は甲殻類外骨格から得られたキチンの分解に適したものが多く,GH19型酵素は真菌細胞壁に含まれるキチンの分解に適していることがわかっている.α-1,3-glucanaseについても系統立てて議論することができれば,起源の異なるα-1,3-glucanの分解に適した酵素の特徴的な構造を明らかにできるかもしれない.しかし,今のところ,α-1,3-glucanase研究は発展途上の状況にあり,今後の進展が求められる.
本稿では,α-1,3-glucanaseの分類とそれぞれの特徴,特に筆者らが単離したBacillus circulans KA-304のα-1,3-glucanaseの研究成果を中心に解説する(4)4) W. Suyotha, S. Yano, K. Takagi, N. Rattanakit-Chandet, T. Tachiki & M. Wakayama: Biosci. Biotechnol. Biochem., 77, 639 (2013)..また,今後の応用展開についても述べる.
Henrissatら(5)5) B. Henrissat & A. Bairoch: Biochem. J., 316, 695 (1996).のグリコシドヒドロラーゼ(GH)をアミノ酸配列に基づいて分類する方法が一般的に用いられるようになってきている.現在,データベース上では133のファミリーが存在し,CAZy(http://www.cazy.org/)で公開されている.このGHの分類によると,α-1,3-glucanaseは2種類に大別される.一つは,GH71型酵素で,Trichoderma属(6)6) C. C. Fuglsang, R. M. Berka, J. A. Wahleithner, S. Kauppinen, J. R. Shuster, G. Rasmussen, T. Halkier, H. Dalboge & B. Henrissat: J. Biol. Chem., 275, 2009 (2000).,Aspergillus属(7)7) H. Wei, M. Scherer, A. Singh, R. Liese & R. Fischer: Fungal Genet. Biol., 34, 217 (2001).,Penicillium属(6)6) C. C. Fuglsang, R. M. Berka, J. A. Wahleithner, S. Kauppinen, J. R. Shuster, G. Rasmussen, T. Halkier, H. Dalboge & B. Henrissat: J. Biol. Chem., 275, 2009 (2000).やSchizosaccharomyces属(8)8) N. Dekker, D. Speijer, C. H. Grün, M. van den Berg, A. de Haan & F. Hochstenbach: Mol. Biol. Cell, 15, 3903 (2004).などの真菌類にその存在が報告されており,真菌類型酵素と言うことができる.もう一方は,GH87型酵素であり,Paenibacillus属(9~12)9) W. Suyotha, S. Yano, T. Itoh, H. Fujimoto, T. Hibi, T. Tachiki & M. Wakayama: J. Biosci. Bioeng., 118, 378 (2014).10) M. Pleszczyńska, A. Boguszewska, M. Tchórzewski, A. Wiater & J. Szczodrak: Protein Expr. Purif., 86, 68 (2012).11) I. Shimotsuura, H. Kigawa, M. Ohdera, H. K. Kuramitsu & S. Nakashima: Appl. Environ. Microbiol., 74, 2759 (2008).12) Y. Hakamada, N. Sumitomo, A. Ogawa, T. Kawano, K. Saeki, K. Ozaki, S. Ito & T. Kobayashi: Biochimie, 90, 525 (2008).やBacillus属(4)4) W. Suyotha, S. Yano, K. Takagi, N. Rattanakit-Chandet, T. Tachiki & M. Wakayama: Biosci. Biotechnol. Biochem., 77, 639 (2013).などに由来する細菌型酵素である.以下,それぞれについて概説する.
真菌類のα-1,3-glucanaseは,その生理的な役割から考えると2つに分けることができる.それらの代表として,Trichoderma属(5)5) B. Henrissat & A. Bairoch: Biochem. J., 316, 695 (1996).とSchizosaccharomyces属(7)7) H. Wei, M. Scherer, A. Singh, R. Liese & R. Fischer: Fungal Genet. Biol., 34, 217 (2001).に由来する酵素について説明する.
