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ミヤコシンAの構造決定: 長鎖アルキル鎖中の分岐メチル基の絶対配置

Yuki Hitora

人羅 勇気

東京大学大学院農学生命科学研究科 ◇ 〒113-8657 東京都文京区弥生1-1-1

Graduate School of Agricultural and Life Sciences, The University of Tokyo ◇ 1-1-1 Yayoi, Bunkyo-ku, Tokyo 113-8657, Japan

Kentaro Takada

高田 健太郎

東京大学大学院農学生命科学研究科 ◇ 〒113-8657 東京都文京区弥生1-1-1

Graduate School of Agricultural and Life Sciences, The University of Tokyo ◇ 1-1-1 Yayoi, Bunkyo-ku, Tokyo 113-8657, Japan

Shigeki Matsunaga

松永 茂樹

東京大学大学院農学生命科学研究科 ◇ 〒113-8657 東京都文京区弥生1-1-1

Graduate School of Agricultural and Life Sciences, The University of Tokyo ◇ 1-1-1 Yayoi, Bunkyo-ku, Tokyo 113-8657, Japan

Published: 2015-03-20

ミヤコシンAは,Petrosia属カイメンから単離されたがん細胞に対して細胞毒性を示す化合物で,同属のカイメンからしばしば見いだされる両末端が高度に不飽和化した長鎖の鎖状アセチレン化合物に分類される(1)1) Y. Hitora, K. Takada S. Okada & S. Matsunaga: Tetrahedron, 67, 4530 (2011).図1図1■ミヤコシンA(上)および赤坂・大類試薬(下)の化学構造).ミヤコシンAは,長いアルキル鎖中に分岐メチル基が一つある単純な構造の化合物であるが,分岐メチル基がほかの官能基から遠く離れているため,その位置と絶対配置の決定が困難であることが予想される.われわれは,FAB-MS/MSデータのイオン強度に着目して分岐メチル基の位置を決定し,さらに,X線結晶スポンジ法(2,3)2) Y. Inokuma, S. Yoshioka, J. Ariyoshi, T. Arai, Y. Hitora, K. Takada, S. Matsunaga, K. Rissanen & M. Fujita: Nature, 501, 262 (2013).3) Y. Inokuma, S. Yoshioka, J. Ariyoshi, T. Arai, Y. Hitora, K. Takada, S. Matsunaga, K. Rissanen & M. Fujita: Nature, 495, 461 (2013).ならびに遠隔位不斉認識試薬(赤坂・大類試薬)(4)4) K. Imaizumi, H. Terasima, K. Akasaka & H. Ohrui: Anal. Sci., 19, 1243 (2003).を用いたキラル分析の適用による構造決定を試みた.本稿では,ミヤコシンAの構造決定の経緯について紹介する.

図1■ミヤコシンA(上)および赤坂・大類試薬(下)の化学構造

ミヤコシンAは,沖縄県宮古島近海の深海(宮古曽根,水深415 m)で採取したPetrosia属カイメンから,ヒト子宮頸がん細胞(HeLa細胞)に対する細胞毒性物質として単離された.NMRデータの解析から,三重結合,二級アルコール,二重結合と順に続く,カイメン由来アセチレン化合物に特徴的な末端構造の存在が示された.両端に位置するこれらの部分構造は,分岐メチル基を一つ含む長いメチレン鎖によって連結されていた.

直鎖中の分岐メチル基の位置は,FAB-MS/MSスペクトルのチャージリモートフラグメンテーションを用いて決定可能である.すなわち,鎖状分子の片側だけが優先的に帯電すると,置換基のない直鎖部ではメチレン基一つの違いに相当する14 Daずつ離れたピークが順に認められるが,メチル分岐点では,両隣の炭素との結合が切断されたイオンに由来する二つのピークが28 Da離れて観察され,それらの中間にはピークが認められない.この特徴的なイオンの現れ方に基づき,分岐メチル基の位置を決定できる.しかし,ミヤコシンAの分岐メチル基の位置の決定に,この方法は使えなかった.すなわち,そのFAB-MS/MSスペクトルで直鎖アルキル基中の開裂ピークはいずれも14 Daずつ離れていて,分岐メチルに特徴的な28 Da離れたパターンは認められなかった.この現象は以下のように説明できる.すなわち,分子の両末端の部分構造が同一のミヤコシンAでは,それぞれの末端がほぼ同一の確率で帯電するため,FAB-MS/MSデータは,いずれかの末端が帯電したプレカーサーイオンに由来するプロダクトイオンスペクトルが,二つ足し合わせられたものとなる.したがって,片側に帯電した場合のプロダクトイオンスペクトルで28 Daのギャップがあっても,逆側に帯電した場合のプロダクトイオンスペクトルによってそのギャップが埋められてしまう.このような理由で,プロダクトイオンの質量分布から分岐点の位置は決定できなかった.

文献を調べたところ,分岐脂肪酸のFAB-MS/MSスペクトルにおいて,分岐点の両側での開裂イオンピークは,より遠方のメチレン炭素間のものより2倍程度大きい,というデータを見いだした.そこで,この法則をミヤコシンAに適用してプロダクトイオン強度を予測し,実測値との比較を行った.すると,分岐メチル基が14位に存在する場合にだけ,両者がよく一致した.したがって,メチル分岐点を14位と推定した.なお,ミヤコシンA中の第二級アルコールの絶対配置は,キラル補助剤の(+)-および(−)-α-Methoxy-α-(trifluoromethyl)phenylacetic acid(MTPA)によるエステル化を利用する改良モシャー法(5)5) I. Ohtani, T. Kusumi, Y. Kashman & H. Kakisawa: J. Am. Chem. Soc., 113, 4092 (1991).によって,いずれもRと決定された.

