Kagaku to Seibutsu 53(4): 202-204 (2015)
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食と腸内細菌代謝産物を介した宿主エネルギー制御機構: 短鎖脂肪酸受容体とエネルギー代謝ネットワーク
Published: 2015-03-20
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
近年の腸内マイクロバイオーム研究の結果,腸内細菌叢の変化がその宿主におけるエネルギー調節や栄養の摂取,免疫機能などに関与し,肥満や糖尿病・免疫疾患などの病態に直接的に影響するということが明らかになった.腸内細菌は嫌気性菌が大半を占めるため,培養が困難なため,その機能解析が難航していたが,近年のゲノム科学,オミックス解析技術の進歩により,16S rRNA系統解析やメタゲノム解析が可能となったことで,腸内細菌叢の変化が宿主の代謝機能と密接に関係し,肥満や代謝疾患に影響することが科学的根拠に基づいて証明された.しかしながら,これは腸内細菌叢の変化が疾患の原因であるか,その結果として疾患が発症するのかが明らかではない.加えて腸内細菌の変化によって,何が腸内細菌と宿主の連関に影響するかはいまだ不明なままである.したがって,腸内細菌研究の次なる展開として腸内細菌自身あるいは,腸内細菌が作り出す産物が宿主代謝機能とこれら疾患へ関与する可能性について模索され始めた.たとえば食物繊維などの難消化性食物の分解産物である酢酸,酪酸,プロピオン酸などの短鎖脂肪酸は腸内細菌の主要代謝産物であり,宿主エネルギー源として知られているが,同時に細胞膜上受容体であるGPR41,GPR43を活性化することや,ヒストン脱アセチル化酵素を阻害することによってエピゲノム変化に影響することが知られている.すなわち,これら短鎖脂肪酸が宿主側の単なるエネルギー源としてだけではなく,シグナル伝達因子として,宿主の代謝機能制御へ直接的に影響を与えているのではないかと予測された.
われわれは以前より遊離脂肪酸の細胞膜上受容体である脂肪酸受容体の機能解析を精力的に行ってきた(1,2)1) T. Hara, I. Kimura, D. Inoue, A. Ichimura & A. Hirasawa: Rev. Physiol. Biochem. Pharmacol., 164, 77 (2013).2) A. Ichimura, A. Hirasawa, O. Poulain-Godfroy, A. Bonnefond, T. Hara, L. Yengo, I. Kimura, A. Leloire, N. Liu, K. Iida et al.: Nature, 483, 350 (2012)..そしてこの短鎖脂肪酸受容体GPR41とGPR43もまた脂肪酸受容体ファミリーに属することから,このGPR41とGPR43の腸内細菌との関連について着目し,研究を進めた.短鎖脂肪酸受容体GPR41はプロピオン酸,酪酸を主とした短鎖脂肪酸によって活性化される細胞内cAMP濃度の抑制を伴うGi/oと共役しているGタンパク共役型受容体(GPCR)である(1)1) T. Hara, I. Kimura, D. Inoue, A. Ichimura & A. Hirasawa: Rev. Physiol. Biochem. Pharmacol., 164, 77 (2013)..また,もう一つの短鎖脂肪酸受容体GPR43は酢酸とプロピオン酸を主とした短鎖脂肪酸によって活性化され,細胞内cAMP濃度の抑制に関与するGi/oと細胞内カルシウム濃度の上昇にかかわるGq/11タンパク質の両方と共役するGPCRである(1)1) T. Hara, I. Kimura, D. Inoue, A. Ichimura & A. Hirasawa: Rev. Physiol. Biochem. Pharmacol., 164, 77 (2013)..これらの短鎖脂肪酸受容体の機能解析に関して,われわれは独自の詳細な発現解析と,血中の短鎖脂肪酸濃度でも十分にこれら短鎖脂肪酸受容体が活性化するという知見から,腸内環境だけではなく,血中を介した末梢組織でのGPR41とGPR43の機能に関与するのではないかと予測し,研究を進めた.