Trichoderma属の中には,ほかの真菌の菌糸に絡みついて寄生するものがあり,その際に宿主細胞壁を分解するために加水分解酵素を分泌する.有名な酵素種はchitinaseやβ-glucanaseであり,α-1,3-glucanaseもその一つとして挙げられる.真菌細胞壁分解のために生成されるα-1,3-glucanaseは,N-末端領域にGH71型に見られる触媒ドメインを有しており,C-末端にはα-1,3-glucan結合ドメインが存在している(図1図1■α-1,3-Glucanaseのドメイン構造模式図).一方,分裂酵母であるSchizosaccharomyces pombeのα-1,3-glucanaeは,細胞分裂の際に生成され,自身の細胞壁を分解する役割を担っている.S. pombeのα-1,3-glucanaseは,α-1,3-glucan結合ドメインをもたず触媒ドメインのみで構成されている.
GH87型酵素のN-末端領域に含まれるドメインの種類や数は,酵素によって異なる場合がある.DS: Discoidinドメイン,CB6: Carbohydrate binding Module 6型ドメイン,UCD: 機能未知ドメイン.
Trichodermaのα-1,3-glucanaseがα-1,3-glucanを加水分解したときの主生成物はグルコースであるが,S. pombeのα-1,3-glucanaseは,5糖(ニゲロペンタオース)が主たる生成物である各種オリゴ糖を遊離する(13)13) C. H. Grün, N. Dekker, A. A. Nieuwland, F. M. Klis, J. P. Kamerling, J. F. Vliegenthart & F. Hochstenbach: FEBS Lett., 580, 3780 (2006)..このように反応生成物が異なるのは,Trichodermaのα-1,3-glucanaseはプロセッシブに反応が進行してα-1,3-glucanの非還元末端からグルコースの切断が連続して起こるのに対して,S. pombeのα-1,3-glucanaseはプロセッシブに反応が進行しないからだと考えられている.上記のようなTrichodermaとS. pombeのα-1,3-glucanaseのドメイン構造や反応生成物の違いは,Trichoderma酵素が栄養源獲得のための酵素であり,S. pombe酵素は細胞分裂するためのものであることに由来する,と考えれば理解しやすい.
細菌由来のα-1,3-glucanaseについては,歯垢除去の観点で研究されたものが多いが,筆者らは真菌細胞壁溶解酵素を研究する中でBacillus circulans KA-304のα-1,3-glucanase(Agl-KA)を見いだした.Agl-KAのクローニングと,歯垢除去の観点で研究されたα-1,3-glucanaseのクローニングは同時期に行われたが,どちらもGH87に分類された.現在,GH87型に分類される酵素は,データベースに100種類以上が登録されているが,実際に単離されて機能が解析されたものは,わずか十数種類である.機能解析された酵素のほとんどはマルチドメイン構造を有しており,C-末端に触媒ドメインが配置されている(図1図1■α-1,3-Glucanaseのドメイン構造模式図).N-末端領域にはα-1,3-glucanの結合にかかわるドメインなどが含まれているが,その役割は非常に複雑であるので,次節で詳しく述べる.