ミヤコシンAのメチル分岐点の位置が正しいなら,C8およびC9のメチレン鎖が分岐点から左右に伸びることになる.メチレン鎖中の水素はいずれもほぼ同一の化学シフト値を与えるため,両末端に位置する不斉炭素との相対配置をNMRデータから導くことは不可能であった.

X線結晶解析を行うことができれば,分岐点の絶対配置を導くことが可能であるが,ミヤコシンAは油状物質で結晶化しなかった.そこで,二つの選択肢を考えた.一つは,大類教授らが開発した遠隔位不斉認識試薬(赤坂・大類試薬)(4)4) K. Imaizumi, H. Terasima, K. Akasaka & H. Ohrui: Anal. Sci., 19, 1243 (2003).を用いたキラル分析で,もう一つは東京大学工学系研究科の藤田教授らが開発した結晶スポンジ法(2,3)2) Y. Inokuma, S. Yoshioka, J. Ariyoshi, T. Arai, Y. Hitora, K. Takada, S. Matsunaga, K. Rissanen & M. Fujita: Nature, 501, 262 (2013).3) Y. Inokuma, S. Yoshioka, J. Ariyoshi, T. Arai, Y. Hitora, K. Takada, S. Matsunaga, K. Rissanen & M. Fujita: Nature, 495, 461 (2013).である.結晶スポンジ法とは,多孔性結晶内の空隙に非結晶性化合物を取り込ませ,孔内で規則的に配列した化合物を多孔性結晶に封じた状態でX線結晶解析に供するという革新的な技術である.この手法をミヤコシンAに適用した結果,X線結晶構造解析が実施でき,メチル分岐点の絶対配置はSであると推測された.しかし,さらに詳しくデータを検討したところ,スポンジ中でのミヤコシンAの揺らぎが当初想定したものより大きいため,分岐点の絶対配置の決定は困難である,との結論が導かれた.

この解析と並行して,赤坂・大類試薬を用いたキラル分析を試みた.赤坂・大類試薬によって第一級アルコールを誘導体化すると,末端炭素から9番目以内の炭素上に分岐メチル基がある場合は,その化学シフト値が立体異性体間で異なるが,10番目以遠の分岐メチル基の化学シフト値は立体異性体間に差が認められない(4)4) K. Imaizumi, H. Terasima, K. Akasaka & H. Ohrui: Anal. Sci., 19, 1243 (2003)..ミヤコシンAの二重結合を切断後還元するとC21のジオールが生成するが,この化合物におけるメチル基の位置はそれぞれの末端から10番目および11番目となり,赤坂・大類試薬の識別可能範囲を超える.そこで,両端の第一級アルコールを脱離反応に付し,生じた末端オレフィンを切断後還元してC19-ジオールに導いた.このジオールにおける分岐メチル基の末端からの位置は9番目および10番目となり,赤坂・大類試薬による分析の適用範囲内となる.このようにして,ミヤコシンAをC19-ジオールに導くとともに,その両鏡像体を化学合成により調製した.これらを赤坂・大類試薬を用いるエステル化に付し,1H-NMRスペクトルを比較したところ,標品ではR体のメチル基のシグナルがS体のものより0.02 ppm低磁場側に現れ,かつ,天然物由来のものの化学シフト値はR体のものと一致した.したがって,ミヤコシンAの絶対配置を14Rと決定した(6)6) Y. Hitora, K. Takada & S. Matsunaga: Tetrahedron, 69, 11070 (2013)..なお,これらの一連の実験により,MS/MSデータのイオン強度の比較によって,分岐位置が正しく推定されていたことも確認された.

われわれの研究とは独立して,森 謙治東京大学名誉教授によってミヤコシンAの8種類の異性体が合成された.天然由来ミヤコシンAとともに赤坂・大類試薬による誘導体のHPLC分析が行われ,その実験結果はわれわれの結論を本質的に支持した(7)7) K. Mori, K. Akasaka & S. Matsunaga: Tetrahedron, 70, 392 (2014)..ただし,HPLCのほうが1H-NMRスペクトルより分解能が高いため,天然物にはS体がおよそ5%含まれていたことが示された.

ミヤコシンAの遠隔位不斉炭素の絶対配置の決定を通して,赤坂・大類試薬が遠隔位不斉認識を実現する優れた研究ツールであることが示される一方,結晶スポンジ法によるX線結晶構造解析が,微量化合物の構造解析における革新的技術であることが確認された.

Reference

1) Y. Hitora, K. Takada S. Okada & S. Matsunaga: Tetrahedron, 67, 4530 (2011).

2) Y. Inokuma, S. Yoshioka, J. Ariyoshi, T. Arai, Y. Hitora, K. Takada, S. Matsunaga, K. Rissanen & M. Fujita: Nature, 501, 262 (2013).

3) Y. Inokuma, S. Yoshioka, J. Ariyoshi, T. Arai, Y. Hitora, K. Takada, S. Matsunaga, K. Rissanen & M. Fujita: Nature, 495, 461 (2013).

4) K. Imaizumi, H. Terasima, K. Akasaka & H. Ohrui: Anal. Sci., 19, 1243 (2003).

5) I. Ohtani, T. Kusumi, Y. Kashman & H. Kakisawa: J. Am. Chem. Soc., 113, 4092 (1991).

6) Y. Hitora, K. Takada & S. Matsunaga: Tetrahedron, 69, 11070 (2013).

7) K. Mori, K. Akasaka & S. Matsunaga: Tetrahedron, 70, 392 (2014).