Kagaku to Seibutsu 53(3): 200-201 (2015)
農芸化学@High School
洗剤中での洗濯酵素の働きに迫る
Published: 2015-02-20
本研究は,日本農芸化学会2014年度大会(開催地:明治大学)の「ジュニア農芸化学会」で発表された.発表者らは,市販されている家庭用洗剤のタンパク質分解活性がどの程度なのか疑問を抱き,洗剤中のタンパク質の分子量と活性の温度依存性を調べた.
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
一般的に酵素は生理的で穏やかな条件下で機能するが,洗剤に含まれる酵素は界面活性剤の存在下,高温や低温などの過酷な条件で機能しなければならない.そこで,発表者らは酵素の機能を効率的に活かした洗濯方法の確立を将来的な目標に据え,洗濯酵素に関する以下の研究を行った.
まず,大手3社から市販されている液体洗剤を入手した.洗剤原液300 µLに対してトルエンを用いて界面活性剤を抽出・除去し,TCA沈殿法にて失活させたものを試料とした.これらをSDS-PAGEによって分析し,液体洗剤中に含まれるタンパク質の純度と分子量を調べた.
次に,各液体洗剤およびモデル酵素として用いたサブチリシン標品(Subtilisin Carlsberg from Bacillus licheniformis, Sigma社)のタンパク質分解活性の温度依存性を調べた.酵素活性を以下のとおり測定した.50 mMトリスバッファー(pH 7.8)に溶かした1.3%カゼイン基質水溶液に対して,液体洗剤を標準使用量の100倍濃度で20分間反応させた後,フォーリン試薬で発色させ,660 nmの吸光度を測定した.サブチリシン標品は25 µg/mLで同様に活性測定した.活性は1分当たりの吸光度変化で算出した.
さらに,各液体洗剤を120°C,20分加熱した後,常温に戻したときのタンパク質分解活性も測定し,活性値を1分当たりの吸光度変化で算出した.
図1図1■SDS-PAGEの結果にSDS-PAGEの結果を示す.大手3社(A社,B社,およびC社)から市販されている液体洗剤中にはいずれも複数のタンパク質が含まれていた.加えて,SDS-PAGEのバンドパターンは3社で異なっていた.したがって,3社の市販品にはそれぞれ分子量が異なるタンパク質が含まれていると結論づけた.また,サブチリシン標品中のメインバンドは,分子量が27.5 kDaであるネイティブのサブチリシンである可能性が高い.3社のうちB社のみがサブチリシン標品中のメインバンドと一致するバンドが見られることから,B社からの市販品にはネイティブのサブチリシンが含まれる可能性があることがわかった.
図2図2■タンパク質分解活性の温度依存性の結果にタンパク質分解活性の温度依存性実験の結果を示す.各市販品のタンパク質分解の比活性については,含有タンパク質量が異なるため議論できないが,酵素コンポーネントあるいは洗剤成分の特性の違いについて興味深い結果が得られた.サブチリシン標品の活性のピークは45~55°Cであり,いずれの市販品もサブチリシン標品と同様の温度依存性を示す活性をもつことがわかった.さらに,B社商品については,30°C前後にも活性のピークがあった.したがって,B社商品にはタンパク質分解酵素が2種類含まれている可能性がある.
またB社商品のみ,120°C,20分の加熱処理をしても常温に戻せばタンパク質分解活性があることがわかった(図3図3■加熱処理後のタンパク質分解活性).この結果と図2図2■タンパク質分解活性の温度依存性の結果の結果を考え合わせると,B社商品に含まれるタンパク質分解酵素は熱失活に対して可逆的であるか,B社商品中には可逆性を実現する成分が含まれる可能性を指摘できる.
本研究によって,大手3社から市販されている液体洗剤のタンパク質分子量とそのタンパク質分解活性について比較することができた.洗濯洗剤という身近な素材を対象に,高校生が抱いた疑問を解き明かす本研究は,ジュニア農芸化学会の目的に適ったものである.本研究では問題解決にあたり,実験のデザインから方法の選択,慎重な酵素活性測定,そして結果の解釈まで豊かな洞察力を発揮して研究を進めている.
過酷な極限環境でも活性のある酵素タンパク質の探索やその作用メカニズムは,産業応用面でも学術研究面でも関心が高い.本研究のテーマをきっかけに,京都市立紫野高等学校の生徒さんたちのますます発展を期待したい.
(文責「化学と生物」編集委員)