筆者らは,GH87型酵素は,いくつかのグループに細分化できると考えている.それは,今までに機能解析されたGH87型酵素のアミノ酸配列を比較すると,明らかに相同性の低い酵素が存在するからである.筆者らは,Paenibacillus glycanilyticus FH11の培養上清から2種類のα-1,3-glucanase(Agl-FH1とAgl-FH2)を単離した(9)9) W. Suyotha, S. Yano, T. Itoh, H. Fujimoto, T. Hibi, T. Tachiki & M. Wakayama: J. Biosci. Bioeng., 118, 378 (2014)..Agl-FH2は,既知GH87型酵素であるB. circulans KA-304のAgl-KAと約76%,Paenibacillus sp. KSM-M126のα-1,3-glucanase(12)12) Y. Hakamada, N. Sumitomo, A. Ogawa, T. Kawano, K. Saeki, K. Ozaki, S. Ito & T. Kobayashi: Biochimie, 90, 525 (2008).と約80%の高い相同性を示した.一方,Agl-FH1は,N-末端領域だけに注目すると,Agl-FH2のN-末端領域と67%,B. circulans KA-304のAgl-KAのN-末端領域と約65%,Paenibacillus sp. KSM-M126の酵素のN-末端領域と約54%の相同性を有していたが,触媒ドメインの相同性は,それぞれ約22,24,26%と非常に低いものであった.Agl-FH1と最も高い相同性を示した酵素はPaenibacillus sp. JDR-2のAPHP domain containing protein(97%)であった.しかし,このAPHP domain containing proteinは,GH87型酵素としてデータベースに登録されているが,ゲノム解析の過程で見つかったもので機能解析は全く行われていない.
Agl-FH1,Agl-FH2と機能解析が行われたGH87型酵素を中心に,それらの触媒ドメイン配列について系統解析を行ったところ(図2図2■GH87型α-1,3-glucanase触媒ドメインの系統樹),GH87型酵素が少なくとも3つのグループに分類されることがわかった.グループ1には,今までに報告されているα-1,3-glucanaseのほとんどが属しており,グループ2にはAgl-FH1,グループ3には土壌から分離されたPaenibacillus属細菌の酵素2種が属している.
現在,グループ1に属するAgl-KAとAgl-FH2,およびグループ2に属するAgl-FH1の基質特異性や反応至適条件,さらには真菌細胞壁溶解活性について比較しているが,3つの酵素の間に大きな差は見つかっていない.しかし,P. glycanilyticus FH11のAgl-FH1とAgl-FH2のように,1菌種が2種類の類似酵素を有していることは,重要な意味があるように思える.Agl-FH1とAgl-FH2については,酵素誘導条件なども検討しており,それぞれの役割や機能も解析している.今後,それぞれのグループがもつ特徴を明らかにする必要がある.
先に述べたがGH87型酵素の多くはマルチドメイン構造をもっている.GH71真菌型酵素が,触媒ドメインだけ,あるいは触媒ドメインと基質結合ドメインしか有していないのとは大きく異なる.GH87型酵素がもつドメインのいくつかは,基質の加水分解や基質の結合に重要な役割を担っていることが明らかになってきた.このことを,B. circulans KA-304由来のα-1,3-glucanase(Agl-KA)のドメイン機能解析を行った結果を例にして説明する(4)4) W. Suyotha, S. Yano, K. Takagi, N. Rattanakit-Chandet, T. Tachiki & M. Wakayama: Biosci. Biotechnol. Biochem., 77, 639 (2013)..