GPR41に関して,腸内細菌が産生する短鎖脂肪酸により,腸内分泌細胞からの食欲抑制ホルモンPYYの分泌を高めるとの報告(3)3) B. S. Samuel, A. Shaito, T. Motoike, F. E. Rey, F. Backhed, J. K. Manchester, R. E. Hammer, S. C. Williams, J. Crowley, M. Yanagisawa et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 105, 16767 (2008).がなされていたが,われわれはまず始めに,詳細な発現解析を行った結果,ほかの組織と比較して交感神経節に著しく高発現していることがわかった(4)4) I. Kimura, D. Inoue, T. Maeda, T. Hara, A. Ichimura, S. Miyauchi, M. Kobayashi, A. Hirasawa & G. Tsujimoto: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 108, 8030 (2011)..さらにこのGpr41遺伝子欠損マウスは,交感神経系異常に伴う,心拍数の有意な低下および,神経伝達物質であるノルアドレナリンの有意な減少を示した.また交感神経細胞を用いた実験により,短鎖脂肪酸による刺激がGPR41を介してノルアドレナリンの分泌を促進することを明らかにした(5)5) D. Inoue, I. Kimura, M. Wakabayashi, H. Tsumoto, K. Ozawa, T. Hara, Y. Takei, A. Hirasawa, Y. Ishihara & G. Tsujimoto: FEBS Lett., 586, 1547 (2012)..さらに,これらGPR41を介した短鎖脂肪酸による交感神経活性化は,体全体のエネルギー消費量の上昇によく反映されていた.すなわち,GPR41は,交感神経を直接的に制御することによって,生体内のエネルギー状態を認識し,エネルギーバランスを調節することがわかった.すなわち,食事時,短鎖脂肪酸を指標に過剰エネルギーをGPR41が認識し,交感神経を活性化することによってエネルギー消費を高め,エネルギー恒常性を保つというGPR41を介した新たなエネルギー調節機構を明らかにした(4,5)4) I. Kimura, D. Inoue, T. Maeda, T. Hara, A. Ichimura, S. Miyauchi, M. Kobayashi, A. Hirasawa & G. Tsujimoto: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 108, 8030 (2011).5) D. Inoue, I. Kimura, M. Wakabayashi, H. Tsumoto, K. Ozawa, T. Hara, Y. Takei, A. Hirasawa, Y. Ishihara & G. Tsujimoto: FEBS Lett., 586, 1547 (2012).(図1図1■GPR41による交感神経系調節).
一方,GPR43に関して,発現解析の結果,脂肪組織および免疫系組織に豊富に存在していることを見いだした(6)6) I. Kimura, K. Ozawa, D. Inoue, T. Imamura, K. Kimura, T. Maeda, K. Terasawa, D. Kahihara, K. Hirano, T. Tani et al.: Nat. Commun., 4, 1829 (2013)..またこのGpr43遺伝子欠損マウスは体重,脂肪重量の増加という肥満の傾向を,反対にGPR43を脂肪組織特異的に過剰発現させたaP2-Gpr43トランスジェニックマウスは痩せの傾向を示した.また,これらの代謝機能異常は無菌マウスや抗生物質処置により腸内細菌叢を死滅させたマウスにおいては消失したことからGPR43のリガンドである短鎖脂肪酸の供給源は腸内細菌に依存することがわかった.さらに,このGPR43の脂肪組織直接的な機能として,筋肉や肝臓などのほかのインスリン作用組織ではなく,脂肪組織でのインスリンの作用のみを選択的に抑制する結果,脂肪組織での脂肪の蓄積を抑制することがわかった.すなわち,食事時,短鎖脂肪酸を指標に過剰エネルギーをGPR43が認識し,脂肪組織への過剰エネルギー蓄積を抑制し,エネルギー消費の方向へ誘導し,結果として過度な肥満から起こる代謝機能異常を防ぎ,体内のエネルギー恒常性の維持に働くというような,GPR43を介した腸内細菌の宿主エネルギー制御機構をわれわれは明らかにした(6)6) I. Kimura, K. Ozawa, D. Inoue, T. Imamura, K. Kimura, T. Maeda, K. Terasawa, D. Kahihara, K. Hirano, T. Tani et al.: Nat. Commun., 4, 1829 (2013).(図2図2■GPR43による脂肪蓄積制御).
腸内細菌により産生された短鎖脂肪酸はエネルギー状況の指標として,脂肪組織に発現するGPR43により感知され,過度の脂肪組織における脂肪の蓄積を防ぎ,ほかの組織で利用を促すことで,肥満,エネルギー代謝異常を防ぐ機能を有する.
以上より,腸内細菌による短鎖脂肪酸受容体を介した宿主エネルギー恒常性維持機能の一端をわれわれは明らかにした.しかしながらその一方で,これらの受容体が,免疫系組織,腸管など,ほかの組織にも発現が見られることや,GPR41,GPR43ともに発現が見られる組織など,これらの受容体が各組織においてどのようにエネルギー調節に寄与し,相互作用しうるのか,いまだ不明である.したがって,各短鎖脂肪酸受容体の発現組織における生理機能の理解に加えて,短鎖脂肪酸受容体群の相互作用にかかるさらなる知見が必要であるため,今後も精力的にこの分野の研究を進めていきたい.
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