Kagaku to Seibutsu 53(4): 201 (2015)
巻頭言
「ありのまま」の生命現象解析
Published: 2015-03-20
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
2014年に「アナと雪の女王」の映画から,「ありのままで」という歌と言葉が流布したことは記憶に新しい.生命の研究において,まさに,「ありのまま」を理解して,それを応用して実用化していくのが,「農芸化学」の本質ではないか,と思いを新たにした.生命現象を基礎的に「ありのまま」に解析し,生命がストレスを感じずに「ありのまま」にモノづくりに供されていくのが,勝手に造語したが,「農芸化学する」につながるかもしれない.
生命や生物現象の分子解析においては,2010年代に入り,ゲノム配列解読のスピードが急上昇し,既読量は膨大化しつつある.ゲノム解析技術の進歩に追随するように,モノリスなどの新材料を用いた高性能ナノ分離や高度な質量分析など,多くの機器分析が進化してきた.この背景には,半導体などの飛躍的な機能向上によるコンピュータの性能や記憶容量の高度化もあるのは周知のことであろう.DNAやRNA, タンパク質や代謝物,それぞれの中身は,個々の分子の世界であり,基本的には,定性分析と定量分析が研究の主流であることは不変である.これらの研究に,さらに,「時」系列という要素,いわゆる,「時間」という要素も加味した解析が加わりつつある.生命を構成するこれらの分子を網羅的に解析する,いわゆるゲノミクス,トランスクリプトミクス,プロテオミクス,メタボロミクスは,個々に進んできたが,今や時代は,これらを統合した「トランスオミクス」時代を迎えつつある.さらに,ゲノム編集技術なども可能になり,ライブ・イメージング,エピジェネティック解析,インターラクトーム解析やncRNA解析も加わり,集積データは膨大になり,「ビッグデータ」の解析時代がやってきている.多種多様な生命分子を分離・同定し定性・定量分析していく技術の高度化(微量化や超高速化も含まれる)に対応して,研究者自身も自ら分析に携わって,分析結果だけでなく,その分析プロセスをしっかり見て,新しい現象や分子を見極めることが要求されてきている.
「時間」という要素の取り込みにより,これまでの「スナップショット」研究から「動態」研究へのシフトが一段と進むと考えられるが,そうすると,これまで漠然として捉えどころのなかった研究への挑戦が創出されてくる.「記憶」,「感覚」,「感情」,さらには,「思考」にいたる,いわゆる心理的,哲学的,宗教的,などと,これまで精神的な領域として分類されていた領域にまで,分子レベルでの研究領域が広がってくると考えられる.その先には,ヒト脳機能の分子レベルでの詳細研究へとつながる.すべての分子の動態をまさに,時々刻々と「心電図」のように捉えて,「ありのまま」に解析するというワクワクするような研究の時代の到来が眼の前に迫ってきている.
そのためにも,基礎分析力と解析力の切磋琢磨がますます必要になってくる.遺伝子を扱う技術の習得はもちろんだが,機器による自立した分析力とトランスオミクスからの統合データに起因するビッグデータの統計数理解析力の養成が,生命科学の将来の教育と研究にとってその重要性が再認識されてくるであろう.さらに,複雑で膨大なデータから得られる研究成果をわかりやすく一般老若男女に伝えていくことにも力を注いでいくことを忘れずに,自分自身を叱咤しながらさらなる研究展開を鼓舞していきたい.