Agl-KAはN-末端から,DiscoidinドメインI(DS1),Carbohydrate binding Module 6型ドメイン(CB6),DiscoidinドメインⅡ(DS2),機能未知ドメイン(UCD),そしてC-末端の触媒ドメインから構成されている.Discoidin(DS)ドメインは,Paenibacillus fukuinensis IK-5由来のキトサナーゼにも含まれており(14)14) H. Kimoto, M. Akamatsu, Y. Fujii, H. Tatsumi, H. Kusaoke & A. Taketo: J. Mol. Microbiol. Biotechnol., 18, 14 (2010).,キトサン結合能をもつことが確認されている.また,CB6ドメインは,β-1,3-glucanase(15,16)15) A. L. Van Bueren, C. Morland, H. J. Gilbert & A. B. Boraston: J. Biol. Chem., 280, 530 (2005).16) T. Y. Hong, C. W. Cheng, J. W. Huang & M. Meng: Microbiology, 148, 1151 (2002).,xylanase(17)17) A. C. Fernandes, C. M. G. A. Fontes, H. J. Gilbert, G. P. Hazlewood, T. H. Fernandes & L. M. A. Ferreira: Biochem. J., 342, 105 (1999).やcellulase(18)18) C. M. Fontes, J. H. Clarke, G. P. Hazlewood, T. H. Fernandes, H. J. Gilbert & L. M. Ferreira: Appl. Microbiol. Biotechnol., 49, 552 (1998).の基質結合ドメインとして知られている.既知のDSドメインCB6ドメインのα-1,3-glucan結合能は評価されていないが,Agl-KAのこれらドメインのいずれかがα-1,3-glucan結合にかかわるドメインである可能性が考えられた.これを証明するために,N-末端からドメインを欠失させた変異酵素を複数作製し,α-1,3-glucan加水分解活性とα-1,3-glucanに対する結合活性を調べた.図3A図3■B. circulans KA-304由来Agl-KA,および欠失変異酵素のα-1,3-glucan加水分解活性(A)とα-1,3-glucan結合活性(B)に示すように,N-末端からDS1,CB6とDS2ドメインの欠失数が増えるにつれて,基質の加水分解によって生じる遊離還元糖量が減少した.次いで,欠失酵素のα-1,3-glucan結合活性を測定したところ(図3B図3■B. circulans KA-304由来Agl-KA,および欠失変異酵素のα-1,3-glucan加水分解活性(A)とα-1,3-glucan結合活性(B)),野生型Agl-KAは基質に対して32%結合するが,DS1ドメイン欠失させることで結合率が23%まで低下した.DS1とCB6の2ドメインを欠失させると結合能はほとんど失われた.不溶性多糖の分解酵素の多くで,基質結合ドメインの欠失による加水分解活性と基質結合活性の低下が報告されており,Agl-KAの場合でも同様のことが考えられる.また,Agl-KAでは,DS1,CB6,DS2の欠失数が増えるにつれて,加水分解活性と基質結合活性が段階的に低下したことは,DS1,CB6,DS2のそれぞれがα-1,3-glucanに対する結合能をもつことを示唆している.
(A)加水分解反応は30°Cで行った.還元糖の定量は,ジニトロサリチル酸法を用いた.反応液組成は以下のとおりである.反応液組成:α-1,3-glucan 1%,リン酸緩衝液(pH 6.5)50 mM,酵素0.15 nmol/mL.(B)α-1,3-glucanに対する酵素結合量は,添加酵素量から反応後のろ液に残存した酵素量を差し引いて求めた.反応は4°Cで1時間行い,Lowry法を用いてタンパク質量を測定した.反応液組成を以下に示す.反応液組成:α-1,3-glucan 1%,リン酸緩衝液(pH 6.5)50 mM,酵素2 nmol/mL.文献9を改変して転載.
Agl-KAのDS1,CB6,およびDS2が,新規のα-1,3-glucan結合ドメインであることを明らかにするために,各ドメインに緑色蛍光タンパク質(GFP)を融合させて基質結合活性を調べた.その結果,DS1,CB6,DS2は,それぞれが単独でもα-1,3-glucanに結合できること,また,2つ以上が存在すると結合力が増加することがわかった(図4A図4■GFP融合タンパク質のα-1,3-glucan結合活性(A)とS. commune細胞壁結合活性(B)).
(A)α-1,3-Glucanに対する酵素結合量は,添加したGFP融合タンパク質量から反応後の盧液に残存したタンパク質量を差し引いて求めた.GFP融合タンパク質量は蛍光光度計を用いて測定した.反応液組成は,図3B図3■B. circulans KA-304由来Agl-KA,および欠失変異酵素のα-1,3-glucan加水分解活性(A)とα-1,3-glucan結合活性(B)と同じである.(B)S. commune菌糸とGFP融合タンパク質を混合し,4°Cで1時間反応させた.50 mMリン酸緩衝液(pH 6.5)で洗菌後,蛍光顕微鏡で観察した.反応液組成:S. commune菌糸0.1 g/mL,リン酸緩衝液(pH 6.5)50 mM,GFP融合タンパク質3 nmol/mL.文献9を改変して転載.
ここまでの結合活性の検討には酵素合成した不溶性のα-1,3-glucanを基質として用いているが,図4B図4■GFP融合タンパク質のα-1,3-glucan結合活性(A)とS. commune細胞壁結合活性(B)では,担子菌Schizophyllum communeの生菌体に対するGFP融合タンパク質の結合活性を調べた.DS1,CB6,あるいはDS2は単独ではほとんど細胞壁には結合しなかったが,2つのドメインが並んで存在する融合タンパク質(DS1CB6-GFPとCB6DS2-GFP)は,ある程度細胞壁に結合するようになった.しかし,それらの結合力は弱く,3ドメインが揃う(DS1CB6DS2-GFP)と結合は強固になった.細胞壁において,α-1,3-glucanは単独で存在するのではなく,キチンやβ-グルカンと混在しているので,α-1,3-glucan結合ドメインを複数もつことによって,Agl-KAは細胞壁に結合できるものと考える.
GH87型α-1,3-glucanaseの生産菌は,生体構成成分としてα-1,3-glucanをもたないことから,自然環境中に存在するα-1,3-glucanを分解・資化するためにα-1,3-glucanaseを生成していると考えることができる.しかしながら,自然環境中ではα-1,3-glucanは,ほかの物質と混在していることが多いので,GH87型酵素は基質に結合しやすいマルチドメイン構造に進化したのかもしれない.
はじめにも述べたように,α-1,3-glucanは口腔内に棲息するStreptococcus属細菌が生産する菌体外polymerとして,あるいは真菌類の細胞壁構成多糖として存在している.α-1,3-Glucanaseの利用法を考える場合,まず歯垢除去を目的とした歯磨剤などのオーラルケア商品への添加利用が考えられる.歯垢除去酵素としてdextranaseが有名であるが,それに代わるものとしてα-1,3-glucanaseによるバイオフィルム除去試験などが,GH71型酵素とGH87型酵素に関係なく検討されている.一方,近年では,α-1,3-glucanaseの,真菌細胞壁溶解酵素としての期待も高まってきている.次節に,α-1,3-glucanaseの真菌細胞壁溶解酵素としての利用をめざした研究結果を紹介する.また,α-1,3-glucanaseを利用する場合の課題点もいくつか述べたい.
初期の真菌細胞壁溶解にかかわるα-1,3-glucanaseの研究は,寄生性Trichoderma属真菌のGH71型酵素が誘導生産される条件の検討や,担子菌プロトプラスト生成に必須なB. circulans KA-304由来Agl-KAの解析が行われている程度であった.近年には,動・植物に対する病原真菌の中に,細胞壁表層をα-1,3-glucanで覆うことによって,宿主の免疫系を回避するものが存在することがわかってきた.Fujikawaらは(2)2) T. Fujikawa, Y. Kuga, S. Yano, A. Yoshimi, T. Tachiki, K. Abe & M. Nishimura: Mol. Microbiol., 73, 553 (2009).,イネいもち病菌Magnaporthe griseaが宿主に感染する際にα-1,3-glucanを生成すること,またα-1,3-glucan生産能を失ったM. griseaはイネに感染できなくなることを報告した.これらの結果は,植物は,病原真菌が感染した際に病原菌の細胞壁構成多糖を分解するchitinaseやβ-1,3-glucanaseなどを生産できるが,α-1,3-glucanaseを生産できないために感染が拡大するということを示唆している.Fujikawaらは(19)19) T. Fujikawa, A. Sakaguchi, Y. Nishizawa, Y. Kouzai, E. Minami, S. Yano, H. Koga, T. Meshi & M. Nishimura: PLoS Pathog., 8, e1002882 (2012).,さらに,イネにB. circulans KA-304のAgl-KA遺伝子を導入することで,各種病原真菌に対する抵抗性が増すことも証明した.
動・植物の病原真菌に対する抗真菌剤の開発が行われているが,耐性菌の出現という問題がつきまとう.このような背景から,抗真菌剤とは異なる作用機構による酵素を用いた防除技術の開発も行われているが,細胞壁溶解活性をもつα-1,3-glucanaseがこの候補として期待されている.
歯垢除去酵素や真菌細胞壁溶解酵素として,また,そのほかの用途にα-1,3-glucanaseを使用するためには,酵素の安定性や使用条件に適した反応性など,検討すべきことが多い.しかし,最も解決しなければならない課題は,産業利用に耐えうる量の酵素を生産することである.遺伝子組換え技術が発達し,大腸菌やさまざまな微生物の宿主発現系を用いた酵素の生産は容易になったが,遺伝子組換え技術を用いて調製したα-1,3-glucanaseの使用が好まれないこともあって,α-1,3-glucanase生産菌の培養を経て酵素を調製することが必要になることが多い.どちらのGH型酵素であっても,その多くは誘導生産されるので誘導炭素源が必要になるが,α-1,3-glucanは,celluloseやstarchのように安価に市販されているわけではない.今までのα-1,3-glucanaseに関する報告では,自ら調製したα-1,3-glucanを誘導炭素源に使用していることが多い.酵素を産業利用するためには,安価に入手できる誘導炭素源を見つけるか,あるいは構成的にα-1,3-glucanaseを生産する株を分離もしくは育種することが必要である.特に,GH87型酵素を生産するPaenibacillus属細菌の生育は遅く,酵素生産性も低いため,高生産に向けた改善が必須である.このような問題の解決に向けた取り組みは少しずつではあるが行われており,Pleszczyńskaらは,安価な誘導炭素源の候補として担子菌Laetiporus sulphureusの子実体を提案している(20)20) M. Pleszczyńska, A. Wiater & J. Szczodrak: Biotechnol. Lett., 32, 1699 (2010)..
α-1,3-Glucanaseに関する研究は,基質であるα-1,3-glucanの入手が困難であったことから積極的に行われてこなかった.各種微生物のα-1,3-glucanase生成における制御機構や,α-1,3-glucanaseの反応機構のような基礎的な知見も十分ではなかった.ところが,2005年頃から報告数が増加してきている.これは,研究法が確立しつつあるということだけではなく,α-1,3-glucanaseが産業利用できるという期待があるためと考えられる.また,微生物ゲノム解析の過程でα-1,3-glucanase遺伝子が確認されることもあり,本酵素に関する情報量が急速に増えている.これらを活用することによって近い将来,α-1,3-glucanaseがわれわれの生活で普通に利用される酵素になることを期待している.
Acknowledgments
共同研究者である立命館大学生命科学部若山 守教授とスヨータ ワサナ氏に,心より感謝申し上げます.また,本研究の一部は,日本学術振興会科学研究費補助費若手研究Bの補助を受けて行った.ここに謝意を表します.
Reference
1) C. I. Marion, C. A. Reppleye, J. T. Engle & W. E. Goldman: Mol. Microbiol., 62, 970 (2006).
3) T. Fukamizo: Curr. Protein Pept. Sci., 1, 105 (2000).
5) B. Henrissat & A. Bairoch: Biochem. J., 316, 695 (1996).
7) H. Wei, M. Scherer, A. Singh, R. Liese & R. Fischer: Fungal Genet. Biol., 34, 217 (2001).
15) A. L. Van Bueren, C. Morland, H. J. Gilbert & A. B. Boraston: J. Biol. Chem., 280, 530 (2005).
16) T. Y. Hong, C. W. Cheng, J. W. Huang & M. Meng: Microbiology, 148, 1151 (2002).
20) M. Pleszczyńska, A. Wiater & J. Szczodrak: Biotechnol. Lett., 32, 1699 (2010).